我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

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第二十三話 暴れん坊の三只眼吽迦羅

 

 飞腭(フェイオー)と呼ばれた頭が大きく口内に一つ目を持つ異形に乗り、ぱいは威圧的な視線を辺りに走らせていた。腕を組み、何処か幼稚な偉大さを振り撒こうとする様子は普段の大人し気なぱいとはかけ離れていた。

 そして、いつもは開かれることのない額の三つ目は今は見開かれている。

 

「ククク……アーッハッハッハハハハ!この私を閉じ込めた上にこの仕打ち!愚か者めがぁ!」

 

 仰け反り大声で笑う様はまるで別人……どころではない。いま、ぱいの体を動かしているのは正真正銘、別の人物だった。いつも体を動かしているのは何もかも記憶を失い術もロクに使えなくなったぱいであるが、このぱいはぱいであってぱいではない。記憶を失っているのは同じだが、人格が幼くなったものの三只眼吽迦羅(さんじやんうんから)の術をある程度使える三只眼が今は体を動かしていた。

 

 三只眼吽迦羅が直接使役する妖怪だけあり飞腭は見た目とは裏腹にかなりの力を有している。その証拠に本来なら妖気を食らう妖怪の天敵である食妖虫(シヤオチョン)の群れをたやすく吹き飛ばしてしまったのだから。

 

「さぁてクソ虫ども、丸ごとぶち殺してやるよぉ!!」

 

 ぱいとは真逆の粗暴な口調に溢れ出る妖気に妖怪を知るはずの僧達が怯み、恐れをなしていた。

 

「ひぃいいい!?」

 

 そして、その怒りを最も受けていたのが一行を処刑しようとしていた副僧院長(ギエルツァブ)だった。

 恐怖に顔は歪み涙と鼻水がその皺に流れ込み酷い表情を作り出す。その無様な様子が楽しいのだろう。喜悦を滲ませ三只眼は爽やかとすら言える笑みを浮かべていた。

 

「じゃあな!」

「お助けえええええ!!」

「!?ちっ……」

 

 飞腭の中型の鯨ほども有る口が大きく開かれ副僧院長に迫る。だが、その顎が閉じられることはなかった。直前に三只眼目掛けてゆで卵が放たれていたからだ。

 

「そこまでにしておきなさい三只眼どの。殺生する気なら黙ってはいませんぞ」

「ふん、坊主の親玉か?やめないってならどうする気だ?」

「ホッホッホホ」

 

 僧達の長、僧院長(ティンヅィン)が僧達に台座を神輿の様に担がれながら愉快そうに笑っている。骨が浮かぶ程の頼りない痩身にも関わらず空気をびりびりと震わせる三只眼の妖気、殺気をまるで意に介していない。

 

「あの、あまり事を荒げないほうが……」

「うるさい!」

 

 マクドナルドと八雲を介抱する斗和子が苦言を漏らすが三只眼は怒鳴り声と共にそれを一蹴した。

 

「……はぁ」

 

 あまりに目に余る様だったら止めようかと思う斗和子だが、彼女は彼女で重症位ならセーフと考えている当たり十分にヤバい奴である。

 

「私は天下の三只眼吽迦羅だぁ!!逆らうってのがどういうことが分かってるんだろうな!」

「三只眼吽迦羅……ねぇ」

 

 僧院長はのらりくらりと緊張感が無い喋り方をし面白そうに笑みを浮かべる。それは三只眼の神経を纏めて逆撫でするかの如き態度だった。

 

「ふざけた態度をしやがって!どういうつもりだ!」

「どうも……こうも……ふむ」

 

 

 

 

「貴女のその額の痣……さては記憶を失っているんじゃないのかね?」

 

 にやにや笑いを引込め僧院長は静かにしかし断言する。只の年寄りの言葉だがそれにはある種の力を感じさせる声色だった。

 

「……なんだと?」

 

 それまで纏っていた怒気を治め三只眼は僧院長を睨み付けた。怒りはまだ彼女の腹の底でぐつぐつと煮え滾っているが、それ以上に額の痣の情報が欲しかった。

 自身の記憶、三百年前に自分を残して消えた仲間の記憶、そしてそれと同じくらいに思い出したい八雲との思い出。三只眼が中国まで出向いたのは聖地の為というよりは彼女自身の記憶の為なのだ。

 

「てめぇ!これがなんなのか知ってんのか!?」

「乱暴者に話して聞かせることなぞ、何もないわい!!」

 

 三只眼の威圧も意に介さず僧院長はそれ以上の威圧を込めて言い放つ。

 

「さっさと、どこぞにでも行くがよいわ!」

 

 三只眼吽迦羅と分かったからなのか、はたまた副僧院長とは違い殺す気が無いのか、それは定かではないが、僧院長は一行を留めておく気は無い様であった。

 

「~っ!!」

「それとも、大人しく頭を下げて儂の話を聞くかの?」

「ず、図に乗りやがって……」

 

 情報とプライドを天秤にかけ、なんとか自信を抑えようとする三只眼に僧院長が更なる爆弾を投下する。

 

「そうじゃのぉ『先ほどはすみません。もう二度と暴力は奮いませんからどうかお話をお聞かせくださいませ愛らしい僧院長様』と頭を下げるなら話してやっても良いぞ?」

 

 ぶつん。

 

「この糞ジジイが!大人しくしてれば調子乗りやがって!ぶち殺してやる!!」

 

 我慢の限界を越えた三只眼から妖気が噴き出した。主の意を汲み飞腭も人を容易く飲み込むであろう大顎を開き、咆哮を上げる。

 

 

(やめて!)

 

 勢い良く僧院長に突っ込もうとした三只眼だったが、頭の中から響く声にてその暴挙は制止された。

 

「!?……ぱい、すっこんでろ」

(嫌よ!お願い三只眼、私この人のお話を聞きたいわ。きっとこの人の持つ情報は役に立つわ。だってずっと、それを探していたじゃない?)

「ふぅ……相変わらず甘い女だぜ。私たちを殺そうとしたのはあっちが先なんだぜ?」

(でも、それは誤解……)

「うるせぇな!殺すって言ったら殺すんだよ!」

 

 ぱい達を殺そうとしたのは副僧院長の独断では有るが、それを三只眼は知る由は無い。ぱいと八雲とは和解して必要以上に暴れるのは控えているが、自分達を害そうとする者を許す程お人好しではない。

 

(やめて!ねぇ!……だめだわ)

 

 

 

 

「とりあえず二人を安全なところまで運びますか」

 

 騒がしい三只眼達に警戒心を幾分かとくと斗和子は脇に抱えた二人を端に寄せようと歩き出す。三只眼の暴れようからは怪我人が出るのは時間の問題なのだが、斗和子は大した興味を抱いていなかった。

 薄情にも思えるが仲間の安全を考えたり、敵対した相手を屠ろうとしなかったりと昔に比べれば遥かに温厚と言えた。

 

「はっ?」

「起きましたか。流石、(ウー)ですね。それなら自分の足で歩いてもらえますか?」

 

 妖力が回復したのか、もぞもぞと八雲は動き出した。だが、なにやら様子がおかしく十和子は眉間に皴を寄せ怪訝な表情を作る。

 

「と、十和子さん!俺をぱいに向かってぶん投げてください!!」

「は?」

「とにかく投げ飛ばして下さい!お願いします!」

 

 脈絡もへったくれもない八雲の言葉だが、表情や声色からは必死さがひしひしと滲み出ており、斗和子はそれをしっかりと感じ、八雲の願いを聞き入れる。

 

「この位で良いか……ふん!!」

 

 首根っこをむんずと掴みその華奢な容姿からは想像も出来ない筋力で斗和子は八雲をまるで野球ボールの様にぶん投げる。フォームもへったくれもないが、そこは化け物。八雲は風を切って飛んでいく。

 

「うぉおおおおお!?」

「は?」

 

 予想よりも遥かに強く投げられ悲痛の叫びが八雲の喉から飛び出していく。そして、なんとか姿勢を制御しながら八雲は三只眼にぶつかり、纏めて飞腭の地面へと落下した。

 

「ぐぇえ!」

「うぶ!?」

 

 体勢を整え三只眼の下敷きになる八雲。咄嗟に主を庇うのは流石は无と言えた。

 

「お、お前いきなり何をする!!」

 

 八雲のおかげでダメージが少なかったのだろう。状況をある程度、理解すると三只眼は両目を釣り上げて激昂し、八雲に掴みかかった。

 だが、彼女はそこで思いもよらなかった事態に遭遇してしまう。

 

「お前から先に……ん……」

 

 ぱい、そして三只眼にとって八雲とは自らを守り、そしてある程度とはいえ気を許している男性だ。男性としては最も近い存在と言っても過言では無い。

 だが、その八雲の顔はいま彼女の視界いっぱいに広がっている。八雲以外は見えず、その黒い瞳には驚いた自分の顔が写っており、さらにそこに移る自分の瞳の中にすら八雲が居るのだ。

 近しい存在などと言う話ではない。物理的に近いのだ。

 そして、なにより自身の唇は何かで塞がれている。

 空気が固まる。

 僧院長も僧達も、斗和子すらも想像外の出来事に呆けた表情を浮かべていた。

 

「ん!?……んぅんんーーーーーー!?」

 

 自分の唇に触れれている物が何かを理解した瞬間、三只眼の頭が情報と言う名の獣が走り回る。八雲を突き飛ばす、はたまた受け入れる。などと言う次元ではない。ただ単に考えが纏まらぬまま二人の唇はお互いの隙間を埋め続けていた。

 

「-----っ!!飞腭!大人しくなさい!」

 

 幾何の時間が流れたのだろう。突如、三只眼は八雲から唇を離し叫ぶように飞腭に指示を飛ばす。飞腭は見ようによっては可愛げのある大きな目玉を左右に揺らすと、こくりと頷き子犬ほどのサイズまで小さくなった。

 

「八雲さんありがとう。ふぅ……」

 

 シヴァの爪を腕に嵌め、三只眼……いや、ぱいは胸を撫で下ろした。

 実はあの一連の最中、八雲とぱいはテレパシーにて会話をしていたのだ。怒りによって体の支配権が三只眼に移ってしまいどうしようもなく無くなったぱいは、どうにか三只眼の意識を逸らしてほしいと八雲に願っていたのだ。

 とはいえ、腕は後ろ手に縛られたままの八雲には打てる手がない。そこで斗和子に投げ飛ばしてもらい、傷つける事が出来ない為、気を逸らす方法として唇を奪ったというわけだ。

 

 

「えっと……す、すいませんでした!」

 

 暴れ回っていた飞腭を大人しくしたぱいがまずしたことは謝罪だった。見た限り幸いにも重傷者はいないようだが、それでも一歩間違えばどうなっていたかは分からない。

 

「……そもそも儂の耳に入っていれば、こんな事にはならなかったじゃろう。聞いておらなかったとは言えぬ。普段の儂の指導不足、老いぼれの不手際じゃ。申し訳ない」

 

 僧院長は姿勢を整え深く頭を下げた。それに続き周りの僧達も慌てて頭を深く下げた。こういうのは上の者が頭を下げたほうが部下には意外に効くものだ。それに誠意を見せることも出来る。全てがそこに起因する訳ではないだろうが、ぱい達と部下達の評価を同時に上げる腹芸は流石は年の功と呼べるものだった。

 

「あ、いえ、こちらも僧院を壊しちゃってごめんなさい」

「うむ、いや先に手を出したこちらの不手際じゃ、気になさるな」

 

 命を奪おうとした事の方が重大なのだが、僧院を壊した負い目が有る上、自分よりも年上の者に真っ向から謝罪されたぱいにこれ以上追及するという発想は生まれない。

 

「……うむ、うむ。お主は良い子じゃのう。儂には分かるぞい」

 

 それまで何処か只者ではない気配を漂わせていた僧院長はぱいの純真な様子を見てにこりと笑う。それは自身の言葉でぱいが誘導されたというよりは、まっすぐな彼女の様子に自身も偽るのを止めたことで生まれた笑みだった。

 

「かっかかか!面白い聖魔様も居ったものじゃ!」

 

 呵々大笑と歴史を感じさせる顔のしわで笑みを作り、僧院長は愉快そうに声を上げて笑い出す。

 

「ふむふむ、実に面白いのぉ。どうじゃ、儂と結婚せんか?」

 

 あからさまに冗談だと分かる声色で僧院長はぱいに詰め寄る。

 ぱいは敢えてその冗談に乗り、指を立ててふふんと笑みを浮かべた。

 

「ダメですよ。おじーちゃん、わたしには心に決めた人がいるのです」

「ほぉ接吻した若者かのぉ?」

「……えへへ」

 

 頬に朱が差しながらぱいは体をくねくねさせながら照れる。徐々にではあるが自分が八雲に惹かれているという事を実感しつつあるのだろう。

 

「取りあえずお互いにこれ以上、危害を加える意思はないということで良いですかね。……大丈夫です?」

「あぁ、わりぃな嬢ちゃん」

 

 脇に抱えたマクドナルドをひょいと地面に下し、斗和子が近寄る。崑崙、聖地、三只眼吽迦羅、聞きたいことは山ほど有る。だが、それに勝る疑問が八雲にはあった。

 

「僧院長、先ほどあなたは彼女の額の痣について口にしていた。もしや何かご存じなのですか?」

 

 八雲達が聖地を探しているのはぱいの記憶を取り戻すためだ。正直、記憶がここで取り戻すことが出来るなら、聖地に大したこだわりはないのだ。(ロン)は聖地にて眠りについているという危険な妖怪達の親玉である鬼眼王(カイヤンワン)の撃滅を願っているが、それはぱいの記憶とは何ら関係はない。

 ぱいに危険が及ぶことは極力避けたい。それが八雲の偽らざる本心だった。

 

「チョアンリンリン。……とそれは呼ばれておる。古代の悪しき秘術であり、それを刻まれた者は記憶を封じられ……」

「記憶を封じられて、どうなるんです?」

 

 僧院長が止めた言葉の続きをぱいはせがむが僧院長は黙ったままだ。

 

「ともあれ、解除の呪文を探すことじゃ。解除の呪文はそれを刻んだ術者が知っておるはずじゃ」

「……そうですか」

 

 僧院長のそれ以上は聞いてくれるなという言外の気配にぱいは黙ってしまう。気まずい空気の中、それでも八雲は口を開いた。

 

「なら、聖地の場所を教えてください。これをかけた奴はきっとその近くに居るはずです!俺達なら聖地から遠ざける理由はないでしょう?」

 

「三只眼を崇めるな。三只眼を傷つけるな。三只眼に触れるな。申し訳ないが、それがこの宗派に伝わる教え、三只眼、聖地について儂は一切教えることは出来んのじゃ」

「そ、そんな。そこをなんとか!」

 

 僧院長はなおも言い縋る八雲にただ無言で首を横に振る。信仰心が高いゆえに教えを破ることが出来ないのだろう。宗教感がいまいち薄い八雲だが、僧院長に宿る並々ならぬ意思は読み取れたのか、悔しそうな顔をしながら俯く。

 

(うぅむ。ここで私が捕まえて拷問……なんてのは許されませんよねぇ)

 

 はぁ……と十和子は内心ため息を吐く。十和子の体をじわじわと削りながら蕩けるような声で精神を揺さぶるその拷問は妖怪ですら口を割る。だが、そんな事を人間にするのは流石に今の気性では気が引ける。

 

(資料とか奪うくらいなら許容範囲ですよね)

 

 それ以上、進展が無さそうな会話に興味を失くした十和子は寺院内に足を向けた。騒動が起こった今なら資料室なり金庫やらの警備がおざなりになっている可能性に至ったためだ。

 だが、それは事態が収束したと勘違いしたための緩みだった。

 

「む、ラムバか何処に行っておった!!お前には聞きたいことが!!」

 

 ぱいたちを殺す指示を出した副僧院長ラムバの登場に僧院長が激高する。自分への報告も無しに処刑は越権行為に他ならない。その詰問する声色は高齢とは思えぬほどに張りがあり怒りが込められたものだった。

 

「ラムバ!その態度は何だ!聞いているのか……がっ!!?」

 

 詰め寄り叱責する僧院長だったが、突然の鈍い音とともに呻き声を漏らし崩れ落ちる。

 

「グルルル……」

 

 何事かと駆け寄ろうとした八雲達だったが、その額を見た瞬間、動きが止まってしまう。

 

「……あ、あれは!」

 

 副僧院長の額には先ほどまでは無かったはずの菱形の痣……チョアンリンリンが刻み込まれていた。

 

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