「やれやれ」
「くっそー
そういうのはボコボコに顔を腫らしたマクドナルドだった。そして肩を竦める八雲も顔を腫らしている。マクドナルドよりも多少マシだが、これは自然治癒に優れた
もとより流石の人数差に抵抗する気の無かった二人だったが、抵抗力を奪うためか捕まる際にしこたま殴られたのだ。
「ねぇ、貴方達は何者なの?私達は別に悪いことをしようってわけじゃないの」
「崑崙の場所だけでも教えては貰えませんか?」
そんな男性陣とは裏腹に斗和子とぱいは両手を縄で縛られているだけだった。
女性ゆえに侮られているのか、はたまた紳士的なのかは不明だが、縛られている二人よりも斗和子の方が強いのは皮肉が効いていた。
「……」
「……ダメですか?」
八雲達に捕まっていた男はぱいの度重なる質問に僅かに顔を曇らせる。そして……。
「……」
「崑崙……知らない、誰も聖地には近づけてはならない。それが、我らの教え」
男はぼそぼとと告げるというよりは、呟くように言葉を吐いた。
「近づいたものは……殺す」
「そ、そんな……」
感情が込められていない男の言葉にぱいは顔を青白くさせる。そして、そのタイミングで男達の足が止まった。
男達に釣られるようにぱい達は視線を視線を上へと向けた。
「こ、これは……」
そこには岩壁をくり抜いて作った荘厳な寺院が威容を湛えて一行を見下ろしていてた。
「すげー頑丈な檻なこった」
ごんと壁を蹴りながら八雲は呆れたように呟く。八雲達は寺院には不釣り合いと言っていい堅牢な檻にぶち込まれていた。
周囲は剥き出しの岩肌、唯一の出入り口は数メートル以上の高さの天井に有る鉄格子の蓋だけである。自然の穴を利用したのか、はたまた掘り抜いたのかは定かではないが、どちらにしろ脱出するのは非常に困難だろう。
「……それに結界も編んでいるようですね」
周囲の壁や天井に有る札や或いは直接掘られた紋様を見て斗和子はそう告げる。
「……え、どうしよ」
とりあえず捕まって、様子を窺おうと考えていたぱいは自らの見通しの甘さに蒼褪めた。
「まぁ、とりあえず寝ましょうか。やることも無いですし」
しかし、他の三人とは違い斗和子はさっさと岩肌に体を預けるとその瞼を閉じる。なんだかんだで一行は割と長距離を歩かされている。この後、何をされるか分かっていない以上、無駄に力んで体力を消費するのは得策ではないと斗和子は考えていた。
「う、うん。そうですね」
見た目とは裏腹に図太すぎる斗和子に引きながら、ぱいも塩梅が言い場所を見つけると横になり、男連中もそれに続く。……そしてそんな一行を監視していた僧達は休憩するぱい達に感心するやら呆れるやらと言った表情を浮かべていた。
「!?」
薄暗い檻の中、空気が一変した。僅かに何かが蠢く気配と、そしてぱい達とは違う妖気。
「貴女も気付いたようですね」
「斗和子さん!何が……」
まだ起き抜けのぱいとは異なり、斗和子は臨戦態勢といった様子で周囲に視線と殺気を飛ばしていた。優しげな眦はこれでもかと吊り上り、爪はまるでナイフの様だ。そして白とは異なり前腕は鋼のような筋が浮かぶ筋肉で覆われていた。
斗和子の様子に八雲とマクドナルドも慌てて体を起こし、ぱいを守るように近づいた。
そんな一行の目の前にずるりと、それは、いやそれは姿を見せた。
ぎょろりとした目とスライムのように柔軟な体。だが体の端々に甲殻類のような殻を持つ一メートルほどの異形の生き物。とても通常の生物とは思えないかけ離れた見た目にぱいは喉を鳴らした。
「こ、こいつら
パイを探す中、数々の妖怪やその資料に目を通していた八雲がその異形の正体を気付く。
「ど、どういう奴らなんだ?」
床どころか、壁面にも姿を見せる食妖虫に汗を垂らしながらマクドナルドは詳細を急かす。
「妖怪の妖気を食って生きる化け物さ。俺達の天敵だ」
「ええー!?」
妖怪の力の源である妖気そのものを食らう事が出来るそれが食妖虫の能力であった。妖気は妖怪の力の源だ。これが少なくなれば妖術が使えなくなるのはおろか、体の維持すらも困難になり、果ては死んでしまう。肉体的に人よりも強固な妖怪を倒すのに妖気を直接奪うというのは人からすれば効率的な倒し方なのだ。
「な、なら俺は大丈夫だな」
八雲の説明にマクドナルドは大げさなほどに安心するが、次の八雲の言葉がその希望を打ち砕いた。
「いや、あんたは単に体を啄まれて食われる」
「……マジかよ」
マクドナルドが絶望に顔を歪ませる中、じりじりと食妖虫達は一行を追い詰めていく。動きは緩慢だが、何せ数が多い上に狭い檻の中、捕まるのは時間の問題だった。
「く、こうなったらシヴァの爪で……!」
「止めろ!」
装飾品と思われたのか、ぱいは取り上げられなかったシヴァの爪を装着し光術を放とうとするが、八雲の鋭い声がそれを静止した。
「封印術が込められた密室でそれはダメだ!下手をすれば光術が部屋中を荒れ狂うぞ!」
「えぇ!?」
「俺らはまだ良いが、部屋が崩れればマクドナルドのおっちゃんは無事じゃ済まねぇ!」
(私も同じ理由でジリ珍ですかね。どうしましょう?)
地味に近寄りつつある食妖虫達を切り裂く斗和子だったが、やはり斗和子は斗和子で表情には出していないが焦っていた。彼女自身も白と同じく自在に操れる尾を持っているが、この状況を打破できる炎の尾は部屋全体を余すことなく燃やせるが、もれなくぱい達も焼き尽くしてしまう。尾を単純に振り回すことも出来るが、狭い檻の中では逆に動きを制限してしまうだろう。爪や牙も自分だけを守るならともかく全員を守るのは難しい。
(く、かつての私なら見殺すなんてのは簡単でしたが、今は……)
自身の快楽の為に数多の命を奪い、自身の目的の為に赤子の人生を狂わせた斗和子だったが、たった三人の命すらも捨てられずに自ら苦難へとその身を投じていた。
「斗和子さん下がれ!」
「無茶はすんな!」
積極的に食妖虫達に前に体を晒し、その体を盾にそして剣として三人を守るように戦っていた。
「うわぁ!?」
だが、あまりのも状況が悪すぎた。獣じみた動きで食妖虫を屠り、あるいはけん制するも所詮は一人、天井を伝って来た一匹がマクドナルドの目の前に落ちてくる。
「くっ!えっ!?」
一瞬、斗和子はマクドナルドに視線を向けてしまう。それを好機と見たのか斗和子が相手にしていた食妖中の一体の体が突然、弾け、中からより昆虫染みた体躯が露わになり、それまでとは段違いのスピードで節を幾つも持つ触手を斗和子へと伸ばした。
「ちっ!何が……!?」
咄嗟に距離を取るが、それが合図となったのか次から次へと食妖虫達が同じような変化を遂げていく。食妖虫、それは非力な人間が妖怪を倒す一つの手では有るが、同時に人間達自身にも害を成す存在でもある。そのまま飼育するのは困難であり、ここの僧達は卵の状態で封印し、必要になったら卵を孵化させるという方法をとっていた。
つまり、今までなんとかしていた状況はあくまで孵化したての状態であり、ここからが本番だった。
眼球は一つ、甲虫を思わせる頑丈な体と節を幾つも持つ触手を生やした異形の化け物、それが食妖虫の真の姿である。本体の動きはそれほど速くはなっていないが、先とは数倍に匹敵する体躯と十を超える触手はただそれだけで牢の中をより逃げ場の無い空間へと作り変える。
「バラス……」
逃げ場の無い状況に思わずぱいがシヴァの爪を着けた右手を食妖虫達にかざす。ぱいの力に押し出され空気が静かに震えだした。
「止めろ!皆巻き込まれちまう!」
「あっ!?」
ぱいの詠唱を八雲が怒声とも呼べる強い声で制止する。普段は細い目が大きく開かれかなり慌てた様子だ。
「くっ……」
打開する手立てもなく八雲達は次第に追い詰められていく。
「
叫び声や唸り声、空気を切り裂く音など雑多な音が溢れ始めた牢の唯一の出入り口の近くで一人の僧が平伏しながらもそう叫んだ。
若き僧は名はナパルバ。ぱい達に捕まり、それ故にぱい達に一番接した人物だった。
「あの者たちの目的も調べず殺すなど許されない事です!」
「だからなんだ?そもそもこれを持っていた時点で十分危険だ。そうだろうナパルバ?」
「……しかし、我らが聖地に近づく者を排するのは悪意有る者から守る為です!私には彼らが悪意に有る者には見えません!」
頭を床に擦り付けナパルバは必死に懇願する。身を呈して自分を守ろうとしてくれたぱいが悪だとどうしても彼には思えなかったのだ。
「……もう遅い」
「お願いします!彼らの情報源、他に関係者が居ないかも知るべきです!」
ぱいに情が湧いてしまったナパルバの言葉だが、言っている事には一応の筋は通っていた。情報源を聞き出さずに牢へと幽閉し、一日も経たずに殺すというのは些か以上に早急だった。
「どうか!せめて
「……」
自分達の指導者の名前まで出してナパルバは懇願する。
だが、副僧院長は目は冷たい。そもそも異端者の排除に一々、最高責任者が出てくることはない。にも関わらず僧院長にお目通りをというのは副僧院長では荷が重いと言っているようなものだ。
「待って!
ナパルバを怒鳴りつけようとした副僧院長だったが、喚きだしたぱいに口を閉じた。
「力を悪用する為に行くんじゃないの!だって力なら持ってるもの」
「私は記憶を失ってるの!だから記憶を取り戻す為に
しん、とぱいの発言が終わると同時にナパルバと副僧院長の間に沈黙が訪れた。
「三只眼の名を語るような相手に悪意がないと言えるか?そもそも二つ目の三只眼なぞ居るか」
ぱいの必死の訴えはこの場においては最大の悪手だった。三只眼と言いつつ三つ目ではない。三只眼だが記憶が無い。しかし力は有る。生き残りたい為に口から方便を垂れていると言われてもしょうがないほどに説得力に欠けていた。
「オン」
「副僧院長!」
ナパルバの嘆願を無視して副僧院長は術具を掲げ、言葉を唱えた。
すると全ての食妖虫が成体へと姿を変貌させた。
瞬間的に質量が増え、只でさえ追い込まれていた一行は絶体絶命の舞台へと叩き込まれてしまう。
「きゃああああ!?」
四方八方から無数に迫る触手に思わずぱいは有らん限りの声量で悲鳴を上げた。
「!」
すると、その声に反応したのか多くの触手はぱいへとその矛先を向けてしまう。
三只眼としての記憶が有れば結界だの光術など、いくらでも対処のしようがあるだろうが、いかんせん今は記憶が無く、固定砲台の様に加減が出来ない攻撃をするしか出来ない。しかも、足が竦んでおり満足に避けることすらも出来ずにいた。
「ぱい!!」
だが、三只眼吽迦羅には自身を守る盾、
触手は当初狙った獲物であるぱいではないが、別の獲物を捕らえて満足したのかどろどろとした粘液を滲ませ八雲を拘束していく。
「ぐっ!
(ち、力が入らねぇ!?……くそ、妖気を吸ってやが……る)
八雲の体から徐々に妖気が吸い上げられていく。これが元々強靭な体を持つ妖怪ならまだしも、基本的な身体能力が精々鍛えた人間程度の八雲では相性が悪すぎた。しかも腕は後ろ手に拘束されている。打開策は無い。
「八雲さん!」
「ぱいさん!?」
自らを庇って窮地に陥る八雲に思わずぱいは駆け寄ってしまう。ぱいを止めようと斗和子も動くが、食妖虫の触手が行く手を阻み思う様には動けない。
「このぉ!!」
心寄せる相手が自分を庇って犠牲になったことで頭に血が上ったのだろう。八雲の忠告を無視してぱいはシヴァの爪を構え、言霊を口にする。
「バラス……!うぐぅ!?」
「仕方ない……か」
しかし、それは食妖虫にとっては好機以外の何物でもなく、瞬く間に大量の触手にぱいは縛り上げられ、あげくにシヴァの爪を落としてしまう。記憶が無く満足に力を奮えないぱいにとって、それは武器を失ったも同然。
そしてよもやこれまでと、斗和子は白面の化身としての力を出そうと徐に服に手を掛けた。
「
それと同時に先とは違う光が生まれ、食妖虫達を壁へと叩きつけた。
「よくもやってくれたな?坊主どもぉ!!身の程を教えてやるよ!」
ぱいと瓜二つの顔、そして声、だが身から溢れる妖気は尋常ではない勢いであり、粗暴な言葉と組み合わさることで暴君とも言える畏怖を放つ。そして、その額には