我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

21 / 43
第二十一話 聖地の行き方

 

 星々が瞬く夜更け、木々が少なくひび割れた岩肌が目立つ岩山に、フードを頭から被ったいかにも妖しい五人組が壺を囲んで立っていた。夜半にも関わらずサングラスを付けたその顔は明らかに異様であり、人目を憚る事をしようとしているのは明白だった。

 一際大きな人影が気絶した鶏を左手で掴み壺に一歩歩み寄る。

 ザッシュと湿気を帯びた音が響いたと思うと鶏の首が深く切り裂かれ、血が溢れ出す。

 溢れだした血はその真下に置かれた壺へと降り注ぐ。

 次の瞬間。

 

 

 まるで一瞬、昼間にでもなったかのような光が溢れだし、辺りを照らす。そして、その光はまるで天に上る龍の様に轟音を響かせながら昇って行く。

 

 ……。

 

 ………。

 

 …………。

 

 それだけだった。

 再び、辺りは夜気と暗闇に支配される。

 

「ダーメだ。また、失敗だ」

 

 僅かな落胆を滲ませた声の主がフードを外す、そこには八雲の姿があった。

 その他の人物も肩を竦めたり、頬を膨らませたりとリアクションをしているが、それはぱいと白達だった。

 

 

 

 

 

 

 チベット・ラサ。

 

 

 

「……崑崙(コンロン)か」

 

 中国語版の封神演義と睨めっこし、白は額に皺を寄せていた。殷の時代を知る白からすれば古い中国語をも読むのは容易いが、古いことと本の内容が正しいかは別である。とはいえ、正誤が分からない以上は集められるだけの情報は集めねばならない以上、かなりの量の本を読み漁っていた。

 

「そっちはどうだ?」

「……確定的な情報は無いです。……少し休みますか?」

「そうするか、ふぅ」

 

 可愛らしく一息つくと白は封神演義を目の前のテーブルの上に投げ出した。その両脇にはうず高く書籍や地図が重なり、白の気分をこれでもかと沈ませた。

 テーブルを挟んで正面に座っていた女性――斗和子は落ち着いた動作で立ち上がるとホテルに設えられたティーセットをいじりだした。

 そんな斗和子を白はじぃと見つめる。地毛だが色素が薄く亜麻色の美しい髪、ぱっちりと大きく穏やかさと優しさに満ちた目、鼻梁の整った可愛らしい鼻、薄いが形の良い唇。肌はきめ細かさの極みであり幼子の様な張りに満ちている。絶世の美女というベクトルではないが、それでもとびきりの美少女と言う容姿である。

 というかまんま白と同じ顔、日崎御角(みかど)、井上真由子顔である。

 

「……」

「御方様?どうかしましたか?」

 

 そんなかつての仇敵であり、そして現在の自分と同じ顔が小首を傾げているというのは中々に不思議である。いや、そんな不思議、白にはどうでも良かった。

 

「お前、なんで前と同じ顔じゃないんだ?」

 

 びしりと空気が固まった。

 白としては同じ容姿程度なら対して疑問には思わない。何せ自分自身が転生しかも別の世界という不思議すぎる存在だからだ。さらにこれが自身の尾の化身、あやかしやシュムナであっても大した疑問にはならなかったろう。

 例に挙げた二つの尾は明らかに妖怪と言う容姿をしていたからだ。人間の姿を取らせたならば、とりあえず白をベースにした容姿になったとしても、まぁ納得できないこともなかった。

 だが、斗和子は人に寄った姿をしていたし、それにきちんとした人としての容姿を持っていた。それは艶と陰が同居した大人の女性という妖艶な美人とも呼べるものだ。それなのに、わざわざ白と同じ姿になる理由が白には分からなかった。

 

「同じ顔だと、色々と説明がややこしいんだから、前の姿の方が良くないか?」

「……ですよ」

「あー……なんて言った?」

 

 両目を大きく開き無表情で何事かを呟く斗和子に若干の背筋の冷たさを感じながらも白は聞こえなかった言葉を聞き返した。

 

「嫌です!って言ったんですよ!!そりゃあ、確かにあっちも美人の部類でしたけど、あの顔に良い思い出なんかないですもん!」

 

 テーブルに乗り出すように斗和子は白に詰め寄る。どうやら白が前世の記憶に嫌悪感を抱くようになったように、斗和子も本体たる白の影響を受けて、前世の斗和子の所業に思うところがあるのだろう。

 妖怪達を楽しむままに惨たらしく殺したり、科学と魔術を組み合わせて人工的に試験管ベビーを作ったり、それが上手くいかないとなると赤子を浚ってきて改造したりとやりたい放題だ。

 そればかりか、その改造した赤子――キリオ――にママと呼ばせて慕わせ十年位以上養育し、人間達を仲違いさせる原因にしたり、そして最後の最後には自分が化け物の手先として偽りの愛で育てたと暴露して、キリオを絶望のどん底に叩き落したのだ。

 幸せな生活を白が過ごせば過ごすほどに、斗和子はキリオにした事の後悔が悔恨と溢れんばかりだった。

 

「鏡であの顔を見るたびに思い出すんですよ!」

「そ、そうか」

 

 斗和子の剣幕に、白は斗和子の主であるにも関わらず動揺する。だが、白も斗和子の行いを知っているので、その気持ちは確かに理解できた。白自身も鏡を見て昔の白面の顔を見たなら鏡を割る確信があった。

 

「それに、こっちの方が可愛いですしね」

「……」

 

 にこりと笑う斗和子は桜の意匠が施されたバレッタで髪をハーフアップにまとめ、うっすらと化粧を施していた。ちなみに白は髪も下ろしており、顔はすっぴんだ。とはいえ、それでも十分すぎる以上の容姿をしている。

 

(まぁいいか)

 

 本当は可愛いから容姿を変えているのではないかと疑念を抱く白だったが、白にしても斗和子顔が傍に侍られるのは精神衛生上良くない。前の極悪な性格も嫌だが、あの顔で今の斗和子の様に可愛いもの好きを公言されても、ギャップが激しすぎて拒否反応を起こすかもしれなかった。

 

「単純に私と同等に知識が有るのはありがたいが、あまりその顔で羽目を外すなよ」

 

 そう言って白はソファーに体を預けて伸びをする。体の節々に軽い痛みを覚えるが、それはそれでコリが解れる様で心地良い。

 

「……」

「なんだ?」

 

 じぃと見つめる斗和子。見つめるだけで一向にアクションを起こさない斗和子に白が疑問を口にした。

 

「御方様こそ、どうしてその顔なんです?」

「あー……私こそ知りたいんだが、母も同じ顔だったし良く分からん」

「母ですか……」

 

 母と言う言葉は斗和子にとってトラウマスイッチの様なものだ。急にどんよりとした空気を纏う。……どころか微妙に顔が斗和子に近づいていく。

 

「お、おい、顔が戻ってるぞ。やめろ、その顔で上目づかいになるんじゃない!」

 

 美人な斗和子だが、元の顔で陰気な表情での上目づかいの怖さと言ったら、筆舌に尽くしがたい。大の大人でも根源的な恐怖を引き起こす飛び切りに怖い顔なのだ。

 

「あら、すいません」

 

 そういって即座に斗和子は顔を真由子顔に戻した。

 

「それはそうと、お前は何か心当たりとか無いのか?私より自由に動いていただろう」

「……そうですねぇ」

 

 資料もそうだがこの主従は三千年近くを生きた生粋の化け物である。生まれ出でてからはインドや中国を中心に活動していた為、その辺りの知識はそれなりに詳しい。

 

「崑崙山脈は後付けの名前ですし、元々は西蔵(チベット)の事をそう呼んでいたとかはご存知ですよね」

「当たり前だ」

 

 事もなげに二人はそう言っているが、調べれば分かる事とはいえ、ここまですらすらと知識が出てくるのは相当である。

 

三只眼吽迦羅(さんじやんうんから)の聖地……パイの記憶が刺激されている以上、中国であることは間違いないだろう」

「ですね。ただ崑崙が何処かは分からない。ここにある資料も人間が記している以上、参考にしかならないでしょう」

 

 三只眼吽迦羅その名は妖怪達の間では有名だが、人間達の間ではそこまで有名ではない。吽迦羅童子(うんからどうじ)という名が密教の中に有るがあまりにも限定的である。

 現代の人々が妖怪の存在をほとんど信じていない以上、文献を鵜呑みにするのは憚られた。

 

「三只眼吽迦羅という名自体がほとんど伝わっていないのはどういうことなんだ?あれだけの力の有る妖怪だ。人とも多少繋がりがあったはずだというのに……」

 

 白と斗和子が疑問に思っているのはまさにそこだった。日本でも鬼や天狗の話はキリが無いほどに挙げられる。白面の者も金毛九尾白面の伝説として日本や中国で伝わっている。

 だが、三只眼吽迦羅の名は余りにも少ない。妖怪達を統べる王、鬼眼王(カイヤンワン)の種族にも関わらずだ。

 

「流石に三つ目小僧はあれだが、シヴァ……それに白毫が三つ目を表しているとされるブッダも紀元前の話だし……うぅむ」 

「それにしては文献が少なすぎですよねぇ」

 

 二千年以上も前に三只眼吽迦羅が人間と関りを持っていたとしても不思議ではないが、それにしても伝聞が余りにも少なかった。

 

「まぁ私は怪我も有るからしばらくはここで本の虫になってるよ」

「……結構治ってません?」

「こんな量を片手間にやってられるかってのが本音だな。あいつらの護衛は任せた。その都度気になる文献なり遺物があったら持ってきてくれ」

「分かりました」

 

 目の前のテーブルを埋め尽くす本と、それ以上に部屋の敷地面積を圧迫する手掛かりと言う名の文献を前に斗和子は粛々と頭を下げた。一見すると面倒事を押し付けられたようにも見えなくもないが、護衛ととてつもない量の文献の解析が天秤に乗っている現在、どちらも決して楽ではない。

 

「向かってきた相手はどうしますか?」

「……どんな能力を持っているか分からない以上、手元に置いておくのはリスクでしかない」

「仰せのままに」

 

 以前の主を思わせる冷たい瞳に斗和子は頭を下げてその言葉の意味をくみ取った。

 人は大切なものが出来れば甘くもなるが、同時に強くも冷酷にもなれる。この力が振るわれる先に柄にもなく憐れみを抱く斗和子だった。

 

 

 

 

 

 

 

「これはどういった事でしょうねぇ」

 

 屋根の上から夜闇にまぎれ斗和子は首を傾げていた。

 斗和子の視線の先には頭を丸め襤褸を身に纏った僧の様な連中が幾人も見受けられた。その体捌きは素人のそれではなく、組織だった行動を訓練にて身に着けたものの動きそのものだった。

 

呪鬼(チョウカイ)の配下……いやそれにしては妖気の欠片も感じない」

 

 長らく白面の元で諜報をメインに活動していた斗和子は本体たる白よりも格段に探査に優れている。細やかな力の機微を感じ取れなければ、白面を怨敵と定める光覇明宗の研究部門トップに正体を見破らせずに取り入ることは出来なかったであろう。

 

「とりあえず合流しますか」

 

 呪鬼の配下なら問答無用で襲い掛かり口を割らせ、そのまま殺すところだが、それとは関係の無いものを殺すという選択肢は今の斗和子には無かった。丸くなったものである。

 

 

 

 

 

 

「ゴーモンもんみたいな事は良くないよ。ね、ちゃんと話あって、ね?」

 

 ぱいの宥めるような声が廃墟に響く。

 白達が居なくとも修羅場をそれなりに潜り抜けて来た八雲。見事に自分達を探っている怪しい連中の一人を縛り上げ事情を聞こうとしていた。

 聞こうというのぱいが尋問や拷問を嫌った為である。記憶を失う前もそうだが、やはり女子高生として暮らしていた感性が暴力を忌避するのだろう。

 

「しかし、ぱい様……」

 

 だが、そこに難色を示すのはマクドナルドだ。ぱいが探し求めていた三只眼吽迦羅だと知り大分畏まってはいるが、ぱいの記憶が戻らなければ自分の望むものは手に入らない。それ故に手がかりを易々と諦める事は出来ないでいた。

 

 そんな意見が食い違う中、後ろ手に手を縛られた男はギラリと目を光らせ、その隙を掴んと動き出す。しなやかに体を動かし、マクドナルドに蹴りを放つ。注意が逸れていたことと、手を縛られている相手がロクな事が出来ないという油断から、顔面に蹴りを受けてしまった。

 

「マクドナルドさん!?」

「ぐっ!?」

 

 だが、元々の体格そして不死身と呼ばれるだけあって、その耐久力は折り紙付きだった。

 

「てめぇえええ!!」

 

 マクドナルドは体制を即座に立て直すと両の手を握り込み、素早く反撃する。右の拳が男の鳩尾を深く抉る。男の体がくの字に折れ曲がり、マクドナルドは更に左のストレートを叩き込んだ。

 

「っがは!」

 

 男の体は思い切り吹き飛び壁に激突する。

 

「ぶっ殺す!」

 

 頭に血が昇ってしまったのだろう。マクドナルドは更に拳を握り込むと殺意を込めてその拳を振り抜いた。

 

「ダメェエエエエ!!」

 

 マクドナルドの殺意を感じ取ったのか、それともただ単に痛めつけられる男を見てられなかったのか、ぱいが二人の間に割って入る。

 打算も無くただの勢いでその身を晒したぱいにマクドナルドの拳が迫る。殴られようとしている男、マクドナルド、ぱい、そして周囲に目を配り騒ぎを聞きつけた八雲。既に勢いが乗った拳はマクドナルドですら止められない。

 

「何をしているんですか……まったく」

 

 パシっと軽い音とともにマクドナルドの拳はいとも簡単に止められる。四人の視界にはつい先ほどまでは存在しなかったはずの女性、斗和子の姿がある。

 

「やれやれ、大丈夫ですか?」

 

 マクドナルドに殴られた男に寄ると斗和子は白では決して見せないであろう優し気な目で男の患部を確かめ始める。

 

「白姉ぇ!」

「白さん」

「はぁ斗和子ですよ。私は」

 

 何度目かになる訂正をしながら斗和子はため息を吐くが、いきなり同じ顔の人間が増えて即座に順応できる人の方が少ないだろう。

 

「あ、悪い」

「ごめんなさい」

「……」

 

 二人は素直に謝るが、マクドナルドだけは真剣な表情で斗和子に受け止められた右手を見つめていた。マクドナルドの体格は百八十五センチ以上を誇る。その上、ボクシングを長らく続けており、腕前もヘビー級だ。

 そんな彼の拳を真っ向から受け止め、僅かたりとも揺るがない。

 マクドナルドは決して手加減などしていない。本気で殺すつもりで拳を振り上げた。それなのに体重も筋肉も何もかもが違い過ぎるはずなのに何でも無いように受け止められた。

 

(ふぅ、まぁ驚くのは無理も無いですね)

 

 マクドナルドの恐怖を滲ませた瞳に内心で斗和子は溜息を吐いた。かつては心地よかった恐怖や絶望だが、本体である白の性質が激変した影響か斗和子にとってもそれらの感情が己に向けられるのは少々居心地が悪く感じるようになっていた。

 

「喋りたくないなら喋らなくても良いですよ。……いや、別に何もしませんよ?」

 

 斗和子に庇われた男に優しげにそういう斗和子だったが、縛られた男というより八雲やマクドナルドがどんな拷問をするのかと顔を引き攣らせているのに気付くと顔を顰めながら否定する。

 

(この男の組織が何らかの情報を有しているのは明白、本拠地にさえ忍び込めば手がかり位は有るでしょう。というか、そんな手間は要らなそうですね)

 

「出てきなさい」

「お、おい」

 

 今後の作戦を考えていた斗和子は、ゆったりと立ち上がると凛とした声で辺りに声を飛ばした。マクドナルドは未だに気圧されながらも、声を掛けるが、不意に立ち上る人影に声を詰まらせた。

 

「っ!」

 

 気付けば一行は数十人の僧侶の様な格好をした男達に囲まれていた。一様に武器は持ってはいないが、体つきや足運びは相当の修練を感じさせる鍛えられた戦士のそれだった。

 

「ほら、皆も手を上げて、降参ですよ降参」

 

 緊張する一行に斗和子は両手を上げて暢気そうにそう告げる。

 

(このまま本拠地ないし拠点まで連れて行って貰えるんですから、全く楽なもんですよ)

 

 一瞬、昔の斗和子スマイルを浮かべそうになるが、なんとか必死に斗和子はそれを堪えた。そして、それがまるで涙を流すまいと我慢する健気な少女のそれに見えたのは、彼女の演技と真由子の容姿の可憐さ故の奇跡だった。

 

 

 




大分空いてしまったので忘れてる方が大半でしょうが恥ずかしながら投稿しました。
一応、第二部は最後まで書き上げてあるので、添削しつつ順次上げていく予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。