我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

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第三十八話 潜入

 

 

鈴々(リンリン)社長達を助けられたのは良いけど……はぁ」

「えぇ、あれほどの施設を放棄するとは予想外でした」

 

 憑魔一族達に荒らされた妖撃社オフィス。座れる程度の片付けが済んだその部屋に並び一同の顔は沈んでいた。

 そんな一同の顔を照らすテレビのニュース。それが皆の眉根を顰める原因だった。

 

「依然として火の勢いは収まらず、懸命な消火活動が続いています。墨晶(モーシン)貿易、輸入生体衛生管理研究所より……」

 

 テレビに映る建物はまさに数時間前に八雲達が潜入していた場所だった。それが今は轟々と火の手を挙げて燃えている。

 

「いつでも放棄できるようにしていたのね。本拠地の場所が推察させる物は見つからなかったみたいだし、もう一度、侵入しようにも燃やされたんじゃ望み薄ね」

 

 テレビを睨みつけながら鈴々は腕を組み直し、うんうんと唸っている。

 

「しかし、八雲はともかく斗和子ちゃんまで、そのグプターってのを見逃すとは思わなかったわ」

「う……」

「申し訳ありません」

「まぁまぁ、こっちは捕まってたのを助けてもらったんだし、その位でな」

「……分かってるわよ。言い過ぎた。でも捕まってるのはパイちゃんなのよ。ひどい目に遭ってないと良いけど」

 

 鈴々の指摘に八雲達がしゅんと落ち込むが、それを(ロン)が窘めた。

 

「ん……こんな時に何よ。はい、こちら妖撃社。え、(ホァン)さんが!!はい、はい……」

 

 重くなる室内の空気を裂くように電話が鳴り響く。最低限の機能しかないそれは、ケチな鈴々を表している様である。一同が電話の内容に聞き耳を立てていると、黄と言う聞き逃せない名前が飛び出した。

 

「え!黄さん!?」

「っ」

「しっ、静かにしてろ」

 

 反射的に騒ぎそうになる八雲を美星(メイシン)と龍の二人の兄妹が抑え込んだ。

 

「黄さんが、……それでパイちゃんは?え、……そうですか、はい、はい。皆ここに居るので私から伝えておきます。……ありがとうございます」

 

 ガチャンと鈴々は静かに受話器を置いた。電話中の鈴々の表情は目まぐるしく変わっており、喜色も時折、覗かせていたが、最後に浮かべた表情は悲壮。

 

「社長っ!」

「……黄さんが見つかったわ」

「え、それじゃあパイは!パイは一緒なんだよな!!」

「ちょ、八雲っ!」

 

 パイの事となると冷静さを失う八雲、要領の得ない鈴々の話しぶりに取っ組み合う勢いを見せるが美星が羽交い絞めにして動きを抑える。

 

「どうやら最初に連絡をしてきたのはパイちゃんみたいだったの、それで居場所が分かって黄さんの部下が急いで向かったんだけど、その時には黄さんしか居なかったみたい」

 

 八雲達が墨晶貿易、輸入生体衛生管理研究所へと潜入してた頃、タイミング悪くパイから連絡が有ったという。八雲達と連絡が取れない中、いたずらに待っている訳もいかず黄さんの部下達が二人の保護へと向かったのだが、何処から情報が漏れたのか一足遅く憑魔一族達にパイが攫われた後だったという。

 

「黄さんの見逃す代わりに付いてこいと言われたらしいわ」

「くそっ、あいつはそうやってまたっ!」

 

 八雲は隠し切れない憤りを浮かべ踵を返す。相手の卑怯さもそうだが、パイの自身を顧みない行動にも怒りを感じていた。無論その博愛精神は八雲がパイに惹かれた要因の一つだが、今回はそれが悪手と出てしまった。

 

「私は黄さんが捕まっていたという場所に向かって痕跡を探ります」

「あぁ、痕跡が有っても無くても三時間後に連絡をくれ」

「分かりました。現状に関しては御方様に私から伝えておきます」

「そっちも頼んだ」

 

 苛立つ八雲を尻目に、妖撃社のブレイン役の(ロン)が斗和子と共に動き出す。

 

「あ、えっと俺は……」

「八雲は私と一緒に黄さんに話を聞きに行くよ」

 

 美星は手持ち無沙汰な八雲の手を引くと妖撃社の外へと連れ出した。

 

「ま、私達は連絡係って事ね」

「いやいや、とりあえず俺達は生きてるパソコン使って情報仕入れるぞ」

 

 ソファに座り直す鈴々を龍は睨むと無理やりにパソコン前へと座らせた。どんな些細な情報でも今は必要な時分、何時間後かに集まる情報を精査、解析の役に立つだろう。

 

「私達、助け出されたばかりなんだけど……」

「まぁ、それもそうなんだが……」

 

 年長組の二人はお互いの顔に滲む疲れに苦笑しながらも作業に取り掛かるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二日後。

 白を基調とした部屋に鎮座する無駄にデカいベットの上で白はため息を一つ吐いていた。

 ため息の原因は部屋の中に溢れんばかりの見舞いの品と取材願いの書類の束であった。見舞いの品はまだしも、取材願いの書類や事故当時の様子を書いてくれ等の紙束は迷惑以外の何物でもない。

 

「一躍、時の人って感じですね」

「……」

 

 只でさえ飛行機事故というのはセンセーショナルな話題だ。墜落でもそうなのに、居合わせた搭乗客が不時着させたとならば、その話題性は鰻登りである。それが若く、美しいとなれば猶更だ。

 

「美人日本人女性、奇跡の不時着ですって」

「……それだと私が生身で着地したみたいなニュアンスに聞こえるな」

「奇跡、天使降臨」

「やめてくれ……」

 

 白が新たに顕現させた二本の尾、今までの尾と合わせて四本の尾は飛行機の無事を願う人々に目撃されていた。飛行機を守るように包むそれと、飛行機の真ん中あたりから伸ばされた二つの尾はさながら天使の翼。

 墜落の可能性がある飛行機から住民を守るために政府から発表された避難勧告は同時にマスコミ達へと火を付けた。不謹慎な話だが墜落してもしなくても夕刊、朝刊のトップ記事になること請け合いと、マスコミ達は飛びついたのだ。

 時代は九十年代、後の時代に続く程、法整備が進む報道関係はまだまだ萌芽に過ぎず。我先に特ダネを掴まんとマスコミ関係者は飢えた野獣の如く病院に殺到していた。

 

「しかし奴らの報道魂ってのは凄まじいな。まぁおかげでネームプレートを変えるだけで被害が減ったのはありがたいが」

 

 今、白が入院している個室には葛葉白の名は無い。まったく違う名前のプレートが飾られている。本来なら医療ミスの観点から望ましい事ではないが、それ以上に白の部屋へと取材しようとする不届き者が多いのだ。警備の網を搔い潜る。入院患者の見舞いのフリをする。果てはわざと怪我して入院したバカもいるほどだ。

 

「転院という事にして黄の屋敷にでも匿ってもらうか、あいつの屋敷の警備ならそこらのギャングでも突破できんしな」

「そうしましょうか、見知らぬ男が病室に来て身の危険を感じた。書面のみの取材なら応じますとでも言っておきましょう」

「頼んだ。まさか別の意味でまたマスコミに困らされるとはな……」

 

 日本全土の人間、妖怪達の記憶からうしおととらの記憶を封じた白面だったが、実際にうしおに会ってもいないたった一人のマスコミ関係者により計画を綻びさせられた事を思い返し苦笑した。あれも凄まじい執念と熱量が成した偉業なのだが、それがベクトルを変えるとこうも違うものかと感じたのだ。

 

「それでパイの行方はどうだ?」

「……不明です。私も奴らの人相を見ましたのでインド、バングラデッシュ近郊の人種とまでは分かりましたので、そこから特定しようかと思います」

「範囲が広いな……そういえば、かつて居た数多くいた産婆達と八雲が聞いたと言っていたな……黄の屋敷に聖地から持ってきた書物を集めておいてくれ」

「その様に手配を……なるほど三只眼の文献から彼らの居住地を割り出そうと言うわけですか」

「一族を支える程の産婆、となればその数は相当だろう。数多の妖怪を差し置いても仲間に引き込みたいほどの実力者集団、文献に記されている可能性は十分にある」

 

 依然少ないパイの手がかり、どんな小さな可能性でも調べなければならないと白達は意気込んでいた。

 

 

 そして、更に数日。

 方々の伝手を当たり妖撃社の面々は憑魔一族について調べていてが、パイの行方は掴めずにいた。憑魔一族は他者を取り込みその形質、能力を吸収する特異な能力を有している。これは外見が個体によって全く異なるということでもあった。見た目からそれが憑魔一族と知れるすべは無いのが余りにも厄介だった。

 聖地の文献にも憑魔一族については幾つか記載が見られた。その強さは相当なモノであり、无と共に王の警護を任せられるほどの者も居たという。

 手掛かりが薄い中で掴んだわずかな情報、それを元に白は膨大な書物を読み考察を深めていった。

 そして国を悪意と知略で貶めた頭脳が答えを導き出す。

 

「……この辺りか」

 

 世界地図の一点に白は指を置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「納得いかん、っておっしゃってましたよ。御方様は」

「そんな事、言われてもなぁ」

 

 熱い空気が辺りを満たすここはリンド共和国。インド北西部に位置する人口一万人程度の小国である。

 そんな国に八雲達一行が来た理由はパイの捜索である。そして、そこを探す事になったのは白の功績……だけではなく八雲へと届いたキンカラという人物からの不審な電子メールが発端となっていた。

 

「だが、白ちゃんの情報がそのキンカラって奴がよこしたメールの裏付けになった。ここに居ないのが悔やまれるな」

「そうそう。白ちゃんを待てれば良かったんだけど、相手方に時間を与えるのも悪手だしね。動けるメンツで頑張りましょう!」

 

 (ロン)美星(メイシン)がここには居ない白のフォローを加える。だが、白の情報が怪しげなメールだけでは動けなかった八雲達を動かすことになったのは事実であった。

 

「その通りです。それに私が見た女憑魔グプターの容姿とこの辺りの顔立ちは似通っています」

「ならガセって可能性は低くなったかな」

「よし、三只眼関連の異物、遺跡を中心に捜索してみよう。八雲はパイちゃんのテレパシーが無いか気を抜くなよ」

「わーってるよ」

(パイ、必ず助け出してやるからな)

 

 現地についたことで感じる雰囲気からパイならびに憑魔の痕跡が有ると確信した一行はより一層、パイを救うべく行動を開始するのだった。

 

 

 

 

 

 

 とはいえ、縁も無い土地での捜索は中々に進まずシヴァの爪や壊れた聖地のカギなど幾つかの遺物は見つかるものの、憑魔一族やパイの手掛かりになるものは見つからない。三只眼と関係があった土地ではあるのだが、決定的な物となると途端に情報は先細り消えてしまうのだ。

 

「……旅行ツアーで回るところはそれなりに外国人にも開けていますが、そこから少し逸れると途端に排他的になりますね。外国人というか探る事を許さないという意思を感じます。表面的には話すだけでは問題ないですが、公開していない情報を聞こうとすると明らかに態度が変わります」

 

 何時間後に合流したのち斗和子は日本語でそう話す。それは周囲を警戒してというか、明らかにこちらの言葉に耳を傾けている周りの人間へ聞かせぬためであった。

 何処に耳、目が有るというレベルではない。入れ替わり立ち代わり必ず何人かの人間が八雲達へ注意を注いでいるのだ。

 しかし、その警戒が逆にパイがこの国に居ることへの証左となった。排他的とも捉えられるが、旅行客を招き外資を稼ごうとする割には視線が余りにも鋭すぎる。

 

「警戒というには生ぬるい悪意をそこら中から感じます。それも戦いに慣れた者の視線です。周りをうろつく連中も足運びや体捌きに鍛えられた痕跡を持つ者が何人か見られます」

「何人か〆る?」

「いや、相手を必要以上に警戒させてパイを更に隠させるのは避けたい」

「ならどうするの?」

 

 斗和子の言葉に物騒な提案をする美星を八雲は宥めた。華奢な見た目だが美星は兄である龍が行方不明になった時に身一つで事件に解決に動き出すほどのアグレッシブさを秘めており、言動も脳筋よりである。

 

「私が夜にでも相手方を追跡してみます。向こうも指示役の人間への報告を必ず行うはずですから」

「なら、俺らはパイを探しているけど、自分達が見張られているのは気づいてないって感じで動けばいいか」

「ええ、お願いします。追跡、調査は一任させてもらえば問題ありません」

「頼んだ」

 

 当座の方針を終えた八雲達は不自然にならない程度で会話をし、聞き込みなどの調査を進めていった。

 そして……。

 

 

 

 

「はぁ……パイ、ここに居るのかな」

 

 夜闇に紛れるようにホテルを後にした斗和子を見送った八雲は窓から星々を眺めて小さく息を吐いていた。

 なんやら美星とのラブロマンスめいた事がふんわりと有ったが、それは美星が八雲へと向ける恋愛感情とパイが八雲に向けてくれる感情が友愛、親愛めいた物で有る事を八雲に再確認させていた。

 

「……パイ」

 

 焦燥感に駆られ今にもリンド共和国中を歩き回ってパイを探したいという欲求が八雲の体を責め立てる。しかし、下手に動いて相手に気取られたり、国家機関に目を付けられて身柄を拘束されるという事態は避けたい。そんな人間としての理性と(ウー)としての本能で八雲は揺れ動いていた。

 

「でっけぇ蛾」

 

 熱帯の気候と発展途上国故の家の造りからか幾匹もの巨大な蛾が八雲達の部屋へと迷い込んできた。人によっては悲鳴物の光景だが八雲は人以上に大きい蟲型の妖怪達、数億匹ものイナゴの大群と戦ったこともあり、大して反応せず蛾の羽ばたきを眺めていた。

 すると……。

 ッ!!

 

 天井の一角で翅を休めていた蛾が突然、閃光と共に燃え上がる。

 幾ばくかもしないうちに光は消え、天井には文字が焼き付いていた。

 

パイはピジャリアガールハパティヤム家の古城にいる

急がれよ八雲

キンカラ

 

 

 何処か品の有る文字。しかし、その内容はパイの危急を知らせるものだった。

 

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