我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

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第二十四話 四年越しの懺悔

 

 副僧院長ラムダは正気かどうかなのか論ずるまでもなく、狂気に瞳を濁らせ口角に泡を張り付けた異様な様子であった。唸り声を響かせ、その手には僧院長の血に染まったナイフを握りしめていた。

 

「チョアンリンリン!?」

 

 菱形の痣のような紋様が副僧院長の額に刻み込まれている。それはつい先刻までは確かに無かったはずのものだ。僧院長曰く、それは相手の記憶を封じる忌まわしい術であるという。

 だが、副僧院長は記憶というよりは人格すらも完全に失っているかのような状態であった。

 

「……あ、あぁ」

 

 チョアンリンリンに動揺を隠せない八雲とぱい。だが急な事態で心が落ち着いていないぱいに対して八雲の体がぶるぶると震え、汗を滲ませており、ぱいよりも動揺しているのが見て取れた。

 

(まさか……あ、あいつが……)

 

 チョアンリンリンを施せる者、それに考えが至った瞬間、八雲の脳内には自分と同じく(ウー)であるベナレスが思い浮かんでいた。妖怪達の盟主である鬼眼王(カイヤンワン)の无。同じ不死とは言えその実力は比較するまでもない。

 

「僧院長様!!」

「近付くな!チョアンリンリンにかかったラムバは正気を失い悪しき術者の良いように操られているのじゃ!」

 

 どう見ても深手を負っている僧院長にぱいや僧達が駆け寄ろうとするが、僧院長はこれ以上の犠牲を出すまいと制止の声を上げる。

 

「るるる……おおおお!!!」

 

 副僧院長は雄たけびを上げるとぱいに向かって短刀を振り上げながら駆け出した。動きは決して早いものではないが、それでも虚を突かれた状態となったためか、誰もがまともに動けないでいた。

 ただ一人を除いて。

 

「……サンプルが増えるは願ってもないですね」

 

 冷淡にそう呟くと斗和子はラムバの前に躍り出る。聖地を求めるマクドナルドと異なり八雲や白はぱいの記憶さえ戻れば聖地に赴く必要はないと考えていた。額の痣に関しての情報は極めて少なく、ようやく術の名前が分かった程度だが、それでもぱい以外にチョアンリンリンをかけられた人物というのは得難い情報源になりえる。

 そう考えて無傷での捕縛を考えていた斗和子だったが、その思惑は外れてしまうこととなる。

 

「ぎ……っ!」

 

 自身の進路を遮るように現れた斗和子に対し、構わず突き進む副僧院長だったが、突然その場で硬直する。更に右目がまるでナメクジの様にニュルニュルと飛び出したかと思うと全身がまるで焼きすぎたウィンナーの皮の様に裂ける。

 

「ぎ、ぎゃあああああああ!!!?」

 

 裂けた皮膚から肉が勢い良く噴き出し破裂する。爆発にも似た破裂音に紛れ、副僧院長の苦悶の断末魔が院内の聖堂に木霊した。

 

「な、なんなの?」 

 

 グチャグチャの肉片へと変貌を遂げた副僧院長に言葉を失うもの混乱するものが続出していた。

 

「……術が不完全な為に体に異常が出たのじゃ……うぅ」

「僧院長様」

「じゃあ、これをかけたのはぱいに術をかけたのとは別の奴か……」

「おそらく……」

 

 人の形で死ぬことさえ出来なかった副僧院長の遺体とも呼べぬ肉片になんとも言えない空気が流れていく。八雲は術者がベナレスで無かったことにほっと胸を撫で下ろしていた。

 

(思えばアイツが来るなら、こんなまどろっこしいことはする必要がないか……)

 

「……」

 

 そして斗和子はチョアンリンリンに対して一つの疑問を浮かべていた。

 

(記憶を奪い相手を意のままに操る術……ぱいさんが記憶を失うだけで済んでいるのは二つの人格を持つためと三只眼吽迦羅(さんじやんうんから)という強力な妖怪のため?でもそれなら術の失敗で体がこんなにも損傷するなんて……)

 

「ぱ、ぱい……殿」

「僧院長!大丈夫ですか!?」

「い、いや……血が止まらぬ、幾ばくも無く儂は死ぬじゃろう……何の役にも立てず申し訳ない……」

 

 重要な臓器または血管を傷つけているのだろう。即死には至るほどではなかったようだが、輸血も出来ないこの環境での救命はほぼ不可能だった。

 

「そんな……あ、そうだわ私達には傷が治るお札があるの!それを使えば……」

 

 それは元々はマクドナルドの傷を癒すために敵である呪鬼(チョウカイ)が作った呪符であるのだが、別に返す必要もないのでそのまま持っていたものだった。

 

「異教の施しは……受けん」

 

 弱々しいながらも、言葉に込められた意志は強くぱい達どころか弟子である僧達も口を噤む。

 

「……儂の背を見てくれ」

 

 溢れる血を拭わぬままに僧院長は僧衣を捲る。弟子たちが手伝いながらもぱい達の眼前に僧院長の背中が露わになった。

 

「こ、これは……」

「地図?」

 

 入梵字や文様、はたまた動物ではなくそこには淡々と情報を残す為に簡略化された地図が刺青として掘り込まれていた。

 

「僧院長様……これは?」

「儂の口から聖地について口にすることはできん……が……ナパルバ」

「……はい」

 

 ぱい達の処刑を最後まで反対していた僧に僧院長は声をかけた。

 

「聖魔様たちを地図の場所にお連れするのだ」

「分かりました」

 

 目元に涙を湛え、ナパルバを恭しく頭を下げる。

 それを穏やかな目で見つめると、更に弱々しくなった声で僧院長は続ける。

 

「地図の場所には我らが長年集めた聖地に関するあらゆるものを納めた聖堂がある。答えを知りたくば自分の目で見て答えを出しなされ………」

 

 僧院長の表情がまるで孫娘を見るような優しいものへと変わる。

 

「……パイどの、現実は……いつも残酷じゃ。……しっかりの」

 

 そう言って僧院長は胸元から手の平大の棒の様な金属の塊をぱいに手渡した。

 

「……僧院長様、これは?」

 

 ヒョッヒョッヒョッ!!

 

 僧院長が残された力で最後の言葉を残そうとした。まさにその時。

 ぱい達には聞き慣れはせずとも、聞き覚えのある独特の笑い声が僧院内に響く。

 

「では地図はこちらで戴いていきましょう!!」

「その声は!!」

 

 呪鬼(チョウカイ)とぱいが叫ぼうと振り返るが、呪鬼の方が行動が早い。

 

唵邪符凍靈龍(オンシィエフゥトゥンリンロン)!!」

「ぱいさん!」

 

 咄嗟に斗和子がぱいの眼前へとその身を躍らせる。左右の五指が爪もろともに伸び斗和子は呪符を切り裂こうと力を込める。だが、それは無駄な努力となった。

 

 呪符は斗和子へと迫る前に弾けドラム缶程度の液体を具現化させる。

 

「なに!?」

 

 鉄板すら易々と切り裂く斗和子の爪だが、流石に液体そのものを切り裂くことは出来ない。多少は払うことが出来たが、それでも少なからず液体をその身に浴びてしまう。

 

「斗和子さん!」

 

 それでもぱいを守りきるのは白面の化身としてプライドからだろう。

 

「くっ!」

 

 液体を浴びたところが見る見るうちに凍結していく。呪鬼は知らぬことだが、炎には滅法強い斗和子だが、元々白面の者が冷気を操らないこと言うことも有り、冷気への耐性はそこまでではない。

 

 そして。

 

 ぱい達が大暴れし、僧院長襲撃と副僧院長の死、さらに呪鬼の奇襲。立て続けに起こった事態に皆の注目は完全にぱい達に注がれていた。

 そんな皆の意識の死角を突くように柱の影から身の丈三メートルの巨躯が躍り出る。

 

「っ!?」

 

 大型のナイフほどもある巨大な爪が事態を呑みこめていない八雲の右腕に奮われる。不死と言えども肉体の強度は人と大差がない八雲の右腕は容易く千切れ、弧を描き吹き飛んだ。

 

「ぐああああああ!!?……うぅ、てめぇは!」

 

「よくやった狼暴暴(ランパオパオ)

 

 傷口を抑える八雲の視線の先には八雲の腕を加えた狼暴暴がゆらりと立ち塞がるように立っていた。八雲に吹き飛ばされた右腕の一本は中ほどまでしか再生してはいないようだが、全身にあった裂傷の数々は既に僅かに傷痕が残る程度にまで治癒されている。

 

「それでは!」

「逃がすか!!」

 

 狼暴暴に僧院長と自分を担がせ、その場を後にしようとする呪鬼だったが、斗和子が体の半分以上が氷に覆われているにも関わらず尾を伸ばす。

 尾は瞬く間に人の胴体程まで太くなり、薙ぎ払うように狼暴暴へと襲い掛かる。

 

「ぎゃぅ!!」 

 

 狼暴暴は甲高い悲鳴を上げるものの、精々が頬を削った程度で呪鬼や僧院長を落とすようなマネはせず、苦々しく斗和子を睨むと大窓をぶち破り逃げて行った。

 

 

 

「すみません。私が至らぬばかりに」

 

 力任せに氷を砕きながら、斗和子は頭を下げた。

 

「いえ、斗和子さんが居なかったらぱいが危ないところでした」

 

 右腕を再生させながら八雲をぱい達に駆け寄る。斗和子が守ったおかげだろう。ぱいに危害が及んだ様子はなかった。

 しかし、僧院長を浚われたのは事実。僧院内の空気は重く暗いものだった。

 

 

 

 

 

 

 若干の肌寒さを感じさせる深夜。八雲とぱいは二人きりで話し込んでいた。それは四年前の八雲とパイが約束を交わし、そしてパイの行方が分からなくなった夜を想起させる。そんな夜だった。

 

「さて、何から話そうかな……」

 

 ぱいの記憶が戻った時、明かすと言っていた自分とぱいの関係を八雲は話すつもりの様だった。

 何故、自分は不死となったのか、そしてぱいと何故離れ離れになったのか。

 

「かつて恐ろしい力を持った三只眼(さんじやん)の王が居た。彼は一族の中でも飛び抜けた力を持ちそして、その力で全てを支配しようとしていたんだ。だが、それ故に一族の者たちによって封印された」

「え……でもわたしは彼がそんな悪い人とは思えないわ」

「だが、現に他の三只眼は鬼眼王に皆殺しにされているんだぜ?」

 

 若干の齟齬は有りつつも、淀みなく会話は続いていく。

 

「……ま、そんなわけで平和になった世の中、パイは大ポカをやらかしちまったんだ」

「大ポカ?」

「……っ」

 

 努めて軽い口調で紡いだ言葉はぱいの疑問符で躓いた。八雲から漏れるような呼吸が響く。

 

「瀕死の俺を助けちまったんだよ」

 

 

「不老不死の術で俺を无にしたんだよ。无は三只眼とて生涯で一人しか生み出せない。ところが、三只眼を守るべきはずの俺にはなんの力も無い」

 

 本来、无とは三只眼が自らを守らせる為に生み出す存在である。強力な術を使える代わりに持続力が無い三只眼の盾であり剣である。鬼眼王ですら自らの无は数多の術を使いこなし強靭な肉体を持つベナレスを選んでいることから、その重要性は計り知れない。

 

「守れなかったんだ」

 

 だが、パイはよりにもよってそんな術を只の人間の怪我を治す為に使った。それはもう戦いは起こらないだろうという絶対の自信が有ったからだ。そして、その平和は束の間のものに過ぎなかった。

 

「俺はパイを守りきれなかった」

 

 八雲は俯いた。その背は妖怪たちに真っ向から挑む姿からは想像も出来ないほどに小さい。

 

「好きな女を守れなかったんだ俺……」

 

 八雲がこの数年、死に物狂いで体術や秘術を学んだのは無論パイを探し、そして守るためだが、そこに自らを罰する意味がなかったと言えば嘘だろう。

 思わずぱいは八雲に抱き着いた。いつもは頼りになる背が今は逆に自分が守りたいと思うほどに震えている。

 

「八雲さん……」

「さて……と」

 

 すっと八雲は立ち上がりぱいから少し離れる。その動きを不思議に思うも、次に続く八雲の言葉がその疑問を吹き飛ばした。

 

「ぱいはここで待っていてくれ。斗和子さんにも残ってもらうつもりだ」

「えっ!?ど、どうして?」

「……」

「危険なのは覚悟の上、それにシヴァの爪だって!!」

 

 狼狽するぱいを尻目に八雲は冷静に首を振る。

 

「俺が君の命を守るように鬼眼王にも命を共にする護衛者が居る。聖地に近づけば近づくほど、そいつにも近づくんだ。鬼眼王が命を預けるに足る不死の従者がね。そんな相手に君を守り切れる自信が俺には無い……」

 

 狼暴暴や呪鬼といった手練れの妖怪との戦い、聖地へと着実に近づいているという感覚。それらが八雲にベナレスの脅威を知らせていた。強くなったこそ分かるのだ。ベナレスの異常さが。

 そんな相手に勝てる可能性があると楽観できるほど八雲は能天気ではない。それにベナレスと戦い負ければ四年もの間、探し求めていたパイを奪われてしまう。八雲はそれを恐れていた。

 

「なーんだ」

「お、おい!」

 

 ぱいは八雲が自分を大事に思っているからこそ遠ざけたいのだと見抜くと満面の笑みを浮かべ八雲に抱き着いた。

 

「そんなに強いんじゃ、ここに残っても同じだよ。……それにね」

 

 お互いに触れ合う箇所から熱が伝わり合う。響く鼓動は相手のものか、はたまた自分か。

 

「女だって……好きな人に守ってほしいんだよ」

 

 新たな温かさが二人の間に生まれ、波紋の様に伝わっていった。

 

 

 




新年早々、スマホが壊れた悲しみ。
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