我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

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第四話 親子

 朝日が登るまであと半刻といった未だ闇深い朝方。

 轟々と都会ならではのビル風が白の亜麻色の髪を弄ぶ。黒を基調とし、白のアクセントが生えるロングスカートに白色のダウンコートを合わせた白は自宅マンションの屋上で目を瞑り仁王立ちしていた。

 ダウンコートは着ぶくれして好みではない彼女だが、昨晩の事件で穴が開くわ、血がべっとりと着くわでお気に入りのコートがご臨終してしまったが故の出で立ちあった。

 お気に入りのコートが駄目になってしまったからか、はたまた別の要因なのか、白の表情はいささか険しさが差していた。

 

「……来たか」

 

 こつこつと近づく足音に白は瞳を開いた。

 そして、瞳が開くと同時に彼女からしたら見慣れたであろう亜麻色の髪束が見る見るうちに雪を混ぜ込んだように白く染まりあがる。夜気にさらされ、月の光を浴びた髪は強いビル風に煽られさながらきらきらと輝いていた。

 

「待たせたようじゃな」

「そうでもない」

 

 ぎぃと屋上の扉が開けば、そこからあどけない容姿の少女パイ……いや三只眼(さんじやん)が八雲のジャンパーを羽織って現れた。

 

「……どうしたのじゃ?」

「いや、八雲はいないのかと思ってな」

「あやつは再生中じゃ。そうさな……あやつの今の状態であれば三日もあれば首は付くじゃろうて」

 

 こともなげにいうが、首を吹き飛ばされて生きていられるものは極少数だ。白がかつて居た世界でも余程のものだ。そう首を切り離されて生きているものは字伏(あぜふせ)級の力を持つものくらいだろう。

 

「……そうか、なら良い」

「……」

「……」

 

 そこでお互いの会話が途切れた。

 三只眼はここ数百年他人と話をしていなかった。そして白は前世が前世だけに高圧的に話したり謀略にかけたりなのは得意なのだが、心中を吐露して話す機会が無かったために八雲に危害が及ばないように相手に気を使っている状況だった。

 

「まどろっこしい。何を聞きたいんじゃ」

 

 沈黙かはたまた冷え切った外気に煩わしさを覚えたのか、三只眼がそう切り出した。

 

「そう……だな。あぁ、遠慮など私らしくなかったな」

 

 

 

「八雲に何をした?」

 

 びゅうと一際、強い風が二人の髪を、服をはためかせた。

 

「なぜ、あんなことをした。あれでは人とは言えない。あれほどの再生能力、不老まで備えているとしたら……」

「無論、不老じゃよ。我らが秘術を甘く見るでない。わしが死ぬその時まであ奴は死なぬよ」

「あいつは、普通の人間だったんだぞ!何の力も無い。特別な事なんて何一つないんだ。不老不死にて何の得があったんだ!」

「……」

 

 自身が八雲の体を作り変えたことを指摘されても、三只眼に悪びれた様子は無く。逆に自身の術を自慢げに話すだけだ。

 その態度に徐々に白は怒りを覚えていく。前世での罪への思い、今世を生きた事での人の何でもない日々が何よりも尊いものだと理解しているが故の怒りだった。

 

「得じゃろう?最上級の不老不死じゃ。俗世の暮らしとはとても釣り合わぬと思うがな」

 

 飄々と三只眼はそう返す。

 確かに三只眼の言うとおり数多の権力者が追い求め、終ぞ得られなかった不老不死を手に入れた八雲は確かに幸運なのかもしれない。

 

「確かにな。だが、こんな事件が起こっては八雲は今までの暮らしなど出来ないだろう」

「わしもそう言ったんじゃがな」

 

 これだけの事件だ。人の世に広まるのも明らかだが、妖怪たちの間でこの事件が広まらないとも限らない。現に今回の化け物はどこからか三只眼の話を嗅ぎ付けてやってきたのだ。

 八雲に妖怪を退ける力が有ればまだしも、八雲は死なないだけの只の高校生だ。いつまでも凌ぎ切れるものでもない。ここでの生活には早々に見切りをつけるべきだろう。八雲がどう思っていようが。

 

「そう怒るでない。永遠にこのままというわけではない。わしとパイが人に成れたなら、奴もまた人に戻れよう。その手がかりも既に見つけておる」

「本当かっ!」

 

 思わず白の口から大きな声が出てしまう。それほどまでに白にとって三只眼が伝えた情報は重要だった。

 

「あぁ、この前出向いたほんこんとやらに伝手が出来ておる、まずはそこからじゃな」

 

 ふむ、と白は整った柳眉にしわを寄せて考え込む。

 そんな白を見て、三只眼もまた、ほぅとばれぬ様に息を吐いた。

 白が三只眼を信じていない様に、三只眼もまた白を信じてはいなかった。確かにパイが随分と世話になったし、冷たさを口々に滲ませているが、それでも相手を決して放ってはおかない優しさを持っていることは三只眼も理解していた。

 だが、数時間前に見せた突然の変容は、それまで三只眼が抱いていた白への感情に僅かな疑念を浮かばせていた。不死に魅了される妖怪は多い。ただでさえ力もつ彼らが唯一、逃れられないのが老いそして死だ。三只眼の无はそれを解消してくれる。現にかつて三只眼の王は部下の三只眼の不老不死の力を、自らが利する妖怪たちへ使うように強要していた。

 八雲が不死になって一か月も経っていない。にも関わらず情報はどこから漏れたのか、三只眼はそれを気にしていた。

 

「それにしても、貴様は何じゃ?人間と思っておったが……妖怪とも言えぬ気配。前に会う(おう)た時にはその様な気配は無かったはずじゃが」

「……」

「言えぬ事か?」

 

 ぎろりと三つの目が白を睨む。そこには先ほどよりも敵意が滲んでいた。

 その気配に白の体は一瞬、鳥肌が立ってしまう。全盛期の自分からしたら三只眼が放つ気配などまるで相手にはならない。そもそも比べることすらおこがましい。しかしながら、今の白の力はかつてからすれば無いも同然だ。身体的な能力は一般的な妖怪程度しかないだろう。

 そんな体に三只眼が向けてきた敵意と気配は少々堪える。

 

「言って信じて貰えるか分からん。荒唐無稽すぎる話なのだがな……むぅ」

 

 とはいえ、口にした通り、前世の記憶があって力の一部の様なモノが瀕死になったせいか、八雲の死によって激昂して目覚めたのかははっきりとせず、伝えて良いのかどうか白は測りかねていた。

 

「……それはこちらで決める。疾く話さんか、いい加減体が冷えてきたわ」

 

 口を尖らせる白に、毒気が多少は抜かれたのか三只眼はやや呆れた様子で先を促した。

 

 

 

 

「そのようなことがのぅ……わしが知る限りその様な事は知らんが……」

 

 掻い摘んだ白の説明に三只眼は首を傾げた。ちなみに、話がややこしくなるので、こことは別の世界での話という点は伏せた。かつてはそれなり(自身の最大天敵の獣の槍と妖怪、人間の連合軍でようやく互角)に力が有ったことは話したが。

 

「まぁ良い、小僧が気になるなら付いてくれば良い。それに、わしの命と小僧の命は同化しておる。知らぬところで危険に会うのは本意ではないじゃろう?」

「言われんでも、人にしてやるさ。八雲を人間に戻すついでにな」

 

 ぶっきらぼうに白はそういうと話は終わりとばかりに、髪を元の亜麻色に戻した。

 三只眼は鼻を一つ鳴らすと、ぶるりと肩を震わせて屋上を後にした。

 

 

 

 こつこつとまだアスファルトの階段を白は降りていった。パイは冷え切った体にため息を吐くと、未だに首が繋がり切っていない従者に茶を淹れさせようと決心する。

 人に成るのは三只眼とパイにとって悲願である。かつての仲間はもう居ない。唯一残った願いがそれなのだ。

 そのついで八雲を戻すのも吝かではないと彼女は考えていた。

 

『八雲ぉおおおおお!!』

 

 獣の様に吠えて、その身を変貌させた少女を三只眼は思う。白は八雲が死んだと思ってあの力が目覚めたのであろう。それは、パイを救うために命を落としかけた八雲と同じ思いなのだろう。人間とはなんと素晴らしいのだろう。両方ともそれ故に人ならざる者になってしまったのは皮肉だが、三只眼は人間に対する憧憬をより深いものとしたのだった。

 

 

 

 

 八雲の問題に光明が差した一方で白は悩んでいた。

 部屋の中を行ったり来たりしながら、どうするべきかと頭を働かせていた。権謀術数に優れた頭脳を持つ彼女の悩み、それは今の自分の状態をママにどう説明すべきかという点だった。

 口八丁で丸め込むのは容易いだろう。国一つを言葉のみで操り、疑心暗鬼と猜疑のどん底に陥れ自滅させたことすらある彼女からすれば只のヒトでしかないママを騙せないわけがない。

 しかし、十九年人として生き、そしてその生の大半である十年近くを共に暮らし、そして育ててもらった葛葉白としてはママに不実を働くなどあってはならない事だった。

 だが、かといって現状をすべて説明してしまえば八雲の事にも触れてしまう。いや、それは言い訳だった。白は自分が人とは呼べない力を持ってしまったことを説明したくないのだ。かつて、自分以外の全てから憎しみと怒りを恐怖と絶望を向けられたが故に、ママにそんな感情を向けられたくなかったのだ。

 

(ふ、弱くなったものだ……。あれほど皆から負の感情を向けられた私が、今更一人の人間の感情が怖いなどと……)

 

 そんな事を白が考えていると、隣の部屋でけたたましい目覚ましの音が鳴りはじめた。

 

「しまった。もうそんな時間か」

 

 どうやら白が悩んでいる間にママの起床時間となってしまったようだ。慌てるも白は何事も無いかのように部屋を出て、朝食の準備に取り掛かる。

 

(時間が無い。ホットケーキか、フレンチトーストで誤魔化そう)

 

 瞬時に当たり障りのないメニューを浮かべ、時間を稼ぐために牛乳をレンジで温める。パックを外したりなんだりとママはお肌の手入れやなんやらと朝のお手入れは白の何倍も掛かる。

 

「白、ちょっと良いかい?」

「っ?……あぁ」

 

 だが、予想に反してママはパックを外すだけで食堂に来てしまう。白の喉は上ずった声を上げるのが精いっぱいだった。そして、白は自身の喉が渇くのを確かに感じていた。

 

(緊張、そうかこれが緊張か……)

 

 温めたミルクだけを食卓に置き、白とママは向き合って座っていた。お互いにミルクに手は出さない。湯気が徐々に消えていく。なんとか言葉を紡ごうと白の口は意味も無く開き、そして閉じる。

 いくたび、それを繰り返しただろう。最初に口火を切ったのはママだった。

 

「そういやぁ、八雲の奴。休学するって言ってたぞ。全く自分の金で通ってるから強くは言わねぇけど、中卒ってのは中々、大変なんだがなぁ」

「そうなのか」

「あぁ、俺も大変だったよ。結局かたぎじゃなくなっちまったしな」

 

 そこでママはぐいっと冷めたミルクを呷る。

 

「お前が何か言えない事を言おうとしてるのは分かってる」

「……」

「八雲が人間じゃなくなっちまった。……それと関係が有ることかい?」

 

 沈黙。二人の間に静寂が広がっていく。普段口数が多い方ではない二人だが、それは二人の関係が不仲だからではない。よく買い物に一緒に行くし、白は前世もあったからか反抗期とは無縁だった。はたから見ても、そして二人とも良好と言って差し支えない関係だったと言えるだろう。

 しかし、今はまるで沈黙という言葉が物理的な壁になったかのように二人の間にそそり立っていた。

 

「あ……そ、そうなる」

 

 戦慄く口元、謀略に長けた舌が今はただ震えるのみだ。

 

「私も……人ではなくなっちゃったんだ」

 

 ぽつりと、白はか細い声でそう呟いた。かつては嘲笑と咆哮を放った口のなんと頼りないことだろうと白は一人自虐する。

 

「それに……ずっとママに隠していたことがあるんだ」

 

 白の口調は知らず幼少のころに年相応の幼子と偽る為に使っていた幼さの滲む口調になっていた。

 

「私には生まれた時から前世の記憶があるんだ」

 

 俯きながら白は吐き出すように押し出すようにそう告げた。白は嫌われること、怖がられること、怒りを向けられること、ありとあらゆる負の感情を知っているはずだった。そしてそれが白面の者の力となっていた。他者からむけられる負の感情を心地良いと感じていた。

 だが、どうだ。今はちっぽけな、それこそ獣の槍はおろか法力、霊力さえない人間が、白に抱くかもしれない感情に怯えていた。

 

(……あぁなんて怖いんだろう。きっとママに嫌われる。怒られる。)

 

 好意を向けていた相手に拒絶される。それは白が、白面の者として生きてきた年月数千年の中で最大級の恐怖だった。それこそ獣の槍に尻尾を根こそぎ奪われた時と同等のものだった。

 

「……人じゃなかったのは前からか?」

 

 普段のママの作った声色ではない。叔父として声色でママは沈黙を破った。その声色には感情が含まれていないように白は感じた。

 

「違うよ。……昨日までは確かに人間だったと思う。確証は無いけど」

「そうか、……何か有ったのか?」

「えっと、八雲と化け物に襲われて、私が銃で撃たれて……」

「撃たれた!?」

 

 ばんとママはテーブルに思い切り両の手を振り下ろす。余りの衝撃に卓上のものがわずかに宙に浮く。

 

「あ、いや……気が付いたら治っていた。もしかしたら、八雲を助けたい気持ちも有るだろうが、命の危機に瀕して前世の力が目覚めたのかもしれない」

 

 ママの剣幕に驚くも、それ以上に自分の身を案じてくれたことに嬉しさを白は感じてしまった。

 

「そうか……なら良かった……のか?」

 

 チクタクと時計の秒針が一秒を刻んで弧を描く。

 静寂な空間にそれは沁みるように二人の耳を届く、そんな中にあってママの声は白に突き刺さるように聞こえていた。

 

 

「ふぅ……初めて会った時からなんか変わってるなとは思ったよ。最初は両親が亡くなった上に施設だなんだとたらい回しにされたせいかと思ったよ」

 

 先ほどの剣幕とは裏腹に訥々とママは語り始めた。

 

「……ぶっちゃけ、気味が悪いと感じたことも有る」

 

 苦笑しながらも、そこには懐かしさが滲んでいた。言葉自体は負を伴うものだが、白には一切の負の感情が感じられなかった。

 

「手も掛からない。むしろ俺が世話になったことも有るくらいだ」

 

 慈しむようにママは白の瞳を見つめる。

 

「なら、なんで私を……」

 

 子供らしからない自分を捨てる事が出来たはずだと、白は最後までは言葉に出来ずに口ごもった。

 

 

 

「見てたからな。毎日のようにあいつらの仏壇に手を合わせるお前をな」

 

 そこでママはにかっといつもの様に笑顔を咲かせた。そこには白を疑う気持ちなど微塵も含まれていなかった。

 

「……」

「あれを見ちまったらなぁ。信じるしかねぇよ」

「っ」

 

 

 白はママの言葉と笑顔に意識が真っ白になった。言葉にしたい思いは溢れるほどに浮かぶが、それは芽を出すことなく、埋もれていく。次から次へと繰り返し、思いは募り、そして。

 溢れた。

 

「なぁに泣いてんだよ。バカ娘」

「……うるさいよ。くそ親父」

 

 一般的とは言えない関係の二人だが、それでも、実の親子ではなくても、そこには確かに親子の繋がりが二人の間にあった。

 




白があまり関わらないイベントは原作通りなので割とすっ飛ばしてます。
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