我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

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第十七話 逃亡者×3

「……ここは、何処?」

 

 むくりと声とともにぱいが目を覚ます。

 吊り下げ式の明かりに照らされた石畳の部屋はひんやりとしている。やけに冷えるなと二の腕を擦りぱいは、そこで自分の格好にようやく気付いた。

 

「や、やだ。なんでこんな格好なのよ」

 

 ぱいの姿はブラジャーとパンツだけの下着だけにされていた。全裸よりは幾分かマシとはいえ女子高生しての感性を持つぱいとしては恥ずかしすぎる格好だった。

 

「そうだ。私、攫われちゃったんだ……」

 

 両手で自分の体を抱きしめるようにしてなるべく体を隠しながらぱいは気絶する前の様子を思い出していた。

 

 

 白を囮に逃げ出したぱいと八雲だったが、全ての相手を白が引き付けられていたわけではない。呪鬼《チョウカイ》や狼暴暴《ランパオパオ》といった手強い相手こそいないが、ぱいを守りながらでは少々手が余る。

 そこで八雲が選んだのは辺りに火を付けつつ、今度は自分が囮になるという策だった。ちなみに囮になるのはともかく市街地に火を放つというのは普通に極悪である。

 とそこまでの犠牲を払ったにも関わらずぱいが捕まったのには理由があった。

 その場から逃げること自体はさして難しいことではなかったのだが、ぱいの不幸は古物店で狼暴暴に襲われた欧米人マクドナルドを逃げる途中で見つけてしまったことだった。ここでぱいが自分を優先出来る娘であったならマクドナルドの命と引き換えに逃げることが出来たのだろうが、そんな非情な事をぱいが出来る訳も無く、救いの手を差し伸べてしまったのだ。

 胸から血を流すマグドナルドに肩を貸して逃げ出したぱいであったが、当然移動速度は低下するし目立ちやすい。呆気無く見つかり気絶させられてしまったのだ。

 

「そ、そうだあの人は……あっ!?」

 

 浅くない傷を負っていたマクドナルドの事を思い出し、ぱいは周囲を見渡す。すると隅の暗がりに一人の男が転がっているではないか。

 

「ねぇ、大丈夫!?」

 

 思わず駆け寄ってぱいはその体を揺すると、呻き声の様な声が口から零れる。どうやら何とか生きているようだった。ズボン以外は脱がされ、乱雑に包帯を上半身に巻かれ応急的な手当てが施されている。

 

「良かった生きている。……けど」

 

 巻かれている包帯はうっすらと血が滲み傷が塞がっていないのは素人目にも明白だった。これが致命傷なのかどうかが分からないぱいとしては安心していいのかすら分からない状況だった。

 

「どうしよう……っ!?」

 

 俯き途方に暮れるぱいの耳にこつこつと幾つもの靴音が聞こえる。思わずドアの方をぱいは注視した。

 

 

 

 

「どうやら目が覚めたようですね」

 

 ぎぃとドアが開かれ帽子にサングラス、恰幅良い体にスーツを纏った男性、呪鬼が室内に足を踏み入れた。実は白にサングラスを破壊されたためにぱいが最初に見たサングラスとはデザインが変わっているのだが、冷静とは言い難いぱいはそれに気付くことは無かった。

 

「ご気分は如何かな?」

 

 嫌味を言う呪鬼を睨みながら未だに倒れ伏すマクドナルドを守るようにぱいは両手を広げる。

 

「怯えることは無い。ヒョッヒョッヒョッ。何の価値もないお前らの命を奪おうなんて考えてないさ」

(この人、私が三只眼吽迦羅(さんじやんうんから)だって気づいてないの?)

 

「じゃ、じゃあこの人を病院に連れて行ってあげて、お願い!」

 

 自分の正体に気付いていないのなら、あわよくば解放してくれるのではとぱいはダメ元で聞いてみる。

 

「ダメだ。お前たちは人質だ。おいそれと外へ連れ出すことは出来ない」

 

 呪鬼はそういうと懐から筆ペンと紙を取りだし、すらすらと何事かを書き始めた。

 流石に解放する気は無いらしい。

 

「人質?」

「そうだ。昨日は良いチャンスだったのに、まんまと葛葉白に逃げられてしまったからな」

(そう、分かったわ。やっぱりこの人たちは私が三只眼吽迦羅だって知らないんだ。だから私には興味が無いんだ。でも白さんや八雲さんに対する人質になるから生かしてるってことなのかな?)

「この札を傷の上に張るがいい、二、三時間で傷は癒えよう」

 

 ぴっと札を投げると呪鬼は踵を返した。元々顔を見る程度で大した用事はないのだろう。

 

「一体、何が目的なの?私たちをどうするつもり?」

「言っただろう?人質だとな。香炉と引き換えにお前らを返す手筈になっている。くくく、罠と知らずに……いや罠と知っていても来ないわけにはいくまいて」

 

 そういうと呪鬼は高らかに笑い出し、罠の詳細を語り出す。どうやら誰かに聞いて欲しかったらしい。

 いわく、白と八雲を誘き出した場所には鬼眼縛妖六星陣(カイヤンフーヤオリォンシンチェン)という結界を仕掛けており、それは一度引き込まれたなら二度と出ることは叶わない強力な結界だという。

 

「香炉共々永遠に消え失せるのだ!」

「そんな、あなた達の狙いは香炉でしょ?なんで二人まで……」

「お嬢さん。どうやら貴女は部外者に近いようですねぇ。まぁ詳しいことは敢えて言う必要もないが、私達は敵対関係に有るんだよ」

「敵対関係……」

「奴らの狙いは我らが王、鬼眼王(カイヤンワン)様を殺すことなのだよ」

 

 ぱいのあまりの無知っぷりに、ただの人間だと考えが至った呪鬼は完全にぱいへの興味が失ったのか闇の者の間では対して重要でもない情報を口にすると部屋を後にした。

 残されたぱいは罠が仕掛けられていることを何とか二人に知らせねばと歯噛みする。きっと二人は自分を助けてくれる。ぱいは無条件にそう信じていた。ならば二人の為に自分も動かねばならない。

 

「鬼眼王、ううん。今は関係ないわ……。そうだ、シヴァの爪なら……」

 

 建物の規模は分からないがバラスウィダーヒのキーワードで発動する光術は鉄のドアであっても問題なく吹き飛ばすことが出来る。そう思いぱいは左手をドアへと向けた。

 しかし、そこで気付いてしまう。ぱいの左手には何かあった時にと付けていたはずのシヴァの爪が無くなっていたのだ。

 

「シヴァの爪が無い!?」

(どうしよう、このままじゃ二人が危ない。でも、シヴァの爪が無いと力が出せない)

 

 シヴァの爪が無ければぱいは能動的に能力を振るうことが出来ない。命の危機になれば話は別だが、そもそも命の危機に意図的に陥るのも難しく、こういう時に限ってもう一つ人格は眠っており、うんともすんとも言わない。

 しかし、建物の規模が分からない現状でシヴァの爪で辺りを吹き飛ばせば下手をすれば生き埋めであり、あながち運が悪いとも言えなかったことをぱいは知らなかった。

 

「ふぅ、やれやれ。そう、落ち込むなよ。嬢ちゃん!さぁ抜け出すぜ」

「え!?って、あなた、平気なんですか!?」

「あぁ、もとから体は丈夫だか、この札すげぇ効き目だ!気味が悪いくらいだぜ!」

 

 落ち込むぱいに声を掛けたのは先まで床に四肢を投げ出すように倒れ伏していたマクドナルドであった。調子を確かめるように両手を握るその様子からは、怪我人であるのが嘘のように生気に満ちていた。二、三時間で治るといった呪鬼の札が予想以上に優れたものだったのか、はたまたマクドナルドの生命力が人間離れてしていたかは定かではないが、人手が増えたのは紛れもない事実だった。

 

「俺の名はジェイク・マクドナルド。トレジャーハンターと言えば聞こえは良いがまぁ古物専門の窃盗犯ってやつだ」

 

 部屋を隈なく調べ床下に潜りながらマクドナルドはぱいにそう自己紹介した。平時であればあまり積極的に関わりたくない部類の男だが、荒事に慣れているというのは現在の状況では非常にありがたい相手であった。

 古物を扱うというマクドナルドだが、彼自身の目的は金は二の次で本来の目的は三只眼吽迦羅に出会う事だという。教科書や一般的な歴史では決して習うことは無いが、考古学に知識の有る彼は歴史の中に埋もれた三只眼吽迦羅と呼ばれる者に出会いたいという。

 羨望と言っても良いほどのマクドナルドの言葉にぱいは思わず照れてしまう。そんな彼女に首を傾げマクドナルドは人気の無い部屋へと足を踏み入れた。

 

「なに……ここ?」

 

 部屋の空気は静寂に包まれ香が焚かれている。広くも狭くもない室内は中央を除いて一切の家具や荷物が配されていた。何処か異質さを感じさせる部屋の気配にぱいは両腕で自身の体を抱いた。

 

「ち、セスナは有るが車はねーのかよ」

 

 小窓から外の様子を眺めるマクドナルドはそう吐き捨てた。

 どうやらぱい達が閉じ込められた民家以外には他の家屋はないらしい。マクドナルドは数々の修羅場を潜り抜けて来たトレジャーハンターだが、稀代の泥棒の様に万能ではないようだ。

 

「あ!」

 

 部屋を見渡していたぱいの瞳が神殿に据えられた絵画を捉えた。

 

 

 描いた人、はたまた妖怪は描いた人物の姿を知らなかったのだろうか、その顔は幾重ものフードや布で覆われ、左目以外はロクに見ることは出来ない。

 

「こ、この人は……」

 

 しかし、ぱいの何かがこの肖像画の人物に反応する。この人物こそ、自分が求めた答えの一端だと。

 

(知りたい!この人について、この人に会えばきっと……!!)

 

 焦燥だけが高まっていくが、現在は逃亡の最中であり、望みを果たす術もない。なにより……。

 

(まずは八雲さん達のところに行かなくちゃ!)

 

 罠を仕掛けられたことを知らない二人はきっと自分を助けに来るだろう。そして、その罠に掛ってしまえばどうなるかも分からない。

 

 カタン。

 

 窓から外の様子を確かめるマクドナルドと白と八雲の事を考えており、部屋内の注意が散漫になっていた二人の耳にドアが開かれる音が届く。幸いにも扉と周りには棚があり、相手の視線は二人には通らない。

 足音を消すのが上手いのかコツコツと僅かにしか足音は聞こえない。

 

「――――っ!」

 

 まだ挽回できると理解したマクドナルドはさっと棚の脇へと移動すると一息に相手を組み伏せる。咄嗟の事に相手は反応できず、あっという間に気絶しだらりと四肢を床に投げ出した。

 

「え?」

 

 マクドナルドに頭を押さえつけられ意識を手放している人物を見てぱいが小さな声を上げてしまった。マクドナルドがぎろりと睨むが、それは仕方の無いことだった。

 なぜなら、力無く横たわるその人物、いや少女は歳も十に届くかという幼い女の子だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おいおいパラシュートどこだよ!?」

 

 マクドナルドの悲痛な声が響く、筋肉質かつ上背も有る彼が心細げな様はなかなかに異様だった。しかし、現状を知れば笑える人物は少なくなるだろう。

 なぜならマクドナルドそしてぱい、さらに何故か一緒に着いてきた先の少女は、涼やかに輝く月とそれに照らされた白雲が泳ぐ夜空をセスナで飛んでいるからだ。

 そして、その操縦桿を握りこんでいるのは、誰あろうぱいである。

 力を入れ過ぎているのは明らかな様子で必死に機体を平行にしようと四苦八苦している様子からはとても飛行運転に慣れているようには見えない。というか実際初めてである。

 

「静かにしてて!集中できない!」

「そんなこと言ってもよぉ!このままじゃ落ちるんだぜ!?」

 

 なぜ彼らが、こんな事態になったのか。それは呪鬼が八雲達をおびき寄せた場所へと向かってしまったからである。そんな中、気絶させてしまった下働きと思われる少女がぱいに懐き、ぱい達の脱出の手助けをしてくれたのは僥倖だったが、移動手段は無かった。

 車は一台しかなく、それも呪鬼が乗って行ってしまい使えない。

 徒歩で離れるというも手だが、それでは車で向かっている呪鬼には追いつけず、罠だということを二人に知らせることは出来ない。時間は徐々に経過し、そして脱走したこともバレ、徐々に捜索範囲が広がり見つかるのも時間の問題となったとき、ぱいが一か八かとセスナを強奪したのだ。

 運が良かったのはセスナのエンジンが掛っていたこと、そして周囲の捜索をするために家の周りが手薄になっていたことだった。銃撃されるというハプニングも有ったが、空を飛んでしまえば手は出せない。

 

「うぅ……おぇええ!」

 

 間断無く揺れる機体にぱいの脇に座る女の子が酔ってしまい嘔吐する。

 

「うわっこのガキ吐きやがった!おい、放り出すぞ!」

「止めて!小さい子に冗談でもそんな事言わないで!」

 

 怒鳴り声をあげるマクドナルドを静止しながらぱいは女の子を抱き寄せた。機内で見つけたスカイジャンパーが吐しゃ物で汚れるが、ぱいは気にした様子もなく女の子に笑いかけた。

 

「大丈夫よ。ごめんねお姉ちゃんの運転が下手で」

 

 悪いことを言った自覚が有るのだろう。バツが悪そうにマクドナルドは顔を顰める。

 

「下手なのが分かってんならさっさと不時着しろ!ホントに落ちるぞ!」

 

 マクドナルドが言ってることは至極真っ当な事だった。左右に機体は揺れ行路は安定しない。今飛んでいるのは、今まで落ちなかったが連続しているに過ぎない。突然の風や、ぱいの疲れでどうにでもなる危険な行動だった。ならば安定している今、不時着するのがまだ生存率が高いだろう。

 

「でも、それじゃあ二人が危ない目に遭っちゃう!」

「何言ってんだ!お前を助けるためにソイツらがわざわざ危険を冒して、梁玉山に来るって保証は有るのかよ!」

 

 どくんとぱいの心が揺れ、不安が満ちる。

 何の疑いも無く二人ならきっと自分を助けてくれる。そう思っていたが、白は会って一週間も経っていない。八雲も一ヵ月と少しだ。過去の自分との関係は不明、そして不明だからこそ、どれだけの関わっていたのかという事すら分からない。

 

 ガガッ!

 

 そんなぱいの不安に反応したのか、先までの無理な運転が祟ったのかエンジンから異音が響き、モクモクと煙が立ち上る。

 

「おああ!ふ、不時着だあああ!」

「きゃあああああ!」

 

 絶叫が月夜の空に響き渡った。

 

 





 仕事柄、にわかに忙しくなりそうな予感。
 皆さん、うがい手洗いを心がけましょう。
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