我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

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第三話 覚醒

「白姉ええええええ!!?」

 

 八雲の慟哭が深夜の夜気に溶けていく。

 白色を好む彼女のジャケットが徐々に別の色へと、赤色へと染まって行く様子に八雲は駆け寄ろうとするが、数人に押さえつけられている現状でそれは叶わない。

 白は拘束を解かれているというのに力無く道路に横たわっていた。

 

「ゲ、ゲッゲゲ……ひ、非力なやつ。女……ひ、一人守れず……う、奪い返せも……し、しない」

 

 叫ぶことしか出来ない八雲に嘲笑と共に侮蔑の声がぶつけられる。

 それは、夏子が発した声だった。

 だが、八雲には分かっていた。夏子の声色だが、そこに夏子の意志は無い。夏子を操る者が夏子を操って意志を伝えているのは明らかだった。

 

「貴様っ!どういうつもりだ!」

「く、喰らうんだよ……さ、三只眼(さんじやん)を……わ、我がモノに……するんだ……。そ、そうすれば……不老不死の……秘密が……わ、分かる」

「な、なんだと」

 

 動けない八雲を見下すように操られた夏子は舌舐めずりしながらそう告げた。病院で着せられた病衣ははだけ、形の良い乳房がさらけ出されているが、胸の中心部でぎょろぎょろ動く目玉と周囲の皮膚を這う脈動する根が扇情的な様子をことごとく打ち消していた。

 

「く、食ってしまえば……か、簡単だぁ……そ、そうでなくても……ふむ」

 

 怒りに顔を歪ませるも何もできない八雲に加虐心を刺激されたのだろう。自意識無き夏子は空を暫く見つめているとにやにやと笑いだす。

 

「ゲッゲッゲゲ……こいつは、わ、笑える。こ、この女……お前の事が……す、好きらしい」

 

 相手の言葉が本当かどうかは確かめる術は八雲には無い。しかし、それでも幼いころから一緒に過ごした相手が自分を慕ってくれているのを聞いて心が動かないわけがない。場違いにも嬉しいという感情が漏れ出た八雲だったが、それは僅かな時を持って吹き飛んだ。

 

「う、うぅ……お、お前に……う、お、お、犯され、るのが……ゆ、夢らしいっあ、……ゲ、ゲッゲゲ」

 

 それまでたどたどしくも普段とはまるで違う表情で喋っていた夏子の表情が苦痛と羞恥で歪み口を閉じようと戦慄きながら喋り続ける。眦には涙がどんどんと溜り、僅かな時で溢れだした。

 それは夏子が胸に秘め続け、大事に温めていた心の卵。それを無作法に叩き割られた悲しみの感情の発露だった。

 

「わ、笑えるだろ……う?……お、犯してやったら……ど、どうだ?」

 

 ぽろぽろと涙を零しながら夏子は告げる。自らの意志とは無関係に。

 

「止めろ!」

 

 

「止めろ!卑怯もんがぁ!そんなに俺が怖いのか?女を人質とってよお!!あぁ!?」

 

 体を操られ、秘めたる思いすらも最悪の形でばらされ、泣く事しかできない夏子を見て、八雲は吠えた。夏子を救う手も、化け物を打つ術すらないが、叫ばずには居られなかったのだ。

 

「お、俺が……卑怯……もの?ふ、不死身な……だけの、小僧が…………いいだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、お望み……どおり、サシで……いたぶってやる!」

 

 就業を終えたビルの吹き抜けのホールへと連れて来られた八雲が見たのは空中に吊り上げられた巨大な針時計に仁王立ちするトレンチコートを羽織った人物だった。そして、昼間に橋を倒壊させた妖怪でもあった。パイの別人格、三只眼に手酷くやられたはずなのにぴんぴんしているのはさすが妖怪と言ったところなのだろう。

 お札を張られて動けないパイは操られた夏美によってタクヒが封じ込められている杖を首に押し当てられて拘束されていた。お札ゆえか首の苦しさゆえか、パイの顔は青白く憔悴しているのが目に見えた。

 

「白姉、すぐに病院に連れてっからちょっとの間、辛抱してくれよ」

 

 絶望的な状況を理解した八雲は背負っていた白をそっと床に降ろす。白の胸のあたりには依然として穴が開いており、じわじわと出血が続いていた。戦いの場に連れて来ることに抵抗はあったが、あの場に置き去りにすることも憚られたため、背負ってきたのだ。

 

「……」

 

 元々、白い肌が血色を失い更に白くなっている様は呼吸で上下する胸がなければ死んでいると錯覚するほどだ。

白に残された時間は思った以上に無いのかもしれない。

 返事も無く横たわり続ける白を見て八雲の普段は糸目がカッと開かれた。そして、その瞳のままにトレンチコートの化け物を睨みつける。

 

「来やがれ!!」

「ゲッゲッゲ!行くぞ!」

 

 なけなしの勇気を掻き集め若干震えた声で八雲が雄たけびを上げれば、化け物は八雲の心情を理解してか不気味な薄ら笑いを浮かべながら十メートルは有ろうかという高さから跳躍する。一見すると鈍重そうな見た目をしているが、そこは化け物。人間の常識など容易く凌駕しているのだろう。

 

「うぉ!?」

 

 叫びと共に八雲がもんどり打つように転がる。その頭上を大型の肉食獣ですら比肩出来ない大きな爪が空気を引き裂く音共に通り過ぎていく。 

 その様子に化け物は牙だらけの口を笑みを浮かべるように歪めると無造作に両手の爪を振り回し始めた。

 

「っ!……おっとぉおお!?」

 

 爪が振り下ろされるたびに八雲は体さばきもくそも無いまるで転げるように凶刃を避け続ける。

 なんとか回避できているように見えるが、それは事実ではない。他者を操り、人質を取る。そして秘めたる心の内を最悪の形で曝露する。この化け物は卑怯と八雲に罵られ怒りを露にしていたが、間違い無く外道であった。

 

「くそっ!」

 

 化け物は八雲を侮り大振りの攻撃を連発する。ギリギリ当たるか当たらないか、わずかに掠らせ反応を楽しみ嗜虐心を満たしていた。

 その侮りを隙として八雲は走り出した。

 

「に、逃げるかぁ!こ……腰抜けがぁ!」

「こ、こっちは不死身なだけの高校生なんだぃ!」

 

 

「香港の時は準備してたからやれたが……」

 

 

「化け物と真っ向からやってられかよっ!!」

 

 情けない言葉と言い訳を語気を荒らげながら八雲はパイに向かう。不死とはいえ、肉体的な強化は一切無い。そして平均的な体躯の八雲の身体能力は高校生の平均の域を出ない。勝ち筋が有るとすればパイの札を外し、もう一つの人格三只眼(さんじやん)の力を当てにするしかない。

 現に今、対峙する化け物は数時間前に三只眼に一蹴され逃げの一手しか打てなかったのだ。

 

「さ、三只眼に……助けを……請うか」

 

 だが、そんな八雲の決死の行動も徒労に終わる。

 八雲が必死になって昇った針時計への道を化け物はたった一度の跳躍で追い越した。彼我の戦力の差は絶望的だった。

 

「終わりだ……。き、貴様の首……永久に……び、瓶詰にしてやる……」

 

 化け物の右手が淡く光りだす。昼間に八雲の左手を根こそぎ吹き飛ばした光弾を放つつもりなのだろう。

 

「ま、待て!せめて、夏子を元に戻す方法を教えてくれ!!」

 

 防ぎようがない攻撃を前にした八雲は命乞いでもなく、大切な友人を化け物の頸木から解放する術を求めた。

 

「ふん。そ、それは……俺が死んだ時だ。ゲッゲッゲ」

 

 濁った笑いを響きかせ、化け物は容赦無く光弾を八雲へと放つ。

 光弾は化け物の狙い通り首へと直撃し、八雲の首は弧を描くように吹き飛んでいく。頭部を失った胴体からは未だ心臓が動いているのだろう。首からは血が噴き出していた。

 

 

 

 

 

 冷水にでも浸ったかのように体が冷たく、そしてそんな寒さにも関わらず眠気がこんこんと湧いていく。

 うっすらと意識を取り戻した白は再び、意識を手放しそうになっていた。

 白にはこの感覚に覚えが有った。それは、死の感覚だ。抗いようのない何処までも落ちてしまいそうな浮遊感。

 

「……っ……」

 

 言葉すらも碌に出せないほどに疲弊した体だったが、それでも白は意識を手放すまいと抗っていた。

 

(……八雲、くっそ……力が、入らない)

 

 拳銃で撃たれる前の記憶を鮮明に覚えていた白は現状を把握しようと足掻くが、それでも力は寸毫も入らなかった。

 

(く、あぁ……なんて弱いっ……なんて……)

 

 八雲を守れず、夏子を救えず。自らの身すらもこのざまだ。白は忌み嫌っていたはずの前世の力が全く無い今の身を心底、悔いていた。かつては自分以外のすべての生き物の恐怖を無力を無駄な抵抗を快楽として浸り尽くし、そして貪り尽くした自分が、今は逆に無力。

 

(ここは、吹き抜けのホール……か、うぅ)

 

 唯一、動いてくれる両の目を動かし白は周囲を見渡す。顔が動かぬ現状では白にはせいぜい吹き抜けっぽいところに居るということくらいしか分からない。

 だが、白にはそれで十分だった。

 

「あ……あぁ……あ!あぁあああ!」

 

 白の両の目が限界まで開かれ、そしてその光景を理解してしまう。

 それは見慣れた八雲の背中と、頭。が分かたれていた。頭部はきれいな弧を描いて白の近くまで飛んでくる。

 

「や、八雲……?」

 

 瞬間、白の濡れ羽を思わせる美しい黒髪が、前触れもなく雪原の雪を思わせる白へと染まった。そして、多量の血を失ったにも関わらず両の足で立ち上がる。さらに流れる流水を思わせる整った手指の先端がナイフのように鋭く尖った。

 

「貴様ぁ!!」

 

 先まで枯れ果てていたはずの体力が僅かな間で満ち満ちていく。それどころか、気を抜けば弾けてしまいそうな程に力が白の中に漲ってきていた。

 そして、それ以上の憎悪と殺意。八雲を殺した相手を徹底的に殺しつくす。そんな感情が白の中を駆け巡っていく。

 

「……ころす、殺してやる!!……え!?」

 

 今の力ならば十メートルの距離など一息で跳べる。確かな確信を持って白は両足に力を込めたところで間抜けた声を上げてしまった。

 

 

 

「ば、ばかな!」

 

 驚愕する化け物の脇を頭部を失った(・・・・・・)八雲の体が駆け抜ける。

 予想外の光景に白は動きを止め、そしてそれ以上に八雲の頭を吹き飛ばした化け物が驚いていた。永久に瓶詰にすると抜かしておきながらも、まさか頭部を失ったままで動けるほどの不死性を八雲が持っているとは思っていなかったのだ。

 (ウー)の不死性は破格だ。妖物の頂点種たる三只眼吽迦羅が生涯でただの一度しか使えない究極の不死の秘術なのだ。不死とする者の命を取り出し、己が命を同化させ、その命が抜かれた肉体は幾ら損傷しても元へと再生する。たとえ体が粉微塵にされようとも、滅びることは無い。自らの主たる三只眼吽迦羅が死なぬ限り。そんな最高レベルの不死を持つ无が頭を吹き飛ばされた程度で動けなくなるはずがないのだ。

 

「黄泉路を急ぎおって、下衆が!」

 

 八雲によってパイの額の札が剥がされ三只眼が目を覚ます。怒気に彩られた瞳で一睨みされれば化け物もたじろぎ、後退ってしまった。格の違いは一目瞭然だった。

 そんな三只眼の報復がなされることは無かった。

 役目を終えたと思えた八雲の体が更に動く、夏子が持っていたタクヒ召喚の杖を引ったくり、杖の先を引っこ抜き封印を解く。

 光り輝くその杖を振りかぶり、八雲の体が更に動く、左手には札が握られじゅうじゅうと八雲の体を蝕む。既に妖怪の仲間入りをした八雲は札や護符などで体を害してしまうのだ。

 

「ぎゃあああああ!?」

 

 そして、無論その札は化け物にも有効である。自らでは扱えないからこそ夏子に使用させた札を左目に貼られ化け物は絶叫をあげる。濁ったその叫びは、聞くものの心を不快させる悍ましい物だった。

 

「うぶっ!?ぎ。いいあああああああ!?」

 

 その叫びを止めるように八雲は今まさに解き放たれようとしてるタクヒ召喚の杖を化け物の口へと押し込んだ。

 瞬間、化物の体内で十メートル近い巨躯を誇るタクヒが召喚される。

 ボンっ!

 風船が弾ける音よりも何十倍も大きく、腹に響く音が当たりの空気を震わせ、吹き抜けに面したガラスをこれでもかと割っていく。

 辺りには周囲に臓腑や四肢をぶち撒けた化け物の死体が転がっているだけだ。

 

「……どうなっているんだ?」

 

 後には唖然とする白と、八雲の顔を「札を直ぐに取らなんだ罰じゃ」と、ニコニコ笑いながら抱きかかえる三只眼の姿が在るのだった。

 

 




 白のCVは白面からの転生ということで林原めぐみさんをイメージしています。
 しかし、パイの声も林原めぐみさん。
 灰原哀っぽい感じが白で自分の中では想像しています。白面=林原めぐみで二度見したのは良い思い出。
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