我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

16 / 43
第十六話 白の実力

「くおおおおおお!」

 

 三メートル近い長身が、その長身をも越える信じられない高さまで飛び上がる。白のウエストよりも太い腕、燃え上がる様な狂気と殺意を灯す双眸、肉食獣の様な鋭い牙がてらてらと光っている。狼暴暴(ランパオパオ)と呼ばれる妖怪は呪鬼(チョウカイ)の命令に従い白へと飛びかかる。

 

「ばればれだ」

 

 だが、白はすでに狼暴暴の存在に気付いていた。持ってる力が絶大だったせいで生まれ変わってもいまいち探査が苦手な白だが、心中を見透かすのは非常に優れている。呪鬼の視線や表情が何らかの策を持っている事、白の背後を気にしていたことから、不意打ちを狙っている程度を見抜くのは造作も無いことだった。

 

「!?」

 

 無造作に白の尾が振るわれ狼暴暴もろとも塀を薙ぎ倒す。埃がもうもうと立ち上がり、辛うじて二本の足が瓦礫から除くのが見える。

 すかさず白は尾を引き戻すが、それは強い力で阻まれてしまう。

 

「ぐるるるる!」

 

 白の尾は狼暴暴の左手ががっちりと掴み、その動きを抑え込んでいた。

 

「ちっ」 

 

 予想外の膂力と耐久力に白の眉間に皺が寄る。先ほどの動きもそうだが、単純な身体能力はかなりの高さであることが類推できた。

 綱引きの様に引き合う力が高まり、白の尾からみしみしと異音が上がり始め、それどころか徐々に白は狼暴暴へと手繰り寄せられていく。

 

(ぐ……不味いな)

 

 このまま手繰り寄せられては近接での攻撃を受けてしまう。かと言ってこれ以上の力で尾を引けば尾が千切れてしまうだろう。呪鬼もどんな隠し玉が有るか分かっていない以上、このまま事態が進行するのは白としては避けたいところだ。

 

「!?」

 

 思い至るなり白は引っ張られる勢いそのままに狼暴暴へと飛び掛かった。このままではいずれ接近戦へと持ち込まれてしまう。ならばこちらが先手を取るのが良いという判断からだ。なお、呪鬼へ向けた尾は健在であり牽制を忘れてはいない。

 両手の爪が熊の様に鋭く変貌する。人間の指の構造ではありえない相手を切り裂くことに重点を置いた攻撃的な爪だ。爪は白の殺意とスピードを乗せて呆然としている狼暴暴へ凶刃は迫る。

 さらに左手で尾を掴んでいるのを考慮し、白は左の脇腹に狙いを定めた。白の尾が邪魔をして咄嗟に脇を締めることも難しく、白は当たることを確信していた。

 

 がしっ。

 

「なに!?」

 

 防御できないと白が判断していた右爪の攻撃は狼暴暴がしかと白の腕を受け止めることで阻まれる。

 思わず白は目を剥いて驚きの声を上げた。見事に反応しきった相手への称賛、自分の不甲斐なさ。瞬時に巡る感情が幾つも有ったが、白の中で一番の感情は驚愕だった。

 

「ぐるううぅ!」

 

 白の右手を掴むのは狼暴暴の左手(・・)だ。そして白の尾を掴むのも左手(・・)だ。狼暴暴は呆然とする白を尻目に立ち上がり、咆哮を上げた。その体には左右二対、四本の腕が生えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ばかやろう」

 

 嘆息交じりにびしょ濡れの女性――白は目の前で正座をさせている八雲にそう言葉をぶつけていた。

 

「こっちが囮なったのに、なんでぱいから離れるんだお前は?」

「…………」

「それにあちこちに火を着けるんじゃない!」

「………」

「逃げ遅れた人を助ける手間を考えろ」

「…」

「大体お前は、昔から……」

 

 八雲達を逃がすため狼暴暴と呪鬼を相手をする事になった白は、狼暴暴の予想外の強さに苦戦を強いられた。苦戦の理由はそれなりに力を振るえるようにはなったが、それに故に欠点も見えてきたせいだった。

 一つ目は長期戦が苦手な事、これはかつては常識外の体力と妖力を持っていたが故にガス欠と無縁だったせいだ。つまり、力の配分が下手くそなのだ。力が徐々に戻ってきていることと、経験により改善してはいるが、現状はまだまだだった。

 そして二つ目、尾の力が強すぎる為に細やかな操作が出来ないというのもあった。先で言うなら呪鬼の腕を吹き飛ばすつもりが眼鏡を壊すだけになったりと、数十センチ単位で標的がズレるのだ。これもかつての体のせいだった。適当に尾を振り回す程度で妖怪が何百と殺せるのだ。それに体も数百メートルという巨躯だ。細かい操作をしろというのが無理がある。

 それに加えて三つ目、尾に比べ白の体が脆弱という弱点もある。白自身を人間寄りとするなら尾は白面の者寄りの力であった。簡潔に言うと人間(多少強い)に白面の者の尾が生えているとも言える状態であり、どうしても尾の全力に体が耐えられないのだ。

 総合するとそこらの妖怪よりも十分以上に力が有るが精密な動きと持久力に乏しいというのが白の現状である。

尾の力は状況を左右する力では有るが、そもそも全力を出すのはリスクが有る上に、その全力もかつてと比べれば弱化している。

 それこそ言ってしまえば戦い方と術を取得した八雲の方が結果的な強さは白を上回っているのだ。

 白の素早さも尾の力も、不死で有るという一点だけで覆す。不死というのはそれだけで圧倒的なのだ。どんな力であれ相手を殺す術さえあれば、死なないというだけで最後には相手を殺す事が出来る。現に八雲はここ四年、そうやって妖怪を退治し、そして強くなってきた。

 

「……話が逸れたな」

 

 話しているうちに熱くなってきた白だが、そこは数千年の経験を有している。説教はいつでも出来ると中断し、状況を報告しあう。

 まずは白から、香炉を狙う一団はやはり妖怪達の集団であり、そのリーダー格は呪鬼、手を出すことはしなかった為、強さ、能力は不明。そして狼暴暴と呼ばれる四つ腕の妖怪は肉体的な強さは民家を気にして十全に尾が震えなかったとはいえ白を抑え込む程の強さを持っている。

 

「白姉ぇが攻めきれないってマジかよ」

 

 何度も白と稽古を繰り返してきた八雲が顔色を悪くする。不死ゆえの長期戦なら八雲の方に軍配が上がるが、短期では白の方がまだまだ上を行く。そんな白が苦戦する相手ということは、自動的に八雲にお鉢が回ってくる。それに気付いたが故の反応だった。

 

「あぁ力だけなら大したものだ。まぁ誰かさんが派手に火事を起こしてくれたからな煙に紛れて、なんとか脱出したよ」

 

 白もあのままで戦っていたら危険だったろう。四本腕と気付いた瞬間に下手に怪我をする前に呪鬼へ向かわせていた尾を戻し、狼暴暴を吹き飛ばし川へ飛び込んで難を逃れたのだ。

 逃げるというは白にとってそこまで忌避することではない。獣の槍からは尻尾を巻いて逃げたし、なんなら人間と妖怪連合軍との戦いでも逃走している。圧倒的な強さを持っているにもかかわらず、謀略や遁走を平気で選択するのが白面の者の(したた)かさだった。

 

 そこで白の話が区切りとなり八雲が代わりに報告する。

 白が多くの相手を囮にし、八雲とぱいは香炉をまんまと奪うと一目散に逃げ出した。白の方が厄介だと判断されたのか、妖怪まんまという相手こそ居なかったが、ぱいがどうしても遅れてしまう。不死身の八雲と妖怪達のマラソンではぱいには不利すぎた。

 そこで八雲はそこらに放火して、その間にさらに囮になることでぱいを逃がしたのだ。

 だが八雲がホテルへ戻ってみると、先に逃がしたはずのぱいは居ない。探しに出ようにも香炉を置いて行くわけにも行かず、うんうんと優柔不断に迷っていたところにずぶ濡れの白が帰ってきたのだ。

 

「とりあえず白姉ぇが戻ってきたからぱいを探しに行ってくるわ。迷ってるのかもしれねぇし」

「……その可能性は高そうだ」

 

 何処か抜けてそうなぱいを想像して白も八雲の意見に賛同した。

 

「白姉ぇはどうする?」

「同行したいのはやまやまだが……流石に疲れた。悪いが休ませてくれ」

 

 そう言うと白は怠そうにシャワー室へと向かう。香炉を脇に抱えているのは少々滑稽だが確かに顔色は悪い。

 常人と比較すれば凄まじい体力を誇る白だが、体力が自動回復する八雲と同じに考えることは出来ない。なにせ无はその気になれば、どこまでも不眠不休で活動できる。

 しかし、白はそうはいかない。ただでさえ日本からの長旅に加え、戦闘と生身での川下り、体力が底値を割っても不思議では無い。

 

(やはり尾は燃費が悪い)

 

 そう心で悪態を吐くが、逆に嬉しいという相反する気持ちも何故か白は感じていた。

 前世を象徴する尾と今世の体の不釣り合いというのは、自身の体が両親によって形作られたが故の齟齬の様に思っているのだ。

 とは言え、こういった場合では不都合でもある。だが、こうやって懊悩するのもまた人間と白は何故か納得した。

 そして……。

 

「覗くなよ」

 

 と八雲を懊悩させるのも忘れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……朝か」

 

 ベッドの上で胎児の様に丸まって寝るという特徴的な寝相から白は起き上がる。

 起き抜けで目が開ききっておらず、体を伸ばすその仕草は普段のクールさは微塵も無い。

 

「……ふぅ」

 

 眠気を吐き出すように白は深呼吸を一つする。その体には僅かな倦怠感が残っていた。昨日の戦闘は白にとっても中々の負担だったようだ。髪をいつも通り手櫛で直して白はベッドから抜け出した。床に足を下ろし歩き出すが、その足元は僅かにふらついていた。

 

「八雲はまだ戻ってないか」

 

 きょろきょろと室内に視線を向けるが、白の目に八雲は映らない。どうやら夜通しぱいを捜索しているようだった。

 

「これが桃源郷への鍵ねぇ」

 

 ホテルに設えられたテーブルに鎮座する店主希望小売価格三百万相当の香炉を眺めながら白は呟いた。

 桃源郷。

 それは、仙境とも呼ばれ仙人たちが住まう桃の花が枯れることなく舞う土地と言われており、俗界とは隔絶され歳を経ることもなく、病に苦しむことが無いとされることもある一種の理想郷だとされている。

 とある伝承では西王母の収める土地ともされ、そこで採れた桃には不老の力があるとまで言われているという。

 白がかつて居た世界でも仙人や草木の精霊が住まう時の流れと隔絶した場所が桃源郷と呼ばれており、潮ととらに味方する術者がそこで退魔術を修めていた。

 

(鏢……と言ったか、凄腕の術者ではあったが良くもまぁ紅蓮を滅ぼせたものだ)

 

 そんな事を考えていると、乱暴にホテルのドアが開け放たれた。

 

「し、白姉ぇ、起きてるか!?」

 

 ぜえぜえと息を荒げて入ってきたのは八雲だった。不死身の癖に肩を上下に胸を前後に動かして呼吸をする様からは余程の事態であると伺えた。

 

「起きてるよ。ぱいが見つかったのか?」

「いや、そうじゃないんだけど……ふぅ、これを見てくれ」

 

 呼吸を整えながら、八雲は白に今朝の朝刊を渡す。一部にしわが寄っているが読めない事もないそれを受け取り白は眉根をしかめる。

 

[香炉を所望する。下記の場所にて受け渡しを願う]

 

 新聞の広告欄にはそう日本語で記されている。広告主も受取り手も記載されいないが、昨日今日で広告をしかもわざわざ日本語で記す相手を察せれないほど二人は馬鹿ではなかった。

 

「受け渡し……か、どうやらぱいは捕まったみたいだな」

「ブラフって事は……ないよな」

「あぁ、ぱいが居ないって事が分からないとこんな広告は載せられないからな」

 

 二人間の空気が薄く研がれていく。三只眼吽迦羅(さんじやんうんから)を害することは無いだろうがぱい自体は記憶と力を封印されている為、荒事には向いていない。何が起こるか分からないのだ。

 視線をぶつけ合う、二人は戦いの予感に気を高めていくのだった。

 

 





大分、遅れましたがあけましておめでとうございます(今更)。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。