我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

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第二十九話 血まみれのキス

縛妖蜘蛛(フーヤオチチウ)!!」

 

 白の高らかな声とともに数メートルはあろうかという巨大な蜘蛛が姿を現した。

 

(不死の相手を倒すことは不可能、だが対処法が無いわけではない)

 

 己が不滅の存在だったからこそ、白にとってその対処法を考えるのは容易だった。不死の存在を無力化する方法、それは異次元への放逐もしくは封印が挙げられる。

 ベナレスはいずれ八雲と自分が戦う相手、ただ倒すだけでは足りない。パイを捜索する傍らで白は斗和子とともに各地の秘術などを収集していた。大抵は眉唾物であったり、低級の妖怪にも通じない稚拙なものであったが、その中には確かな本物が存在していた。

 それが封印用獣魔術、縛妖蜘蛛であった。術の作成者は封印対象であるベナレスではあるものの、古の魔術師が作ったその術の力は本物。妖怪や无が使用することを想定した術であるため、相応の力が必要だが、そこは白。問題無く使えていた。

 問題を敢えて挙げるならば獣魔の卵は非常に希少であるため、四年の捜索で八雲が見つけたものと合わせて四つしか発見できなかったことであった。元々が人間であるため決定打に欠ける八雲に譲るべきだったと白はやや悔やんだのだが、それは別の話である。

 

「ぐぉおおおお!!」

 

 縛妖蜘蛛がベナレスを封印せんと押さえつける。シュルシュルと封印術が込められた蜘蛛の糸がベナレスの体へと殺到する。

 大抵の妖怪ならこの状態で封印に抗うことは出来ないだろう。だがベナレスは大抵の妖怪ではない。

 幾何もしないうちに縛妖蜘蛛はベナレスの光術を受けその身を爆散させる。

 

「……はっ」

 

 思わず白の喉奥から笑いのような呼気が漏れた。それは完璧だと思った策が通じなかった諦め――ーではなく、出来る限りの策を講じてもここが限界という己の予想がぴたりと的中してしまった事によるものだった。

 

「ふっ獣魔術まで操るとはな。身体能力もそうだが手数の多さは目を見張る」

「お褒めに預かり光栄だ」

 

 無防備にだがしっかり白の動向に目を配りながらベナレスは白の目の前まで近づいていく。

 

「逃げないのは、この会話すらも時間稼ぎに使っているからか?」

「そうだ。と言いたいところだが……やれやれ」

 

 ベナレスの封印すら成せない以上、白は話術そして命すらも捨ててパイ達を守る決意を固めていた。既に自分が殿を務めた場合は後から追いつくから先に逃げろと、皆にはそう伝えていた。

 

「白姉ぇ!!」

「ガゥウウ!!」

「こんちくしょう!」

 

 八雲が狼暴暴(ランパオパオ)こと紅娘(ホンニャン)が、マクドナルドが各々の声を上げて走り寄る。白が命を懸けてベナレスの足止めをすること、それを八雲が察したのだ。

 

「まったく馬鹿どもが……」

 

 呆れとどこか嬉しさを滲ませ口角をほんのりと緩めると白は再び敵意を剝き出しにしてベナレスへと再度、攻勢に打って出る。

 敗色濃厚。されど自分たちの大事なものを守るために、四人はベナレスに立ち向かう。

 

 八雲が先陣を切ってベナレスへと走り出し、紅娘の可愛らしい容姿が見る見るうちに巨大な人狼へと姿を変える。マクドナルドはナパルバから譲り受けた食妖虫(シヤオチュン)をベナレスへと投げつける。

 

「……ふん」

 

 活力を漲らせる白とは打って変わってベナレスは呆れるように鼻を鳴らす。雑魚でもある程度群れれば楽しめるが、自らが認める強者との戦いに割り込まれるのはベナレスにとっては不愉快極まりない。

 白の実力がベナレスの興味を引く程度には強かったのが、八雲達にとっての不幸だった。

 

「邪魔だ!!」

 

 ベナレスが無造作に右手を払う。

 

「うわああああ!」

「ぐぅ!」

 

 術を込めずとも突風が吹き荒れ只の人であるマクドナルドと不死とはいえ体格は並み程度な八雲は石壁へと叩きつけられてしまう。

 

「雑魚が!貴様も邪魔だ!」

「ぎゃああああ!!?」

 

 ベナレスを組み伏せ引き裂こうとする紅娘だったが、瞬く間に全ての腕を圧し折られ痛みから絶叫を上げる。

 

「はっ!!」

 

 そのまま、紅娘へと更なる攻撃が加えられる寸前、態勢を立て直した白がベナレスへと殴りかかる。

 

「いいぞ、多少消耗しているが、それでもお前が一番強い」

 

 上から目線の賞賛の言葉、だがそれは絶対的な強さを持つベナレスが口にすれば受け取る側には誉れとなるだろう。

 だが、それは同時に自分には絶対にお前は勝てないという死刑宣告に等しいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう一度、問う」

 

 静かにベナレスはそう口にした。

 彼の手には首を締めあげられた白と頭を足で踏みつけられ、内臓をぶちまけた八雲、そして血まみれのマクドナルドと紅娘が倒れ伏し、少し離れたところで口から大量の血を吐いた斗和子が横たわっていた。

 そんな一行を一瞥もせずにベナレスは射貫く様にぱいを睨み付けていた。

 八雲に逃げろと言われたぱいだったが、それで逃げられるほどぱいは薄情ではない。自身の正体の事もある。思考が定まらないぱいは、戦いの轟音が鳴り止むとふらふらと八雲達の元へ戻ってきたのだ。

 

「我に従いこ奴らを助けるか、それとも我に背き貴様も死ぬか?」

 

 ぎろりとぱいを睨み答えを待つベナレス。それは言葉にせずとも最後の問いであることは明白だった。

 急かさないのは温情なのかは定かではないが、その間にもベナレスの傷は見る間に癒えていき、もはや僅かな勝機すらも伺えない。

 

三只眼(さんじやん)を起こしてみるか?それも良いだろう。だが貴様は三只眼に取り憑いた化蛇(ホウアシオ)であることを忘れるな。お前はこ奴らの敵だ。命は無い。もっとも――ー」

 

 そこでベナレスは八雲の頭を踏む力を強める。

 

「ぐぁ!」

「こいつらの前で醜い本性を晒す度胸は貴様に無いだろうがな」

「がぇ……」

 

 白も更に首を締めあげられ呻き声を漏らす。

 

「に、げ、ろ」

「ぱい……にげ……」

 

 か細い声で白と八雲がぱいを逃がそうとする。

 だが、皮肉にもそれがどうしても越えられなかった最後の境界をぱいに越えさせる後押しとなった。

 

 

 それまで恐怖に震えていたぱいの体の震えがすっと消え去った。

 

 淀みなくベナレスへ近づく足には今までの恐れはただの一つもない。

 

 諦観か悲観か、その瞳からはさらさらと美しい涙が溢れ流れる。

 

 ベナレスの眼前までたどり着いたぱいはその足元で流れるように傅いた。

 

 

「ずいぶんと物分かりが良いな化蛇」

 

 ぱいの所作に諦めを感じたベナレスは少々の物足りなさを感じながらも目的を達したと判断する。

 

「四年前……記憶を失った私はおじい様とおばあ様に拾われました――――ー」

 

 ぱいはそこで訥々と昔話を始めた。

 記憶喪失の後、拾われた先でどんなに優しくされたか、そして知り合った大切な友人達との思い出。

 それは妖怪とは無縁の、温かな人間の思い出であった。

 只のお喋り、放課後の帰り道。そんな日々の暮らしの中で埋没しそうな小さな、小さな思い出達。

 

「それがぱい()の宝物でした。ピッカピカの宝物でした」

「ぱい?」

 

 ベナレスの足元に転がる八雲へぱいが近づいた。血に塗れた八雲に抱き着きぱいは更に涙を流す。

 

「ありがとう八雲さん。幸せだったけど、何処か物足りない。ずっと心にそれが引っ掛かっていた。それを八雲さんと白さんが教えてくれたの……」

 

 

 ……それがきっと。

 

「聖なる力」

 

 ぱいはパイではない。だが、それでもパイの記憶は確かにぱいの中で漣のように常にぱいの心を動かし続けていた。鬼眼王(カイヤンワン)との因縁、それを果たすのはぱいではない。だが、それでもパイの言う鬼眼王のそれとは違う聖なる力の意味をぱいはしっかりと理解していた。

 他者を虐げる圧倒的な暴力ではない。他者のために自分が泥で汚れることも厭わない思いやりの力、それがパイの聖なる力。

 

「ありがとう白さん、八雲さん」

 

 にこりとぱいは笑う。

 

「……ん」

 

 逃げろと再度叫ぼうとした八雲の唇が温かく柔らかいぱいのそれに塞がれた。

 

「さようなら」

 

 八雲の血に顔を汚し愛おしそうに彼を見つめ、それとは真逆の決別の言葉を淀みなくぱいは口にした。

 先までのともすれば今にも消えてしまいそうなぱいからは決意の様に力が噴き出した。借り物の体といえ、それは最強の三只眼(さんじやんうんから)そのものだ。

 その様子にベナレスは己が部下である化蛇が何をしようとしているのかを理解し怒気を露わにした。

 

「私は私、あなたには従わないわ!」

 

 強い意志を込めぱいは雄たけびの様に叫ぶ。シヴァの爪を身に着けた左手掲げ、ゆったりと澱みなくぱいからすれば破滅の言葉を呟いた。

 ベナレスはそれを止めんと三人を纏めて封じるために縛妖蜘蛛を繰り出すが、ただ唇を動かすぱいにそれはあまりにも遅い動きだった。

 

 

 

「ルドラ・ムシャーテ」

 

 それは四年前の焼き直し。ベナレスとぱいの激突は眩いばかりの光に包まれ白く白く辺りを染め上げる。光とともに空間自体が揺れ、祭壇どころか建物自体を崩壊させていく。

 光の中心である三つ目の少女の額から菱形の結晶がするりと抜ける。そこには三又の蛇の尾が生えていた。

 

 

(もう一度……みんなと原宿で遊びたかったなぁ……)

 

 徐々に蛇の姿に戻りながら化蛇は自身がぱいで在った事を惜しむように懐かしむように叶わぬ思いを願う。

 やがてその願いも姿も光に呑まれていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 瓦礫の山、タクヒの背に乗り三只眼は八雲に暫しの別れを告げていた。

 

「な、なぁどうしても行くのか?山ごと吹き飛ばしたのに鬼眼王の行方が気になるのか?だったら……」

 

 ようやく再会したというのに離れようとする三只眼に八雲は食い下がる。四年前とはまるで違う、術も経験も身に付いた今なら並みの魔物なら自分の相手にはならない。そんな確かな強者となったのはパイを守るためだ。それなのに置いて行かれるのは八雲からしたら心外だった。

 

「いや、そうではない。チョアンリンリンの影響でパイがまだ目覚めぬのじゃよ。静かな聖地で寝た子が起きるまで儂はこちらで静養するつもりじゃよ」

 

 慌てる八雲に三只眼は諭すように穏やかな口調で話す。そんな三只眼に更に八雲は捲し立てようとするが、三只眼の話す内容に違和感を覚えた。

 

「……目覚めない?ぱいはパイの記憶を失ってただけだろ?それならアンタと同じじゃ……」

 

 喋りながら八雲の背筋に知らず冷や汗がどんどんと流れていく。チョアンリンリンの失敗を目にした時から考えまいと無意識にしていたそれに、ようやく目を向ける時が来ていた。

 

「お前とここまで旅をしておったのは……」

 

 そこで三只眼は少しばかり息を吸う。見れば八雲は落ち着かずに肩を震わせている。

 

「パイ、ではない。儂に憑りついておった者じゃ」

「……え?」

「チョアンリンリンによりパイは眠らされ、儂もディスコまで眠っておった。眠りから覚めても記憶は失っておったがな」

「それなら……」

 

「あいつは、あいつは何処に行ったんだよ!!」

 

 不安を誤魔化す様に八雲は叫んだ。三只眼に掴み掛からんとするその勢いはぱいに対する八雲の思いの強さそのものだった。

 

「あ奴が儂ではなく残念だったか?」

「う……」

 

 図星を突かれたのか八雲は口ごもる。

 

 夢にまで見た四年ぶりの再会。

 

 かつてとは違い今度は守る力を得ていた。

 

 一緒に旅が出来た。

 

 思いが通じ合った。

 

 

 それは四年前のあの日に止まってしまった時がようやく動き出した。そんな気がしたのだ。

 

 

「東京で待っておれ、また会おう」

 

 八雲の消化できない思いを察したのだろう。三只眼は普段の尊大な態度が嘘のように優しく微笑み去って行くのだった。

 

 

 

 

 東京、とある総合病院にて。

 

「先生!!」

 

 繁華街の喧騒も落ち着き始めた夜中の病院内で騒ぎが起こっていた。急患、入院患者の急変。命を預かる現場では珍しくもないが緊急事態であるはずのそれは、今回に限っては毛色が違っていた。

 

「どうした?」

「405の患者が意識を取り戻しました!」

 

 

 

 405号室。

 

 医者、看護婦が何人もがその部屋を往復し、検査結果とにらめっこをする中、その患者の家族あるいは友人たちが病室のベッドでぼんやりとしている少女を涙と笑顔を浮かべながら見つめていた。

 少女はやがて微睡から徐々にその意識を覚醒させていく。

 優しげなたれ目の容姿におとがいはすらりと綺麗な弧線を描く。鼻梁は高くも低くもないが整いながらも柔らかに眉間へと続いた。髪は絹糸のように細く温かみのある茶色。

 少女の名前は綾小路葉子。数か月前に原宿のディスコの謎の爆発に巻き込まれ、今まで意識不明であった少女である。

 

「あ、あれ?み、みんな……?」

 

 友人たちと家族を見渡し葉子は混乱しているのか首を傾げていた。

 

「わ、私は蛇に……?蛇……?」

 

 震える唇からは意識を失う前に思っていたことが漏れるが、その意味を葉子は知らない。

 

「?」

 

 そこで葉子は自分の手に布と石を合わせた不思議なお守りの様な物が握られていることに気付くが、それが握られている理由も、正体すらも記憶には無い。

 

「これは……あれ?何だっけ……何だろう」

 

 うっすらと大事なものだったような気がする。葉子はそう思ったが、そんな思いも意識がはっきりしていくのと反比例して消えていく。

 

「ほら、八雲って人からも花束来ているよ。コレ、誰なの?」

 

 やがて友人の一人が両手に溢れるほどに大きな花束を葉子に見せる。花束には差出人の名前が記されている。

 

 

「ヤ・ク・モ」

 

 

 聞き慣れた。なのに名前の人物の顔はまるで思い至らない。

 だが、その名は葉子の心の何かを確かに震わせる。大切な、大切な記憶。そしてそれと同じく位の罪悪感と悲しさ。複雑なそれは葉子の心を波紋の様に繰り返し、繰り返しざわめかせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「達者でな化蛇(ぱい)

 

 

 夜空に浮かべた飞顎(フェイオー)の背から三只眼が優しく微笑んで消えていった。

 

 

 

 

 

 

「ヤクモ……か」

 

 

 季節は巡りようやく春の足音が聞こえてくる中、綾小路葉子はその名前を口にした。その名前の人物は幾度も思い出そうとするがまるで記憶に無い。でも、名前を口にすると何故か愛おしく、懐かしい。

 

「どうしたの?」

「ううん、なんでもない。でも、素敵な名前だなぁって」

「そう?」

「うん、そんな名前の彼氏が欲しー、なんてね」

 

 あはは、と友人達と他愛無い放課後を綾小路葉子は過ごす。それは最後の願い、そのままの光景だった。

 

 

 

 

第二章 完




第二章はここまでです。
……これで五巻ってどういう事ですか?原作は四十巻も有るということに恐怖すら覚えます。

原作では一章とは異なり二章は終始ぱいがヒロインというのが印象的でした。情けなかった八雲が頼もしくなりぱいを守る様はとても引き込まれる物語でした。

化蛇の最後は本当に感動したのを覚えています。思えば3×3EYESに本格的にハマったのはここからだった気がします。
ここからは以前ほど更新が滞らない様にちょくちょくと投稿できればと思います。

ここまで読んでいただきありがとうございます。
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