我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

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第二話 銃声

 

 

「うーす!白姉ぇ、香港土産だぜ!」

「やたら元気だな……それとなんだそのバンダナは?」

 

 深夜のバイトを終えひと眠りしようとするのを妨害され白は隈が滲む顔でいつの間にかバンダナを頭に巻くスタイルになった八雲を家の中へと招き入れた。

 体調を理由に土産だけもらう選択肢もあるが、前世の行い故か今生の白は礼には礼を返す性格をしている。

 

「土産がお茶請けで悪いが勘弁してくれ」

 

 八雲と書かれた湯呑と香港土産を八雲の前に丁寧に出すと白は対面のソファーに腰を下ろした。

 八雲と白が合うのは大体二週間ぶり、ここのところ八雲は香港に旅行に行っていた。

実は妖怪がらみの事件が有ったのだが、それは白のあずかり知らぬところである。

 

「別に良いのに」

「まぁせっかくだからな」

 

 互いに無言でお茶請けと茶に口をつけていく。お喋りではない白とそんな白に一種の憧れを抱く八雲では中々会話が弾まないのが常だった。とはいえ、仲が悪いわけではなく、お互いの距離感を知っているというのが適切な表現だ。

 

「香港で何か有ったか?この前会ったときとは雰囲気がずいぶん違う」

 

 熱い茶を飲んだおかげか多少顔色が戻った白はソファーに深く座りなおすと印象が変わった八雲に問うた。

 

「ん?そーかぁ?自分じゃよくわかんないけど」

 

 本人は分かっていないようだが白からすれば分かりやすいほどに印象が違う。どこか絶対に崩れないような自信を持つものの余裕を今の八雲は滲ませていた。

 なんだろうと考える白は最近の八雲の挙動からそれが何かを考え始めた。

 

「……そうか、パイと旅行に行ったんだったな、卒業おめでとうと言っておこう」

 

 そして、男女の旅行というキーワードを思い出した時点で思いついた事をさらりと言うとお茶を口に含んだ。

 

「ぶふぅ!?」

「おい!?」

 

 白の衝撃的な一言で八雲の口からお茶が勢い良く吹きだされ、部屋を汚された白が抗議の声をあげる。

 

「パ、パイとはそんなんじゃねーよ!」

「ふぅん。手を出しただけか……最低だな」

「そっちじゃなくて!」

 

 テーブルや床を拭きながら白はにやにやと笑っていた。顔を赤くし、汗を流す八雲の反応からパイと八雲は一線を越えていないことに確信し、さらに八雲がパイを意識していることまで察した白のからかいは加速する。

 

「じゃあ、何故一緒に住んでいる?まぁ多少なりとも理由は有ろうが悪く思っている人間とは一緒に住むとはならんだろう?」

「うぐぐ……」

 

 反論出来ないのだろう。八雲は両手を握りしめると悔しそうに白を睨みつけてくる。白の見立てでは恥ずかしさ七割、怒り三割といったところだろう。プルプルと震える様は見ていて白を飽きさせない。

 

「それとも、私には言えない理由でもあるのか?」

「っ!?」

 

 そして、その間隙を縫うように白の鋭い問いが八雲を射抜いた。

 静寂、テレビから流れるニュースの音量すらも低くなったかのような錯覚に八雲は襲われていた。

 

(ふむ……厄介な事に巻き込まれたか?それしては緊迫感は無いが……)

 

 八雲からの返答が無くとも白には関係が無かった。突然、外国から自分に会いに来た女の子と海外旅行。急にも程があるし、不自然極まる。仲良くなったから旅行に行くにしても会って数日はあり得ないだろう。

 ならば、相応の理由が有って然るべきだ。と白は考えていた。

 

(……例えばパイがマフィアの娘で、その親から八雲の父親が助けたとか、遺産相続とか……うむむ)

 

「べ、別に大した理由じゃないから、ちょうど香港行きのチケットが有ってさ~」

 

 汗を垂らしながら釈明を繰り返す八雲を余所に白の思考は回転し続ける。しかし、その思考はマフィア等の犯罪組織絡みが限界であった。

 

 まさかパイが三只眼吽迦羅(さんじやんうんから)という妖怪であり、そして八雲がそのパイによって命を助けられる形で(ウー)という不死身の存在へなってしまったというのは慮外の出来事であった。

 白が僅かでも前世の力の片鱗が有れば見抜けたであろうが、今の彼女は前世の記憶が有るだけの成人すら迎えていない少女に過ぎない。

 

「ま、何か有ればママに相談するんだな。怒られるかもしれんが」

「ははは、そうだな……」

 

 冗談めかした言葉で白が話題を締めくくると八雲がほっとした様子で乾いた笑いを繰り返し、八雲はそそくさと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 八雲の帰国から数日後。白は愛用のバイクをすっ飛ばして病院へと向かっていた。

 バイクはGSX1100S katana。かつてヨーロッパを席巻した名車と名高いバイクである。大型車ゆえの扱いにくさは有るが、日本刀をイメージした優れたデザインと高い基本性能を持っている。

 そんな愛車を法定速度ギリギリで走行し、細かく車線変更を繰り返している様からは白が如何に急いでいるかが窺えた。

 

(八雲が怪我……まさか)

 

 風がこれでもかと叩きつける風防から焦りを滲ませた白の顔が透けて見える。普段の泰然自若とした雰囲気は今の彼女からは感じられない。そこには親しいものが不幸に嘆く少女の表情しか見えていない。

 

(やはりマフィアがらみか?となるとパイはマフィアの関係者か?あの箱入りっぷりはそういうことか?)

 

 車体を傾けながら白の思考は加速する。しかし、この世界で妖怪の存在を知らない白の考えは再び迷走していた。

 そんな白の視界に明らかに法定速度を超過した二人乗りバイクが写りこむ。二人乗りで堂々とスピード違反をする豪胆さを妬むが、そんな感情は一瞬にして霧散する。

 

「八雲!?」

 

 対向車線から見えたバイクの後ろの乗員は、これから見舞おうという怪我人、八雲その人であった。

 ヘルメット内にくぐもった声が響き、白はバイクを強引に対向車線へと変更させた。

 

「悪い!」

 

 いくつものクラクションが持ち主の不満と怒りを表すかのようにけたたましく鳴り響く。白は咄嗟に行動した自分を省みながらも、事故が起きなかったことに安堵し、自己満足だけの謝罪をして八雲達を追うべく愛車に叱咤を飛ばし、走り出す。

 

(あいつ、橋の崩落に巻き込まれたとか聞いていたが、もう病院を抜け出したのか?)

 

 八雲達に追い付くために、白はそれまで遵守していた法定速度を軽く無視してアクセルを深くする。

 エンジンが唸りを上げ、車体の熱が白の体にじんわりと馴染んでくる。

 距離は大分離されてしまったが、それは微塵すらも問題にならない。八雲達の乗車するバイクは所詮中型、400ccがせいぜいだろう。しかし、白の愛車katanaは1100ccしかも、欧米向けのモデルをわざわざ逆輸入した逸品だ。排気量も上回り、そしてましてや相手は二人乗り、追い付かない道理は無い。

 豆粒の様だった二人の背中を捉えてから、ぐんぐんとその背中が大きく、近くなっていく。

 

「言い訳が楽しみだ八雲!」

 

 少なくとも病院を抜け出して遊びに行く元気は有るのが分かり白は安堵していた。そして、代わりにSっ気が顔を出す。

 瞬間、白の視界に十メートルに届こうかという巨躯を持つ異形の人面鳥が現れた。

 

「はぁ!?」

 

 あまりの光景に白はあんぐりと口を開け、驚きを露わにする。普段は落ち着き払っている彼女を見ている者が居たら、それはそれは驚いたろう。それほどまでに白は間抜けな顔を晒していた。ヘルメットをしていたのは運が良いと言えたろう。

 巨鳥の化け物は何かを掴むと、ゆったりとした動作で公園へと羽ばたいていく。そして、八雲達のバイクもスピードを落とし、化け物を追従していく。

 

「ば、ばかな」

(この世界にも妖怪の類が居るのか!?)

 

 白も徐行に近い形で二人を無意識に追うが、周囲の驚きよりも白の驚きは深かった。

 十九年生きて初めて遭遇した怪異に、そしてその怪異と八雲が関わっているのが、彼女の心を強く揺さぶっていたのだ。何より、ここ最近の八雲の様子は怪異がらみだったと至った事で混乱がオーバーフロー気味になっていた。

 

「くそっ、どうなっている?」

 

 そうこうしている間に二人は新宿中央公園で停車していた。白はそのままバイクで突っ込んでやろうかと考えたが、徐々に落ち着く頭が八雲に気取られず近づいた方が良さそうだと判断したため、バイクを停車しゆっくりと二人の元へと向かう。

 ヘルメット外したことで亜麻色の美しい髪が夜気へ晒され、ふわりと流れた。困惑から流れた汗が一月の冷気に触れ、一気に冷えた。

 近づくにつれて二人の会話が白の耳へと入っていく。

 

「……あの、ドラキュラみたいな奴で――夏子も化け物にされちまったのかな?」

「……」

 

 夏子、その名前は白にも覚えがあった。八雲の小学校からの同級生で白とも交友のある少女である。黒髪のショートカットで明るく皆から好かれる美少女といった印象の子だ。

 

(化け物?)

 

 どくんと白の鼓動が早くなる。何かの怪異に巻き込まれているのは明らかだった。それが化け物になるというのは一体どういうことだ。白の中で疑問が次々に湧いていく。

 

「夏子、夏子、夏子ぉ……」

 

 八雲の知り合いであろう少年が慟哭を上げて名を呼び続けている。

 一歩一歩、白が近づいていき、夏子の姿が露になった。その光景に白は息を呑んだ。そして……。

 

「どういうことか説明してもらうぞ八雲」

 

 それまでの疑問や不安、怒りという感情は吹き飛び、白は極めて冷静にそう告げた。

 

 

 

 

 夏子を落ち着ける場所に連れて行きたい。八雲の意向に則り一行はとりあえず八雲の自宅へと向かおうとしていた。八雲と同じく橋の崩落に巻き込まれた夏子を病院へは戻さないという選択肢はかなり厳しいものだが、夏子の姿を見た後ならば、それは納得できるものだったのだろう。

 今の夏子は胸の中心にこぶし大もある目玉がついた腫瘍の様な出来物がぼこぼこと蠢いており、さらに周囲には太い血管の様なものが全身を蝕まんと根を張っているという異様極まりない姿となっていたからだ。

 八雲は詳しい説明は家に着いてからすると白に説明していたが、白はその異様な存在を超常に類するものだと感じていた。なまじかつては化け物だった身。力を無くしてもなんとなく察したというところだろう。

 

(予想以上に厄介なことになってるんじゃないか?)

 

 八雲達を乗せたタクシーを追走し白は思考を巡らせていた。

 ちなみに八雲達が乗っていたバイクは公園に置いてきた。

 不用心かもしれないが、どうやら夏子は化け物に操られ、パイを浚ったのだが、八雲に防がれ意識不明の少女が二人という事態の為、流石にバイクでの移動は無理だと判断したためだ。

 白がバイクなのは愛車を置いて行きたくないと頑なに拒否したためだったりする。

 

「ん?」

 

 白のバイクを先行する八雲達が乗るタクシーが停車する。どうやら検問らしい。事件か事故か定かではないが、今日の運勢はとことん悪いのだろう。誰かの運か、一行の運かは分からないが。

 

「なんか、あったんすか?」

 

 タクシーの運転手が不機嫌な様子で近づいて来た警官に声を掛けた。見るからに厄介事を抱えている八雲達を乗せてしまっているのだ。これ以上の面倒事をこうむりたくないのは致し方ないことだろう。

 だが、運転手に降りかかった面倒事は、そんなものではなかった。

 

 パン。

 

 乾いた音が辺りに響く。深夜に差し掛かろうかという時間帯。それでも都内の喧騒は未だ眠りにつくには早過ぎる。そんな喧騒が非日常の一音でかき消された様にその場の者達は感じたであろう。

 警官の手には硝煙の漂わせたリボルバー。

 そして運転席には頭を撃たれた運転手が血を止めどなく流してシートに体を預けていた。

 

「え?」

 

 それは誰の疑問符か、吐息か?

 

「ヤバい!タっちゃん逃げろ!」

 

 立て続けの怪異、妖怪と接した八雲がまず状況を理解した。警官のこめかみの辺りには巨大な眼球がべったりとはりつき、周囲の皮膚に根を下ろしている。それは夏子の胸部に張り付いたそれと全く同じものだった。

 しかし、気付いた時には既に状況は最悪の事態へ向かっていた。

 どこに隠れていたのか、タクシーの周りは数十人を越える人影に囲まれている。

 そして、その全ての人たちに例外無く歪な眼球が体の何処かに張り付いていた。これが罠であることは誰の目にも明らかであった。

 

「八雲っ!」

 

 katanaを唸らせ白が強引にターンを決める。1100CCの怪物的な排気量を持って車体を振り回し、なんとか退路を確保しようと奮戦する。

 死なないように手加減を加えているが、見知らぬ他人よりも知ったる身内の方が遥かに大事なのだろう。遠慮無く白は暴れまわった。

 

 

「パイ!!!」

 

 だが、パイを最優先する八雲と最悪パイを犠牲にする事も考えていた白では、立ち回りが齟齬が生まれるのは必定、遂にパイは捕まってしまう。助けようか見捨てようか、白は一瞬、硬直してしまった。

 本来ならこの程度の妖怪もどきに後れを取るパイではないが、今はお札で妖力と主人格を封じられていては力を振るうことは叶わない。あっという間に操られた人達に担がれて運ばれていく。

 

「八雲、待て!……っ!?ぐあっ!!」

 

 焦った八雲は白の制止も聞かずにパイの後を追おうと駆け出し、そして当然の如く捕まってしまう。確かに八雲は不死身の肉体を持つ无となってしまったが、それはあくまで人間が不死身になっただけに過ぎない。魔法が使えるようになったわけでも、怪力無双になったわけでもない。八雲の身体能力は何も変わっていないのだ。

 故に数人に囲まれてしまえば身動き取れなくなってしまうのは当然の帰結だった。

 そして、八雲が捕まったことで更に狼狽えた白もバイクから引き摺り下ろされてしまい、強引に道路に叩きつけられ、整い滑らかな頬に血が滲む。

 

「く、放せ!」

 

 地に顔面を押し付けられる。それは白にとって今世でも前世ですらも覚えが無い屈辱。目の前が真っ赤になるほどの怒りが彼女の中を駆け巡るが、悲しいかな今の白にそれを発揮する力は無い。

 

(くそっ!まさかかつての力が欲しいと願う日が来るとはっ)

 

 白に万分の一でもかつての力が有ったなら。八雲達を救って下手人を屠れたであろう。

 しかし、それは無いものねだりでしかなかった。

 

「ゲ、ゲッゲゲ、お、お前、邪魔、し、シすぎ」

 

 白の抵抗は化け物にとっては目障りだったのだろう。諦め悪く足掻く白に先ほどの警官が拳銃を構えた。

 撃鉄がかちりと上げられる。

 

「や、やめろ!」

 

 悲鳴の様な八雲の声が響く。

 

「っ」

 

 白く、形の良い白の喉がごくりと鳴る。数瞬で喉が渇くという経験は彼女にとって稀有な経験だった。

 

 警官の右の人差し指に無慈悲に、無情に力が加えられていく。

 

 ■■■――――

 

 次の音は銃声、八雲の慟哭か、白の断末魔の声か、化け物の哄笑か。

 全身に走った衝撃と薄れる意識。白にそれを確認する術は無かった。 

 

 

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