我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

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第四十一話 終結

 

 白く嫋やかな髪が靡き、その髪間から刺すような視線がガルガのそれと重なった。

 怒りも憎しみも敵意も薄い、そんな一瞥したような視線にも関わらずガルガは自らの体が慄くのを感じていた。

 王族として憑魔一族の当主の血脈として数々の大物、裏世界の人物、妖怪を見てきたガルガをして、その目は比類無き畏怖を想起させるものだった。

 そしてそんなガルガの抱いた畏怖は間違ったものでは無かった。視線を送る人物の名は葛葉白。こことは歴史を異する世界にて生きとし生けるもの全てを憎んだ特大の大妖怪の生まれ変わりの女性である。

 

「思ったよりも早く着いたから良かったが、作戦が変わったなら早めに連絡を入れろ」

 

 何処か呆れと怒りを込めて白は化身たる斗和子を睨む。

 斗和子は主の視線に身を縮めるが、言われていることは至極全うである。

 

「タイミングは我ながら絶妙と言えるが……」

「しゃしゃり出てきてごちゃごちゃと……消え失せろ!!!」

 

 自分を無視して会話を進める白達に激高したガルガは白に抱いた畏怖を振り払うように特大の光線を再び放とうと力を込める。

 

「くらぎ」

 

 小さく白がそう呟くと、白の背後から一本の尾が現れ、瞬く間にカミキリ虫の様な頭部とカマキリの様な巨大な鎌を持つ異形の虫がその姿を空中へと浮かばせた。大きさは魔神と化したガルガには僅かに及ばないが、それでも中型のトラックほどもあり、その異形の身も相まって放つ威圧は負けていない。

 

「はっ!虫ケラか、諸共に吹き飛べ!!」

 

 言葉と共に魔神の口から光線が放たれた。

 鎌くらいしか特筆すべき点が無いことに盾代わり生み出したとガルガは思っていたが、くらぎも白面の者の化身の一つであり力を落としていても決して侮る事は出来ない妖怪である。

 全盛期には未だに及ばずとも多くの化身同様である巨大な体躯を誇り妖怪を容易く切り裂く一対の巨大鎌、幾重にも枝分かれする鋭利な触手を持つ。万全ならば数多の妖怪を屠る精鋭の法力僧二百人でも太刀打ちできぬ凄まじい化け物なのだ。

 しかも、これに加えとっびきりの能力も有している。

 

「こ、これは!?くっ」

 

 光線を浴びてなお、揺るぎもしないくらぎ。それどころか光線が当たった個所が光りだしたところでガルガは思わず防御の体勢を取る。そして、数瞬後に飛来する熱波と衝撃、それはくらぎにガルガ自身が放った攻撃だった。そう、斗和子と同様にくらぎもまた攻撃の反射という反則じみた能力を有しているのだ。

 

「やれ」

 

 ふわりと大きさとは裏腹に空中を泳ぐように優雅にガルガに近づくとくらぎは両の鎌をガルガへと振るう。ガルガは魔神の両手を振るい、体中から龍の頭を生やし、くらぎに抗う。亀のような怪獣と鎌と触手を持つ虫のような化け物が戦う姿はまるで特撮さながらの迫力があった。

 

「御方様、見苦しいところをお見せしました」

「それもこれも、勝手に突入時間を早めたお前らに原因が有ると思うが……」

「ぐ、それは八雲さんが……」

「ふぅん」

 

 思わず八雲を身代わりに差し出す斗和子だが、実際无の本能で主を守らんと八雲が突っ走ったので嘘ではない。嘘ではないが、白に連絡が無かった理由にはなりはしない。

 

「それは、後から聞くとしてあいつとんでもないな」

 

 斗和子よりも攻撃という点では優れているはずのくらぎだが、魔神と融合したガルガの耐久力はそれをも防ぐほどで多少、切り傷が刻まれつつあるものの、致命傷には程遠い状況だった。なにせ、この魔神へと変貌したガルガの耐久力は天まで上るパイのバラス・ウィダーヒの直撃を無傷で耐えるほどの頑健さなのだ。むしろ傷を負わせているくらぎの攻撃が優れているとさえ言えた。

 予想以上の実力のガルガに白は僅かに眉を顰めると更なる力の解禁を決断する。

 

「多少、消耗するがやむを得んシェムナ」

 

 ざわりと白の尾の一つが巨大な顔へと変貌する。陰気な顔と伸ばし放題の髪、浮世絵に描かれている幽霊のイメージそのままのおどろおどろしいさがにじみ出ている。

 シェムナは正面からくらぎと大怪獣バトルを演じているガルガの側面に音も無く近づくと、まるで粘りつくように自身が纏う霧でガルガを包み込む。

 急に立ち込めた霧にガルガは眉を顰めるが、その眉も訝しさではなく激痛にてすぐさま歪まされる事となる。

 

 じゅぉおおおおおお!!!

 

 シェムナの霧に触れたガルガの皮膚が魔神の皮が見る見るうちに溶け崩れていく。

 

「ぬぉおおお!?」

「溶けてしまぇぇぇ」

 

 痛みから手足をがむしゃらに震わせるが、霧に対してそんなものが役に立つはずもなく、僅かばかり散らされた霧も瞬く間に元に戻りガルガをしゃぶる様に責め立てる。

 

 シェムナ。これもまた白面の尾の一本であり、その悪辣さは大妖怪とらでも逃げの一手を打つしかなく、霧という特性から破魔の霊槍たる獣の槍も単純には突き立てられぬという厄介さを持つ妖怪である。

 その実力は自身の体であり、妖怪すら溶かす物理無効の霧は攻防ともに優れており、速度に劣るという弱点は有れど町一つ、妖怪の群れを容易く滅ぼせるほどである。

 

「ぐぅうう、おのれぇええ!!」

 

 身を捩りながら、苦し紛れにガルガは体から生えた龍の一つから炎を吐く。

 

「む、不味いな炎使いか」

「は、はい」

「間に合わないな」

 

 何かを察した白だが、すぐさまシェムナを引っ込めるにはあまりにもシェムナはガルガに纏わりすぎていた。

 

「ひぃいいい!?」

 

 炎に触れたシェムナは甲高い声をあげて悲鳴を上げてしまう。霧ゆえに炎にはめっぽう弱いシェムナだが、その巨躯も相まって山を丸ごと焼くほどの大火でも無い限り滅ぼされるこは本来無い。しかしダメージに縁遠い者の性か、シェムナは痛みに過剰に反応してしまうという欠点があった。

 

「なるほど、ふん。所詮は霧か全て蒸発させてやろう!!」

 

 シェムナの炎への忌避具合を察したガルガは纏う妖気を爆発的に高め、全身を煌々と光らせ始めた。それどころか空気を瞬く間に焦がし、地面を溶かすほどの熱波が辺りを支配する。

 

「ひぁああああ、あ、熱いぃいい!!」

 

 離れた場所に立つ斗和子と白ですら熱いと感じる熱波を近距離で浴びてシェムナは凄まじい叫び声を上げた。先ほどまではガルガを溶かす音が辺りに満ちていたが、今は逆にシェムナが蒸発していく音が響く。

 

「ひぃいいっ!?」

 

 体中を炙られながらシェムナは後退するが、その体積は当初の三分の一も無い。

 

「思った以上にやるな」

 

 全盛期に遥か及ばぬとはいえシェムナを追い詰めたガルガの実力を斗和子同様に白は褒め称える。

 ベナレスという規格外を除いても、この世界で敵対した相手の中でもガルガは最上の相手と言えた。いや、飛び抜けて強いだろう。だが、白には焦りが一切見られない。

 ふわりと浮かび上がると白は尾の二つを鋼の尾へと変じさせた。現状使える四本の尾のうち、一本はシェムナの状態で傷ついたため使えないが、それでもくらぎと合わせ、三本の尾がガルガへと向けられた。

 熱線、熱波どころか物理攻撃を受け止め反射するくらぎと単純な質量が脅威となる二本の鋼の尾、暴力という言葉が具現化したかのような光景が繰り広げられていく。

 

「ぐぉおお!!」

 

 ガイイィン!!生身と金属がぶつかり合うにはあまりにも逸脱した音が耳朶を打つ。三方向からの攻撃に雄たけびを上げながらガルガは抗う。パイのバラス・ウィダーヒの直撃を耐える耐久力は白の猛攻すらも受け止めていた。

 しかし、白の攻撃も凄まじい。並みの妖怪なら一撃で塵芥となるほどだろう。今は耐久力故に耐えているが徐々に体には無数の傷が刻まれており、そう遠くないうちに打倒されてしまうのは明白だった。

 

 

「こうなれば!」

 

 膠着する事態を打開するべくガルガは攻撃に晒されながらもパイへと走り出す。鋼の尾が幾たびもガルガを打つが、走り出した巨躯のエネルギーと妄執が合わさったガルガを止めることは叶わない。

 

「ちっ!」

「ハ、ハハハ!!もうこの際、どちらの人格でも構わん!その力、頂くぞ!!」

 

 腕を伸ばしながらも全身から無数の竜の頭と触手を伸ばし、ガルガは憑魔一族の合身の術を発動させる。どの道、このままでは勝てはしない。ならば一か八かの賭けに打って出たのだ。そもそも魔神の像との融合も成功が怪しかったのだ。それを成功させた万能感が合身失敗という恐怖を凌駕させていた。

 

「パイィ!!!」

 

 怪獣大決戦を眺めるしかなかった八雲だが、パイの危機と有らば話は別だ。ガルガとの戦いとは比にならない素早さでパイの元に駆け寄り、パイを突き飛ばす。パイはガルガの魔手から離れ、その代わりに無数の触手が八雲を捕えた。

 

「ぐぅううう!!?」

「よくも邪魔を!!ならば貴様から取り込んでくれる!」

 

 凄まじい嫌悪感と熱さが八雲を襲う。液体の如く、糸の如く解けた魔神ガルガの右腕が八雲を覆いつくし、互いの皮膚を同化させていた。

 相応のリスクは有るとはいえ三只眼吽迦羅とすら融合可能な憑魔合身という希少で強力な能力。そんな能力に本来なら抗う術など無い。しかし、能力という点から見れば(ウー)の不死身は妖怪ですら欲する奇跡にも等しい破格の力。主との命の融合による不老不死が肝の様に見えるが、その能力の本質は正常な状態の維持にある。鍛えればしっかりと強くなるし、体に寄生させる獣魔術も習得出来るというインチキぶり。嫌悪感を抱いた八雲に反応し、融合された皮膚は拒絶され瞬く間に剥がれる。しかしそれで諦めるガルガではない。无の力で皮膚から剝がされても剥がされても再び融合される。憑魔一族ですら聞いたこともない憑依に対する拮抗が生まれていた。

 

「馬鹿なっ!!偉大なる我らの力に抗うだとっ!!?」

「う、うぅうう、うわああああああ!!?」

 

 とはいえ、取り込む側と取り込まれる側、自身の体が徐々に侵されているというのは肉体的にも精神的にも八雲を追い詰めていく。

 

「戦闘力は大したことがないが、腐っても无か、魔神像よりも抵抗するとは理外の再生力だな。だがその力、頂くぞ!!」

「ぐあああああっ!!?」

 

 皮下に潜り込み筋肉、神経と僅かずつであるがガルガの浸食は進んでいく。八雲であった箇所がガルガになり、ガルガだった箇所が八雲へと変貌していく。

 

「悪あがきを……八雲!!悪く思うな!」

 

 言い終わると同時に白の口腔からマグマの如き熱気が漏れ出す。凄まじい敵意を込めてガルガを睨み上げた。

 

「なんだ小娘、大人しく小僧が取り込まれるのを見ていろ、ぐぅおおおおおおおおお!?」

 

 白を嘲笑してたガルガの上半身が突如、炎の濁流に吞み込まれる。渦を巻き周囲の空気を巻き込みながら突き進むそれは、炎の龍とも呼べるほどの巨大なものであった。

 唸るように音を上げ、最も近い建物は石造りにも関わらず溶解する程の凄まじい熱量。字伏(あぜふせ)のそれと比べても遜色ないそれは容赦無くガルガを焼き尽くす。

 と誰もが思ったが、それは不敵な笑い声で否定されてしまう。 

 

「ふふふ……」

「……ち、予想以上だな。三只眼吽迦羅の力、それほどか」

 

 炎を吐くのを止めて、白は渋面を浮かべて唸るように言葉を漏らした。力が戻ると同時に耐久力も上昇しているのか、あれほどの炎にも関わらず白の形の良い唇には些かの火傷の痕もない。だが、不機嫌にその眉は歪んでいた。

 

「以前の私なら消し飛んでいたことだろう。ふん、認めよう。このままでは貴様には勝てぬということはな。だが!!无の力が有れば、貴様などには、いやこの世に私以上の存在は居なくなる!!」

「こうなれば一旦、封印してでも」

 

 无の不死は凄まじく未だに八雲が取り込まれる様子は無いが、それでも均衡が崩れ八雲が吸収されれば自体は一変する。一時的に八雲もろとも縛妖蜘蛛(フーヤオチチウ)にて封印することを白は考え始めていた。

 

「イヤァ、八雲っ!?八雲ォ!!」

「パイさん!」

 

 突き飛ばされた後、斗和子に守られていたパイだが八雲のあまりの様子に耐えかねて八雲の元へと走り出していた。

 

「戻れパイ!お前まで巻き込まれたら!」

「で、でもっ」

「でも、じゃねぇええ!!近づくなぁ!!!」

 

 八雲の激昂とガルガが八雲を吸収しようとする妖気の高まりにパイは足を止めるが、その瞳には悲哀が滲んでいた。

 

「危ないっ!」

「ちっ化身風情が!」

 

 ガルガの体から一本の竜の顎が飛び出しパイを飲み込もうとするが、それは間一髪で斗和子の爪で弾かれた。

 

「パイさん、下がりなさい!!」

「ぐぅあああああ!!?」

「ほら、貴様の无がどうなっても良いのか?我が元へと来い!三只眼吽迦羅!!」

 

 

「イヤアァアアアアアアア!!八雲っ!」

 

 

「八雲ォオオオ!!!」

 

 

 悲鳴の様なパイの叫び声。喧騒が入り混じる中、それは不思議と皆の耳朶を打った。

 

 キィィィン!

 

 何かが割れるような済んだ音が当たりに響き渡った。

 

 一瞬の静寂。

 

 

「よくぞ、よくぞ!やったなパイ!!」

 

 首元の豪奢なネックレスが砕け散り、三つ目がゆっくりと開くと尊大な声が漏れ出る。

 パイの八雲への思いが三只眼を封じていた封魔鐶《フヲンモオホアン》を破り三只眼が表に出られるようになったのだ。

 

「ふん、なんとも哀れな姿じゃ」

 

 融合され力を奪われたばかりか三只眼吽迦羅としての姿すらも残さぬ同胞に三只眼は憐みの視線を向けた。

 

「ハッハハハ!!やっと現れたな三只眼吽迦羅!!これで貴様の全ては私のものだ!!」

 

 ここにきて、ようやく望みである三只眼吽迦羅の登場にガルガは歓喜の声をあげる。喜びからか无を取り込むのに力を割いているからか目は血走り、元の端正な容姿とかけ離れた獣のような面貌は欲望に染まり切っていた。

 

「……」

 

 異形と化した三只眼吽迦羅を取り込み調子づいた愚か者を見上げると三只眼は両手を構える。

 

「儂の下僕を返してもらうぞ!!!白っ」

「っそういうことか、そらっ!!」

「き、貴様っ!」

 

 三只眼の意図を汲み、白はガルガを三つの尾にて強引に空中へと持ち上げる。三只眼から漏れ出る妖気は下手をすればここら一帯を更地に変えると理解したが故の行動だった。

 ガルガの巨体が宙を舞う。瞬間、三只眼の両手から凄まじい規模の光術が放たれる。

 

「ふん、そんなもの効きはしないとぉ……っ!!!!!!?」

 

 迫りくる波涛の如き光に飲まれガルガは自身に起こったことを理解できぬまま消し飛ばされていく。

 

「……不死の術に加えて、大出力の術。前の世界にこんな妖怪がいたら、と思うとぞっとするな」

「それは、あの……御方様そのものなんですけど……」

 

 あっけないガルガの最後に敵味方関係無く呆然とする中、騒動の締めを担当した当の本人は清々しい程の笑顔でガルガを消し飛ばした先を眺めていた。

 

「おい、術を放つのが早すぎだ。私の尾の先も消し飛んだんだが?」

「儂に後始末をさせた罰じゃ。まぁ、それでもここまでの強敵。働きに関しては誉めてやろう」

 

 誰もが圧倒され動けない中、白は軽口の様な文句を三只眼へとぶつけた。以前とは比べるべくもないが、それでもかなりの頑強さを誇る尾を抉られたことに思うところがあったらしい。ちなみにかつての尾の強度は山を百度切っても刃こぼれしないという剛剣を片手間にひび割れさせるのだから、インチキ染みた硬さである。

 

「パイっ!三只眼!」

 

 数年前に夏子を救った時の術と同じものなのか、ガルガが跡形もなくなったのに対し八雲は五体満足で三只眼へと駆け寄った。

 

「まだまだじゃが、少しは无らしくなったな」

「っ」

「ふっ少し……眠る。そうそう、褒美じゃ。パイに伝えたい思いがあるのなら存分にな……」

 

 珍しく八雲を褒めると三只眼は寄り添うように八雲に体を預け眠りについた。

 飛行機墜落から続く大騒動はこうしてようやく終劇へと向かい始めるのだった。

 




次の話から多分、みんな大好きな彼が出てくるかも……闇の契約者の続編、出るよな……。
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