我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

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ストックが溜まったので連続投稿します。
二部、長ぇええ!


第十五話 阻む者

 何もかもが曖昧でゆったりと揺蕩った世界。

 空気と己すらも定かではない中、それは()を見つめていた。

 飛ぶように軽く、きらきらと輝く白く白いモノ、白としか表現できない清澄なモノが上には満ちていた。

 そこで、それはふと己を見る、己自身を己を包むそれを見る。黒く淀む澱の様な汚れたモノは紛れも無く自分自身だった。ぼんやりとした意識の中、それは白いモノをひたすらに、長い長い時間見つめていた。そうしている間にも自らはどんどんと黒くなっていく。限界などないとばかりに黒く、黒く。ただひたすらに黒く、黒く。

 

(キレイダナァ……キレイダナァ)

 

 最初は羨望だった。憧憬だった。自身とは真逆の陽の存在に強く惹かれているだけだった。

 

(……ナンデ、ワレハアアジャナイ?)

 

 次第にそれは疑問になり。

 

(ナゼ、ワレハ……ニゴッテイル?

 

 怒りが生まれ。

 

「何故、我は陰に、闇に生まれついた?」

 

「我は憎む!光あるものを!!生命を、人間を!!人間と和合する妖を!」

 

 自分以外の全てを憎むようになった。

 

 

 あらゆる悪逆を悦とし、あやゆる誇りを地に落とす。蹂躙などは当たり前、ならば片手間にいたぶってやろう。千年を越えて暴れ尽くした。自身に注がれる恐怖が畏怖が最高の御馳走だった。

 

 違う。 

 

 弱者は贄。強者は自分以外に居るわけもなし、ならば全ての生きとし生けるものは我が贄だ。

 

 違う。

 

 カカカ!他者の苦しみ、恐怖なんと美味なことか!

 

 違う。

 

 

 

 

 本当は誰よりも、憧れていた。対極だからこそ人の持つ、本当の素晴らしさを美しさを知っていた。故に妬んだ。羨んだ。

 我は、我もああなりたかったと、心の奥の奥、自分ですらも目を反らしていた本当の願い。

 

 ワレハ

 

 私は

 

 …………

 

 

 

 

 

 

 ―中華人民共和国。雲南省、昆明(クンミン)

 

 

「懐かしい夢だったな」

 

 八雲を先頭にぱいと連れ立って歩く白はぱいにも聞こえない位の小さな声でそう呟いた。中国はかつての自分が長らく居座った場所である。世界も時代も違えど心の何処かで懐かしさを覚えているのか、白は最古の自分の記憶に思いを馳せていた。

 懐かしいと言うには易いが、白の前世である白面の者は美女に化けて紂王に取り入り人々を虐殺、伯邑考に息子の肉を食わせたり、炮烙という残酷な処刑法の考案したりと悪辣の限りを尽くしていた。

 

(……碌な事をしていないな)

 

 究極的に他者を貶める事が快楽だったため、白面の頃に楽しかったことも葛葉白で改められた感覚では唾棄すべきものである。そして、白面の頃の記憶のほとんどがそれである。まだ潮ととらに滅ぼされた記憶の方がマシという有様だ。

 ちなみに今日の白の衣装は白のショートパンツに黒のタイツを合わせ、七分丈のこれまた白いブラウスを着ていた。気候は丁度良い気候で激しい運動を良くする白が好んで着ることが多い組み合わせだったりする。

 

「ぱい」

「きゃっ」

 

 と少々気が滅入ることを考えていた白だが、周囲の警戒は怠ってはいない。前方から走ってくる欧米人を目にすると、自分の方へぱいを引き寄せた。

 男は何をやらかしたのか、数人の男に追いかけられている。銃器や刃物は無いが異様な一団であることは間違いないだろう。

 ぱいはなんとなく男達を眺め、白は鋭い目を男達に向けていた。

 

「……普通の人間っぽいな」

「そうなんですか?じゃあ、なんでしょうね」

 

 三只眼吽迦羅絡みとなれば妖怪とは切っても切り離せない。故に注意深く見ていた白は一団が人であることがわかると興味を無くしたようだった。

 ちなみに白はタメ口だが、ぱいは白に敬語だった。タメ口でも白は気にしないのだが、見た目は近い年齢に見えても実際は二十三歳。しかも白の纏う気配は精神年齢が三千歳を越えているせいか王者のそれであり、十五歳の高校生と一応は括られているぱいからすれば無意識に敬語を使ってしまう相手だった。

 そんな中、追いかけられていた男は素手で追いかけてきた連中を叩きのめして悠々と逃げて行く。

 

「あれが日常でない事を祈ります」

「うーん。まぁ日本よりは治安が悪いのは頭に入れておいてくれ。あれだけ安全な国も珍しいんだぞ」

 

 中国も大通りは警官が並び治安の維持に努めてはいるが、あくまで警官の目が届くところに過ぎない。路地裏の危険性は日本の比ではないのだ。

 とはいえ、それはただの人間であった場合の話であり、白であれば重火器で武装した人間でさえそれほど脅威ではない。

 

 

 

 

 

 ガウ!ガウガウ!

 

 三只眼吽迦羅に縁が有ると思われる壺――香炉――を売っている古物屋の前でやたらとデカい犬が八雲達を見るなりこれでもかと吠えていた。

 番犬なのだろうが、誰彼かまわず吠える様子は猛犬と表現すべきだろう。

 

「ひゃあ!でっかい犬!」

 

 パイは何故か楽しそうにし、カバンから缶詰を取り出して犬にあげようとする。

 

「ぱい、他所の犬に勝手にエサをあげるのどうかと思うぞ」

「あ、それもそうね」

 

 目的はともかくとして旅行にぱいは、はしゃいでいたのだろう。白の注意にふと我に返ると取り出した缶詰をカバンに戻そうとする。

 

 ガウ!

「わっ!?」

 

 一際大きな声で犬が吠え、驚いたぱいが缶詰を落としてしまう。コロコロと缶詰は引き寄せられるかのごとく犬の元へ向かってしまい、ぱいは缶詰を取ろうするが、白に肩を掴まれて阻まれてしまう。

 二人が見守る中、あろうことか犬は缶詰に食らいつき強引に缶詰の中身を引きずり出して食べ始めた。

 

「こ、怖いところに来てしまった」

「ほぅ、これなら番犬として申し分ないな……」

 

 恐れるぱいと感心する白、対照的な二人だった。

 

 

 

 

 

『七万8千元?それ高い、もっと安く、安く!』

 

 二人がのんびりと古物屋の中を見ていると八雲が本を片手に拙い中国語で店主と値切り交渉を進めていた。

 

『馬鹿言っちゃいけないなぁ。言い伝えによればこれはチベットの桃源郷を開ける鍵なんだよ?』

 

 ふぅとそこで店主は紫煙を吐いた。自営業とはいえ客商売でしていい態度ではない。胡散臭いと言っても言い過ぎではないだろう。とはいえ、彼の目の前に置かれた壺――香炉――にはしかと三只眼吽迦羅が使っていた三つ目のシンボルが刻まれている。本物の可能性は捨てきれない。

 

『香炉の使い方は分からんが、いわくつきの物は値が張って当然さ』

 

 

「7万8千元って何円ですか?」

「……三百万」

 

 ぱいの疑問に答える白は何やら思案しながら、香炉を見つめていた。

 

(見た限りでは妖しい感じはしないが……ニンゲンの像も妙な気配はしなかったしな)

 

 妖気を探るが白の感覚では妙な気配はしない。力が完全に戻っていないのも理由だが、それよりも自分以外を下に見る圧倒的な力を持つ大妖怪だったが故に細かい力の探査をしてこなかったが故の弊害だった。

 

「八雲、私が交渉しよう」

「……頼む」

 

 本を片手に値下げを試みるより流暢に話せる方が良い。白は八雲に変わって店主に話しかけようとした。

 

『買った!今、現金が揃ってないけど手付けを払うからちょっと待ってて!』

 

 すると、ぱいが流暢に中国を話し、店主と交渉してしまった。店主も手付け金を払うならと快く了承する。そこで、ぱいは自らが中国語を話せることに気付き大喜びする。

 流暢に中国語を話せるぱいと本を片手にようやく話せる八雲。護ると豪語したはずなのに妙な所で負けてしまい八雲はがっくりと肩を落としていた。

 

 

 

 

『香炉はもう売っちまったよ』

『なんだと!』

 

 そんな八雲を無視して店内に大声が響き渡る。思わず三人が視線を向けるとそこには先ほど大立ち回りを演じた黒髪の欧米人が店主に詰め寄っていた。

 

『あの娘に売ったんだよ』

『―――っ』

 

 体格の良いその男性は店主の言葉にぱいをじろりと見やる。体格も相まって中々の威圧感を放っているが、すかさず白が二人の間に割り込んだ。

 男性の身長は百九十に迫るほどの体躯で、白は百六十には届かない。しかし、白が放つ威圧感は男の比ではない。良からぬ手を使うならば白は容赦する気は無かった。

 

『その香炉、私が三倍の値段で買いましょう』

 

 そんな一触即発の空気をコートをでっぷりとした腹で張らせた中国人風の男の声が吹き散らした。

 男は口元に髭を生やし、帽子とサングラスで素性を隠すという如何にも妖しい風体であった。

 しかし、そんな男よりも異質な空気を纏う存在が男の背後に立っていた。先の欧米人よりも数段高い身長、両目は爛々と輝き、口元には牙すら見える。耳も常人よりも幾分も長い。ギリギリ人間とも言えなくもないが、異質、異様であることは隠しようがない。そして、その後ろにも十人以上の男達が並んでいる。

 

 

『そ、それなら喜んで売らせていただきますよ!』

『そんな、それは私が買う約束よ!』

 

 店主はちらりとぱいを見るが香炉を抱えると男に歩み寄った。金に目が眩んだのだろうが、そうでなくても異常な集団なのは誰に目にも明らかだ。暴力的な手段に打って出られる前にさっさと用事を済ませてもらいたい気持ちも有ったのだろう。

 

『待ってください!それは大事なも……』

「ぱい、下がれこいつら真っ当な生きもんじゃねぇぞ」

「……気配は無かったんだがなぁ」

 

 食い下がるぱいを背にし二人は徐々に後ずさる。四年もの間、妖怪たちと対峙してきた二人にはこの集団が妖怪達だと看破したのだ。

 そして、白がこの集団に気付かなかったのはこの集団の目的がぱいではなかったからだった。

 

『いただきっ!』

 

 集団の目的、それはこの欧米人マクドナルドであった。

 彼はトレジャーハンターとして三只眼吽迦羅の遺物を追い求めており、同じ物を探すこの集団とは互いにマークし合うという奇妙な関係だったのだ。今回も三只眼吽迦羅縁の香炉をマクドナルドが発見し、それを横からかっさらう為に尾行していたというわけだ。

 

『こいつは貰っていくぜ。もう残ってないと思っていた聖地へ通ずる鍵だ。これ以上、貴様らには壊させねーぜ』

 

 マクドナルドは店主から奪った香炉を脇に抱えて一目散に逃げ出した。咄嗟の行動であり、それに対応できるものはほとんどいなかった。

 

「ぎゃあああああ!?」

 

 身動きしないサングラスの男とは正反対にその背後に居た人物は素早く動いていた。店の入り口まであとわずか、そこまで迫ったマクドナルドを左手で薙ぎ払う。いや、人とは思えぬほどに発達した左手の爪でマクドナルドの胸を真横に切り裂いた。

 血飛沫が辺りを汚し、香炉が宙を舞う。サングラスの男はまるでそれが分かった居たかのように微動だにせず香炉を受け止めた。

 

「ヒョッヒョッヒョッ無駄な足掻きを……我らから逃れられるわけがないでしょう?……え?」

 

 瞬間、その香炉を白が奪い取っていた。

 

「八雲、先に逃げとけ」

 

 さらに間髪入れずに八雲に香炉を投げ渡す。一連の動作を一行は認識できず呆然と立ち尽くすのみだった。

 

「分かった!」

 

 その中で、唯一白の思惑を理解した八雲はぱいの腕を掴むと店の入り口で間誤付く男どもを吹き飛ばして逃げて行った。

 

「に、逃がすなぁ!殺しても良い、香炉を取り戻せ!」

「さて、全員で追えると思っているのか?可愛いなぁ」

 

 サングラスの男の言葉に気を取り直した男達が一斉に八雲達を追いかけようとするが、その背後から言葉、もしくは殺気に足を止めてしまう。

 

「っ!?」

 

 ぶわりと白の髪がその名の如く白く染まる。そして妖気ともつかぬ力が噴出する。

 その異様、その力にサングラスの男は、その奥に隠された瞳を大きく開いた。

 

「き、きさま……まさか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「八雲め、やりすぎだ!」

 

 あちらこちらで火の手があがり、もうもうと煙が立ち上る中、白はこの場には居ない八雲に怒りを覚えていた。

物理的に追えなくさせる火、鼻が利く妖魔の対策に煙を使うのは経験を積んだ証だが、民家が立ち並ぶ場所でやることはない。

 

「とはいえ、まずはこっちか」

 

 怒りは有れどと思いながら白は周囲の火災を思考の隅に置き、目の前のサングラスの男――呪鬼(チョウカイ)を睨んだ。

 

『さて、色々と話してもらおうか?香炉の事、そして聖地の鍵とはどう意味だ?』

 

 白達は香炉に描かれたシンボルが三只眼吽迦羅達が使っていたことしか知らない。香炉というよりは香炉がどういった経緯で手に入れられたかのほうがむしろ重要だった。しかし、先の呪鬼達の会話では香炉こそが三只眼吽迦羅の聖地への鍵だという。

 それは白達もまだ辿り着けていない情報だった。そして妖怪たちが絡んでいる以上、それは非常に確度の高い……いや真実と考えて相違無いだろう。

 

『ふふふ、いや、その純白の髪、優れた容姿、そして変幻自在の二つの尾』

 

 白の放つ威圧感に他の男達が竦む中、呪鬼だけは虚勢なのか不敵に笑う。

 

『さすが香港、妖撃社の葛葉白さん。光栄ですなぁ、貴女の様な有名人に会えて』

 

 呪鬼の言葉にショートパンツから伸びる二つの白い尾が揺れる。白はここ四年でさらに実力をつけていた。かつての力に良い思いを今も抱いていないが、それでも八雲やパイを守れるならと訓練した成果だった。

 

『ふぅん……その割には余裕だな?』

 

 かつてはトンデモ雑誌を発行していた妖撃社も今ではその名の通り人に仇なす妖怪退治を生業にしていた。その中で白は何度も実戦を潜り抜けていた。その戦績は無敗。八雲も同じ無敗だが、それは无という反則に裏打ちされたものだ。

 むしろ妖怪たちの間では妖怪とも人とも付かぬ異質な力を持つ白を脅威と見る者も居るほどだった。

 

『まぁ「……どんな手を隠していようが鬼眼王の復活のために生贄を繰り返す貴様らを逃す気はない」

 

 白は中国語を日本語に切り替え、冷たい声でそう告げる。中国語で話しても良いのだが、敵方に合わせてというのが癪に障ったようだ。

 

「貴女ほどの力が有るならもっと自由に振る舞えるでしょうに窮屈な事をしますねぇ」

 

 ちらりと呪鬼は白の背後に視線を飛ばす。そこには立ち上る煙に紛れ先の異質な人物がゆっくりと白へ迫っていた。白を背後から奇襲するつもりなんだろう。だが、不自然に視線を飛ばしたせいで白は背後に何かが居ることを悟る。

 

「不老不死が欲しいと地べたに頭を擦り付けてる相手よりは自由だと思うがな」

「ふふふ、ええ擦り付けがいのある地面ですよ?人のフリをするよりは妖怪として生きる方がよっぽど良いです」

 

 ざぁん!

 白の尾の一本が黒いウミヘビの様に変化し呪鬼のサングラスを吹き飛ばした。

 

「ひぃ!?」

「だったら人のフリを今すぐやめろ」

 

 本当なら煽るだけ煽って情報を得ようと白は思っていたのだが、呪鬼の言葉に気に入らない箇所が有ったため、衝動的に攻撃してしまう。

 

「まったく似合わないブランドのスーツを着て何を言ってるんだ?」

「くっ―――や、やれ!狼暴暴(ランパオパオ)!!」

 

 先の衝動を瞬時に収めると白は心底相手を馬鹿に仕切った笑顔を顔面に張り付けて呪鬼を煽る。怒りと機を伺っていた事も有り、呪鬼は白の背後に迫る配下、狼暴暴を命令を下す。

 狂気を瞳に宿し、獣の如く狼暴暴は白へと飛びかかっていった。

 

 




フォントの変換に結構手こずりました。
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