我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

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第三十話  お帰り

 三只眼吽迦羅(さんじやんうんから)

 容姿美しく、不老にて三つの目を持つ妖怪也。

 人の命を食らひ、不死となしこれを使役す。

 

 

 

 

 

 しかしながら、其の望み。

 

 

 

―――人になるという事といふ――――。

 

 

 

 

 

 

 

おぎゃあ、おぎゃあ。

 

 泣き声が幾度となく繰り返される。可愛らしい腕が、柔らかな足が弱弱しくもその身に宿る命を表している。

 

おぎゃあ、おぎゃあ。

 

 何度となく泣き声は途切れることなく続けられ、滑らかで清らかな白磁の様な肌がぷるぷると揺れている。

 

おぎゃア、おぎゃア。

 

 白く長い長い尾が天地を裂かんと力の限り振り上げられる。

 

おギャア、おギャア。

 

 無数に生えた岩のような牙の間から噴火の如き火が溢れ出す。

 

オギャア、オギャア。

 

 己に向けられた恐怖と憎悪が全身に巡り悍ましいほどの万能感に満たされる。

 

 

オギャアアアアアアアア!!!

 

 全身は余すことのない白色。他者を微塵も信用しない研ぎ澄まされた瞳。悪意をこれでもかと捻じ込んだ笑みを浮かべる口元、そして一本一本が大河にも匹敵する大きさの尾が九本。

 狐に似ていて、そして狐とは遥かにかけ離れた存在感を持つ絶対の陰の極限たる大妖怪。

 その名は……。

 

 

 

 

 

 

「っ!!?」

 

 掛け布団を跳ね除け、白は飛び起きた。

 寝起きとは思えない乱れた呼吸を繰り返すと白は恐る恐る自らの腕に視線を向ける。華奢でいて柔らかさを宿す五つの指、産毛一つもない滑らかな肌。男からは垂涎の、女からは羨望の眼差しを向けられる腕がそこにはあった。

 次に白は髪に手を伸ばした。一切の抵抗が無い茶色い艶やかな髪が視界をちらちらと横切る。

 徐に白は立ち上がると部屋の出口付近に据えてある姿見へと足を向ける。

 目を瞑り白は姿見の前に立つ。息は先ほどよりも整っているが、それでもまだやや荒い。そのまま白は数分、そのままの姿勢を維持していた。

 やがて決心が付いたのか白は両の目をしかと開き、鏡を見やる。

 

「は、はは、はぁ……」

 

 鏡の中にいたのはもう二十年以上慣れ親しんでしまった井上真由子にそっくりの自分が疲れ切った顔でこちらを見つめている。思わず乾いた笑いと安堵の吐息が漏れ、白はふらふらと再びベッドへと向かうとぼすんとベッドへと体を預けた。

 

「……情けない」

 

 聖地からの帰還後、白は毎晩のように先ほどの様な夢を見ていた。ある程度のバリエーションはあるが、そのどれもが白面の者に戻るという結末であった。

 夢にこれほどまでに憔悴するということはかつての姿を忌避し、なによりも恐れていることの証明でもあった。

 

「……何が人間は素晴らしいだ」

 

 白は己に落胆してた。ベナレスとの死闘、それは比喩ではない。白は間違いなく命をあの戦いに掛けていた。自らの命を賭してでも八雲達を逃がそうとしたのは紛れもない事実だった。

 だが、それと本気で戦ったというのは別の話だった。無論、手を抜いていたというわけではない。白が葛葉白として戦える範囲で全力を出したというは事実だ。

 白はベナレスとの戦いの中で薄々とだが、まだ力が出せることに気付いていた。それは年を経た事によるものかもしれないし、強者との闘いあるいは単純に命の危機に際しての防衛本能なのかもしれない。

 しかし、白はその力を使うことを躊躇った。力を使ったところでベナレスに勝てる保証は何処にもなく、不確定要素だから使わなかった、というわけではない。

 白が力を使わなかったのはこれ以上、かつての自分に戻ることを恐れてしまったからだ。今はまだ人の姿に戻れるが、更に力を取り戻した際にも今の様に戻れる保証は何処にもない。

 八雲達の命と白面の者の姿に戻ってしまう可能性。それを天秤に掛け白は己の保身に走ってしまったのだ。

 白はそんな自分に嫌気が差し、落ち込んでいた。化蛇(ホウアシオ)の献身で三只眼が復活し、全滅しなかったのは結果論に過ぎない。

 そのまま白は起き上がることも眠ることも無くただ目を瞑り己の内に籠り続けるのだった。

 

 

 

「白、起きてるかい」

「……ん、あぁ、起きてるよ」

 

 こんこんと部屋のドアがノックされる。返事と共に中に入ってきたのは白の伯父であり、ママでもあるという岩の様な体型の大男である。

 

「おはよう。最近、よく寝れてないのかい?」

「おはよう。……まぁね」

「あんまり無理はしなさんな。ベナレスってやつは倒したんだろ?だったら少しは気抜きな。ほら、手紙だよ」

 

 ママは顔を顰めながら、白へと手紙を渡す。

 手紙は国際便であり李鈴鈴(リーリンリン)と記されていた。

 

「鈴鈴から?」

「妖怪退治手伝ってくれってさ。八雲にも同じ手紙が届いてたよ」

「妖怪退治ねぇ」

 

 かつての討伐された大妖怪が妖怪退治をする。そんな皮肉に白は思わず小さく笑ってしまう。

 

「久しぶりに笑ったね」

「……そうかな?」

 

 ここ暫く悪夢に悩まされているとはいえ、白は一週間程度寝なくとも大きな問題は無い。それに家事やママの経営するオカマバーでの手伝いも手抜かりはない。

 

「まぁ言いたくなったら、いつでも聞いてやるから。仕事も休んでゆっくりするのも良いだろうさ」

 

 そう言うとママは飯でも食おうとリビングへと向かう。

 

「……勝てないなぁ、まったく」

 

 白はママに聞こえないように呟くといつの間にか軽くなった足取りでママに続く。白が悩みを抱いているなどお見通しなはずなのに、敢えて聞かずにいてくれるママに白は感謝する。何千年も生きた経験が有るが子であったことも、親がいたことも無い白にとってママは確かに親である。子は親に勝てないと言うが、その通りだなと白は苦笑するのであった。

 

 

 

 日が変わり一日をのんびり過ごしていた白だったが、洗濯物を取り込もうとベランダに出ようとして、引き戸にかけた手を止めてしまう。

 ギチギチ、カサカサと耳障りな音がガラス越しに白を不快にさせる。音の正体は無数のバッタ、いわゆるイナゴである。

 

「おいおい……」

 

 洗濯物どころかベランダ一面を覆いつくすイナゴに白は顔をしかめさせた。流石の白も無数の昆虫が群がるというのは気持ちの良いものではないようだ。

 ベランダで蠢く虫を眺めながら白はどうやって虫を排除しようかと考えた。殺虫剤を使うには余りにも虫の数が多い、火を吐くのも尾を使うのはベランダが吹き飛ぶので論外である。そして彼女とて髪で虫には触りたくない。

 

「ふぅ、掃除でもするか」

 

 現実逃避気味に白はベランダから離れる。背後から聞こえる虫の騒めきは止まらないが白は敢えて無視する。精神衛生上は宜しくないが家の中にまでは入ってこないだろう。

 

 ドンドン!

 

「……今度は何だ?」

 

 気持ちを切り替えようとした矢先、ドアを叩くけたたましい物音に白は頭を抱えた。

 

「チャイムを鳴らせチャイムを……喧しい!!」

 

 ドアを吹き飛ばしたいという気持ちを抑え、そこそこ乱暴程度に白は玄関を開け放つ。

 

「八雲?お前……ってパイ!?」

「あぁ、ちょっと邪魔するぜ」

「おい、少しは話をだな……」

 

 八雲だけだったなら説教の一つや二つをしているところだったが、パイが八雲の腕に抱きかかえられているのを見ると流石に驚いた。八雲はこれ幸いと呆ける白を押しのけ勝手知ったる白の家のリビングのソファーにパイを寝かせた。自分は向かいのソファーに腰を掛けた。

 

「ふふふ」

 

幸せそう、あるいはだらしないとも呼べる緩み切った表情で八雲はパイを眺めながらにやにやと笑っている。焦がれるほどに待ちわびた思い人にようやく再開できたのだ。その嬉しさといった相当なものだろう。

 

「八雲、少し気持ち悪いぞ」

「え~そんなことないっしょ?」

 

 白の辛辣な言葉にも八雲は動じない。むしろ不死の肉体を利用して一切の瞬きをせずにパイを見つめ続けていた。

 

「八雲」

「へへへ」

 

 心ここに在らず。心中がパイ一色で染め上げられた八雲に白の声は届かない。白はため息を一つ吐くと肩を竦めて自室へと戻ることにした。

 

「あ、白姉ぇどっか行くなら買い出し頼める?」

 

 白に一瞥もせずに買い出しを頼む八雲の顔面に白の右の拳が綺麗にめり込んだ。

 

 

 

 

 

 八雲がパイを連れ帰って一夜明け、八雲は上機嫌にキッチンに立ち腕を振るっていた。

 じゅわああ!じゅわわ!

 油の弾ける音が鳴り、食欲をそそる香りがキッチンに立ち込める。フライパンとお玉がリズミカルにまるで楽器のような音頭を取る。料理をしているのは八雲、こう見えて八雲は父が奔放で有りほとんど一人暮らし同然の生活をしており、家事全般はそつなくこなせる。

 

「また上手くなったな。料理学校に通っているだけはある」

 

 カウンターの向こうから白は感心したとばかりに声を掛ける。白もママとの二人暮らしであり料理をする機会は多いが、いつの間に八雲の方が料理は上手くなっていた。

 

「あーそうかなー」

 

 昨夜ほどではないがニコニコと絶えず笑みを浮かべながら八雲は返事を返すが、大分ふわふわしたようであり、一夜明けても浮かれたのは治ってはいなかった。

 

「はい、完成」

 

 それでも染みついた腕は正確に動き目的の料理を完成させる。ぷりぷりのエビに甘辛い餡がのったそれはご飯にとても合うエビチリ。ただよう湯気に香りが混ざるそれは食欲を否応なしに刺激してくれる。

 

「……はいはい、持って行きますよ」

 

 カウンターに乗せられたそれを白はリビングのテーブルへと運ぶ。

 

「朝から何を考えているんだあいつは……」

 

 エビチリをテーブルへと乗せ白は溜息交じりの呆れた声を漏らした。白の視線の先のテーブルの上には所狭しと料理が並べられ、更にはお帰りパイの短冊までぶら下がっており、まるでパーティの様な様相を呈していた。

 

「なぁ、パイちゃんとイナゴ関係あるんじゃねーか?」

 

 椅子に座りテレビを眺めていたママがニュースを指さしながらそう呟いた。

 

「あーなんだってー?」

 

 ようやく春といった季節の中、イナゴが大量発生するというのは極めて異常である。更に平原や乾燥、大雨と条件をクリアしないと大量発生には至らない。そもそも季節が早すぎるというか夏も迎えていないのに成虫が溢れかえるのは正常なサイクルを逸脱していた。そんな中でパイが帰ってきた。この二つを別に考えるなというのが無理がある。

 

「おまえね、ちっとは疑問に思わんのか?」

 

 能天気すぎる八雲にママが呆れ八割、怒り二割で言い返す。

 

「そもそもパイちゃんの記憶が戻ってるのか、イナゴと一緒に湾岸に居たのはなんでなんだとか、あるだろーがよ」

「もっと言ってやってくれ」

 

 ただの人間であるはずのママの方がよっぽどまともな事を言うのを白は応援しだした。

 

「なぁに言ってんだよ二人とも!パイの記憶が戻ってるのは確定だってー」

 

 そうやって八雲は料理の手を止めてパイが眠るソファーへと近づいた。パイはスヤスヤと可愛らしい寝息を立てて眠っている。

 

「記憶が戻ってるから俺にスグに会いに来たんだよ。イナゴの大群とはたまたま途中であっただけさ。イナゴの発生は一週間前からだしねー。いやーチベットから飛んで来るなんて可愛いよなぁ」

 

 体をくねらせながら八雲はニコニコと笑い続けていた。しかし、そうは言っても一週間のタイミングのズレこそあれ、異常なイナゴの発生と半年以上帰ってこなかったパイの突然の来訪はやはり意図が有るママはそう考えていた。

 

「ケチをつけるわけじゃねぇけどさ、それだったら真っ先にお前の家に来るんじゃねぇのかねぇ?」

「ふっふっふっ、相思相愛の二人の涙の再会って奴を見ても同じことを言えるかなーって言ったりしてみたり……わああ!?」

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!!!!」

 

 恥ずかしいことを臆面もなく言い放つ八雲の背後から、覆いかぶさるようにパイが飛び出し八雲が情けない声を上げる。更にそのまま座り込み、ドキドキと喚く心臓を右手で抑えた。

 

「お、お前、感動の再会になんて事を……って、おっとと」

 

 テヘヘと可愛らしく舌を出すパイに悪態を吐きながらも八雲の心臓は別の意味で高鳴りだす。そして、その高鳴りを止めまいとパイが八雲の胸に飛び込んだ。

 

「ヤクモだ……やっぱりヤクモだ。ヤクモ、ヤクモ……」

 

 ぎゅっと八雲の胸に顔を押し付け小さなしゃっくりを上げながらパイは今まで言えなかった分を取り返す様にヤクモ、ヤクモと呟き続け、ヤクモもまた涙を滲ませながらパイを抱き返す。

 

「お帰りパイ」

 

 そんな二人の様子に昨晩から続く八雲への不満が消えたのか白は暖かな笑みを浮かべてパイの帰還を祝福するのだった。




サザンアイズの特装版にしか収録されてない話、電子版でも出してくれないかなぁ。と思う日々。
サザンアイズのゲームって何本か出てるけど流石に全部はプレイしたことない。
RPGはクソゲーよりだった記憶は在る。
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