本当に明日からは休むんだからね!本当だからね!
※記憶喪失状態のパイはぱいと区別しています。解りにくいかもですが、すみません。
「バラス・ウィダーヒ!」
ぱいがその呪文を唱えた瞬間、シヴァの爪を装着した左手を中心に力の奔流が生み出された。夜天に雲もなく雷光が走り、大気が荒れ狂う。しかし、術は直ぐには発動しない。
それはベナレスによる封印だ。記憶と力を封じて戦う術を奪うための。しかし、その封印も悲鳴を上げ今すぐにも弾けようとしていた。加速度的に力が膨れ上がり、それに伴いビシビシとガラスに罅が入るような音が部屋を空間を震わせていた。
「死ねい、三只眼!」
生き人形が右手の内部に隠した剣をぱいに振るう。ぱいが放とうとしている力が凄まじいものだと理解したのだろう。
「きゃ!」
「っ!?」
ぱいは咄嗟に左手を前に出すと刃は膨れ上がった光にぶつかり、それどころか罅を入れられてしまう。
そして、その刃を振るわれたという事実が最後のトリガーとなった。直接的な命の危機に弾ける寸前だった三只眼吽迦羅の力は何の遠慮も無く放たれた。
「ぎゃあああああああ!!」
爆発音と生き人形の断末魔の叫び、そして夜天を切り裂く一条の光が空へと昇る。屋敷の天井は無残にも全て吹き飛び、もうもうと煙と埃が舞った。
「パイ!パイ!?」
パイの名を呼ぶ声とは裏腹に辺りは煙と静寂が満ちていた。徐々に煙が晴れていく。
立ち尽くす人影を八雲は凝視していた。
風通しが凄まじく良くなった邸内に涼やかな風が走り抜けていった。
月明り、黒髪の少女、ぱいがそこには立っていた。左の二の腕からは包帯を通して血を滲ませていたが、大きな怪我はない。ぱいは黒曜石の様な吸い込まれる瞳で、そう吸い込まれる様な
「あはっ」
「あははは!やったぁ助かったんだ!やったぁ!!」
たたた、とぱいは軽快に八雲に走り寄り、そのままの勢いで抱き着いた。ぱいの無事な姿に八雲もぱいと同じく笑みを浮かべて喜んだ。
ぱいの再会を端に発した事件、それが無事に終わった瞬間だった。
「それで、ぱいの同級生も無事だったというわけか」
ソファーにどかりと座り込んで足を組みながら白は電話口で八雲からの報告を聞いていた。
パイの失踪から四年、十九歳だった白も今では二十三歳。すっかり大人にと言いたいところだが、未だに高校生と間違えられていた。
もともと童顔だが、かつての力の残滓が戻り始めた頃から容姿が変わらなくなったのだ。
ちなみに電話の相手である八雲も
『あぁ、でも記憶は戻らなかったんだ。額にひし形の痣がまだ残っていた。まだ術の影響があるんだと思う』
「ふむ、四年も三只眼吽迦羅を縛る程の術だからな。それも考えられるか」
『白姉ぇの方で思い当たるもんとか無いか?』
記憶が戻らないにも関わらず八雲の声に悲壮感は少ない。四年会えなかった相手だ。記憶は無くとも傍に居るのが堪らなく嬉しいのだろう。
「漠然と言われてもなぁ……三只眼の方も記憶がないのか?」
『無い。ぱいも三只眼も両方記憶がない。ただ三つ目が刻まれた装飾品とか荒れ果てた土地やら断片的な記憶はあるみたいだ』
パイと三只眼は同じ体に二つの心を持つ、二重人格者だった。強い力を使うと休眠に入ってしまう三只眼吽迦羅の特性なのかはたまたパイと三只眼だけがそうなのかは白達には判然としないが、記憶を封じるという方法が二つの人格にどう作用するのかは疑問だった。
「そうか、両方の人格に作用するとは、それほど強力な術なのか……」
力を封じた上に記憶すらも失わせる。多少なりともこの世界の術を学んだ白はそれが如何に高度な術によるものか理解することが出来た。
そして、そんな面倒なことをしたということは三只眼吽迦羅がベナレス達にとって極めて重要だという証左であった。
しかし、個人の差こそあれ三只眼吽迦羅は極めて強力な妖怪である。従者である无は言わずもがなだ。だからこそ
(鬼眼王の封印を解くのに三只眼吽迦羅の力が必要なのか?)
それならば鬼眼王が三百年も封印されていた理由にもなる。
『しかし、三只眼も我儘だったけど記憶が無いからか、我儘に拍車がかかってやがる。ほんと同じ体だけど少しはぱいを見習ってほしいぜ!』
力の封印が解けたことで四年振りに目覚めた三只眼は記憶を失い。まるで悪餓鬼の様な性格となっていた。夜な夜な眠るぱいに変わって肉体を動かし遊び放題。戦利品とばかりに看板やらベンチを持ち帰る始末。
悪意と呼ぶには余りに稚拙な荒れ方は、三只眼が記憶喪失の他に精神退行に陥っていたせいだった。
終いには
シヴァの爪は人格を抑えるという効果も有るため、それで三只眼を封じようとする八雲だったが、実は暴れていたのは中途半端に過去の記憶が有り、自分以外の仲間が居ない寂しさの表れだった。
「でも、今は落ち着いてるんだろ」
『……まぁね』
ぱいと後に和解し、今は特に問題を三只眼は起こしてはいない。八雲が彼女の記憶を頼りに三只眼の故郷を探しているのを知っているからだ。とはいえ、元々三只眼に苦手意識を持っている八雲からすれば、シヴァの爪で抑えてしまった方が安心なのだろう。
「無理に押さえつけるのは愚策だぞ。寂しいから暴れていたのはお前も分かってるんだろ」
『うぐぐ』
「それにこれはぱいと三只眼の問題だ。二人が問題としていない以上、お前が口を出すべきことじゃない」
かつての己も自分ではどうにもならない理由を心の底でひた隠し暴れていた。決して褒められることではないが、記憶を失った三只眼の気持ちをある程度分かる白は、八雲を宥める。
『はぁ、分かってるよ』
白の厳しさすらある言葉を受け、ため息交じりに八雲も納得する。とはいえ、最初に三只眼の寂しさを看破したのは八雲だ。昔からの馴染みで年上の白になんとなく愚痴を言いたかっただけだった。
『それで、頼みたいことが有るんだけど……』
八雲が調子を取り戻したのが分かり、白は電話口で小さく苦笑する。不老不死の无となり友人や知人の多くと距離を置くことになった八雲の事は理解しているが、記憶が取り戻せていない以上、何が起こるか分からないし、いつまた闇の者どもに嗅ぎ付けられるかも定かではない。もう少しばかり、気を張ってもらう必要がある。
「ん……ふむ、ふむ」
そんな気持ちは微塵も滲ませず、白は八雲との電話を続けるのであった。
「ただいまー」
不完全とはいえ三只眼が目覚め、昼の間なら一人でも出歩くことを許されたぱいは親友の太目女子ドンちゃん、細身の美人ケンケンと共にプールで遊び、帰宅していた。
プールでは八雲との仲を二人にからかわれたが、ぱいも何度も命がけで救われ、一度だけだが『好きだ』とも言われた為に満更でも、いやかなり八雲の事を意識していた。
《誘っちゃいなよ!二人で出かけようって》
《八雲さんってシャイっぽいから、こっちから動かないとダメだよ》
年下の女子に散々に思われている八雲だったが、友人二人のその言葉はぱいにとっては天啓だった。
「や、八雲さん?」
帰宅するなり、自室を通り越して八雲が間借りしている部屋へと直行する。彼女の心臓はバクバクと音を立て、喉が急激に乾いていく。それが殊更にぱいが八雲を意識していることを証明しているかのようで、ぱいは更に緊張してしまう。
「あ、あノ!ち、調査も、イインですけど……一緒にう、海とか……」
八雲が居るのを確認しないうちに喋りながら引き戸をぱいは開け放つ。
「あ、あれお留守か……」
頬を染めて、自分の行動を振り返りながらぱいは一人悶えた。
そんな泳ぐ彼女の視線は、部屋の一角、無造作に置かれたファイルの写真を捉えた。
「こ、これって……!?」
その写真には古びた壺が写っていた。それは四脚の足を備えた蓋つきの、普段では見ることもないだろう珍しい形の壺だ。だが、ぱいの目はそれらを注目することなく、壺の中心に描かれた三つ目を射抜く、眼の形や配置、ぱいはそしてぱいの中のもう一つの人格、三只眼も覚えがあった。
何時とも何処とも知れぬ、二人の記憶の澱の底。写真と同じ三つ目の意匠が刻まれた建築物が立ち並ぶ街並み。そして見知らぬ男性。それは三只眼を一族を滅ぼした……。
「なんだ。帰ってたのか?」
「あ、た、ただいまー……」
思考の海に浸かっていたぱいの意識は部屋に戻ってきた八雲に声を掛けられたことで浮上する。八雲は余程嬉しいことがあったのだろう。慌てるぱいに気付かずに八雲は話を始めた。
「朗報だぜぱい!」
八雲が言うにはぱいと三只眼が見た三つ目の意匠が刻まれた三只眼吽迦羅の聖地は、まさにぱいが見た壺が売っていた中国雲南省の小道具店で見つかったというところまで調査が進んでいるという。これ以上の調査は現地に行く必要があるという。
(え、ってことは二人で中国旅行?……やったぁ!)
友人には八雲ことを好きかもと言っていたぱいだったが、二人で中国旅行だと考えた瞬間、胸が嬉しさで満たされた。
「じゃあ、さっそく現地に俺は飛ぶから。いつ帰れるか分からないけど、大人しくしておいてくれよ」
ぱいの心があっという間に空っぽになってしまう。
「ま、二、三年は掛からないから、いいとこ半年くらいだよ」
友人の好き合っている同士はいつでも一緒に居たいって思うもん。という言葉が思い出された。
(別に!好きじゃないもん!こんな奴!)
八雲も同じ気持ちだと思っていてだけに、ぱいの怒りと悲しさ、そして寂しさは一入だった。本人の意思とは無関係に眦が熱くなってしまう。
このままでは泣いてしまうかもと、ぱいが思った矢先、意図しない救世主は現れた。
「八雲、遅いぞ……お、パイか」
澄んだ音がぱいの鼓膜を揺らした。思わずぱいは声のした方向を見やる。
すると、そこには亜麻色の髪を背中の中ほどまで伸ばし、優しげな大きな瞳、鼻梁の通った鼻と形の良い薄い唇。しかし、何処か尊大な気配を纏う不思議な美少女が仁王立ちしていた。
「え……と、貴女は?」
「あー」
「待て待て、自己紹介位させてくれ。パイ、……いやぱい久しぶりだな」
勝手に紹介しようとする八雲を制して白は自ら名を名乗った。
「覚えていないだろうが、私は葛葉白という。そこの男の姉代わりみたいなもんだ。どうだ?なにか八雲が粗相してないか?」
穏やかな容姿とは真逆の口調にぱいはたじろいでしまう。
「粗相ってなんだよ。まぁ態度はデカいし無駄に偉そうだけど、すごく優しい人だから心配しないで、今日日本に着いたから明日から君の護衛を頼んだんだ」
俺より強いんだぜ?という八雲の言葉はぱいには届かなかった。
「……いや」
「ん?」
「いや」
徐々にぱいの声が大きくなっていく。そして遂にぱいは吠えるように叫んだ。
「やだ!私も行く!私と三只眼の問題だもん!絶対私も行くわ!」
まるで駄々っ子の様にぱいは八雲に食い下がる。それは八雲と一緒に居たいだけではない。自らのルーツを失われた記憶を求めているようでもあった。
「ダメだ。絶対にダメだ!」
睨みを利かせて八雲はぱいの要求を切り捨てた。
「やだ!」
「絶対にダメだ!」
「やだ!やだ!」
白を置き去りにして二人の口喧嘩は終わることなく続く。
大嫌い!八雲なんて大ッ嫌い!ぱいは心の中で自分の事を理解してくれない八雲に怒りをぶつけていた。
「大っ嫌い!」
「あ、な、なんだよ白姉ぇ」
にやにやと笑いながらそう告げる白に八雲は口をあんぐりと開けてしまう。
「お前の事、嫌いなんだと、見送りもしたくないってさ」
「あんにゃろぉ」
せっかく最近は仲良くなってきたのにと歯噛みしながら八雲は飛行機へと搭乗した。ちくりと胸は痛い。しかし、ここでつまらない男女の感情で動いては全てが無駄になる。
八雲の目的はぱいと仲良くなることではない。ぱいの記憶を取り戻して『運命の女神』パイを目覚めさせることなのだ。
フォオオオオオオ。
八雲の体にGが掛かり、飛行機が離陸する。次に日本に訪れるころにはぱいの機嫌が直っていれば良いなと思いながら八雲は久しぶりの空に視線を移そうとした。
「いよいよね八雲さん」
「……え」
八雲は自らの耳を疑った。
それは此処に居るはずの無い人物の声。
「へへ、白さんを出し抜いて来ちゃった。記憶を取り戻す為ならなんだってするよ私?」
八雲の隣の人物は可愛らしい帽子を取って笑顔を見せた。その笑顔の持ち主は見間違うはずもない。ぱいだった。
「お、おまえ!」
恥ずかしそうに頬を染める彼女に八雲は諦めたかのような苦笑を一つ入れると、乱暴にその頭を撫でた。ここまで来てしまったら追い返すのも酷だと判断したのだ。
「あーもう!仕方ない。危ないと思ったらすぐに逃げろよ」
「うん」
折れながらも認めてくれた八雲にぱいは嬉しそうに頬笑む。
「全く自分から危険に飛び込むものを護衛するのは骨が折れるんだぞ?」
ぴしりとぱいの笑顔が凍りついた。
そんなぱいの前の座席からは悪戯が成功した子供の様に笑いながらも何処か怒りを滲ませる白の姿があった。
ちなみに白の戦闘BGMはKOTOKOの原罪のレクイエム。
勝手なOP曲はH△Gのカラフル。
ED曲は鬼束ちひろの流星群です。