心地良い振動と肌を撫でる風を全身で浴びながら白は愛車であるGSX1100S katanaに跨っていた。
ともすれば振り落とされそうなほどの力強いその車体を白は人外の力で押さえつけプロ顔負けのハンドリングを見せつける。
(パトカーが集まっているところを探せば良いのだろうが……見当もつかんな)
ゴミ集積場周囲を斗和子と二人で探し回る白であったが、そもそもパトカーが見つからない。かと言って周囲を探ろうとすると周囲を飛び回るイナゴたちが、ノイズの様に引っかかり大まかな気配しか分からない。
(最近、感じていた僅かな気配の原因はこいつらだったか、どうにもこういうのは未だに苦手だな。しかし、使い魔を無数に扱うのは昔の私の専売特許だと思っていたが、やれやれ)
卑妖という巨大な目玉に耳と尻尾が生えた異様な使い魔を脳裏に浮かべながら白は苦笑する。かつては数百万、数千万とも呼べる使い魔の大軍団を扱った身だが今は斗和子を含めても二人しか人手が無い上に白が探索能力に欠けているのがここに来て足を引っ張っていた。
(しかし、何処だ……ん?)
そうやって無い物強請りをしつつ、バイクを暫く走らせていると、ざわりと白の感覚が騒めいた。
耳に入るのはパトカーのサイレンが複数、そして周辺にうっすらと漂っていた妖気が一か所へと集まるような違和感、そして白が最も鋭敏に感じることの出来る恐怖も妖気の流れに一致して湧き出し始めた。
(そこか!)
感覚を信じ白はバイクを急行させる。その感覚に間違いは無いのだろう空を見上げれば雲と見間違うほどのイナゴの群れが終点を目指すように一つの流れを作り出していた。
確信を得た白は法定速度を無視し凄まじいスピードで車を追い抜いて行く。加速から生まれるG、カーブを曲るたびに生まれる遠心力が乗り手を振り落とさんと暴れるが軽々と白はバイクを押さえつける。まるで映画の様なバイクさばきで白はイナゴの群れを追跡するのだった。
「ん?あれは……」
イナゴを追っていた白だったが、突然一か所に向かっていたイナゴ達の動きが変わり、周囲に広がるような動き出した。それと同時に周囲に立ち込めていた恐怖も霧散していく。
「おいおい、勘弁してくれ」
規則性の無い動きに白は眉を顰める。光明が見えていただけに白の落胆は大きいものだった。そのままバイクを走らせると、検問へと引っかかってしまう。
(……スピード違反バレないよな)
先ほど、スピードを過剰超過しまくった為、捕まる可能性が白の脳裏を駆け巡る。常人には分からぬほどの一瞬の硬直だが、それは白の杞憂だった。
「現在、殺人事件の犯人が逃亡中です。この区域は立ち入り禁止です。速やかに退去して下さい」
険しい顔の警察官が白へ注意を促すと、別方向へとバイクを誘導する。
(現場を確認したいが無理そうだな)
警察官の誘導に素直に従い、白は検問から離れバイクを適当に流す。イナゴの群れも規則性が無くなり途方に暮れる白だったが、路肩に止まる車が視界に入ると安心したように息を吐く。
「雁首揃えて、こんなところで何してるんだ?どうやらパイは見つかったようだな……ん、あいつは」
白塗りのベンツにバイクを横付けし、白は深刻そうな顔をしている一同に不敵に笑いかける。
「
「あら白ちゃん。お久しぶり、ちょっと仕事で東京に来たから皆の顔を見ようと思ったら、なんだか大変な事になってるじゃない。だからちょっと手を貸してたのよ」
「ふぅん」
じろりと白は黄の顔を品定めするように視線を走らせる。白から見ても視線や呼吸には僅かたりとも異常は見て取れない。言動も偶然にしては出来すぎているが、だからといって揚げ足を取る程ではない。しかし、謀略と策謀に関しては白は誰にも負けないという自負がある。その自負が何千年という経験が黄が謀り事を巡らせていると確信させた。
「そうか、災難だったな。こんな事態じゃなければ東京観光に付き合っても良いんだがな」
「それは残念、またの機会にお願いしようかしら」
「その時は声を掛けてくれ」
普段は見せない笑顔を貼り付け白は再会の挨拶を終わらせる。
(こいつの仕業か?それともこの機に乗じようと香港から来たのか?まぁ良いいずれその尻尾ごと引きづり出してやる)
貼り付けた笑顔の裏で白は黄が付いた嘘が会話のどの部分かを類推する。だが疑惑を抱いているという気配を微塵も黄へは漏らさない。策謀とは相手に知られてはまったくの意味をなさない。中には策謀を知られるという事すらも計画に組み込む者もいるが、白から見て黄にはそこまでの器量は無い。
それなら適当に泳がせて後から潰す方が良い。
「八雲、また殺人事件が起こったらしい。とりあえず検問の中に入って現場だけでも確認しないか?」
「あぁ、それなんだが実は……」
白の提案に八雲は言い淀む。どうやら八雲は八雲でこの事件の全容を把握しつつあったようだ。
「なんだと!?それでお前はその咲子って子に逃げられたのか!?」
白達と別れゴミ捨て場を探し回っていた八雲は、調理学校の同級生から殺人事件を知り、そこから
そこでパイと再会し、太歳に操られた作業員を気絶させたのだが、パイと話している間に今度は咲子が太歳に操られ、知り合いが操られたと八雲が驚いている間にまんまと逃げられたというのだ。
「たわけ!その子が人でも殺したらどうする!?少しは出来ると思ったらこれだ……」
「わ、わりぃ……で、でも咲子をおびき寄せる方法なら思いついたんだ」
「言ってみろ」
白の怒気に若干怯えながら名誉挽回とばかりに八雲はつらつらと作戦を口にする。
その作戦とは、闇雲に咲子を探してもらちが明かない。だが咲子を操る太歳の場所は分かっている。本体である太歳は動けず、それ故に生き物を操って血を捧げさせて門を開け続けている。ならばその開いている門の中の本体を直接痛めつければ、太歳は身を守るために咲子を自分の元に呼び戻すはずであり、そこを叩くという方法であった。
「ふむ、理にかなっているな。良いだろう。その作戦、私も協力する」
「まじか!ありがてぇ白姉が来てくれるなら百人力だ」
「斗和子にはテレパシーを飛ばしたから、そのうち来るだろう。とにかくその子が人を殺す前に作戦を実行するぞ」
「おう!」
斗和子が合流すると、一行は装備もそこそこに
「なぁ白姉、一度家に戻って装備を整えなくても良いのか?」
「咲子って子を早く捕まえるんだろ。寄り道している暇は無いだろうが。お前の手製爆弾も悪くは無いが、ここは私と斗和子に任せておけ」
ほぼ手ぶらな八雲に白は不敵な笑顔を向ける。空き缶や空き瓶を即席の手投げ爆弾や火炎瓶にするという物騒な技術を八雲は習得しており、その威力は決して低くは無い。しかし、流石に白や斗和子の尾には勝てず、時間が無い中、わざわざ取りに行くメリットは少ない。
「私が
不敵に笑うと白は二つの尾を巨大化させ鉄塊へと変じさせる。二つの尾はまるで蛇の様に巨躯を捩り撓ませる。金属をすり合わせる不快な音が辺りの空気を震わせ、ぶるりとその力を解き放つ。
鉄の尾はその大きさからは想像も出来ない速さで太歳を強かに打ち付ける。衝撃で生まれた風が白の髪を夜空で遊ばせるという幻想的な光景の中、太歳へと刻まれた傷は余りに暴力的だった。
太歳の分厚い皮膚に二つの大きな轍が刻まれ断面からどす黒い血流が滝の様に溢れ出す。血液からは凄まじい生臭さが放たれ、白は僅かに顔を歪めた。
「どうした?何も出来ないのか?さっさと使い魔を呼び戻さないともっと酷い目に遭うぞ!」
白の嘲る声に反応したのか太歳の表面に一筋の亀裂が走り、人の頭部程も有る目がぎょろりと姿を現した。眼球は元からなのか、それとも怒りからなのか瞳孔は開き血走っている。
「狙ってくれと言ってるようなもの、だな!」
呆れたように呟くと白は尾を一つ無造作に振るう。
次の瞬間、まるで水風船を割ったか様な軽い音が響く。
「うわぁ……」
「……い、痛そう」
パイと八雲が顔を引きつらせる。その視線の先には深々と太歳が今しがた出したばかりの瞳に白の尾が突き刺さっているという痛々しい光景だった。
「ふん、あいにくこっちも急いでいるんだ」
太歳が痛みからがびくびくと脈動をするのを横目に白は咲子がこちらに向かって来ていないかと辺りに見渡す。
「あ、白」
「ん、見つけたのか……な、」
震えた声を漏らしたパイに白は咲子が見つかったのかとパイの方向を見やるがパイは真上へと視線を固定し、顔を蒼褪めさせている。
そして、白も同じ方向を見たその瞬間、驚愕に目を見開く羽目になった。
そこには自らの体表面にこれでもかと眼球を蠢かせる太歳の悍ましい姿が広がっていた。
「飞腭!下がれ!」
急ぎ飞腭へと指示を出すが、それよりも早く眩い光が幾つも弾ける。
「ぐっ!」
咄嗟に尻尾で防御するがその勢いまでは抑える事が出来ず、白達は地面へと墜落していく。
「パイ、八雲無事か!?」
「う、うん」
「へ、へへ、なんとかね……」
空中で体勢を立て直した白と斗和子に対し、パイを庇って背中を強かに打ち付けた八雲だったが、そこは不死の肉体。不格好ながらも立ち上がる。
ごみ溜めの悪臭が蔓延する中、一行は空気がざわめく様に変わる様を知覚する。
その異様な気配の元を見やれば、一人のまだ少女とも呼べる女が仁王立ちし、八雲達を睨み付けていた。
「へへへ、お早いお着きで」
「とりあえず、作戦は成功だな」
一振りの儀式的な意匠が彫られた剣を携えるのは太歳にて傀儡と化した咲子、その人だった。口からはよだれを垂らし、瞳からは完全に正気が失われている。殺気とともに狂気があたりに漏れ出していた。
「……」
咲子は自身の出方を探る八雲達に対し、剣を夜空へと掲げた。その切っ先は太歳へと向けられる。何をするつもりなのかと八雲が訝しむ中、白が前触れもなく咲子へと飛びかかった。
「くそっ!?」
「白姉ぇ!?」
白の右手が剣を持つ咲子の腕に掴みかかる。しかし、それよりも手前で突然、咲子から膨大な力が噴き出した。否、注がれたのだ。
力の根源は太歳。傀儡と化した咲子だが、そのままでは八雲達には適わないと更に己が力を注ぎこんだのだ。
咲子を中心に数メートル規模のゴミが吹き飛び、白もゴミ達に巻き込まれ大きく距離を取らされる。そればかりか、何処からともなくイナゴの群れが耳障りな羽音とともに集まり始めた。その数は無数と言う言葉すら霞む程の物量であり、まるで巨大な化け物の群れにいるかのような圧迫感を八雲達に与える。
「おいおい勘弁してくれよ……」
「え……」
一匹一匹は大したことは無いのは明白だが、そんな希望すら塗りつぶす程のイナゴの大群。目に見える全てに覆い尽くされる。
(あいつらもこんな気持ちだったのか、いや卑妖よりはマシか)
そんな光景にかつて数の暴力を用いてた白は苦笑するが、彼女が操っていた使い魔は弱いとは言っても普通の人間程度なら容易く屠れたので白面の者を知る者からすれば冗談どころの話ではない。
尽きることなく溢れ出すイナゴ達。ふいに咲子が剣の切っ先を八雲達へと向けた。その瞬間。
「う、わああああ!?」
「くっ」
咲子の意を汲み取ったのか、八雲達を覆い尽くすようにイナゴ達の群れが襲い掛かる。たかが虫とはいえ、その量は余りに桁外れ、見る間に八雲達には掠り傷が増えていく。
「失せろ!!」
言葉と共に白が炎を吐き出した。自らがダメージを負わない程度に加減されてはいても並みの妖怪程度なら手痛い一撃となるであろうそれをイナゴは真っ向から浴び、一瞬視界が晴れる。だが僅かな時間で元通りどころかそれ以上の数となって襲い掛かる。
「埒が明かん!八雲、いったん下がれ!」
「で、でも咲子が……」
「パイを見ろ!このままでは危険すぎる!」
「だ、大丈夫、パイだってまだ戦える!」
小さいとはいえパイの体には切り傷が幾つも刻まれている。八雲が庇っているとは守り切れていないのは明白だった。
八雲は奥歯をギリリと悔しげに鳴らすと、白の後ろへと退避する。
八雲達を後ろに庇いつつ、斗和子と白は互いの尾で迎え撃つ、斗和子の尾が炎となりイナゴ達を消し炭へと変え、白の酸の尾がイナゴ達をどろどろに溶かすが、それでもなおイナゴ達は尽きる事が無い。
「飞腭!!」
地上ではこれ以上逃げる事は無理だと判断したのか、パイが飞腭を呼び戻す。頑健な皮膚を持つ飞腭はイナゴ達を吹き飛ばしながらパイ達をその背に乗せ、上空へと昇る。
「これは、圧巻と言って良いのか悪いのか……」
白は顔を引きらせる。数万、数十万、数えるのも馬鹿らしいイナゴ達がギチギチと喚く。
「……白姉、頼んだ」
「八雲?って、おい!?」
「てめぇら、餌の時間だぜえええ!!」
「「八雲!?」」
大声をあげながら八雲が夜空へとダイブする。飞腭を追っていたイナゴ達は目の前に降ってきた柔らかな肉を持つ獲物へ矛先を変えた。
「ぐぅうう、痛ってえええ!!」
瞬く間に全身から血が噴き出し、裂けた皮膚に潜り込むようにイナゴ達は肉を啄み、更に傷口を増やしていく。苦痛に叫びながら、八雲の体は地面へと落ちていく。それに合わせて千切れた肉と漏れ出た血、そしてイナゴ達が続く様は不格好な流星のようだった。
「か、は……」
喉を食い破られ、掠れた声が八雲のから漏れ出る。
「!!」
喜色満面、散々自分を邪魔し本体にちょっかいを出す一味である八雲をボロボロにしたのが嬉しいのか太歳に憑りつかれた咲子は力なく地面に横たわれる八雲をニヤニヤと見つめていた。
倒れ伏す八雲に咲子は悠々と近づくと何の躊躇いも無く、ズブリと三つ目の意匠が刻まれた短剣が八雲の心臓へと突き立てる。邪魔者を排除しなおかつ血を捧げることが出来る。咲子は理性を感じさせない表情を浮かべながら歓喜に体を震わせる。
「掛かったな……!」
命を絶ったと確信した相手からの声に咲子は体を強張らせた。
「っ!!?」
これ以上ない隙を晒す咲子に八雲は骨すら覗かせる右手を振るい咲子を押しのける。そして反対側の手、左手は短剣の刃をこれでもかと握りこんでいる。
操られようとも咲子の体は一般女性にすぎない。僅かばかりの抵抗も空しく、咲子は短剣から手を放してしまった。
「っ…………」
頭をふらつかせ咲子は膝から崩れ落ちた。凄まじい疲労感と眠気が彼女を襲うが、その瞳は衝撃的な光景を映してしまう。
「ふ、藤井君!?」
沸騰するように咲子の意識が覚醒する。
全身の肉を啄まれ、胸に突き立てられた短剣。素人目にも只ならぬそれを見て、咲子は絶叫する。
「死なないで、藤井君、藤井君!」
思わず駆け寄ろうとする咲子だが、足はがくがくと震えまるで力が入らない。しかし這ってでも行こうと咲子は両手を八雲へと伸ばした。
轟!
その両手の先、八雲の体が火の柱に包まれた。思わず目を背けてしまうほどの熱風。その熱量に咲子の髪は水分を失いぱちぱちと乾いた音を鳴らした。
「きゃあああ!?うっ……」
「……すみません」
それ以上、熱に晒されればただでは済まない。その寸前に斗和子が当身によって咲子の意識を奪い安全圏へと退避する。
「あちぃって白姉ぇ!!やり過ぎだって……はぁ」
炎の中、八雲がむくりと起き上がる。視線の先には口元から僅かに炎を溢す白が手を挙げていた。
八雲が燃えた理由は短剣に付着した血液を消すために白が炎を吐いたためだった。
周辺のごみの山に引火し炎があちらこちらに広がる中、八雲は自身が燃えるのもお構いなしに胸に突き刺さった短剣を引き抜くと空へと掲げた。
炎は短剣に付いた血を瞬く間に焼き尽くす。すると、空に見えていた崑崙が少しずつ閉じていく。
「へ、大分、面倒だったが一件落着ってか」
太歳は徐々に閉ざされていく聖地から八雲をギョロリと睨み続ける。自身を阻んだものを忘れないためか、それとも関わらないようにする為の戒めか、それは太歳にしか分らぬことだった。
この辺りの登場人物って後々ほぼ出ないのであっさり目。
鬼籍の闇の契約者……続編あるよね(渇望)。