我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

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第二十話 斗和子

 轟音と雷鳴、そしてぱいの光術が暴れる縛妖陣(フーヤオチェン)とは対照的に外の世界は冷えた夜気に満ちた静寂の世界だった。

 

「さて、貴方にも消えてもらいましょうか」

「ちっ」

 

 呪鬼(チョウカイ)とその部下がじりじりとマクドナルドに詰め寄る。逃げ筋が無いとは言わないが、外で裸足では長距離を走るのは難しいだろう。

 

(く、ここまでか……)

 

 

 怪我こそ治っているが、体力は戻っていない。いよいよかとマクドナルドも最後を覚悟する。

 

 ……ゴ。

 

 …ゴゴ。

 

 ゴゴゴ。

 

「な、なんだっ?」

 

 最初は聞き間違いのような小さな音だった、だがそれは時が経つごとに確実に大きくなり、ついには地響きとなる。それだけではない、ピシ、ピシと空間すらも音を立て始める。

 

「ま、まさか!?」

 

 予感が有ったのだろう。呪鬼は自身の不安を払拭するように縛妖陣に凝視する。

 

「そ、そんな!」

 

 そんな不安など知らぬとばかりに、地響きは縛妖陣の中心から発生していた。そして遂に地割れが生まれ、地割れから光が溢れ出す。

 

 ゴウっ!

 

 一際激しい、轟音が鳴ったかと思うと縛妖陣が中心が爆発する。人間大の大岩が当たりに飛び散り、光と音が極大となる。

 

「ば、バカな!未だかつて誰一人として破れなかった縛妖陣が!なんだ、何が起こっているんだ!?」

「!!」

 

 その爆発の中、マクドナルドは人影を見る。そして呪鬼も釣られて、そこに視線を向けた。

 その瞬間、呪鬼の顔面いや全身から汗が噴き出した。

 

 倒れ伏す白と八雲、そして狼暴暴(ランパオパオ)

 ただ一人、右腕から止めどなく血を流しながらも、その人物は確かに二本の足で直立していた。左手が傷ついた右腕を庇う様に握りしめる。

 そして、警戒するように相貌が、いや三つの目(・・・・)が周囲を睥睨する。

 

「----」

「あ、あああ……」

 

 マクドナルドがあんぐりと口を開けて驚く中、呪鬼はガタガタと震えだす。呪鬼は知っている。妖怪の頂点に君臨する鬼眼王は三只眼吽迦羅という極めて強力な妖怪である。だが、彼以外の三只眼吽迦羅は誰であろう鬼眼王(カイヤンワン)によって滅亡している。

 ならば、目の前の少女が何者なのか?

 というか、何故気付かなかったのか、藤井八雲とともにいる少女が只の人であるはずがないのに。

 

「ひ、い、いや、あんな小娘が三只眼吽迦羅(さんじやんうんから)のわけがない!」

 

 上ずる声を誤魔化さそうとするが、それでも体の震えまでは止まらない。鬼眼王自身ではないとはいえ、

三只眼吽迦羅というだけで、多くの妖怪からすれば恐怖の対象なのだ。

 

「強がるなよ、縛妖陣さえ無くなればこっちのものだ。聖地へ案内してもらおうか!」

 

 不死者の面目躍如、わずか時間に立てるほどに回復したのだろう。ぱいを庇う様に八雲は立ち上がると、そう呪鬼に啖呵を切った。

 

「ふ、藤井っ」

 

 ぱいが三只眼だと分かった事と、そして絶対の自信の象徴である縛妖陣を破られ、呪鬼はすっかり萎縮してしまっていた。そうこうしている間にも徐々に八雲は回復していく、呪鬼は焦燥は増していく。

 

「う、うるさいっ!ええい!狼暴暴、その娘を殺してしまいなさい!」

 

 本来なら三只眼は生け捕りが望ましいのだが、混乱しているのか狼暴暴にぱいを殺すように指示を出す。するとそれまで倒れ伏していた狼暴暴が血を噴出させながらも立ち上がる。

 

「ぐぉおおお!!」

 

 傷ついているはずなのに、その叫びには狂気が宿っていた。自らの損傷などお構いなしにぱいへと飛び掛かった。

 

「がぅ!?」

 

 その右足首にいつのまに純白の紐状の物が巻き付いていた。

 

「……八雲!」

「白姉ぇ、サンキュ!!」

 

 自分の血溜まりに沈みながら白は弱弱しくも強い意志を込めて八雲を名を呼ぶ。

 

 ぱいを庇う様に即座に躍り出た八雲、白の作ってくれた隙を見るとぼろぼろと左手を前に突き出した。その腕は拉げているが、見る見る内に再生していく。

 

「傷ついた同士なら、俺の方が!!」

 

 狼暴暴と八雲ではその身体能力に大きな差がある。しかし、怪我をしているなら話は別だ。決して死なず、疲れず、そして再生する体は長期戦においては何よりも優位に働く。

 

「有利!土爪(トウチャオ)!!」

 

 八雲の再生した左手が狼暴暴の左手の一つに添えられ、土爪が発動される。距離が空けば再び防がれる可能性も有るが、ゼロ距離のそれを防ぐのは困難だ。

 

 ボンっ!

 

 爆発音が響き、狼暴暴の左手を一本吹き飛ばす。

 

「グギャアアアア!!」

 

 全身の傷と、腕一本では流石の狼暴暴も堪えるのだろう。膝を付き、粗い呼吸を繰り返す。そんな狼暴暴に八雲は一歩、また一歩と近づいた。重傷を負い、疲弊したとはいえ、野獣は傷ついても油断は出来ない。八雲は止めを刺すつもりだった。

 

「八雲さん、止めて!この子は本当は良い子なの」

「……ぱい」

 

 八雲は眉を顰めるも、こうなったぱいが決して意見を覆さない事は知っている。さっさと殺さなかった自分にため息を漏らすも、矛を収めた。

 

「チェエエエイ!」

 

 元より傷ついた狼暴暴に期待していなかったのか、奇妙な声と共に呪鬼が得意の札を放つ。光とともに迫るそれは効果を発揮すればどうなるかは分からない。

 

「バラスウィダーヒ!!」

 

 言葉と共に再び光の帯がぱいの右手から噴き出した。狙い違わず札に命中した光術は凄まじい爆発を生む。煙が晴れるとそこには爆発の余波を受けたのだろう。帽子は吹き飛び、ぼろぼろのスーツの呪鬼が腰を抜かし倒れていた。

 

「てめぇ、いい加減にしろよ!」

 

 更に体力と傷を再生させた八雲がじりじりと呪鬼へと近づいた。

 

「ひぃぃいいい!?」

 

 その怒気に当たられ、呪鬼は体を縮めて怯える。

 

「どうか、どうかお許しを!命ばかりは命ばかりはああああ!!」

 

 頭を地面に擦り付け閉腹する呪鬼、無様で同情を誘う姿だが、数々の言動からそんな姿程度で気を緩めるような八雲ではなかった。確実の殺す為に八雲は近づいていく。そして、ぱいも少女を狼暴暴に変貌させた呪鬼を許す気は無いのか、右手を呪鬼に向けていた。

 

「藤井様!ぱい様、どうか、どうかああああ!!」

 

 ぐりぐりと額を擦り付け懇願するが、二人の表情は変わらなかった。

 

「うぅ……ごほっがはっ!!」

 

 そんな緊張の中、倒れ伏していた白がせき込みながら吐血した。全身に雷撃を浴び、ぱいを庇い袈裟に爪で傷を負ったその体は、控えめに言って重症だった。

 吐血というよりも血の塊を吐く白は素人目に見ても拙い状況だろう。

 

「白さん!?」

「白姉ぇ?」

 

 二人の注意が呪鬼から白へと向かう。

 

「ヒョッ!狼暴暴!!」

 

 生き残るために僅かに隙を探していた呪鬼に、その隙は待ちに待ったものだった。すぐさま狼暴暴に命令を下すと、自身を捕まえさせ高笑いと共に、その場から去っていく。

 

「あの野郎!」

 

 

 

 

 

(体がばらばらになりそうだ……眠い)

 

 ゆらゆらと覚醒と眠り、どっちつかずの意識の中、白はそんな事を考えていた。体の損傷は転生して受けた中では最悪の状態だ。縛妖陣の効果で全身に雷撃が流され、皮膚は肉が裂けている箇所が幾つも有る。それどころか狼暴暴の爪によって袈裟に体が切り裂かれており、血がどうしようもなく足りない。

 前世で滅ぼされた時に比べればまだマシだが、体の頑健さはそもそも昔の比ではない。

 

(ここで、終わり……か。まさか他者の為に死ぬことになろうとはな)

 

 夢の様な世界で胎児の様に丸まりながら白はそんな事を考えていた。

 無論、死は白にとっても恐怖だ。かつての妖怪の体であったなら遥かなる時の果てに蘇ることすら出来たろうが、転生した自分にそれが可能かは分からない。

 

(……あぁ、ごめんなさい。ママ……)

 

 育ての親の顔が白の脳裏に浮かぶ。

 世界がどんどんと暗く、沈んでいく。白の意識もそれに従って薄く、薄く溶けるように消えていく。

 

 

 

 

「……」

 

 瞼越しに感じる明るさに眩しさを感じ、白はゆっくりと目を開けた。

 

「……ふむ」

 

 全身の至る所に巻かれた包帯を見て、得心からか息を吸う。ずきりと胸やら背中、はたまた内臓が文句を言うように痛むが、白が感じる痛みには致命の気配はとうに過ぎていた。

 

「この札は?」

 

 胸の包帯の上に張られた札を一撫でして白は不思議そうに首を傾げた。白は知る由もないが、それはマクドナルドの傷を治すために呪鬼が作った札でその効力は未だに消えておらず、札の存在を思い出したぱいが白に張り付けたのだ。

 

「……どうやら、生き延びたらしい。やれやれ……おい」

 

 ある程度、体の具合を確かめた白はそこで自身の足に覆いかぶさるように寝る茶髪の少女の頭を引っ叩いた。

 

「ん?……あ、白面の御方様!」

 

 それなりの力で叩いたにも関わらず普通に目を覚ました少女は白の姿を見るなり体勢を整えると正座をして平伏する。その顔は白と寸分も違わなかった。

 この少女の名前は斗和子。白の尾の化身の一つであり、並みの妖怪なら相手にならない強さと、そして人間社会に溶け込み、それどころか言葉巧みに人心を惑わすことすらも出来る忠実な僕である。

 二年ほど前に尾が二つになった時に、その尾を斗和子へと変えて別行動させてパイの捜索や妖怪達の動向を調べさせていたのだ。体から生やしておける尾には制限があるが、体から離しておけば時間経過で尾は最大本数まで生えてくる。白面の頃も海中に封印されながらも何本もの尾を解き放ち情報収集や謀略に精を出していた。

 

 

「……斗和子、現状を聞かせてくれ」

 

 はい、と斗和子は返事をすると自身が知る限りの情報を白へと話し始めた。

 ぱいが見つかり、三只眼吽迦羅と妖怪の調査をメインに中国で活動していた斗和子だったが、白が予想以上に早く妖怪達の妨害が有ったことで、自身の元へ戻ってくるようにホテルから連絡され、呪鬼が逃亡したのとほぼ同時に合流したという。

 白の怪我は深く、生命力が常人よりも優れているとはいえ予断を許さない状態であり、あり合わせの包帯やらで止血を試みるも思ったような効果は無く、最悪の事態まで考えたという。

 だが、そんなときぱいが呪鬼の呪符を思い出し、それを白に貼ると見る見るうちに顔色が良くなったという。

 

「なるほど、この札のおかげか」

 

 感心したとばかりに白は札を再び撫でた。

 

 

「……どうしよう、白さんが死んじゃったら、私っ!」

「あのフダは良く効くんだ!心配すんな!」

「白姉ぇは大丈夫だよ!銃で撃たれたってぴんぴんしてるんだから!」

 

 涙声のぱいとそれを励ます男達の声が白達の耳に響く。どうやら三人とも帰ってきたようだった。

 

「私……ぁ」

「っ!?」

 

 ぱいと八雲の動きが止まる。白はひらひらと左手を動かし、石像のように硬直している二人に見せつけた。

 

「八雲、流石に拳銃は堪えたぞ」

「白さん!」

「白姉ぇ!」

 

 飛びつくように走り寄る二人に白は苦笑した。

 

「……心配かけたな」

 

 縋りつく二人に白は小さく微笑んだ。

 




諏訪湖旅行中。

斗和子登場。
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