我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

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第十八話 鬼眼縛妖六星陣

 煌々と夜空を照らす月と僅かに流れる雲。

 一見すると穏やかな夜に体の端々から闘気を漲らせた男女が歩いていた。一人は既に戦闘態勢になっており白髪を月光に遊ばせているように靡かせる白と香炉を抱えた八雲である。

 

「八雲」

 

 指定された梁玉山にある崖下に向かう道すがら白が脇に転がる岩を顎でしゃくった。

 

「隠し陣……」

 

 二人で岩を退かしていると、そこには梵字が刻まれている。刻まれた溝はまだ新しく、何者かが過去に彫ったものとは考えにくい。つまり呪鬼(チョウカイ)が仕組んだものと考えるのが妥当だった。

 

「奴らまともに取引をするつもりは無いようだな」

「あぁ、だが引くわけにもいかない」

 

 白の言葉に八雲は強く頷く。もとより罠が有るのは想定済みだ。最悪、香炉を奪われてもぱいさえ無事ならよい。香炉の代わりは有るかもしれないが、ぱいの代わりは無いのだ。

 

 

 

 

「約束通り持ってきたぜ。人質、返してもらおうか」

 

 白を一歩後ろに下がらせ堂々と八雲はそう告げた。気負うわけでもなく、さりとて軽い訳でもない自身の意志を滲ませたそれは相手に隙を見せないテクニックだ。

 

「……」

 

 話の口火を先に切らせてしまった呪鬼一行は沈黙し、自分のペースを取り戻すためか暫し沈黙する。

 

「そうですね。では、まずは香炉が本物か確かめさせていただきましょう。その場において十メートルほど下がりなさい」

「その必要は無い!人質の無事を確認するのが先だ。人質を解放しろ!」

「っよろしい……ではその香炉に血を垂らしなさい」

 

 八雲の屹然とした態度に呪鬼はたらりと冷や汗を流した。幾多の同胞を滅した藤井八雲、不死身なだけでなく獣魔術を行使する彼は後ろ暗いことをしている妖怪にとっては大敵と言って差し支えない。人質には逃げられたことがバレれば、どんな手に出るか分かったものではない。

 

「嘘ではない。それだけで本物か偽物か分かるのですよ」

 

 崑崙(コンロン)の鍵の使い方を教えるのは癪だが、ここからが呪鬼にとっての正念場だった。

 

 八雲の右手に取り付けられた手甲から隠しナイフが飛び出す。八雲はそのナイフで浅く左手の親指を切りつけると呪鬼の言葉の通りに香炉へ垂らす。

 

 ぱたた、と鮮やかな血が香炉に付き、重力に従い地面へとその軌跡を描こうとしたまさにその瞬間。

 

 ――――――――!!

 

 眩い光が香炉から生まれ、光の帯を夜空へと走らせた。

 光線は僅かに漂う雲を貫き、天の遥か彼方へと吸い込まれていく。

 

「これは……」

「は……」

 

 香炉の予想外の力に八雲も白も暫し、時を忘れ呆けてしまう。

 

「どうやら、本物の様ですねぇ。では人質を……」

 

 その僅かな意識の間隙に呪鬼は一糸纏わぬぱいをいつの間にか崖に立たせ―――。

 

「返してやるわ!」

 

 蹴りとと共に八雲達とは少し離れた崖の下へと落としたではないか。

 

「ぱい!」

「きゃああああ!」

「八雲!?待て!」

 

 恐怖か、痛みか悲鳴をあげるぱい。八雲は反射的にぱいへと全速力で駆け寄る。白は八雲に遅れる事数拍、その後ろを八雲を静止するように動いていた。

 そして、それを見やる呪鬼は満面の笑みを浮かべていた。

 

(やはり!)

 

「ぱい!大丈夫か!「八雲!罠だ!!」」

 

 その笑みを横目で確認した白は自身の予想、人質が偽物であると確信して大声をあげる。だが、時すでに遅し、地響きとともに地面が淡く光り、巨大な陣が電撃とともに現れた。

 

「!?」

「そこから離れろ!」

 

 陣が生み出す雷撃を尾の一本で払いながら白はひた走る。白の今生で生きて得た知識が正しいならあれは、不死であっても危険なモノの一つだった。

 

「しまったぁ!!縛妖陣(フーヤオチェン)か!!」

 

 八雲も自分が置かれた状況に気付いたのだろう。自身が居る場所が何の中心であるかを悟り狼狽し、急いでぱいを抱えて後退ろうとする。だが、次の瞬間、その腕ががっちりと掴まれてしまう。

 

「何っ!?に、偽物!?」

 

 ずるりとぱいの顔が崩れ中から札が現れる。それはぱいではなく呪鬼が作り出した札による使い魔だったのだ。

 

「ぐおおおおお!?」

 

 地響きと雷鳴と共に徐々に八雲の体が縛妖陣へと引き込まれていく。離れようともがく八雲だが、それを許す使い魔ではない。がっしりと八雲の体にしがみつき、まるで離れる様子がない。

 抵抗も空しく八雲の腰までが縛妖陣へと呑まれ、あと幾ばくも無く体そのものが呑み込まれてまうだろう。

 

「八雲!」

 

 ずるずると引き込まれつつ有る八雲に向って白は手を伸ばす。白の脳裏に溶鉱炉に飛び込んだ中村麻子を救うべく命を賭した潮の顔が浮かぶ。

 下手をすれば死ぬかもしれない。だが、いやだからこそ、白は止まるわけにはいかない。

 

 高らかに笑う呪鬼と縛妖陣に引きずり込まれようとする八雲そしてそれを救おうとする白。事態は混迷を深めていく。

 そして、そこに更なる爆弾が投下された。

 

 風切り音とともにプロペラの回転音がその場に居る全員の鼓膜を震わせる。

 それはぱいが操縦するセスナであった。

 

「あ、あれは!?」

 

 予想を遥かに上回る事態に呪鬼がぴたりと動きを止めてしまう。そして、それに伴い縛妖陣の光も僅かに緩んだ。

 

(今だ!)

 

 その間隙に光明が見えたのか、白は更に加速し八雲の元へと飛び込むように駆け寄った。

 

 

 

 ……。

 

 …………。 

 

 

 

 

 墜落に近い形でセスナはなんとか不時着した。左翼は圧し折れ、地面と擦れたことでプロペラは欠損している。地面にはセスナが刻んだ轍が深々と走っている。そして機体本体もひしゃげ見る影もない。一目見たなら最悪の事態を想像するだろう。

 だが……。

 

「派手な出迎え恐縮しちゃうなぁぱい!無事で良かったぜ」

 

 掠り傷を撫でながら軽い口調でぱいを見る八雲には顔は喜色に満ちていた。自身の命が有る限りぱいも生きていると分かっていても、本人を両の目で見る以上の安心は無いのだ。

 

「信じてた……」

 

「信じてたの、きっと二人は私を助けに来てくれるって……」

 

 そう言ってぱいはぽろぽろと涙を流す。マクドナルドが言った白と八雲が助けに来ないかもという言葉が

彼女を不安にさせていた分、嬉しさは一塩だった。

 

「何言ってんだよ。助けるに決まってるだろ……って白姉ぇ!?」

 

 泣きじゃくるぱいを胸に抱きながら、ふと八雲は気付いた。セスナが突っ込んでくる僅かな間にぱいの偽物から自身を引き剥がし、セスナに投げ込んだ白が近くに居ないことに。

 

 

 

 

 

「ぐぅ……あああああ!?」

 

「白姉ぇ!」

 

 再び雷鳴の地響きが唸りを上げ、澄んだ女性の悲鳴が響く。

 慌てて縛妖陣が有る方向を見れば、先まで八雲を捕えていたぱいの偽物に白が捕まっているではないか。

 

「しくじったな……がぁ!」

 

 雷鳴が白の体を駆け抜け、苦悶の悲鳴を上げさせた。かつて何度も浴びせられたとらの雷撃に比べるべくもないが、弱体化している今の体ではそれでも堪えるほどの威力は有り、とても無視しして縛妖陣から逃れられるものではなかった。

 

「フフフ、少々予定とは違いましたが、葛葉白だけでも十分です。ハァアアアア!」

 

 呪鬼は嬉しそうにそう呟くと、片手に持っていた杖を仰々しく掲げ始める。

 

唵縛妖獣地精幻(オンフーヤオショウテイチンホァン)唵縛妖獣地精幻(オンフーヤオショウテイチンホァン)!!」

 

 朗々と詠唱を始めると縛妖陣は再び先の様な光を放ち始めた。

 

「――――――――――――――っ!!!」

 

 縛妖陣の光は更に増していき、雷鳴と地響き、そして白の叫び声が掻き消える。

 余韻の様な空気の震えと、か細い火花のような電気がちりちりと爆ぜる。

 

 静寂を取り戻した縛妖陣の中心に、葛葉白の姿は霞の様に消えていた。

 

 

 

 

 

 

「ハッハハハハハハ!!葛葉白、この聖地守護警、呪鬼が打ち取ったりぃ!!」

 

 

 続きヒョッヒョッヒョッと呪鬼は楽しげに笑う。八雲こそ仕損じたが、それでも多くの同胞を屠ってきた憎き怨敵の一人を仕留めたのは彼らにとっては非常に有益な事だった。

 

「白姉ぇ……貴様!白姉ぇを開放しろ!」

「ふん……誰がそんな真似をすると思います。……っ!?」

 

 八雲を馬鹿にしたように鼻を鳴らす呪鬼だったが、八雲というかぱいの後ろに隠れて辺りの様子を窺う少女を見て目を見開いた。

 一見すると八歳程度の赤い髪と耳のピアスが特徴的な可愛らしい少女であり、呪鬼がこの場で注意を払うような存在ではない。

 

「解放しないってんなら、どうなるか分かってんだろうな!」

 

 飄々とした普段では考えられない程に八雲は激昂していた。少しでも妙なマネや隙が有ったなら飛び掛からんと体を撓ませている。

 

狼暴暴(ランパオパオ)って奴も無しに俺に勝てると思ってるのか?」

「狼暴暴……?フ、フハハハハハ!」

 

 八雲の挑発に堪え切れないとばかりに呪鬼は爆笑する。その声色には何も知らない愚か者を嘲る色がありありと込められていた。

 

「狼暴暴なら居るではないですか?お嬢さんの後ろにね!」

「なにっ!?」

 

 白が厄介と言っていた相手の登場に驚き八雲は思わず背後のぱいに視線を向けてしまう。

 しかし、そこには依然として小さな少女が首を傾げているだけだ。

 

「ちっつまらないマネ……を」 

 

 場を乗り切るための下らない嘘と断じて八雲はすぐに呪鬼に視線を戻す。逃げるなり攻撃するなり手を打ってくると考えたからだ。だが、そのどちらでも無かった。呪鬼はなにやら骸骨の意匠を施した笛を咥えていたからだ。だが、音は無い。だが、音が聞こえないからと言って、まったく音が出ていないと考えるのは早計だ。人間の可聴域を聞くことが出来る生物など幾らでも居るからだ。そう、例えばイヌ科の動物、狼だ。

 

「?」

 

 ばっと八雲は周りに視線を飛ばす。狼暴暴が名の通り狼の妖怪ならば今の笛で召喚されるのではと考えたのだ。呪鬼はその様子ににやりと笑うと、図体からは予想も出来ない俊敏さでその場を後にする。

 

「待……「きゃああああ!!?」

 

 八雲の静止の声がパイの悲鳴により中途で止まる。何事かと八雲が振り向けば、ぱいが連れてきた少女がみるみるうちに巨大化していくではないか。

 メキメキと音を立てて幼い少女の体躯が強靭な筋肉と骨に置き換わっていく。三メートルを遥かに越える巨体。鮮やかな赤みを帯びた髪は太く黒々とした長毛に、華奢な腕は八雲の胴体に迫る四本の腕に、可愛らしい花びらのような爪は熊のようになり、儚げな容姿はらんらんと瞳を輝かせる魔獣のそれへと変貌する。

 そうぱいが連れてきた少女こそ、呪鬼の切り札の一つ、狼暴暴そのものだったのだ。

 

 

 

 

 

 

「ぐううう!!があ!!!!」

 

 荒れ狂う雷撃を全身に浴びながら白は鬼眼縛妖六星陣(カイヤンフーヤオリォンシンチェン)の中で何とか脱出できないかと足掻いていた。

 

「あ、やかしぃ!!」

 

 白の純白の尾がさっと黒く染まりあがり巨大なウミヘビへと変じる。それはかつての世界で白が外の様子を調べさせるために放った先兵の一つであり、あらゆる攻撃を受け付けない粘液で濡れた皮膚と、大型船を軽々と丸呑みにする巨躯を誇る尾、あやかしであった。

 大きさこそ今の力の準じて十メートル程度しかないが、攻撃を受けないというのは非常に有用な能力である。そんな尾が体を撓らせて陣の境界面に激突する。

 ばぁぁん!と異界を震わせるほどの音が何度も、何度も木霊する。だが、異界はそれ以上の反応を見せない。

 

「お、おのれぇええ!」

 

 思わず前世の口調が出るほどに白は追い込まれていく。

 

「フゥウウウウウウ!ガアアアアア!!」

 

 空気をこれでもかと肺へと取り込み、白は体内で力を練り上げ一息に吐き出す。吐き出された空気は熱せられ強大な火球となり、陣に激突する。ともすれば白も巻き込まれかねない巨大なそれは周囲の空気、果ては雷撃すらも吹き飛ばし、暫しの静寂が異界を支配した。

 

「……やったか?」

 

 己の身を顧みないほどの攻撃で形良い唇に痛々しい火傷を負いながら白は、窺うようにそう呟いた。

 

「……ダメか、ぐ、オギャアアアアアア!!」

 

 びくともしない陣に笑みすら浮かべるほどに呆れると白は再び雷撃に襲われる。人以上で有っても耐久は無限ではない。それどころか、雷撃には更に勢いを増していき、遂には白の左のふくらはぎが雷撃の衝撃に耐えきれず爆ぜた。

 血の花が咲き、激痛が白を襲う。

 

「こ、んな、ところで……」

 

 再度、白は尾を振るう、絶望的な状況の中で白は瞳には未だ希望の光は消えていなかった。

 

 

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