我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

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第三十七話 不死を求める者

 

 中国、広州市。

 広東省に位置する拠点都市であり、北京、上海、深圳(シンセン)と合わせて四大都市も呼ばれる中国経済の中心の一つである。

 そんな広州市の北部、都市部の煌びやかな様子とは真逆の長閑な山奥に一人の少女の姿があった。

 

(ホァン)さん。ちゃんと言われたとーりに電話してきたよ。大丈夫、すぐにヤクモが来てくれるよ」

 

 簡素な作りの家に入ると少女は優し気な口調で黄と呼ばれた女性への元へと足を運ぶというか、少女は八雲たちそして、ようやく正体が分かった敵対組織、憑魔一族が躍起になって居場所を探しているはずのパイ、その人だった。

 黄から貰った首飾りをぶら下げ、多少服は薄汚れてはいるが、怪我らしい怪我は負ってはいない。むしろ、黄が上半身に幾重にも包帯が巻かれ見るからに重症である。

 

「ちょっと、遠かったけど電話が見つかって良かった。黄さんもヤクモ達が来たら直ぐに病院に連れてってもらおうね」

「……」

 

 喋るのも辛いのだろう。黄は薄らっと微笑み。手元に置かれたスケッチブックに謝謝(ありがとう)と弱々しく書いて意思を伝えた。

 

「でも、驚いちゃったな。あのイカさんに黄さんがビューンって突っ込むだもん。黄さんも何かの術とか力とか持ってる人なの?」

 

 パイは飛行機で襲われた時を思い出して黄へと問い掛けた。

 飛行機に大穴を開け、パイを攫った空飛ぶイカの化け物。黄はそれに巻き込まれて飛行機に開いた穴から外に投げ出されたと思われていたが、実際はそうではない。

 パイを利用としようとしている黄は白達と席が離れたのを良いことに封魔鐶(ファンモアシウン)という三只眼(さんじやん)の力を封じて意のままに操る呪具を付けさせていたのだ。本来であればパイの危機になれば三只眼が目を覚まして力を振るうのだが、力を封じられていては何も出来はしない。

 そんなタイミングでパイを攫われては下手をすれば死んでしまう。そこでなりふり構わず黄はパイを救うために飛行機から飛び出したのだ。

 ベナレスとは比べるべくもないが、黄とて百年は生きた妖怪。謀り事を主力としつつも確かな戦闘力を有している。一息に空へと舞い上がると、全身から光を放ちイカの化け物の視界を奪い。体当たりにて左目を瞬く間に潰す。

 しかし、そのまま畳みかけようとしたところ、痛みからかパイへと巻き付くイカの触手が外れ、パイが空へと零れてしまう。その身を抱きかかえようと近づくがそれが黄の大きな隙となってしまった。

 その隙目掛け、イカの化け物の特大の雷撃が黄へと放たれた。黄、彼女が一人であったならその雷撃を難なく避けられたことだろう。実際、黄は攻撃の予兆を感じ取っていた。

 だが避けなければと動く体を黄は強引に静止した。自分が避ければ、この雷撃はパイへと向かう。もはや、自分の体を盾にする以外の選択は黄には無かった。

 雷撃が直撃した全身が沸騰するような熱と衝撃に包まれ、裂傷と熱傷が黄に刻まれた。

 あまりの激痛に意識を手放そうとするが、そんなことにならばパイも自分も命は無い。なんとか気力で意識を繋ぎ止めると黄はイカの化け物の左側へと廻り、嵐と合流して姿を隠す。

 左目を潰され、怒りで我を忘れたそれに、暴風雨の中で黄達を探すという器用な事が出来る訳もなく。黄達は辛くも窮地を脱することが出来たのだ。

 

 そんな回想をパイが巡らしていると黄が小さな寝息を立てていた。呼吸こそ落ち着いているが、黄の怪我は重篤である。人間であったなら死んでいてもおかしくはない。

 うっすらと汗ばむ黄の額を優しく拭うとパイは小さく呟いた。

 

「ヤクモ」

 

 そこにはかつて無いほどの不安を滲ませたパイの姿があった。

 

 

 

 

 イカの化け物に巨大水路に引き込まれた八雲は慣れない水中戦で苦戦を強いられていた。

 

「ゴボッ!?」

 

 无は不死ゆえに息継ぎは必要無いが、それでも酸素不足で死にゆく細胞を常時回復させ続けるのは効率が悪く。脳の回転も聊か以上に鈍ってしまう。

 それとは対照的にイカの化け物の方は水中の方が主戦場である。憑魔一族に調整され陸海空すべてに対応出来る様になっているが、体の構造上、水中との相性は抜群に良い。

 とはいえ、八雲によって右目を、そして黄によって左目を潰されており、十全にその戦闘能力を発揮することは叶わない。そこでイカの化け物は自らの周囲に特大の雷撃を放った。

 

「ーーーーーーーっ!!?」

 

 声泣き悲鳴を八雲は上げ、何とか体を捩りながらその場を離れていく。目を潰されたイカはそれを察することも出来ずに八雲が居る場所とは違う場所へと移動していった。

 

「ぷはぁああ!!」

 

 闇雲に泳いだ八雲は僅かな光が漏れた蓋をこじ開け、水路から転げるように飛び出した。

 

「何処だ、ここは?……とりあえず外に出るか」

 

 目的も無く泳いだ八雲は聞き耳を立てるが、機械の静かな音が響くだけで喧騒は聞こえない。斗和子達が上手く逃げたのか、はたまた八雲の予想以上に離れてしまったのかは定かではない。

 

「何処に行こうというんだい?」

「て、てめぇえ!!」

 

 その場を後にしようとする八雲の背中に女性の声がぶつけられた。八雲が通ってきた水路から下半身を水蛇の如く変じさせた女がそこには居た。

 不死者を前に怯む様子が無いそれは確かな自信を女から感じさせた。

 

「このテロリストが!」

「テロリストではない私は戦士。憑魔一族が女戦士アルマリック・グプター、侮辱は許さんぞ不死者!」

「何が戦士だ!白姉達が居なかったら飛行機は墜落していた。ただの人殺しなんだよ。お前らは!!」

 

 八雲の言葉にプライドを傷つけられたのか、グプターは覇気を込めて八雲を睨みつける。

 

「貴様に言っても分かるまい、我ら憑魔一族には不老不死が必要なのだ。これは一族の存亡をかけた尊い戦い、多少の犠牲はやむをえない……」

「そんな、はったりが通じるか!!」

 

 不死の秘法を求め、八雲達は幾度と無く戦ってきた。不老不死を求める相手は数あれど、その根底にあるのは私欲。それは生あるものが求める最上の奇跡であるのは明白であり、それを汚いと八雲は思わないがグプターの様な大義名分が有るかのように振舞うのは我慢がならなかった。それが無関係な人間の命を巻き込んでいるのら猶更だ。

 

「黙れ!」

「がっ!?」

 

 突如、グプターの肩が膨れ上がり、そこから生えた触手が八雲を強かに打ちのめす。

 

「良いだろう。貴様に見せてくれる我らの秘密がはったりなどでは無いことを!!」

 

 蹲る八雲を後にグプターは脇の扉を開け放つ。

 轟々と唸りを挙げる機械にゴポゴボと気泡を浮かび上がらせる水槽。

 

「なっ……」

「これが我らの覚悟だ!」

 

 異形。しかし、それはグプターの様な統制されたそれではない。ともすれば座ることすら困難なほどの歪なそれは生物としての形を成してはいない。だが、呼吸器を付けられ辛うじて生命を繋いでいる。

 何とか、識別できるそれは柔らかな面差し、そして……。

 

「あ、赤ん坊……?」

 

 一つとして同じ姿はないが、女性らしい柔らかな顔と無垢な顔が、その異形には浮かんでいる。八雲は無意識に答えに辿り着いていた。

 

「そうだ!これこそが我らの秘密。もって生まれた憑魔の力ゆえ、妊娠すると胎児が母体と融合しようとし、互いの脳を破壊し知性無き怪物へと変じてしまうのだ!」

 

 

 

「……はるか昔、この異能を身に着けた祖先は子孫を絶やさぬ様に、戦闘に長けた我らの力を三只目吽迦羅(さんじやんうんから)に貸すことで身ごもる女に不老不死の力を得ていたという」

 

 心の何処かで感じていた私欲で不老不死を求める者達とは違うグプターの覚悟が八雲を後ずさりさせる。攻撃しようとすれば出来るが、心が奮い立たないでいた。

 

「母体が无であれば、その子は母の胎内にいる間は不死となる。その間に胎児を憑魔合身出来ぬように脳死状態にし、出産していたのだ。だが、三百年前、数多くいた无の産婦は全て死してしまった」

「三百年前……」

(鬼眼王が一族を滅ぼした時か!!)

「……もはや我らは偶然無事に生まれてくる赤子を期待するほかない。不老不死が得られねば、女が体を張る他ないのだ!……私とて例外ではない」

 

 八雲の目を真っすぐに見据えて、確かにグプターはそう言った。ー私とて例外ではないーと。

 

「み、身ごもって……」

 

 凄まじいまでの覚悟。自分だけではない一族の命を繋いでいくという思いが、その言葉には込められていた。私利私欲で不老不死を願う者たちとは、違うと感じたそれは、まさに今、命を懸けているもののにしか込められない熱だったのだ。

 

「う……くっ!」

 

 気迫に押され、八雲はグプターに背を向けてその場を離れた。八雲が不老不死を得たのは自分の意思ではない。意図せずして无になった身だ。それが負い目となって八雲を逃走させたのだ。

 

 

 

(くそ、何が不老不死だ。俺は人間に戻ってパイと……)

 

 水路をがむしゃらに八雲は泳ぐ、心の底から湧く言い知れぬ感情が八雲を責め立てる。

 

(……というかここは何処だ?水が塩辛いから海には通じていると思うけど、ぐぉ!?)

「ゴボッ!」

 

 前触れもなく八雲の肢体が触手によって絡めとられる。一瞬、イカの化け物かと八雲は思うが、それは別の追手の物だった。

 

(ふふふ、多様の力を持つ私から逃げれると思っていたのか不死人)

 

 触手の根元には嘲りの笑みを浮かべるグプターの姿が浮かんでいる。必死に八雲は藻掻くが、水中で使える獣魔術を習得しておらず、一つの触手を解くたびに違う触手が絡みつくという悪循環に陥ってしまっていた。

 

(例え殺せなくても、ベースが只の人に過ぎないお前を無力化する術は幾らでもあるのさ、さらばだ)

 

 動けなくなった八雲にグプターは巨大なボンベを投げつける。水中ということもあり、その動きはやや鈍重だが、動きが封じられた八雲にそれを避ける術はない。

 

(な、なんだ!?……ってヤベっ)

「ガボボボ!!」

 

 液化気と書かれたボンベが眼前に迫り、八雲は動揺から体をバタつかせるが、それは無駄な抵抗だった。ボンベが近づくにつれて加速度的に八雲の動きが鈍くなっていく。中国語で液化気とは液体窒素の事である。マイナス百九十六度にもなるそれは、あらゆるもの一瞬で凍らせる。バナナは釘を打てるほど硬くなり、バラの花弁は紙吹雪の如く散らされる。

 これが強靭な体を持つ妖怪ならまだしも、人間ベースで有る八雲との相性は最悪であった。切り裂かれ、潰され、焼かれても再生する无の体でも凍ってしまえば動くことすらままならない。放置されるならまだしも、このまま攫われ冷凍室にでも放置されればいつ復活できるかも定かではない。

 

(ふふふ、なぁに三只眼はこちらで丁重に扱ってやる。安心して眠りに着くがよい)

「……っ……っ」

 

 ミシミシと凍りつつある体が悲鳴を上げ、徐々に動きが緩慢になっていく。

 

 ズオォォオ……。

 

 勝利の愉悦に浸りつつも、八雲を油断無く見つめるグプターが異様な気配を感じ取る。二人の動きとは関係無い水流がグプターの肌が撫でていた。

 

(何かと思えばパエールか……お前は離れていろ)

 

 グプターの背後から現れたのは先ほどまで八雲と戦っていたイカの化け物であった。名前はパエールと言うらしい。

 パエールは両目を潰され、全身には八雲に付けられた切り傷が無数に走っており、今もなおゆっくりと出血を続けていた。

 

(見た目は大分、凍ったが……念のためもう暫く待つか)

 

 憑魔一族の祖先より伝え聞く无のデタラメさ、それがグプターを慎重にさせていた。そうしてグプターが八雲に意識を向けていると、背後より殺気が迸る。

 

「!?」

(パエール!?)

 

 パエールは口から生えた鎌のような牙を何を血迷ったのか、グプターへと振るっていた。

 背中から水に溶けだす血液、そして激痛。仲間からの攻撃と痛みからグプターは混乱するも、パエールと向かい合う。

 パエールはそんなグプターに大口を開けて嚙み砕かんとするではないか。

 

(目を潰され、私が分らぬか、たわけ!)

 

 度重なる戦闘で両目を失い、全身を傷つけられた痛みからパエールは既に正気を失っていたのだ。そんな中で八雲は凍りつつあり動きは緩慢、唯一五体満足で動くグプターはパエールからすれば唯一つの攻撃対象と認識されてしまったのだ。

 

(やむをえん!)

 

 パエールの口元が眼前へと迫り、命の危機からパエールを殺すつもりでグプターは爆炎を放つ。憑魔一族に伝わる術法火神幻力(アグニマーヤー)である。

 術により水が熱せられ多量の泡と衝撃が水中を掻き回す。

 

(やったか?)

 

 荒れ狂う水流に体勢を崩しながらもグプターは目を凝らす。幾ばくかもしないうちに気泡は消え果てるが、グプターの焦りは消えることは無かった。

 

(水中では火の効果は薄いかっ!?)

 

 そこには爆発の影響をまるで受けていないどころか、怒りを増したパエールの姿があった。しかし、視覚が潰されたパエールが、怒りの対象に正確に攻撃をする術はない。そこでパエールは怒りのままに全身から雷撃を放ち始める。

 

(がぁあああああああ!!?)

 

 パエールの巨大な体を施設に入れるために、この水路は海中と交通していた。それがグプターの向かい風となった。唯でさえ水は電気を良く通す。それが海水となれば尚更だ。

 グプターは僅かな抵抗も許されず体を引き攣らせ痛みに悶える。

 

(ば、馬鹿なこんな所で死ぬのか……不老不死も得られず。……我が子と、こ、こんなところで……)

 

 志半ばで死ぬことに悔しさを滲ませ、それ以上にお腹の中の子供に会えないことにグプターは涙する。雷撃は絶えずグプターを攻め立て、グプターの意識は徐々に薄れていく。

 

(……!)

 

 死を覚悟したグプターの脇を何かが通り過ぎた。それは八雲、全身のほとんどを凍らせ脇に液体窒素のボンベを担ぎながら八雲はパエールに向かって突き進んでいた。

 

(パイ、すまねぇ……!!)

 

 パエールに突き刺したワイヤーフックに引っ張られながら八雲は心の中でパイに謝罪していた。本来どころか、グプターは間違いなく敵だ。助ける義理はない。

 だが、自らの命を賭して一族と子供を守ろうとする生き方を聞いた八雲はどうしてもグプターを見捨てることが出来なかった。

 

(助けに行くのは無理そうだ。白姉、俺の代わりにパイを……)

 

 パエールは口の中に何かが飛び込んできたのを感じ、その牙を閉じる。嘴とも呼ばれるイカのそれに似た牙はガスボンベを苦も無く断ち切り、その中身をぶちまけた。

 液体窒素が瞬く間に当たりを凍り付かせていく、その規模は巨大なパエールすらも殺しつくすほどに大きい。凍った水が膨らむ圧力でパイプがミシミシと軋む中、グプターは茫然とそれを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

「はっ……!?」

 

 どの位の時が経ったのか、微睡の覚醒を瞬時に切上げ八雲は体を起こした。

 

「お、俺は一体……」

 

 パエールに突撃するところまでで八雲の記憶は途切れていた。八雲が寝かされていた場所は埠頭、見渡せば夜であり、気温も八雲の記憶と相違無い。パエールを仕留めても仕留めそこなっても、凍った自分はそのまま冷凍室にぶち込まれて復活できないようにされると踏んでいた八雲からすれば今の状態は想定外だった。

 

(……誰かがここまで運んでくれたのか?)

 

「借りは返したわよボーヤ」

 

 混乱の渦中に居る八雲に聞き覚えのある声がぶつけれる。

 

「グプター!?……無事だったのか」

「……はぁ、まぁいい決着は今度会うときにつけてあげるわ」

 

 海中から顔だけ出していたグプターは敵を心配する八雲に小さくため息を吐くも、何処か敬意を込めて再戦を宣言する。

 暫し、そのまま睨み合っていた二人だったが、グプターは僅かに口角を緩ませると海中へと消えていくのだった。

 

 

 緊張が解けたのだろう、八雲はだらんと体を投げ出すと埠頭のコンクリートに体を預けて寝ころんだ。肉体的には既に回復しているが、潜入と水中戦、憑魔一族の目的と精神面での疲労はかなりのものだった。

 そんな寝ころぶ八雲の脇に靴音が一つ、鳴り響く。

 

「……ありがとうな、斗和子さん」

「流石にあの雰囲気で横槍は無粋ですよ」

 

 姿を現したのは斗和子、鈴々達を黄の部下に預け八雲の様子を見に来ていたのだ。

 八雲が礼を言ったのは斗和子がグプターを見逃したことだ。数多の手数を持つ憑魔一族と言えど、電撃や切り傷とグプターは疲弊していた。斗和子が彼女を捕えようとすれば容易だったことだろう。だが、斗和子はそれをしなかった。

 

(かつての私なら見逃すのはあり得ないこと、なんだかんだで八雲さん達の影響でしょうかね。それとも……)

 

 八雲に肩を貸して歩き始めた斗和子はかつての仇敵の姿を思い浮かべていたのだった。

 

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