我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

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第二十八話 徹底抗戦

 ベナレスに現実を突きつけられ、ぱいは頭を抱えて蹲ってしまう。次から次へと降りかかった事態と現実にぱいの心は悲鳴を上げていた。

 

「わ、私が化け蛇に……」

 

 うわ言の様に呟くぱい、ベナレスはそんなぱいに決断を迫るでもなく。ただ視線を送っているだけだった。それは本人のみが知ることだろうが、もしかすると自分の部下である化蛇(ホウアシヲ)への最後の慈悲のようなものだったかもしれない。

 

「ぱい!!」

 

 そんな中、八雲の怒鳴り声が二人の鼓膜を震わせた。

 ベナレスの実力を八雲も感じているのだろう。その表情や声色には怯えが確かに見え隠れしているが、それ以上にぱいを守らねばという覇気が満ち満ちていた。

 

「てめぇ!ぱいに何かしてみろ!!ただじゃ済まさねぇぞ!!」

 

 八雲は呑まれまいと精一杯の虚勢を張るが、ベナレスは涼しい顔だ。

 

「思ったより早く来たな少年、そしてそこの娘よ。褒めてやるぞ。さて、百の獣魔を操る俺にどこまで抗えるか試してみるが良い」

「おぉおおおお!!」

 

 祭壇の上に陣取るベナレスと八雲、奇しくもその光景は无としての格の違いが表われているようですらあった。

 

「ベナレスの名において命ずる出でよ光牙(コアンヤア)!!」

 

 雄たけびを上げながら祭壇を駆け上がる八雲にベナレスはかつて白を戦闘不能へと追い込んだ獣魔術、光牙を無慈悲に放つ。

 ベナレスの命を受け、ベナレスの右の掌から光る龍の様な獣魔が雄たけびを上げながら飛び出した。

 空気を熱しながら光牙は閃光の尾を伸ばして八雲へと食らいつかんと(あぎと)を開く。

 

「八雲の名において命ずる!出でよ鏡蠱(チンクウ)!!」

 

 しかし、八雲は咄嗟に獣魔術を唱え、光牙を迎え撃つ。鏡面の様な甲殻の背を持つその虫の様な獣魔はその背でしかと光牙を受け止める。すると、あろうことか光牙は己が辿った軌跡をそのまま遡行し、ベナレスへと突き進む。

 

「!!」

 

 その光景にベナレスは目を見開く、どうせ八雲には何も出来ないと高を括った攻撃、その代償は自らの魔術を反射されるという結果に終わる。ベナレスは八雲に手を翳した姿勢のまま光牙の直撃をその身に受けた。爆音が鳴り響く、ベナレスの体はもうもうと煙へと包まれた。辺りに瓦礫が散らばっていることから相当な威力が込められていたことは明白だった。

 

「へ、へへへ……」

 

 反射の際の衝撃で祭壇の下層まで吹き飛ばされた八雲だったが、一泡吹かせてやったと不敵な笑みを浮かべる。

 

「……土爪(トウチャオ)しか使えないと思って侮った。だが、この程度では私の体を砕くことは不可能だぞ?」

 

 しかし、突然の風と共に煙は払われると無傷、いやそれどころか身に纏う法衣すら綻び無くベナレスは涼しい顔を浮かべていた。

 

「……それに、お前の体術も見飽きぞ小娘」

「くっ!」

 

 吐き捨てるように横合いから来る尖爪をベナレスは受け止めた。八雲の鏡蠱は予想外だったようだが、その先、不死ゆえの耐久力で矢面に立ち、その後に奇襲を仕掛けるという策は見事に看破されていた。

 

「无を討つ術を見せてやろう」

 

 静かにそう告げ、ベナレスは両手を頭上へと掲げる。言葉が終わるや否や見る見るうちにベナレスの頭上に光が溢れてくる。

 

縛妖蜘……(フーヤオチ……)

「やめてぇえええ!!止めないと鬼眼王(カイヤンワン)を殺すわよ!!」

 

 ベナレスの術が発動する、まさにその瞬間、パイの絶叫の様な脅しが辺りの空気を震わせた。

 ベナレスも八雲も、傷ついた紅娘(ホンニャン)を応急手当てするマクドナルドも、誰もがその言葉に動きを止め、ぱいに視線を向ける。

 

「お願いベナレスさん。私たちはあなたに抵抗する気はありません。聖地の事も、鬼眼王の事も忘れます。だから、私たちをこのまま帰して下さい」

「……ぱ、ぱい!何を言ってるんだ!?」

 

 ぱいの事実上の降伏宣言に八雲は狼狽する。記憶を取り戻す為に辛い旅を続けてきたのに、それを諦めるぱいの心情が八雲には理解できないでいた。

 

「べ、別に良いでしょ?私はぱい、それは間違い無い。昔の事を無理に思い出す必要なんてないでしょ?」

 

 震える唇を無理矢理に動かし、ぱいは言う。だが、それは未だに受け入れられぬ現実。自身がパイに憑りつく蛇の化け物だと八雲に知られたくないという一心から来るものだった。

 八雲がぱいと自身を呼ぶたびにぱいの心が大きく揺れ、不安が後から後から溢れだす。

 

僧院長(ティンズイン)の死を無駄にすんのかよ!?」

 

 

 

【……パイどの、現実は……いつも残酷じゃ。……しっかりの】

 

 

「……っ!!」

 

 僧院長の言葉がぱいの心に一滴の水を垂らしたかのように染み渡る。思えば僧院長は初めからぱいが、本来の人格ではないことを知っていたのだ。だからこそ、旅の終わりに迎えるであろう残酷な結末を受け入れられるように言葉を残したのだ。

 

 

 

「どうする化蛇よ。小僧の前で本性を晒すか?それとも小僧を説得し我が軍門に降るか?」

 

 鬼眼王が封印されている聖魔石の前に陣取るぱいの傍らに八雲達を放置してベナレスが音もなく現れた。ぱいを説得するその声色に暴力的な色は無く。むしろ諭すような優しさすら滲んでいた。

 

「バラス!ウィダーヒ!!」

 

 やけくその様にぱいをそう叫びシヴァの爪を起動させる。瞬間、ぱいの左手からベナレスの光牙をも遥かに上回る光術が放たれる。爆音という名の咆哮を上げ、それは聖魔石に見事に直撃する。

 

「やった!!……え?」

 

 八雲が歓喜の声を上げるが、それも僅かな間だった。

 光の奔流は勢いそのままに放たれ続けていた。なぜなら、鬼眼王が封印されている聖魔石は未だに無傷ででぱいの攻撃を受け止め続けていたからだ。 

 

「うぅうううう!!!」

 

 ぱいがシヴァの爪に更に力を込める。しかし、聖魔石はまるで変わることなく。そこに佇みつづけていた。

 

「言った通りだろう。パイ、三只眼ならいざ知らず、貴様(・・)では鬼眼王を倒すことなどできぬ」

 

 なんと、鬼眼王は封印された状態でありながら大空の雲すら散らすぱいの光術を受け止めていたのだ。

 どうにもならない事態に涙目になりながら光術を放ち続け、現状を打開せんとするぱいにベナレスは憐憫の目を向けた。

 

「わああああああ!!」

「ぐっ!?」

 

 ベナレスの言葉を否定せんとぱいはベナレスに向かって聖魔石に向けていた光術を放つ。至近距離でロクな防御も出来ず、ベナレスは光に呑みこまれていく。

 

「八雲さん!逃げましょう!」

「あ、あぁ!!」

 

 ベナレスに不意打ちを叩き込んだ。ぱいはその結果に見向きもせずに祭壇を駆け下り、祭壇の中腹の八雲の胸に飛び込んだ。八雲はぱいの行動に驚くも、ぱいを力いっぱい抱きしめ、守るように祭壇を降りる。

 その様子にマクドナルド達も、一時撤退かとその後に続いていく。

 

 しかし。

 

「……化蛇、貴様の考え、よぉく分かったぞ」

 

 祭壇を降りきった八雲達の目の前に風を纏ったベナレスが轟音と共に現れる。汚れ、ほつれが一切見られなかった法衣はぼろぼろになっており、ベナレスの纏う気迫にばたばたと煽られる。

 しかし、その破れた法衣とは裏腹にベナレスの肌には一切の僅かな傷すら認められない。

 

「く、くそ!」

「や、八雲さん……」

 

 怒りを滲ませるベナレスに気圧され八雲達はせっかく降りた祭壇を再び登り始めた。逃げればなんとかなる。そんな考えが余りにも甘い考えだと悟り始めていた。

 

「……うぅ……」

 

 八雲の胸に抱きかかえあげられながら、ぱいは一人涙ぐむ。記憶は未だに曖昧であっても、自分がパイでは無いとの自覚が既に芽生えていた。それでもベナレスや鬼眼王よりも、目の前で自分を命がけで守ってくれる八雲の事をぱいは大切に思っていた。思うようになってしまっていた。

 

(やだ、この温もり、暖かさ失いたくない!)

 

 八雲を守るにはパイを復活させるしかない。だが、それは自分が八雲に正体を明かすということに他ならない。二者択一のいや、ベナレスと言う強者を相手に、選べる選択肢は只一つしかない。それが分かっていながらぱいは身を焦がすような葛藤し続けていた。

 

 

「逃げても無駄だ。潔く……!?」

 

 恐怖をより与えるようにゆったりと歩くベナレスの真上の天井が突如ぶち抜かれ幾つもの瓦礫がベナレスへと降り注ぎ、更に二つの尾がベナレスを打ち据える。

 

「ぐぉおおお!?」

 

 純白よりもなお白く、美しいとすらいえるその尾は外見とは裏腹に、圧倒的な暴力でベナレスを蹂躙する。

 

「はっ!」

 

 それに合わせ斗和子がベナレスの胸元まで近づき、鋭い爪を一閃させる。四本の赤い筋がベナレスの厚い胸板に刻まれ鮮血が迸る。だが、ベナレスは直前に体を後ろに逸らしダメージを軽減させてたい。そればかりか斗和子を迎撃せんと左手を大きく振りかぶる。

 

「無駄だ!……む!」

「っ!」

 

 カウンターを加えようとしたベナレスの眼前に岩の様な尾が迫り、カウンターを許さない。ベナレスも卓越した体捌きで尾を避け、斗和子とベナレス二人の間が離された。

 

「なるほど……外見や能力が同じだから本人と思っていたが分身、化身の類だったか……こう見ると髪の色が違うのだな」

 

 茶髪を風に遊ばせる斗和子の脇に純白の髪を靡かせた白が並ぶ。整った容姿を持ち、瓜二つの彼女たちが並ぶと瓦礫の山であってもまるで絵画の様な荘厳さが生まれていた。

 

「勝手に勘違いしたのはお前の方だ。それを逆手に取ろうと思ったが……やれやれ」

「わずか四年でそこまでの化身を生み出せると誰が思うか……だが、良くここまで成長したと言っておこう」

 

 かつて敗れた相手を前に臆することなく対峙する白にベナレスが抱いた感情は賞賛だった。あくまで上から目線の傲慢に満ちた賞賛だが、妖怪達を総べるベナレスの格はそれに相応しい。

 

「八雲達が逃げる時間を稼ぐ」

「仰せのままに」

 

 ぶわりと白の髪がざわめき、一本の尾がベナレスへと向かう。かつての焼き直し、だが今は四年間の経験と鍛錬がその尾には込められていた。

 

「鉄の尾よ!!」

 

 白の言葉を受け、見る見るうちに純白の尾は金属の光沢を煌めかせる尾へと変貌しベナレスを強かに打たんと空気を唸らせる。

 

「ぐぬっ!!」

 

 四年前より、そして斗和子のそれとは明らかに威力が段違いの暴力を秘めたそれはベナレスを打つ。防御の為にベナレスは両腕をかざすが、それさえも意に介さんと鉄の尾は防御ごとベナレスを振り抜いた。

 振り抜かれた勢いそのままにベナレスは壁へと激突し、無数の瓦礫に体を覆う。

 

「焼き尽くせ!」

 

 斗和子は尾を火の粉を振りまく灼熱の炎へと変じさせ、瓦礫に埋もれるベナレスへと叩きつけた。

 空気が瞬く間に熱せられ、岩もじりじりと焦がされる。十メートル以上も離れた白でさえ熱波に眉を顰める。白は熱を肌に感じながら斗和子の尾を注視していた。

 

「この程度で焼く尽くせると思っているとしたら、片腹痛いな」

「がぁ……!?」

 

 ベナレスの苦笑と共に斗和子の炎の尾が散り散りに吹き散らされる。劫火はひらひらと花弁のように舞いながら消えていき、そしてその様子に目を見開いた斗和子の腹部にベナレスの右拳が深々と突き刺さる。 

 

 

「斗和子!!」

「次は貴様だ!」 

 

 己の口から迸る血の池に沈む斗和子に白は駆け寄ろうとするが、それを阻むようにベナレスが迎え撃つ。いつの間にかベナレスの全身の筋肉は肥大し、そればかりか見る見るうちに打撃痕、皮膚の火傷が再生していき、ダメージを負わせたはずが、むしろ活力に満ちていく。

 

「ハハハハ!!」

「ぐぅうう!」

 

 哄笑と殺意を乗せ、ベナレスは白を攻め立てる。放たれる拳打は鋭く掠っただけで白の肌が削られ血が迸る。蹴りはまるで太刀の切れ味を持つ斧。直撃を避け受け流しても白の骨の髄までその衝撃は突き抜けた。

 だが、それでもなお白は倒れない。敵意と闘志を漲らせた視線をベナレスの赤い瞳へと向け続ける。

 

「むぅ!」

 

 幾つかの攻防の後、曲芸の様に白は体を捻り髪を幾重にも束ねてベナレスを締め上げる。ベナレスを包んでなお余りあるその毛量は以前ベナレスに挑んだ時をも上回り、質も向上している。

 

「いつの間に準備していたか、だが僅かたりとも通用すると思っていたら、見た目通りに可愛いやつよ」

「――――っ!」

 

 ぶちぶちと自らを締め上げる白の髪を引き千切りながらベナレスは笑みすら浮かべ白へと語りかけるが、白はベナレスとは対照的に歯が砕けんばかりに力を込めて抗わんと奮闘していた。

 その数秒後、ベナレスを中心とした衝撃波とともに髪の拘束が破られる。

 

「久方ぶりに楽しめたが、終わりだ!」

 

 白の首を吹き飛ばす勢いでベナレスの拳が振り上げられるが、それでも白は二本の尾と体を巧みに使い衝撃を逸らす。しかし度重なる猛攻からの疲労か、ついにその膝から力が抜け大きな隙を晒してしまう。

 

「光牙!」

 

 四年前、白が手も足も出なかった獣魔術が再び放たれる。

 光り輝く竜は白を消し飛ばさんと一本の線の様に突き進む。

 

「あやかし!」

 

 その軌道に白は尾を化身の一つたるあやかしに変え差し向ける。

 

「ふん、愚かな」

 

 バカの一つ覚えに尾を使う白にベナレスは憐憫すら込めた視線を向けた。

 秘術とも言われる希少な獣魔術の中でも光牙は上級獣魔に区分される強力な術である。それをベナレス程の術者が扱えば生半可な防御など紙同然に吹き散らせる。

 瞬きすら霞む速度で光牙はあやかしを食い破らんと激突する。爆発、あるいは貫通するであろう。ベナレスはそう予想していたが、ベナレスの禍々しい赤い双眸は予想外の事態に大きく開かれることとなった。

 

 ぬるり。

 

 そんな擬音がぴったりと当て嵌まる動きで光牙はあやかしの表面を滑り見当違いの方向へと飛んでいく。

 白面の者の尾が一つ、あやかしの表皮は雷や炎すらも逸らす粘液で覆われているうえに強靭で牙や刃。果ては破邪としては最大級の霊槍、獣の槍すらも受け流す特別性である。何の対抗策も無しに易々と破れるほど軟ではない。

 

「は?」

「愚かなのはお前だったな」

 

 八雲に光牙を反射されたにも関わらず無策で光牙を放ったベナレスの慢心を白は嘲笑う。ここまで追い詰められながらも白は尾の特殊な力はほぼ見せてはいなかった。岩に変えたり、鉄に変えたりなどは見せたが、あくまでも力押しの単純な力しか見せずに戦っていたのだ。

 それはここぞと言う時に畳みかけるため、現に思いもしなかったあやかしの能力にベナレスは呆気に取られてしまう。

 

「葛葉白が命ず、出でよ雷蛇(レイシオ)!」

 

 さらにここに来て、今まで隠していた獣魔術を解禁する。その身を雷で形作る蛇は白が指差す先のベナレスへとその身を絡ませ、渾身の雷撃を隅々まで流し尽くす。

 

「な、にぃいい!!!ガァアアアア!!」

 

 必殺を確信した一撃を防がれた事、そしてこんな局面まで手札を残していた事を思わずベナレスは感心してしまう。圧倒的な強者ゆえの慢心から生じたベナレスの隙。それは手痛い反撃と言う形でベナレスを襲う。

 例え妖怪、そして不死と言えども体を支える骨、外界を見る目、思考を司る脳は有る。そして体を動かす筋肉も存在している。その筋肉は雷蛇の強力な電撃によって収縮し、ベナレスの意志に反して思わぬ動きをしてしまう。

 

「グオオオオオ!!?」

「慢心が敗因と知れ、葛葉白が命ず、出でよ縛妖蜘蛛(フーヤオチチウ)

 

 まさに先ほどベナレスが八雲が无を討つ術と称した獣魔術、それがベナレスを封印せんと襲い掛かった。




飞顎の声優さんはワラキアの夜やエテモンの声の方と知って驚いた記憶が突然甦った。今日この頃。
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