轟々とヘルメット越しにでも煩いほどの風が白の体を叩きつけるように吹き荒れていた。ともすればハンドルから手を放してしまうほどの高加速。だが白はそれを人外の膂力で難なく押さえつけていた。
凄まじいまでのスピードと暴れるハンドルをまるで愛犬を愛でるように扱うのはその傲慢な態度と相まって非常に様になっていた。
今、白が駆るのは愛車であるGSX-1100SKATANAではない。だがそれと比べても遜色がないバイクを駆っていた。その名はヤマハVMAX1200である。排気量はKATANAをも上回り、更に当時の技術で出来る最大の馬力を追求した機体である。
「---!?」
そんな怪物とも呼ばれるVMAX1200のハンドルを握る白の背中から悲鳴の様な怒鳴り声が上がる。
だが、白は僅かたりとも気にせずVMAXのエンジン回転数を上げる。白の意志に応えるようにエンジンからは唸り声のような音が迸る。これはVMAX愛好家から魔神の咆哮と畏怖をもって呼ばれる特有の音である。
VMAXの真骨頂はエンジン回転数が6000を越えたあたりで燃料を積極的に導入するVブーストシステムである。このある種、変態的とも呼ばれる機構でVMAXは当時世界最高とも呼ばれた馬力を実現していたのだ。
「くっくくく」
そんな外国のタフなライダー達ですら持て余した機体を白はうっすらと笑みを浮かべて操っている。……そう、背中に張り付くように怯えるマクドナルドを引き連れながら。
何故、ぱい達と一緒に居たマクドナルドが白と行動を共にしているかと言うと、それは彼が命を懸けてトレジャーハントをしている理由である恋人が危篤状態になってしまった事に端を発する。本来ならぱい達と僧院長の背中に彫られた地図の聖堂を目指すはずだったのだが、出発を前に彼の恋人の容体が急変したという知らせが届いたのだ。
恋人を救うために不老不死を求める彼は居ても立っても居られずにぱい達に一言、謝罪の言葉を送り一路空港へと向かった。なんとなく頼りにならない八雲と危なっかしいぱい。白が居ればまだ気にならなかったろうが、なんだかんだでお人好しなマクドナルドはぱい達が気になって仕方がなかった。
しかし、それでも恋人の方が重要、まんじりともしない思いを抱えたまま、マクドナルドは搭乗までの時間をつぶしていた。
そんな中、ふとポケットを漁るとそこには
そうなれば話は早い。ささっと郵送の手続きを終えるとマクドナルドはぱい達の元へと戻る為に空港を飛び出し、足を探していると丁度、卸したてのVMAX1200に跨る白に出会ったというわけだ。
「良い加速力だ。二人乗りと言うのが少々不満だが、今はそうも言ってられんしな」
そう言うと更にVMAX1200を加速させていく。急いでいるというのも有るが、国家権力を無視して機体の最高速度を出しているということに白は喜びを感じていた。
「さて、飛ばすぞ!」
「------!!!?」
機嫌の良い白の声と共にマクドナルドの絶叫がVMAXに切り裂かれて行くのだった。
「奴らも必死だな」
「あぁ、しかし……」
あれから数時間後、白とマクドナルドは無事に聖堂へと続く洞窟内に到着していた。洞窟内には無数のトラップと妖怪達の死体が散らばっている。その様子に白は違和感を感じていた。
その違和感とは盗掘避けと言うよりは殺傷を目的としたトラップの質と量、そして妖怪達の数だ。
「聖地の秘密を守るにしても、ここまでするか?」
何処にあるかも分からない聖地へと導く遺物、確かにそれは非常に有用なものだろう。だが、それは唯一無二のものでは無い。故に
「散らかっている奴らの死骸と気配からしても相当な数がここに来ている。これほどの戦力を投入する意味はなんだ?」
何百年も聖地の秘密を収集し封印してきたという歴代の僧達の遺物の数は相当だろう。だが、八雲達が持つ聖地への鍵の一つである香炉は古物店に有ったものだ。それ以外の遺物もまだまだあるだろう。確かに重要では有るが、今回の様な総力戦を挑むほどではない。
「あんたも気づいたか、俺もここには聖地の秘密なんてもんじゃない。それ以上のモンが有ると思うぜ」
「それ以上のモン……ふっ聖地そのものかな?」
「くく、ハッハハハ!だったら傑作だがな」
トレジャーハンターとして数々の遺跡を盗掘してきたマクドナルドもこの洞窟の異常さに気付いていた。そして白の冗談めかした言葉に思わず腹を抱えて笑ってしまう。
「まぁ、それなら聖地を守護すると謳うあいつらが聖地の場所を知らないというのは不自然か……」
(ベナレスが敢えて部下に教えていないという線も有るか)
秘密と言うのは無論、知る者が少なければ少ないほど良い。知る者が多ければ多いほど漏洩の危険は増すし、漏れた時の出所を探るのが困難になるからだ。自身が圧倒的な強者であるベナレスが守護するならば聖地の場所の詳細を部下に知らせないというのは理に適ってはいるが、やはり白の疑念を拭い去る程の説得力はなかった。
「ん、音が近くなってきたな。そろそろ合流できそうだぞ」
マクドナルドが声色をやや落とす。その音は熟考する白の耳にも届く。謎は残ったままだが、答えはそこにある。そう考えが至った白は目の前に集中するのであった。
「白様!遅いですよ!」
ぐったりとするぱいを抱えて斗和子が非難の色を込めた声を上げる。その目の前には全身が焼け焦げた呪鬼の死体が転がっており、それ以外の妖怪も悉く息絶えていた。
「出遅れたか……まぁ無事で良かった」
どうやら状況を見るに呪鬼達を退け一件落着と言うタイミングで白たちは合流したようだった。
早く聖堂へと向かわねば呪鬼達に遺跡や遺物を破壊されてしまうという焦りから凄まじい速さで聖堂を一行は攻略したらしい。特に白の化身たる斗和子の尾は人の胴体を軽く上回る太さの炎の尾や散弾の様に岩石を放つ尾に変じさせることも出来る為、逃げ場の無い洞窟攻略には打ってつけだったようだ。現に妖怪達のほとんどは焼けていたり、岩石が全身に突き刺さっている。
「そう言えば、坊さんが攫われたと言っていたが……ん」
辺りを見渡す白が壁際に横たわる一人の老人に気付く。力無くぐったりと地面に体を預けるその様子からは生気はまるで感じられない。
「……僧院長様、私のせいでごめんなさい」
涙を流しながらぱいは僧院長に手を合わせた。攫われた時に既に刃物による致命傷を受けていた僧院長は既に帰らぬ身となっていた。しかも、その脳を取り出され記憶を奪われた挙句に、体を呪術によって操られるという冒涜的な扱いをされていたのだ。
呪鬼が死に邪法から解放された僧院長は何処か穏やかな表情を浮かべていた。
(……しっかりしなさい、か)
僧院長の最後の言葉。横たわる僧院長を見つめながらぱいは僧院長の最後の言葉を思い出していた。何を思い僧院長がその言葉をぱいに残したのかは僧院長が亡くなった為に伺い知れないが、それでもぱいには何故かその言葉が妙に胸に残っていた。
「それでは、私はここで失礼致します。聖堂を守るものとしてこれ以上は行けません」
僧院長の亡骸を整えながらナパルバはそう言った。
「ナパルバさん……」
「聖魔に清き光が有らんことを祈ります」
僧院長の亡骸を背負いナパルバは一礼すると去って行く。
「……取り残された感が凄まじいな、ところで」
ナパルバや僧院長とのやり取りを斗和子の口伝手でしか知らない白は妙な場違い感を覚えていた。まるで舞台の最後だけを切り抜いて見たようなそんな居心地だ。だが、そんな中でも問い質さねばならない事が一つある。
「そこの小娘は私の記憶が定かなら
戦闘態勢にはなってはいないが、ある程度の威圧感を振りまいて白は狼暴暴に変じる前の少女、
「うぅ……」
狼暴暴の時ですら一筋縄ではいかなかった白。身体能力が人間の子供と大差ない今の状態では勝ち目は無く、紅娘は威嚇するように呻くことしか出来なかった。
「ちょ、ちょっと白さんダメ!」
「……」
剣呑な雰囲気を隠そうともしない白と怯える紅娘の間にぱいが割って入る。衣服はほつれ、体には幾つもの擦過傷が有り、泥や血で汚れているがその眼光はそんな疲労を感じさせないほどに鋭く澄んでいる。
「この子は呪鬼に操られていただけなの!今はとっても素直で良い子なの!」
「------はぁ、……まぁ好きにしたらいい。八雲もそれでいいだろ?」
「まぁ……ぱいが良いって言うならいいけどよ。……ちぇ」
梃子でも動かないという意思を見せるぱいに白と八雲は折れた。危険性が全て拭い去られたわけではないが、ぱいが庇う上に、こちらに害意が無い相手を痛めつけるのは本意ではない。
「おーい!それよりさっさと聖堂に入ろうぜ!!」
ぱい達に参加せずに本堂周りの罠の解除をしていたマクドナルドが手を振りながら大声を上げる。
「今行きます!」
溌剌とぱいは駆けだした。まさに今、彼女は自身の故郷の目の前まで来ている。本能、僅かに残る記憶それが彼女に告げていた。聖地はもうそこだと。
自然の洞穴。いかなる術式か聖堂内は淡い光を放ちぱい達を出迎えた。ちょっとした運動場ほどもある巨大なそこには数メートルは有ろうかと言う三つ目の像達が幾つも並んでいる。
空気はしんと張りつめ、僅かな冷気が身を引き締めるかのようだった。聖堂内は更に幾つかの部屋に分かれており、書物や武器、衣服、家具といった数多の物品で溢れていた。
「見た目通りの物ってわけじゃなさそうだな」
「そうですね。武器も妖剣、霊槍染みたものも有りますし、それ以外にも三只眼吽迦羅の意匠が見られます」
興味深げに遺物を見て回る白と斗和子。霊剣を部下に下賜したり、霊具を作ったりした過去がある為、そういった道具を見る目は確かだった。
「あ……シヴァの爪」
「うぉ、あんなに探したのに普通に置いてんじゃん」
棚の一角に置かれた複数のシヴァの爪を見て八雲が悲しみの声を上げた。四年間の旅でも一つきりしか見当たらなかった為、貴重かと思っていたがそこまで希少ではない事がここで証明されてしまった。
「ん?……ここは」
静謐に満ちた聖堂内を興味深げに散策する一同だったが、やけに開けた場所に辿り着く。地面には複雑な陣が刻まれており、陣そのものにそういった効果が盛り込まれているのか、時の流れを感じさせないほどに明瞭な線で描かれていた。
「如何にもな場所だが、少し調べてみるか。斗和子」
「はい」
白に促され斗和子は陣にほど近い場所に荷物を置きマットやらを引っ張り出す。
「丁度良いな。休憩しながら調べるとするか」
「コーヒーで良いですか?」
「おぅ、ブラックで頼む」
白の意を汲んでマクドナルドがシートに座る。白やマクドナルドはともかく、何時間も洞窟内で罠やら妖怪やらと奮戦したぱいの疲労は激しい。一時の興奮で疲れを忘れているが、その反動は無視できない。
「上手くいけばこの先は聖地だ。休めるうちに休んでおけ。遅れてきた詫びだ。調査は任せてくれ」
「う、うん」
逸る気持ちは有るものの、指摘された事で疲れを自覚したのだろう。ぱいもシートに腰を下ろすと自然と大きなため息が漏れる。
「はぁ……うん。なんか疲れがどっと来たかも」
「温かいものどうぞ」
「あ、ありがと」
甲斐甲斐しく皆に飲み物やら軽食を振る舞う斗和子からぱいは温かなお茶を受け取る。
細い喉が僅かな音を立てお茶が流れていく、じんわりとした熱がぱいの胸を広がっていく。
「ん、眠いなら少し眠っておけ」
緊張がすっかり解けたのか、ぱいは大きな欠伸を一つすると瞼が急激に重くなっていくを自覚する。そこに頼りがいのある白の声色が加わり更なる眠気に襲われた。
「うん、そうする……」
お茶を白へと渡し、ぱいは横になると小さな寝息を上げ始めた。
数時間、複雑な魔法陣が敷かれたその中心に白が静かに崑崙の鍵である香炉を置いていた。
「しかし、聖地がこことは違う世界とは思わなかったな」
「あぁどおりで聖地とされる場所が無数に有るわけだ」
「鍵もな、だから呪鬼が全戦力で来たんだな」
そう、実はこの聖堂は只の三只眼の遺物を納めていただけではない。聖地へと通ずる門そのものであったのだ。呪鬼はそれを知ったがゆえに門を封ずるために総力を上げて洞窟を攻略せんと乗り込んできたのだ。聖地への門も鍵も単体ではなく、この世界に無数に有るからこそ、マクドナルドを泳がして聖地への情報や遺物を収集させて、その都度破壊したりと手間のかかる方法を取らざるを得なかったのだ。
「聖地の守護って言う割にうろちょろしてたのはそういうわけか」
「ま、ご苦労様ってこった」
軽口を叩きながらも準備は着々と進んでいく。そして、いよいよ最後の工程、採生---血を捧げるのみとなった。
「この聖堂にある情報からすると、ここが聖地への門つまり崑崙だ。後は血を垂らしゃあ聖地に行けるはずだ。……だが、ここは洞窟だ。前みたいに失敗すりゃあ生き埋めだ」
何度となく繰り返した実験で、この崑崙の鍵は血を垂らすと雷撃を伴った光の柱が天へと昇るというのは一行の誰もが知っていた。それは天空の雲を散らす程の威力であり、屋外でなら被害は無いが……。
「それでも良いんだな?」
失敗した場合は只では済まない。ぱい達の答えが分かっていながらもマクドナルドは真剣な様子でそう問うた。
「……ええ!やりましょう!」
一瞬の逡巡。しかし、ぱいは力強くそう答えた。
ぱいの返事に八雲も強く頷くとナイフでその左手首を深く切り裂いた。鮮血は関を切ったように溢れ、香炉へと注がれる。
そして-------。
天帝の下界の都
崑崙の虚に我をおさめ採生せよ
さすれば鍵は天象を貫き
神明の徳に通ずるをもって
万物を鬼眼五将の契約に倣い
聖地へと導かん