我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

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第十九話 決死の脱出

――天帝の下界の都、崑崙(コンロン)の虚に我をおさめ採生(さいしょう)せよ――

――さすれば輝鍵(かぎ)は天象を貫き、神明の徳に通ずるをもって、万物を鬼眼五将(カイヤンゴショウ)の契約にならい聖地へと導かん――

 

 

 

 

 

 狼暴暴が暴れる中、まんまと八雲達を出し抜いてマクドナルドは香炉をその場から持ち出していた。不死を与えてくれる存在を知り、それに関わる文献から遺物を探し、そして遂に聖地への鍵を見つけ出したのだ。

 

「これで遂に三只眼吽迦羅(さんじやんうんから)とご対面だ!悪く思うなよガキども―――っ!?」

 

 多少は悪いと思っているのだろう。肩越しに八雲達を振り返ったマクドナルドは、突如視界に飛び込んできたものを見て咄嗟に身を屈めた。

 その頭上を梵字が描かれた札が通り抜け、札から雷撃が放たれた。

 

「危ねぇ!」

 

 雷撃が出した音が霧散し、呪鬼(チョウカイ)が姿を見せた。どうやら八雲達の元を離れたのは逃亡ではなく、香炉を奪ったマクドナルドを逃がさないための措置だったようだ。

 

「仲間を見捨てて行くんですか?」

「あんたもしつこいな!嫌われんぞ、そういう性格」

「構いませんよ?死にゆくものに嫌われても痛くも痒くもありません」

 

 くつくつと笑いながら、呪鬼は新たな札をさらさらと書き始めた。どうやらマクドナルドを逃がす気は無いようだった。

 

「聖地ついてあなたは知りすぎました。ここであの子達ともに死になさい」

「ちょっと待てよ!香炉を持ってんのは俺だろ?あのガキどもは殺すことはねぇーだろ!?」

 

 遠くで聞こえる破裂音を耳にマクドナルドは捲し立てた。盗掘なんて犯罪に手を染めてはいるが、流石に多少なりとも話した相手、しかも年下に見える相手が死ぬのは目覚めが悪いのだろう。

 

「ふふふ、あなた達が連れてきてくれた紅娘(ホンニャン)はあなたを襲った狼暴暴(ランパオパオ)の化身です。あやつに慈悲の心はありません。残念でしたなぁ」

 

 

 

 

 

「やめてぇ!私よ、分からないの!?」

 

 自分に懐いてくれていた少女が化け物へと変じ、自身へと襲い掛かってくる。信じがたい事態にぱいは叫ぶことしか出来なかった。

 しかし、そんな声に狼暴暴は無情にも何の反応も見せない。一番の手練れと判断したのか、それともぱいと一緒にいた記憶が有る為か、執拗に八雲を攻め立てていた。

 ぶぅんと丸太の様な腕が岩を殴打すれば、岩は容易く砕ける。その隙を突こうと殴りかかる八雲だが、二つの腕ならまだしも、相手は四つの腕を持つ異形、即座に残る腕が八雲を迎え撃つ。

 体躯も、手数もまるで相手になりはしない。せっかく身につけた体術も、ここまでの身体能力に差が有れば、まるで役に立たなかった。

 

「ぐおおおおお!」

 

 逞しい四つの腕が絶え間なく八雲を襲う。一撃、一撃が非常に重く、受け止めれば内臓まで響くほどの衝撃を八雲は感じていた。(ウー)でなければあっという間に倒されていただろう。

 正攻法で戦えば苦戦は免れない。だが、強力だが単調な攻撃はいずれ綻びを生む可能性もある。无の持久力と耐久力でゴリ押しするのも一つの手だった。

 

「いい加減にしろ!」 

 

 頭に振り落とされた強力な打撃に対し八雲は手甲のナイフを向ける。勢いを乗せた攻撃は急には止められず、狼暴暴はナイフの刃の切っ先に拳を叩き付けてしまった。

 それは自身の腕力の威力も有り、狼暴暴に浅くない傷を負わせることに成功する。……八雲の肩の骨折と引き換えに。

 

「ぐぅ!」

「ぎゃああああ!?」

 

 苦痛の悲鳴を互いに上げながらも、後ろに退くどころかさらに一歩踏み出しあい狼暴暴と八雲は血生臭い戦いを続ける。爪がナイフが互いの皮膚を赤く、染めていく。不死を楯にした悪くない戦術とも言えるが、一撃が重い狼暴暴相手だと一時的に動けなくなるリスクが有り、呪鬼の動向が読めない現状ではぱいを危険に晒す可能性もある。

 

「どけ!早くしないと白姉ぇが!」

 

 それでも八雲が強引に攻めている理由は鬼眼縛妖六星陣(カイヤンフーヤオリォンシンチェン)へと囚われてしまった白を救う為だった。

 縛妖陣(フーヤオチェン)は未だに発動中であった。それは効果圏内に入れば引きづり込まれる可能性も有るが、異界との接続がまだ続いていることも示していた。ならば、なんとかして白をこちら側に戻すことも出来るかもしれないと、八雲はそう考えていたのだ。

 

「やめて!あんなに大人しい良い子だったじゃない、ね?おねえちゃんのこと忘れちゃったの?」

 

 狼暴暴を倒そうとする八雲とは対照的だったが、ぱいはぱいで狼暴暴を止めようと必死だった。華奢で色の薄い自分よりもずっと小さな女の子。頼りなさげに自身に縋りつくその姿は決して演技ではなかったとぱいは確信していた。

 

「ぱい!今は何を言っても無駄だ!まずは呪鬼、あいつをなんとかしないとダメだ!」

 

 呪鬼の行動を見ていた八雲はうっすらと現状を理解していた。どっちが本性かまでは分からないが、少なくとも目の前の狼暴暴は二人に対して敵意をむき出しにしていた。

 

「出来るだけ離れろ!そいつは凶暴だ。それに縛妖陣がまだ生きてる。お前まで引きずり込まれるぞ!」

「そんな……っ!?」

 

 何か出来ることは無いかと、ぱいは変わり果てた姿の少女、狼暴暴を観察する。そして気付いた。

 狼暴暴の首には何故か、ぱいの切り札シヴァの爪がぶら下がっているではないか。

 

「……おねえちゃんに、それを返してくれる?ね?」

 

 シヴァの爪を指差し、なるべく優しい声色でぱいはそう告げた。いかなる経緯で狼暴暴の首にぶら下がっているかは定かではないが、ぱいにとって強大な武器である。現状を打破する手になるかもしれない。

 

「ね?お願い」

 

 戦場に似合わぬ優しい声色が狼暴暴の興味を引いたのか、ぎろりと狼暴暴はぱいに視線を向けた。が、そこには溢れんばかりの敵意に満ち満ちていた。

 どうやら、ぱいの事を思い出したというよりは、ただ単に興味の対象が移ったにすぎない様だった。

 そして、その興味は暴力の行使と言う形で振るわれた。僅かばかり体を撓ませると、狼暴暴は巨体に見合わぬ速度でぱいへと突進する。

 

「くそっ出でよ!土爪(トウチャオ)!」

 

 それを見た八雲が慌てて獣魔術を狼暴暴へと叩き付けた。三つの巨大な爪が狼暴暴を肉塊にせんと突き進む。コンクリートに深い傷を負わせるそれは、リョウコという妖怪すらも一撃で瀕死に追い込む強力なものだ。まとも当たればただでは済まない。

 

 ズゥウウウン!

 

 突き進む三つの爪を見るなり、狼暴暴はその右手を思い切り地面へと突き刺した。容易く地面を粉砕し、なんとその腕は土爪の本体すらも穿っている。

 

「な、なんて奴だ!腕力で土爪を止めやがった」

「グルウウウ!!」

「はっ!?まずっ」

 

 そして狼暴暴のその攻撃にあっけに取られてしまった八雲は大きな隙を作ってしまう。その隙を見逃さず巨大な二つの腕が八雲の両手をそれぞれ掴み、さらに残った両手がぎりぎりと八雲の胴を締め上げた。

 

「げえっ!!」

 

 爪こそ立てられなかったが岩をも軽々と砕く剛腕は八雲の胸郭を、そして中の臓器を容易く押し潰す。たまらず八雲は凄まじい量の血を鼻や口から吐き出した。

 狼暴暴は手足の力が残らず抜けた八雲を掴んだまま、のしのしと縛妖陣の中心へと進んでいく。八雲を縛妖陣へと放り込むつもりなのだろう。そして今なお、体を締め上げられている八雲は一切の抵抗が出来なかった。

 

「止めて!八雲さんを放してぇ!」

 

 縛妖陣の機能を知らないぱいだが、八雲が酷く傷ついているのが耐えられないのだろう。自身の倍以上の巨躯の狼暴暴の足にしがみ付き、その行く手を阻まんとする。だが、その程度で止まる狼暴暴ではない。まるで意に介さず狼暴暴は突き進む。

 

「ぱ、ぱい離れろ!お、お前まで縛妖陣に囚われちまう」

「だ、だって八雲さん!八雲さん!!」

 

 悲鳴のような声を上げるぱい。その感情が封印された力が僅かばかりでも漏れたのか、その瞬間、縛妖陣の雷鳴が再び強くなる。同時に地鳴りも増すと、狼暴暴とぱい達が雷撃に囚われた。

 

「グォオオオオ!!」

「きゃあああああああ!?」

「ぱいぃいい!」

 

 三者三様の叫ぶも、縛妖陣は獲物を逃さんと雷撃を一層強くする。気付けば狼暴暴も下半身がまるごと縛妖陣に吸い込まれていた。

 

 

 

 

「あ、あいつら……」

「もう手遅れですよマクドナルドさん」

 

 呪鬼に追われながらも、ぱい達の事が気になったのか、踵を返して戻ってきたマクドナルドが見たのは残った雷撃を吸い込む縛妖陣の姿だった。

 先までの騒音が嘘のように辺りは静寂に支配されていた。

 縛妖陣には誰も、誰一人も残ってはいなかった。

 

「入り込んだが最後、強力な縛雷(フーレイ)が体を内部から破壊し続け肉片となっても永遠に苦しむ……鬼眼縛妖六星陣(カイヤンフーヤオリオウシンチェン)未だかつて、そこから生きて逃れた者はいませんよ」

 

 

 

 

 

 

 バリバリと電撃が奔り抜け、轟音が周囲を満たす。地面は無く浮遊感をその場にいる者に与えるだろうが、それを楽しむ余裕を持てる者はいないだろう。

 

「きゃああ!」

 

 悲鳴をあげるぱいに目もくれず狼暴暴は異界の境界面にその剛腕を何度も何度も叩きつける。空間自体を振るわせるほど威力が込められたそれは、しかし何の意味も無かった。狼暴暴の爪は割れ、血が噴き出す。それだけだ。

 

「や、奴の力でも無理なのか!?ぐぅううう、はっ!?白姉ぇ!?」

 

 狼暴暴の力でも破れぬ結界に絶望しつつも八雲はなんとか打開策が無いかと周囲を見渡す。そして、その眼に自分たちよりも前に縛妖陣に取り込まれたしまった白が写り込む。

 全身に裂傷と火傷を負う白は一見すると死んだかのように見えるが、八雲の声に弱弱しく顔を上げた。

 

「……我…は、我は」

「白姉ぇ!」

 

 白は胡乱気な目で八雲を見つめる。その口調は八雲が知る由も無いがかつての白面のそれだった。

 

「ぐぅ、……く、お前たちまで、来たのか」

 

 だが、それも僅かな間で白は意識を通常のそれへと戻すと、悔し気に呟いた。彼女なりに色々と試した結果、縛妖陣から逃れられないと分かったからこそ、その悔しさはより強かった。

 

「ぐああ!」

「ぐぅうう!」

 

 そんな再会も縛妖陣には何の意味も無い。雷撃は容赦なく二人を襲い、場合によってはその肉を引き裂いていく。

 

(八雲さん!……白さん!)

 

 同じく苦しむぱいは苦痛から言葉すら紡げず、その痛みに体を晒していた。頭の中の思考は纏まらずぐるぐるとループする。

 

(どうしたらいいの、どうしたら、どうしたら!)

 

 そんなぱいの腕が突然、爆ぜる。血の花をぱいは見る。そして、痛みが直ぐにぱいに押し寄せた。

 

「きゃあああああ!?」

 

 先までの雷撃、いやぱいとして生きた四年間でも受けたことのない激痛にぱいは悶え苦しんだ。

 

(助けて!誰か、神様!……)

 

 盲目的に助けを請うぱい、だがそんな彼女の脳内に鬼眼王(カイヤンワン)の姿が映る。封じられ朧げな記憶の中に有る暴虐の限りを尽くした一族の王。

 暴力を力を称した彼に、ぱいは誰かと共にあり、そして守り合うそれが自身の力だと主張した。

 

『ならば、時の果てにお前の聖なる力と私の力、どちらが勝つか見せてもらおう』

 

 そう誓約したのだ。ここでぱいが死ねば、暴力こそが聖なる力だと認めてしまうことになる。それは、それだけは、記憶を失ったとしてもぱいには許容できることではなかった。

 

「死ねない」

 

「死ねないわ」

 

「貴方に勝つまでは!!」

 

 ぱいの体に言葉に出来ない力が満ち、狼暴暴へと向かう。ぱいにはこの状況を覆す秘策があった。シヴァの爪、それさえあれば強力な光術を自在に放つことができる。天空の雲にすら届く、それならこの異界を貫く可能性が確かにあった。

 

 雷撃に苦しむ狼暴暴の首元にぱいの腕が迫る。あと僅か数センチで届く、そんな時、狼暴暴がぱいに気付く。雷撃に苛まれようとも獣の本能は健在なのだろう。半ば反射的に左手がぱいへと振るわれた。

 

(やられる!)

 

 しかし、それでもシヴァの爪を取るチャンスは見逃せないと覚悟を決めてぱいは突き進んだ。

 

 ザッシュウ!!

 

 肉を切り裂き、血が噴き出る音が耳朶を打つ。

 

「があああああ!」

「え?」

 

 悲鳴と驚きの声が同時に生まれる。

 その声は悲鳴が白、驚きの声はぱいだった。

 ぱいを狙った凶刃、そのそんじょそこらのナイフすら上回るそれから白はぱいを守ったのだ。ただでさえ血に汚れた白の体は、汚れていない部分を探すのが難しいほどに血に染まってしまう。

 

「白さ「やれ!」は、はい!」

 

 自分を気にするぱいの言葉を遮って白はぱいを急かす。白には縛妖陣を破る手は無い。もうぱいに掛けるしかないのだ。

 

「バラスウィダーヒ!!!」

 

 光の帯が異界を蹂躙した。




今日の昼には諏訪湖観光している予定。
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