我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

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第二十六話 滅んだ世界

 

 

眩い光と木琴の様な甲高く響く音が香炉を中心に聖堂いや、白達が居る空間全体に満ちていく。

 

「----」

 

 自身かはたまた他の者の声なのかすらも分からないほどに音に埋め尽くされ、その皆の視界は白一色に染まる。それは以前、香炉を使った時とは比べ物にならない程の現象だった。

 

 

 そして突然の静寂。

 眩い光はそのままだが、自身の呼吸音ですら聞こえなくなり、空間が凍ったかのような無音。

 誰しもが想像以上の事態に言葉を失う。

 

「……」

 

 まず一行が感じたのは風。閉鎖空間であった聖堂では感じなかった空気の流れが肌を柔らかに撫ぜ、その肌からは妙に安心する暖かさを感じていた。

 

「ん?」

「ぉ?」

「む」

 

 一行の眩しさで閉じられた瞼が恐る恐る開かれる。

 

 

 

 そこにはあったのは先ほどまで無骨に掘り出された洞穴の岩肌ではなかった。

 

 流れる雲。

 

 澄み渡った高い高い空。

 

 遠くには幾つもの刺々しい岩山。

 

 無数に生える岩の柱。

 

 ピラミッドの様な建造物。

 

 そして、そこには三つ目の意匠。

 

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 彼らが待ち焦がれた。場所。

 

 そうここは----。

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖地だ―――!!」

 

 

 ぱいと八雲、マクドナルドが示し合わせた様に大声を上げる。三人ともが声を喜色に染め、ぴょんぴょんと跳ね喜んでいる。三人ともここまでの道のりが長かった分、その喜びは一入なのだろう。

 しかし、白と斗和子は辺りに素早く視線を飛ばし、危険が無いかを探っていた。

 

「この並んでいるのは何かしら」

 

 浮足立っているのか、ぱいはうきうきと大地に並ぶ石柱に近づいていく。

 

「白様……」

「分かっている」

 

 取りあえず、差し迫った脅威は無い。それが白と斗和子の結論だ。だが、この場の空気が放つ異質さを二人は明瞭に感じ取っていた。

 

「……きゃあ!?」

「ぱい!?」

 

 ぱいは目的の場所である聖地に来られたという昂揚感そのままに石柱の根元から見えた白い何かを掘り出していた。そして掘り出したそれを見た瞬間、ぱいは驚きと恐怖から悲鳴を上げてしまう。

 

「これは……白姉ぇ」

「……墓だろうな」

 

 ぱいが恐怖を覚えたそれは頭蓋骨であった。しかし、その頭蓋骨は人とは決定的に異なる点があった。額にぽっかりと空いた両の眼窩に似た形状。そう、この骨は三つの目を持つ種族、三只眼吽迦羅(さんじやんうんから)の遺骨だったのだ。

 遺骨は石柱の根元に埋葬されており、しかも石柱は数千以上もずらりと並んでいる。

 白と斗和子が感じていた空気、それは死だった。

 かつて幾つもの国を滅ぼし、無数の人間を鏖殺し、数多の妖怪を虐殺し、死を生み出し続けたが故に白達は理解してしまったのだ。聖地の静寂さは荘厳さや神聖さ、はたまた恐怖から生まれる静けさではない。それらの生み出す根幹である命そのものが皆無であるからこその静寂さだった。

 

「え、……こ、これ全部が……」

 

 あれほどはしゃいでいたぱいの声色が冷え切っていく。知識では三只眼吽迦羅は鬼眼王(カイヤンワン)が滅亡させたと聞いてはいたが、やはり実際の目で見る衝撃は大きいのだろう。

 一行は暫く立ち尽くしていたが、何かを思い出したのか、はたまた感じたのか、ぱいが導かれる様にある方向に視線を向けた。そこはかなり遠くでは有るものの、文明的を感じさせる建造物があるのは見て取れた。

 

「なにか思い出したのか?」

「ううん、でも……」

 

 ぱい自身も定かではないのだろう。だが、曲がりなりにも聖地の記憶を僅かでも持っているのはぱいだ。彼女に付いていくように一行は歩き出す。

 

「なんか話せよ」

「無理を言うな」

 

 凍りついた空気に耐え切れずマクドナルドが八雲を突くが、下手な冗談を言えるわけもなく、そして白も斗和子も静かにぱいの後を歩くのみだった。

 

(元々、荒れた土地だったのか、それとも三只眼吽迦羅が滅んだことで荒れ果てたのか……いまいち分からんな)

 

 延々と続く墓標の群れ、僅かに植物は生えているがお世辞にも肥沃な土地とは言えない。聖地と大層な名前の割に荒涼とした土地に白は眉を顰める。風も乾ききっており、大地も干からび無数の罅が刻まれている。それはもう終わりを迎えたといって良い世界であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ぱい達が暫く歩くとようやくぱいが目指していたと思われる場所へと辿り着く。そこには神々しい意匠を随所に施された巨大な亀の像が鎮座していた。

 何らかの術が込められているのか、像には汚れや傷はほとんどなく、頭上の陽光を反射し輝くほどだった。

 

「え……?」

「ぱい!」

 

 その像に何かを感じたのか、ふらふらとぱいが近づくと不意に像は陽光とは異なる強い輝きを放ち始める。咄嗟に八雲がぱいの前に立つが、それは杞憂となった。

 

「なに?」

「は?」

 

 珍しく驚く白と間抜けたマクドナルドの声が重なり、徐々に光は一行の前に人型へと収束していく。

 

「こ、これは……」

 

 狼狽するぱいの正面、亀の像の背中には一人の幼い三只眼吽迦羅の女の子が佇んでいた。その輪郭は時折陽炎のようにゆらゆらと揺れており、うっすらと透けている。

 

「魔法陣に組み込まれていた昔の映像かな?多分、三只眼吽迦羅に反応するように出来ていたんだと思うが」

 

 多分だけどねと八雲は言う、三只眼吽迦羅が三百年前に滅亡したという話を踏まえると、少なくとも三百年前以上昔であることは確かだが、そんな大昔の術が未だに生きている事に白達は三只眼吽迦羅の力の一端を感じていた。

 

「でも、この子って……」

「うん、昔の君だろうね」

 

 目の前の少女は幼いという点を差し引いてもぱいに良く似ていた。特に優しげながらも意志が込められた瞳は今も昔もまるで変ってはいない。

 

『ようこそおいでくださいました』

 

 ふいに映像の中のパイが話し出した。ぺこりと頭を下げ、何処か悲しげにつらつらと言葉を連ねていく。

 

『旅する同朋よ。私は四代目パールバティ、天空に白竜舞う年に生まれた最後の三只眼吽迦羅です。本来ならば、聖地にお寄りくださいました貴方様方を歓迎せねばならないところですが……』

 

 そういってパイは辺りを見渡した。

 

『ご覧の通り、恵み豊かな大地と共に生まれた三只眼吽迦羅の長い……長い歴史は終わりを告げてしまったのです。我が未来の夫シヴァと共に……』

 

 夫と言う言葉にぱいと八雲が目を見開いて驚くが、それと同等かもしくはそれ以上の衝撃的な過去をパイは話し続けた。

 

 元々シヴァは優しく、繊細な性格だったこと。

 ある時、一族でも桁外れの力に目覚め、狂暴化してしまったこと。

 一族の暴力を良しとしない者たちとシヴァ達で総力戦が勃発してしまったこと。

 そして……。

 

『この地で、シヴァ―――いえ、鬼眼王をなんとか聖魔石に封ずることが出来ましたが、私を残し一族は滅びました』

 

 そこでパイは深く項垂れた。未来の夫を封じた罪悪感か、一人だけ生き残ってしまった悲しさかは映像からは読み解くことは出来ない。

 

『私もすぐにこの忌まわしい土地を去ります。そして力を捨て【人間】になるつもりです。自分を捨てて他者を守る聖なる力を持つ人間に』

 

 映像が急に揺らぎ、ブレが強くなる。

 

『貴方様方も、どうかこの地の事はお忘れください。……さようなら』

 

 ふっとまるで蝋燭の火が消えるように映像は最初から何も無かったかのように虚空へと消えていった。

 

 

 

 一族のショッキングな話を過去の自分から伝えられ、落ち込むぱいの護衛を紅娘と斗和子に任せ、白と八雲、マクドナルドは遺跡内を散策、と言う名の遺跡荒らしを行っていた。

 

 

「パールバティーか、ヒンドゥーのシヴァ神の妻だったか。ヒンドゥー教自体も三只眼吽迦羅伝説との関わりが有りそうだな」

「だな、まさか歴史上というか神話の神様の由来とは、人生ってのは分からないねぇ」

 

 聖地内の目についた家屋を捜索しながら白、マクドナルドは感慨深げに呟いた。

 

(シヴァは絶対の破壊者とも、創造神、再生神と様々な顔を持つとされている。本当にそんな力が有るというのなら封印は解くわけにはいかない)

 

 伝承とは伝わるごとに知らず知らずに尾ひれが付いていくものだ。特にヒンドゥー教では三柱の神をそれぞれ崇める宗派が有るという。シヴァ派がシヴァを持ち上げるのは当たり前だが、それ以外の宗派でもシヴァは破壊神としての一面を覗かせている。ベナレスが従う相手、伝承の全てが正しく無くとも相当の力を持つのは疑いようがなかった。

 

「そういや、チョアンリンリンで気になることが有るんだよな」

「……」

「チョアンリンリンが不完全なだけで副僧院長は化け物になった。いったい何故なんだ?」

「……そうだな」

 

 八雲の疑問は斗和子から話を聞いていた白も感じていたことだった。

 

「ただの記憶を失わせるだけの術であんな事になるか?」

「妖怪……もしくは複数の人格を持つ相手に対する術とも考えられるが……いや、それなら人間である副僧院長に施す必要すらないか」

「あぁ、何か嫌な予感がするんだよな」

「だな……だが、ぱいに術の副作用は見られない。それに無くした記憶を取り戻せばそれで終わりだ」

 

(私だったらどうする?浚おうとしていた相手の記憶を奪うだけなどとは有り得ない。それこそこちらの言う事を聞くようにするだろう)

  

 散々、悪辣なことをしてきた白が自身に問う。利用しようとする相手が自身に敵意を抱いていた場合は、記憶を奪うだけにするだろうか?それは否である。それこそ偽りの記憶を埋め込む程度はするだろう。その上で最後の最後で本当の敵は自分だったと教えて、その怒りと絶望を啜るだろう。

 

(それか、精神操作か……)

 

 例えばだが、ベナレス達の行動や言動に、違和感や嫌悪感を抱かない様にするなどが考えられる。ぱいが鬼眼王をそこまで敵視しない事からもこの可能性は大いにある。

 

(いや、あまりにもしょぼいな)

 

 しかしながら、妖物の頂点の右腕であるあの男がそんな小さなことをするようには見えなかった。

 

「とりあえずぱいと合流しよう。こちらの世界でもそろそろ夕方……ちっどうやら斗和子が戦闘に入ったみたいだ」

「なに!?」

「あぁ、すぐ向かおう相手は、一人か……何だと!?」

 

 荷物を脇に置こうとした白が突然その荷物を放り投げて走り出す。慌てて八雲とマクドナルドも続くが、その速度はかなり早く、人間の走力を軽く凌駕していた。

 

「白姉ぇ!急に……く、相手は誰だ!」

 

 遅れをとるマクドナルドを無視して无故のスタミナで白はなんとか白を見失わない様に全速力で走る。移動系の術が有れば違うのだが、残念ながら八雲はそんな便利な術を修めていなかった。

 

「……ベナレスだ」

「っ!!くっそぉおおお!!」

 

 突然、ぐんと八雲の速度が上がる。精神が肉体を凌駕したのだ。筋肉繊維がぶちぶちと切れるが、そのたびに再生が瞬時に行なわれる。まさに不死の肉体を利用した无ならではの走法だ。

 守ると、今度こそ守ると近い、そして守ってほしいと言われたはずなのに、その為の力を付けたのに再び自身の手が届かないところで決着がついてしまうのか、そんな悔しさと歯痒さが八雲の体を全開で稼働させる。

 

「間に合えよおお!!」

 

 四年前から八雲を苛む因縁、それを払拭する機会はもう目の前に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は僅かに遡る。

 過去の己を映した亀の像に背を預け、ぱいはこれまでの旅を思い出していた。二か月間と言う短い期間、色々なことが彼女に起こっていた。それは自身の出自からすれば当然の事だが、記憶を無くし只の女子学生として暮らしていた四年と比較すればまさに激動の二か月間と言えるだろう。

 自分が妖怪である事、そして運命と命を共にする相手が居る事、特にこの二つは彼女にとってはそれまでの価値観を全て吹き飛ばすほどの大きさを持っていた。

 

「ねぇ、三只眼。聞いてる?」

 

 そんな出来事の果てにぱいはここに辿り着いた。もう一人の自身も望む記憶を求めて。

 

「あのさ、いろんな事が分かったよね」

 

 その声は柔らかく優しさが込められていた。三只眼はぱいと違い、微かな記憶を持っていた。大勢いた一族の仲間達や豊かだった聖地の記憶。僅かでもそれが有るからこそ、荒れ果てた聖地の悲惨さ、パイが語った鬼眼王が起こした非道の歴史、それらに強い衝撃を受けていた。

 

「私たちはパールバティ―四世だったんだね。そして……鬼眼王の婚約者。……でもそんなことどうでも良いじゃない。私たちは私たちだわ」

 

 

「もう東京に帰ろ。封印されている鬼眼王は八雲さんや白さんがなんとかしてくれるわ。もう怯える必要は無いのよ」

 

 三只眼を諭すように、そして自分にも聞かせるようにぱいは言葉を紡いでいく。

 

「もういいんじゃない?辛そうな記憶を無理に思い出さなくても……私は今のまま―――――八雲さんが大好きなままの今が良いわ」

 

 その言葉は三只眼だけで無く自分も諭そうとしていることに彼女は気付いてはいなかった。記憶を取り戻したことで今の自分が失われるのではないか、無意識にぱいはそれに恐怖を覚えていた。

 

「っ!!……出てきなさい」

「グルルルル!!」

 

 独白を続けるぱいを静かに見守っていた斗和子と紅娘だったが、前触れもなく警戒の構えをとる。

 

「ど、どーしたの!?」

 

 あまりの様子にぱいは狼狽するが、その疑問は斗和子と紅娘が向ける視線の先を見る事で解決する。

 厳戒態勢の二人を見てもポケットに手を突っ込み自然体で歩く二メートルは有ろうかという筋肉質な長身の男。そしてその体格と加味しても異常と言える威圧感。

 何人をも寄せ付けぬと振りまく畏怖はまさに強者。そして、その額に刻まれた【无】、絶対の不死者の刻印。

 

 鬼眼王の右腕にして代行者、ベナレスの姿がそこにはあった。

 

 

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