我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

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第三十四話 新たなる火種

 

 

 夜気を照らす月さえも昇ることを許されぬ新月の晩。

 闇を引き立たせる夜虫達がやかましく騒ぎ立てる森の中で、くぐもった声を女性は上げていた。

 女性は悲壮さを滲ませた声をなんとか漏らそうとしても、口にはタオルを押し込まれ、手足は男たちに押さえつけられ体を攀じさせることすらも難しい有り様だった。

 

『強姦、ひとさらい注意』

 

 男達に組み敷かれながら、まだ学生ほどの女性はホテルの近くで見た看板を思い出していた。日本は治安が良く女性が夜に外に出歩くことに危険を抱く人は多くない。わずかな距離と甘く見た自身を女性は悔いていた。だが、ここは日本ではない遥か遠くの異国の地、日本の常識は非常識へと容易く変貌してしまうのだ。

 女性としてはなるべく、大通りを歩いていたつもりであったが、人通りが切れた一瞬の隙に路地裏へと連れ込まれてしまったのだ。

 そして、気づけば緑が深い森の中、路地裏であれば大声を出せれば助かる目もあったが、こうも深い森の中ではそもそも人がいない。そんな絶望の中、女性は諦めることなく抵抗を続けていた。

 

 ビリビリと服を破かれ、いよいよかと女性は枯れることなく涙を流し続けていた。

 だが、どうにも様子がおかしい。自身を辱めることが目的にもかかわらず男達はそういった興奮状態には見えない。淡々と女性の体を押さえつけ、露になった乳房に手すら伸ばさない。

 そうこうしている間に両足を開かれるが、なぜか神官の出で立ちをした男が鶏を手にしているではないか。  

 男が鶏を夜空へと掲げ、その首を切り裂いた。

 瞬く間に鮮血があふれ出し、女性の体へと降り注ぐ、溢れた鮮血を掬い神官は女性の体へと文字を描いていく。

 性的な恐怖ではなく、理解が及ばぬことへの恐怖が女性を襲うが、その体を動かすことは叶わなかった。

 神官は異様な気配を放ちながら呪文なような祝詞を上げていく。その意味不明さが女性の恐怖を頂点へと導かせた。その瞬間。

 

「――――――!!?」

 

 声なき悲鳴を女性は上げる。その露になった瑞々しい乳房の真ん中、心臓の辺りがぼこりと拳の大きさに膨らんだ。

 想像していた悲惨な未来とは全く異なる異常事態。女性はあまりの出来事に両目を見開いて驚いていた。謎の瘤は見る見るうちに育ち人の頭は程にまで成長していく。

 女性は混乱の中でそれを見つめ、女性を抑える男達、そして神官の様な男は多量の汗を流しながらもその様子に笑みを浮かべていた。

 

 ぱぁん!!

 

 風船が割れるような音とともに瘤ははじけ飛び、血が辺りを汚す。女性の胸にはぽっかりと大きな穴が開き、蒸気ようなものが抜け出ており、女性の亡骸は精気を根こそぎ奪われた様に萎れていた。

 

 

 

 

 

 場面は変わり、玉ねぎ型の屋根が独特な石造りの建物内。

 王宮とも呼んで差し支えない、それはまさしく本物の王宮であり、未だに絶対王政を続く王国であった。

 そんな王国の豪奢な天蓋付きの厳かな寝台に眠る老人……王が弱々しく嘆きの声を上げていた

 

「やはり三只眼吽迦羅(さんじやんうんから)の力なくしてはなしえぬ事なのか……秦の始皇帝、漢の武帝を始め多くの英雄や道士、錬金術師が自らの命をかけ、人を殺めてまで求めてやまなかった不老不死……」

 

 ゴホゴホと老人は咳き込む。不老不死、歴史の中で数多の権力者、有力者が追い求めた秘術。王はそれを望んでいた。先の女性を使った悍ましい儀式も不老不死の実験の一つだったのだ。

 

「不死の象徴、鬼眼王(カイヤンワン)さえも果てた。もはやこのおいぼれの命ももう続くまいて……」

 

 もう王は自身の命が尽きるという運命に諦観しているのだろう。その声には聊かの力も籠ってはいない。

 

「ご安心を、三只眼吽迦羅の生き残りは既に見つけております」

 

 嘆く王に白いスーツを着こなした褐色の肌の男性が希望を見せる。男の名はガルガ、王の息子であり王子と呼ばれる立場の男であった。その脇には豹の仮面を被る車椅子の男が侍っており、何やらガルガと視線を交わし、意味深げに頷き合っていた。

 

「香港のグプターを動かしております。今しばらくお待ちを父上、不老不死、必ず手に入れてごらんにいれます」

 

 白と八雲達が与り知らぬところで、また一つの闇が不老不死を狙わんとその邪な食指を動かし始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リンド共和国で邦人女子大生が行方不明ねぇ。さすが東南アジアやインドはおっかないねぇ」

「日本の感覚で街に繰り出したんだろう。若い女性が一人で不用心に歩ける国はそう多くない。細部まである程度の治安が保たれている日本が珍しいんだ。被害者を貶めたくはないが警戒心の欠如、教育不足が原因だ」

「そうは言ってもなぁ」

「お前が言いたいことも分かる。犯罪を犯すほうが悪いに決まっている。とはいえ自衛しないというのも、間違いだろう?」

 

 不幸な記事に眉を顰める八雲に対して白は冷静だった。感情に流されないのは歳の功だろう。

 

「御方様、席が空いた様ですよ」

「そうか、搭乗前に少し腹ごなしでもするか」

 

 急ぎ日本を発つことになった為に一行は飛行をキャンセル待ちしていた。予約してもよいがなるべく早く日本を出ようとした結果だった。

 

「……どうだった?」

「グレーですね。怪しいは怪しいですが、それどまりです。下手に突けば探っているのを気取られます」

「なるほど……まぁ泳がせてみるか。あいつらの援助は正直言って助かっている。敵対するのは時期尚早かもしれん」

「分かりました。引き続き調査します」

 

 八雲達から離れながら斗和子と白は密談を交わす。腹ごなしというのは離れるための口実だった。白が警戒しているのは(ホァン)舜麗(シウンリー)。四年前に八雲が事件を解決してからの繋がりがあり、妖撃社のパトロンとして数々の便宜を図ってくれているが、どうにも白には邪な考えが彼女に有ると感じていた。

 明らかな敵対行動は未だに無く、ただ怪しいというだけだが、この間の太歳(タイソエイ)の際にタイミング良く居たことは念頭に置いておかなければならない。

 怪しいというだけで疑うのは暴論に近いが、王朝の最奥に根を下ろしたことも有る彼女が怪しいと思う時点で限りなく黒に近い。というか黒である。問題はただ八雲たちの近くで甘い汁を吸いたいか、それとも八雲たちを陥れて妖怪の王にならんとするかどうかである。

 後者でなければ白は見逃して良いとさえ思っている。彼女の持つ人脈や財力は白や八雲では代わりの利かないものである。多少こちらの利益を融通してもお釣りの方が大きいほどの利である。

 しかし、八雲たちに危害を加えようとしたり、パイを利用したりした場合は、その限りではない。そんなことが起これば白は速やかに黄を排除するつもりだった。

 

 

 ゾクッ。

 

「!?」

 

 突如、黄の体が竦み上がる。何の前触れもない悪寒。鳥肌が立ち、背中には冷たい汗が吹き出し我先にと滴り落ちていく。

 

「黄様?なにか?」

「い、いや何でもない」

 

 突然、怯えだした黄にサングラスと黒服のいかにも男が問うが、黄は何でもないと平静を装う。感じたこともない悪寒だが、部下の手前、情けない姿は晒せないという強がりだった。

 サングラスの男ともう一人、渋めの瘦身の男は黄の部下であり、黄が三只眼を利用するという知っている程の腹心である。

 

「そうですか?ではこちらが封魔鐶(フヲンモアホアン)になります。これをパイの首に嵌めてしまえばパイも三只眼も意のままに操れます」

 

 サングラスの男が手渡してきたのは、対三只眼の切り札であったが、同時に黄にとっての特大の死亡フラグだった。

 

「ふ、ふむ」

「三只眼操作には封魔鐶妖球(フヲンモアホアンヤオチュウ)をお使いください。必ずや三只眼吽迦羅は疾鬼(シュンカイ)様の物になりましょう」

 

 サングラスの男は更にフラグを重ねていく、何故公共の場で黄の本来の名を呼ぶのかは謎である。奇跡的にこの場に白と斗和子が居なかったのは幸運以外の何物でもなかった。

 

「では崑崙(コンロン)の鍵と崑崙の調査を終え次第、我々もニンゲンの像を持って香港に戻ります。お気をつけて」

「うむ」

 

 止まらぬ悪寒を我慢して黄が頷くとサングラスの男はフラグを立てるだけ立てて痩身の男とともに空港を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 飛行機内。

 巨大な金属の塊が空を飛ぶ。三千年の時を生きても白には中々信じがたい光景である。実際にその歴史を体験していれば話は別だが、何百年も封印されていたため白の中で飛行機が飛んでいるというのは知識はあっても中々、理解が及ばぬことだった。

 

「まだ慣れませんか御方様」

「まぁな。原理は学んだがいまいち実感はまだ無い。航空力学だの宇宙学は専攻していたが実際に飛ばしたわけでもないしな」

「そうですね。妖怪なんてふわぁと浮くのが当たり前ですからね」

「そもそも私なんてあの体で飛んでいたんだぞ?浮力も何も有ったもんじゃない」

 

 主従で妖怪あるあるを話す様は異様だが、中身はともかく外側は非常に整った二人である。遠目には仲の良い双子か姉妹が談笑しているようにしか見えない。

 八雲、黄、パイの姿はそこにはない。キャンセル待ちをしていた関係で、三人とは席が離れてしまったのだ。

 

「慣れないだけで怖さはないがな」

「でしょうね」

「いざとなったら飛べるしな」

「あはは」

 

 力を解放した状態の白は人間から逸脱した力を振るうことが出来る。どこまで戻るかは定かではないが徐々に力が取り戻している中で、底辺の妖怪すら当たり前に持つ力である空を飛べる力を使えるのは道理である。

 

「八雲さんトイレですかね」

「……搭乗する前に済ませてなかったのか」

「かなり特殊な不老不死ですよね八雲さん。御方様は不滅の上に成長もしてましたけど」

「それなりのからくりを用意していたからな」

 

 トイレに向かう八雲を眺めながら益体も無い会話を主従は交わす。

 八雲の粉微塵になっても再生可能な不老不死も大概だが、白面の者だった頃の白も大妖怪ゆえの隔絶した頑健さ、生命力は当たり前に持っていたが、とらという自身の同位体に近い存在が憎しみを持つ限り不滅という意味不明な能力まで搭載していた。これで他者の恐怖を自身の力に変える力や、自身の体の一部が別の妖怪になるという力まで持っていたのだ。規格外という言葉すらも生ぬるいだろう。

 

「そういうお前も私が滅びぬ限りは死なぬだろう?」

「そうですね。実際にあの時も生き返りましたし」

 

 白面の者が不死であるならば、その尾の化身たる斗和子もまた不死。自身が手塩に掛けて育てたキリオに殺されたのちに半年も経たずに復活を果たしていた。

 

「いや、流石に突貫工事ばりの速さで蘇ったせいか、意識なんてほぼ無かったですけどね」

 

 復活後、再生怪人の様にあっという間に倒された上に、中身スカスカのカス女と罵倒されたのは斗和子の中では屈辱の記憶であった。

 

「そんな事も有ったな、ん?」

「どうかしましたか?」

「窓を見てみろ、どうやら敵襲のようだぞ」

「え?」

 

 白に促され、窓の外を凝視する斗和子の眼には巨大な烏賊の様な怪物が空を飛んでいるという異常事態だった。

 幸いにも外の景色は雷雨にて見えにくくなっており、白達の他に外の異変に気付いたものはいない。

 

「八雲達のところに向かうぞ。不味いな流石にこの状況で襲われては全員は助けられんぞ」

「……そうですね。外に出るのも危険ですね」

 

 飛行機内の気圧は地上と変わらぬ気圧に調整されており、飛行機が巡行する高さとは格段に気圧が異なる。それに今は外の天候は雷雨となっており更に気圧が下がっていた。この状態で飛行機の扉のロックが外れれば、凄まじい勢いで中の空気が外へと吸い出されてしまうだろう。

 ちなみに斗和子が言う危険というのは、乗客達の事であり白も斗和子が危険ということではない。あしからず。

 

「っと!?」

「これは、やられましたね」

「いきなり落とされなかっただけマシだな」

 

 急に機体が傾き機内の気圧が下がり始めたことに白達は渋面を浮かべる。

 気圧が下がっただけならまだ、立て直しが効くだろうが、機体が傾いたと有れば操縦席で何かが起こった可能性がある。そうなれば墜落は免れない。

 

「どうしますか?」

「コックピットに向かう。八雲達は気になるが後回しだ」

 

 白は即座に判断を下すと斗和子を引き連れ、高度が下がり始めた機体のコックピットへと駆け始めた。八雲達の様子も気にはなるが、八雲はパイが死なない限り死ぬことはない。だがここで飛行機が墜落すれば八雲が死ななくても流石にパイが死ぬ可能性もなくはない。

 コントロールを失った機内で乗客たちは各々のシートに捕まり、絶叫を上げ続けていた。そんな揺れ動く機内の中を白達は平時と変わらぬ素早さで駆けていく。

 

「コックピットが開いている?」

 

 視線の席ではコクピットのドアが機体の動きに合わせてゆらゆらと動く光景が目に見えていた。そして、コックピット内に入った白達が見た光景は機長、副機長ともに首を切られ絶命しているという衝撃の場面であった。

 

「最悪の事態だな、どうにか私達だけでも脱出するか……八雲が嫌がるだろうなぁ」

「そうですね。……まぁ私が動かしてみましょう」

「……操縦できるのか?」

「一応、セスナ程度なら飛ばせますよ。これでも人間社会に溶け込んだ長さは化身の中では断トツですし」

「いつのまに覚えたのやら……」

 

 

 思わぬ斗和子の技能に白は舌を巻いた。多量の卑妖さえ使役できれば白もあらゆる乗り物を操ることも出来るが、生身となると今世で覚えた車やバイクの運転が出来る程度である。

 

「よいしょっと、やれるだけやってみます。これでダメなら飛び降りましょう」

「あぁ、任せた。私は八雲のところに向かう」

 

 機長の遺体をどかし、斗和子は操縦桿を握り周りの計器を操作し始める。手伝おうと白は思うもコックピットに入った事すら初めてでは手が負えないと、八雲達の様子を見ることに切り替えた。

 機内と外の気圧差が小さくなったため、先ほどまでの暴風は収まりつつあるが機内は未だにパニック状態、絶叫を上げたり、体を小さくして泣きじゃくったりっと機内は騒然としている。

 

 

 

 

 八雲達の席がある場所に向かうと天井に大きく穴が開いており、席には空席が目立っている。恐らく空いた穴から外に投げ出されてしまったのだろう。白は眉を僅かに顰めると軽く頭を振るい、気持ちを切り替える。

 

 

「八雲!!」

「し、白姉!パイが!!」

 

 機体の穴に手を掛け、茫然としてる八雲が白の言葉に勢い良く振り向く。

 その目は血走っており、かなり動揺していることが見て取れた。

 

「まさか、パイは投げ出されたのか!?…くそっ」

「ま、待ってくれ白姉!!」

 

 最悪の事態が脳裏を過り、白は飛行機から飛び降りようとする。八雲が落ちても痛いで済むが、パイが意識を失っていれば飞腭(フェイオー)の召喚すら危ういだろう。そうなれば転落死はほぼ確定してしまう。

 

「パイは落ちたんじゃない!攫われたんだ!」

「何?」

「ざっと話すから、聞いて……」

「早くしろ!」

 

 八雲の言葉を遮り、白は要点だけ話せと詰め寄った。八雲の話が本当ならすぐさまの命の危機はないだろうが、今後の方針が大きく変わるからだ。

 

 斗和子の操縦が功を成したのか、飛行機が安定しだした中、八雲はしどろもどろになりながら状況を説明する。

 三人で並んで座る機内に、褐色の肌を持つ只ならぬ雰囲気を持つ美女が現れたと思った矢先、巨大な烏賊の様な化け物が機体を破壊してパイを攫い、八雲はその女と交戦するもパイに気を取られている隙に拘束され、そのまま火炎をぶち当てられたって今に至るという。

 

「客席と八雲が焦げていたのはそういうことか……もしかするとその女以外に共犯者がいた可能性もあるな」

「どういうことだ。白姉ぇ」

「ここに来る前に斗和子とコクピットに寄ったんだ。残念ながらパイロットは殺されていたよ。女がお前の前に現れたのと機体のコントロールが失ったタイミングが合わないが、恐らくパイを奪った頃合いでパイロットを殺したんだろうな」

「な、なんでそんなことを……狙うなら俺達だけを狙えばいいじゃないか!わざわざ人が多いところで、しかも飛行機で襲ってくるなんて!!」

 

 八雲達が座っていた周囲のシートはほとんどが焼け焦げていたり、吹き飛んでいたりとまともな物は一つもない。座っていた人は恐らく亡くなったか、そうでなくとも無事だとは思えない。

 人気を憚らずに襲う輩も僅かにいたが、飛行機は落ちれば百人単位で人が死ぬ。そんな事実が八雲を動揺させていた。

 

「……今は落ち着けというのは酷だが、せめて取り乱すな。それとな八雲、人目を憚らないで襲ってきたのは、言いたくはないがお前が強くなった証拠だ。无とはいえほぼ人間。これまでは向こうがお前を舐めていたんだ。だがお前は多くの妖怪を倒し、鬼眼王(カイヤンワン)を滅ぼしたんだ。それはすなわちベナレスを退けたのと同義だ」

「それは、ぱいが俺達を助けてくれたからで……」

「あの戦いの様子は私達しか知らないんだ。事情を知らない妖怪達からすればお前はベナレスと同等もしくはそれ以上に強いと思われている可能性も有る」

「……っ」

 

 八雲は、はっと表情を変えると俯いた。

 想像出来たのだろう。自分を圧倒的な強者と思っているならまずはパイを狙う。真っ向からベナレスに勝てる相手などそうはいない。ならば搦手を使ってくるのが当然だ。その搦手が自分達に牙を向いたのだ。

 

「だが、私も予想出来たことだった。チャータ便なり船なりもっと安全な手を取るべきだった。すまん」

(とは言え私の予想より遥かに早い。今までベナレスの命令を受けた部下が私達を襲ったことは無かった。私達の行動を監視している気配もだ。……ベナレスは自ら動くの是とするタイプだ。それが主への糧するパイならなおさらだ)

 

 乗客の死を背負い込もうとする八雲に白は謝罪する。その謝罪は八雲の肩の荷を肩代わりする為のものだが、巻き込まれた乗客への申し訳無さも確かに白の中にあった。

 そんな中、白は疑念を抱いていた。これは本当に鬼眼王の敵討ちあるいは、ベナレスに取って代わろうとする者の仕業なのかと。

 白の知るベナレス像では恐らくベナレスは生き残りである三只眼吽迦羅(さんじやんうんから)の存在を部下達に周知していない。かつて八雲達と対峙した聖地の守護警である呪鬼(チョウカイ)ですらパイの顔すら知ってはいなかった。これは意図的と考えて相違ない。

 パイは鬼眼王復活の大いなる滋養となるだろうが、下手に取り込まれれば痛烈な痛手となる。何せ(ウー)には无をと言われている程だ。多くの妖怪達に知られれば、良からぬことを考える連中も増える。それならば情報を制限したほうが、そういった連中も減るし、裏切者が出たときに対処もしやすい。

 

(あと半年は安泰。いや数年音沙汰無い可能性も十分にあった。何か有ったのか?……ベナレスが生きていた。いや、それなら私達と直接戦いたがるか……(ファン)、いやあいつはこんな大胆な手は打たないだろう……ん?)

 

 思考を高速で回しながら、白はふと気付く。

 

「そう言えば、黄はどうした?」

「あ!……機体に空いた穴に吸い込まれちまった。恐らく……」

「……」

 

 その場を見ていないのでなんとも言えないが、あんまりな事態に白は閉口してしまう。何らかの策で二人一緒に行方不明を装う為にしたのかと一瞬考えるが、黄は香港社会ではそれなりの地位に居る人物だ。そんなコネを潰すために自分が消える必要はない。

 

(御方様!)

(斗和子、どうした?)

(機体の損傷が思いのほか大きいようです。飛ぶだけならなんとかなりますが、着地の衝撃で機体が離断する可能性が有ります)

(なんとからならないか?)

(着地してみないとなんとも言えませんが、下手をすると私達以外全滅ですね。私達なら墜落しても大丈夫だと思いますけど)

 

 損傷したジャンボジェットを難なく飛ばす斗和子に白は戦慄するが、斗和子がする報告はそれ以上に深刻だった。安定して飛んでいる今なら問題はないが、最大の負荷が掛かる着地を穴の開いた機体では十分に受け止められない可能性が有るという。穴の周囲に負荷が掛かりそこを中心に離断すれば機体は滑走路に激突し、下手をすれば爆発である。

 

(……どうすれば、----!、分かった。それは私に任せろ斗和子は着地に集中してくれ)

(任せろって……どうするんですか。まさか、支えるなんて言うつもりじゃないですよね?)

(そのまさかだ)

(えぇええ!!?、とらに出来たからって無茶ですよ。さすがに機体と滑走路に挟まれて爆発なんてすれば今の御方様なら死ぬかもしれませんよ!)

 

「白姉どうした?」

「機体の状態が思ったよりも悪い。飛ぶ分なら大丈夫だが着地はもたんかもしれん」

 

 黄が死んだかもしれない事に黙ってしまったと勘違いして話しかけた八雲への返答は最悪に近い内容だった。

 

「そう言えばパイロットは死んだって言ってなかったか?」

「斗和子が操縦している」

 

 八雲の顔が絶望に染まる。そんな状態なら飛んでいるだけで奇跡だ。そんな状態で着陸なんて夢のまた夢だ。

 

「最悪、私達は助かるが乗客は絶望的だろう」

「白姉」

「分かっている。私達だけで脱出する気はない。機体が落ちないように精々足搔くつもりだから座って待ってろ」

「い、いや俺も何か……」

「悪いがお前に出来ることはない。こういうのは適材適所だ。そう落ち込むな」

 

 パイが攫われ、飛行機は墜落寸前。しかも自分達が巻き込んだと憔悴する八雲に珍しく白は優しく微笑んだ。

 ぐしゃぐしゃと乱暴に白は八雲の頭を撫でる。

 

「わ、やめてくれよ!」

「これ以上、犠牲者は私達が出させないさ。信じて待っていろ」

 

 そういうと白は機体の亀裂から大空へと飛び出していった。

 




戦いがメインの少年漫画の飛行機は結構な確率で落ちる。
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