我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

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第三十五話 不時着

 

 轟々と叩きつけるように風が吹き荒ぶ中、白は飛行機の外壁に掴まり辺りの様子を伺っていた。

 

(やはりさっきのデカいイカみたいな奴はいないな)

 

 機内から見えた巨大なイカの化け物は白が見渡せる範囲には存在しない。風に白い髪を遊ばせ、白は思案する。

 

(飛行機をさっさと落とさなかったのは八雲に無力感を与えるためか?)

 

 八雲は不老不死の超越者、(ウー)である。飛行機を落とそうが、体を真っ二つにしようが、粉微塵にしたとしても、決して滅びることはない。パイを確保して即座に飛行機を落としても何の問題もないだろう。それをしなかったのは肉体ではなく、精神への攻撃のため墜落の瞬間まで足掻かせようとする為とも考えられた。

 

(今はどうでも良いか。どちらにしても今は辛うじてだが飛んではいられるしな)

 

 高速で飛ぶ飛行機外を外壁に掴まり白は機体の故障個所を大まかに見て回る。

 

(損傷は客席に大きくあけられた穴程度か、穴の周囲の客席はほとんど吹き飛んでいるがエンジンや翼には異常が無いように見えるな。斗和子、聞こえるか?)

(はい、聞こえています。外の様子はどうですか?)

(敵は既に居なくなったようだ。あのイカも姿が見えない)

(そうですか……そのまま攻撃すれば落とせそうなものなのに、妙ですね)

(それは八雲とも話したが、あいつに無力感を与えるためと考えられる。パイロットを殺し、機体は制御不能、慌てふためく乗客の悲鳴を聞かせて、自分だけ生き残る。そんな所だろうさ)

 

 吐く息も瞬く間に流れ散らされ、地上よりも数段冷え込んだ空気の中、白はそれよりも冷え切った思考で斗和子とテレパシーを交わす。

 

(その線はありそうですね)

(……まぁ、この話は後にしよう。機体はイカに開けられた穴以外に大きな損傷はない。エンジン、翼ともに見た目に見える傷はない。内部構造までは流石に分らんがな)

(こちらで表示されているのは内部気圧の減少と電気周りに不具合が幾つか出てる程度です。エンジン、翼も警告は出ていません)

(とは言っても、いつ致命的な不具合が出ないとも限らないか……斗和子、管制塔と通信できるか?)

(可能です。……暫しお待ちを)

 

 斗和子が如何に卓越した知能や冷静さを兼ね備えているとは言っても、ジャンボジェットを飛ばした経験は流石に無い。今は安定飛行させてはいるが、それもいつ瓦解するか分からない。

 

(御方様)

(どうだった?)

(はい、香港国際空港にて受け入れるとの事です)

 

 香港国際空港。啓徳(けいとく)空港とも呼ばれ1925年から使用されている歴史ある空港である。

 

(燃料タンクがやられなかったのが大きかったな。大きい空港なら受け入れもスムーズだろう)

(はぁ、着地が一番難しいんですけどねぇ。機体がバラバラにならなければ良いですけど)

(それは私がなんとかする。斗和子は着陸に集中してくれ)

(……どうかご自愛を、無茶だけはしないで下さい)

 

 心配する斗和子のテレパシーに僅かに口角を緩ませ、白は出来るだけ髪を伸ばし機体に巻き付けていく。その長さは五十メートル程で有り、到底ジャンボジェットを全て覆うには足りないが、機体の耐久性は確かに上がる。

 

(持ってくれよ) 

 

 絶望を希望に塗り替える斗和子、そして白の戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 機体の背の真ん中あたりにしがみ付きながら白は機体の高度が徐々に下がり始めたの感じる。

 

(御方様。あと、十五分ほどで空港へ着陸予定です。首尾はどうですか?)

(着陸時の衝撃にも因るが、なんとか維持して見せる。そっちも任せたぞ)

(はい、承知しております)

(最悪の場合は脱出するんだぞ)

(ええ、御方様が脱出した後に脱出しますよ)

 

 白の耳に届く風音が徐々に遠くなっていく。集中力が研ぎ澄まされていき、無駄な感覚が鈍くなり、その代わり髪の毛一本一本の動きが明瞭に、鮮明になっていく。

 機体の僅かな振動、機体に掛かる張力すらもが理解できる。そんな一種の超感覚にて白はこのままでは飛行機は持たないと確信してしまう。

 白は即座に二本の尾を顕現させる。十数メートルは有る純白の尾は機体を優しく包むが到底長さは足りない。かつての尾であれば悠々と包めたというか、本体が呆れるほど巨躯なので腕で掴めばが事足りただろう。そんな忌み嫌う以前の姿では無いことが口惜しいと白は感じていた。

 

(これなら機体の全壊は防げるが……全員助けられるか?)

 

 揚力を徐々に低下させ、空気抵抗にて速度を落とすジャンボジェット。その空気抵抗がミシミシと機体を軋ませていく。その力は穴が開き耐久力が著しく低下した機体中央部に集中し始めていた。

 

(く、他の箇所に振り分けた髪を戻すしかない)

 

 白は咄嗟に損傷個所に髪を多く割り分け、さらに他の箇所に残した髪と引っ張り合わせ、機体に掛かる負荷を分散させる。歯が折れんばかりに食いしばり白が耐え続け、機体はなんとか形状を維持したまま着陸コースへと軌道を侵入させた。

 なんとか、安定しているとはいえ、本番は此処からだった。着陸時にもっとも機体に負荷が掛かるのは言うまでもないのだから。

 

(余力がほぼ無い……これ以上は……)

(御方様!着陸態勢に入ります!)

(!分かった)

 

 幾本かの髪が切れ始め、力を込めている白にも絶大な負荷が襲い掛かり始めていた。ともすればベナレスと戦った時以上の消耗。斗和子の悲鳴のような報告に淡々と答えるのが白の限界だった。

 

 次の瞬間、着陸用にと展開された車輪が一度、地面へと接触しふわりと僅かに浮いた。

 

「ぐ、ぉ……っ!!」

 

 白の視界と脳裏が真っ白に染まり、遅れて全身に凄まじい衝撃が走る。思わず声が漏れるが、それには苦悶以外の意味は込められていなかった。

 

 そして再度、車輪が地面に触れ、本格的な着地へと移行する。

 瞬間、白の体に先ほどの衝撃をも超えた負荷が襲い掛かった。

 口腔に血の味が滲みだし、思考が停止する。そして負荷に耐えられなかったのか、バツン、バツンと白の髪は至る所で弾ける様に切れていく。

 機体を離断せんとする負荷が白に集中し、頭皮から噴き出した血が白を赤く染め上げた。全身の筋肉が悲鳴を上げ骨は軋み、罅が入り始めた。

 

(御方様、このままでは……離脱してください!!)

「-------っ!!」

 

 機体の状態と主人と繋がる感覚から白が限界を超えていると判断した斗和子は絶叫するようなテレパシーを白へと飛ばす。

 

(く、もう限界か……!!)

 

 白の心に離脱の文字が浮かぶ。だが……。

 

「ふ、ざけるなよ。この私が、(われ)が飛行機、程度で、逃げ……るだとぉ!」

(白面に戻っても構わない、だから力を……!!)

 

 意図的に一人称を昔に戻す。いざという時は史上最強の大妖怪の肩書すら放り投げて逃げる事が出来る白面の者の心が逃げろと叫ぶ。

 血反吐を吐きながら、白は己を鼓舞する。命を賭して守る、かつてでは考えられなかった白の心。元の姿に戻っても良いとすら思うそれが、力となり結実する。

 

「ぐ、おおおおおおおおお!!」

 

 ぶわりと、白の腰から三本目、四本目の尾が顕現する。同時に体から力が溢れ出た。一本目と二本目の尾は更に太く長くなり、髪の強度は飛躍的に上昇する。

 

(御方様っ!?)

 

 本体たる白の力が反映されたのか、斗和子も自らの体の異変に呻いた。

 

「がぁ……と、まれええええ!!」

 

 白の叫びに呼応して三本目と四本目の尾が地面へと突き刺さり飛行機の勢いを抑える。アスファルトは砕け、めくり上げられ、破片が当たりに散らかされていった。

 

「うわあぁああああ!」

「きゃあああ!!」

「助けてくれぇええええ!!!」

 

 飛行機が軋む音、アスファルトが砕ける轟音、乗客達の悲鳴が響き、あたりはまるで地獄の縮図の様な有様だった。

 それが、幾分いや数十秒たった頃。飛行機は滑走路をボロボロにしながらも、その動きが止まった。

 

「……」

「……」

 

 乗客達の悲鳴は暫く続いていたものの、外からの轟音や体に響く衝撃が無くなったことに一部の乗客達は恐る恐る縮こませていた体を起こし始めた。

 機体の動きはほぼ止まっており、窓から見える景色には建物や地面が見える。

 

「え……もしかして」

「あれ……?」

「た……」

「……助かった?」

 

 うわぁあああああああ!!

 九死に一生を得たと気づいた乗客達が歓喜の声を上げる。ともすれば先ほどの悲鳴よりも大きな声は絶望が深かった分、喜びがこれでもかと乗せられていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……う、私は……」

 

 全身に塗り付けたられたかのような疲労感の中、白は目を覚ます。疲れから声は掠れ、起き上がる気すらも湧かず、再び眠ろうと空気を吐くが、聡明な頭脳が意識を失う直前の自体を思い出させた。

 

「飛行機は……パイは!?」

「御方様!」

 

 無理やり上半身を起こした白に気付いた斗和子が駆け寄る。その表情には斗和子には珍しく焦燥が深く刻まれていた。

 

「はぁ……事態はどうなっている?」

 

 泥を吐き出すように重い空気を吐き出し、白はざっと周りを見渡しながら斗和子に現状を問う。飛行機を不時着させて気を失ったのは分かっているが、疲労感は凄まじく休んだにしてもいまいち時間感覚が掴めないでいた。

 ここが病棟だとは理解しているが、点滴も何も繋がっておらず、それがいまいち白が自分が置かれた状況を把握できないことに拍車を掛けていた。

 

「外は騒がしいみたいだな」

「はい、地元のメディアが奇跡の不時着とかで殺到しているみたいですね」

「……、……」

 

 白のうなじにざわりとした嫌な感触が走る。

 斗和子が言うには飛行機の胴体には謎の爆発により大穴が開いていた。そしてパイロット二名はその爆発犯により殺されたとされているということ。

 

「疑われているのか?」

「……いえ」

 

 テロリストと思われているのではと白は推察するが、斗和子は苦虫を嚙み潰すように否定の言葉を吐き出した。それは未だかつてない化身の姿であり、白は眉間に僅かに皺を寄せて首を傾げた。

 

「これを……」

 

 おずおずと斗和子は号外と書かれた新聞を白に差し出した。

 

「まぁ、飛行機事故は大事件だしな、号外くら……い……は?」

「……」

「と、斗和子……こ、れは」

 

 号外と書かれた新聞紙に【新日空大型旅客機。奇跡の着陸。操縦者は搭乗女性!?】と中国語でデカデカと紙面を占拠していた。

 

「えっと、私は戸籍とか誤魔化してるので、御方様が一番目立ってしまいまして……」

「……(ホァン)でもどうにも出来なかったのか」

「あ、えっと、パイさんと一緒で行方不明です」

「……そうだった」

 

 ぼすんと白は華奢な体をベットに預けた。名前こそ載っていないが搭乗者の数から特定されるのは時間の問題だろう。というか既に女性とバレている時点で、特定されていても不思議ではない。

 目立つ事もそうだが、パイを早く探しに行きたいのにマスコミに注目されては派手な動きは出来ない。白はそれを懸念していた。

 

「黄はおそらく生きているだろう。パイともども無事なら早晩、連絡ないし姿を現すだろうさ。だが、襲撃者に捕まっていれば……」

「えぇ、黄の部下達も大分、焦っていましたから奴らの姦計ではないのでしょうね」

「マスコミの取材やら衆目に晒されるのは業腹だが、そうも言ってられないか……すぐに動くには私は些か消耗が激しい。マスコミの目はこちらに集めておくから八雲と現状の把握を頼む」

「かしこまりました」

 

 さっと頭を下げると斗和子は身を翻して病室を後にする。

 白をその様子を見届けると、両の瞼をゆっくりと閉じた。

 

(……今、手元にある情報だけで奴らの素性は見えてこない。なんなら容姿を変えている可能性も有る。下手な推察は先入観を生んでしまうか……)

 

 白の最大の懸念は下手人がベナレスにそれなりに近い妖怪ではないかというものである。個人主義、秘密主義と目されるベナレスの死が、これほどまでの短期間で知れるほどの相手、それはベナレスの右腕、腹心といった実力者の可能性が高いからだ。

 しかもこちらがベナレスを打ち取れるほどの力を持ち、しかも不死者である(ウー)が居ると分かっていて襲撃を仕掛けているのだ。実力や頭脳に自信が無ければ、行動にはしないだろう。

 

(いや、むしろ正面からは難しいと考えたから飛行機を落とそうとしたのか?それならパイを確保して八雲を墜落させれば、すぐには追ってこれないからな)

 

 白達が香港へと行こうとしたのはまさに急な出来事だった。太歳(タイソウェイ)の事件で再び闇の勢力が動き出したのではと考え、身軽に動ける香港へと舞い戻ることに決めたのだ。ならば相手にとっても白達が飛行機に乗るというのは、千載一遇のチャンスだったとなる。

 

(飛行機は不時着できた。何人かの行方不明者は出たが、その中に今回の襲撃者が含まれている。そいつらを照らし合わせれば……斗和子!)

(はい、御方様!何か入用ですか?)

(いらん。それよりも今回の犠牲者を全員、調べろ。行方不明者に混ざって今回の襲撃者が紛れているはずだ)

(っ、なるほど、分かりました。では妖撃社とのコンタクトは八雲さんに任せます)

(頼む)

 

 改めて斗和子へと支持を飛ばした白は未だに残る疲労感に深くため息を吐くのだった。

 

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