我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

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第四十二話 秘術師ハズラット・ハーン

 

「ヘタレが」

 

 憑魔一族の襲撃から復旧した妖撃社のオフィスに白の呟きが静かに響く。

 

「うぐっ」

「せっかく三只眼がお膳立てしてくれたというのに、なんにも伝えられなかった?はぁ……お前、不老不死だから時間なんて幾らでも有ると思ってるんじゃないだろうな」

「い、いや、そんな事は……でも」

「心の何処かでは思ってるんだろう?ライバルはいないかもしれんが、憑魔一族みたいにまた攫われたり、行方不明になるかもしれんぞ?四年前にあれだけ後悔しておいて嘆かわしい……」

 

 

 ガルガという過激派の親玉を倒したことで憑魔一族は和解どころか、三只眼へと忠誠を誓う傘下になっていた。これは鬼眼王を封印していた聖魔石の残存思念を調べれば憑魔一族を救う手立てが見つかるかもしれないという、三只眼の提案からだった。

 

「融合しかけたお前を引っぺがしながらガルガを吹き飛ばしたから、三只眼なら術を知っていると思ったのだがな……」

「まぁ、でも鬼眼王なら三只眼以上に術を知っていたはずだからきっと何か見つかるさ」

「そうだと良いがな」

「ちょっと、サボってないで仕事する!」

 

 ソファに座る白とデスクから白と駄弁る八雲に鈴々(リンリン)が怒鳴り声を挙げる。

 

「仕事っても社長、これって仕事ですか……」

「そもそも私は従業員ではない」

「白ちゃんには言ってないわよ。八雲に言ってんのよ。何よ立派な仕事じゃない、ほら見てみなさい心霊写真」

「……」

 

 そう言って右手に加工した写真を鈴々は掲げた。目立つようで目立たない実に巧妙な心霊写真もどきが鈴々の技術を物語っていた。

 出版社である妖撃社は以前よりオカルト本を発行しており、この心霊写真もどきはそれに掲載する物なのだが、実際に妖怪と幾度も邂逅しているというか在籍すらしているこの会社で何故、そんなインチキが行われているのだろう。

 

「結局こういうの有りそうで無いのを大衆は求めてんのよねぇ。モノホンの方が偽物って呼ばれんのは納得いかないわぁ」

 

 過去に何回か実際の妖怪の写真を掲載したこともあるが、その悉くが特殊メイクだの写真加工だと断じられまったく売れない。

 人が求めているのは実証が曖昧で有るが故のロマンであり、自分達に危害を加えるかもしれない化け物の実在事態は忌避したいのだろう。

 

「現実に自分達と同等の知能を持っていて猛獣よりも強靭な体を持った奴らがそこらに居るなんて信じたくないんだろう」

「ま、そんなとこでしょうね。ね、ところでお二人さん。妖怪退治やらない?結構、依頼が来てんのよね~」

 

 にんまりと鈴々は笑うと幾つかの手紙や印刷したメールを白の目の前の応接用のテーブルへと広げた。

 

「……文書だけでは何とも言えないが、これって本物か?」

 

 幾つかを流し読みした白は胡乱げな視線を鈴々へと向ける。

 

「俺はパス。これってほとんど眉唾もんでしょ?それを法外な値段を吹っかけて儲けるなんて詐欺ですよ詐欺」

「なーに言ってんのよ。私達は夢を売ってんのよ。それに実際に妖怪が居たら退治してるじゃない」

「雑用とか雑誌作りは協力しますが詐欺まがいに関わるのはごめんです」

 

(心霊写真の加工も詐欺だと思うが)

 

 社長と社員のやり取りに白はそんな事を思うのだった。

 

 

 

 ぴくりと白の耳が軽い足音を捉えた。聞き馴染みの有るその足音はパイ。憑魔一族に攫われ散々な騒動に有ったものの今ではすっかり元気になった様子が足音からも察せられるほどに軽快に階下から妖撃社へ帰途を刻んでいる。

 

「ただいまー」

「おぅ、おかえり」

 

 足音に違えない元気な声。これが実は妖怪だと言うのだから誰が妖怪で有っても不思議ではないだろう。

 

「ヤクモ、なんか食べ物無い?」

「食いもん?お、お前、おやつを買いに行くって言って出かけたよな」

 

 パイの言葉に八雲は冷や汗を流した。妖怪食っちゃ寝とも呼ばれる彼女の食欲は知っており、買ったおやつを帰宅の最中に食い尽くす。なんては今までも有ったが、帰ってきて早々に食べ物を要求されたことは未だにない。

 

「……え?」

 

 これには白も普通に引いていた。聖地から帰ってきた際に異次元の食欲を見てはいたが、ここまで来ると実は餓鬼の類の妖怪では無いかと疑うレベルだ。

 

「違うよ。私じゃなくてこの人だよ。お腹が空いてるんだって」

 

 パイが指さす先には中東風の装いをした如何にも行商人と言った風体の若い男性が立っていた。

 

「あ、い、いや……に、肉まん貰ったし。十分だ。あ、あ、ありがとうな」

 

 人付き合いが苦手なのか、説明も少なく知らない場所に案内されたことに動揺しているのか男は酷く口ごもると、そそくさとその場を後にしようとする。

 

「そ、そうだ。つ、ついでに知っていたら、お、お、教えてくれないか。妖撃社って、ば、場所なんだけど……」

 

 妖撃社。それは男が今まさにいる場所である。

 予想外の言葉にパイを除く妖撃社の関係者が硬直してしまう。

 そんな、不自然な沈黙に男は俯きがちだった顔を上げると、困ったように下がっていた眉尻が柳眉のごとく傾斜した。

 

「き、きさま」

 

 そんな男の貫くような視線の先には藤井八雲。その人が立っていた。

 

「お、おまえ、もしかして」

「こんな所に居たか!!よくも、俺を騙してくれたな藤井八雲ォ!!!」

 

 男は八雲に対して敵意を露にすると懐から複雑な文様と文字が刻まれた紙、呪符を取り出した。

 

「待て、待て!!誤解だ。誤解!」

「問答無用!!」

 

 呪符の効果は不明でも敵意を持っているのは確実、獣魔術なり殴り掛かるなりするべきなのだが、八雲の動きは何故か鈍い。

 そんな八雲の機微を知ってか知らずか男は呪符を放つ。

 とはいえ、八雲も数々の修羅場を潜り抜けてきており、半ば無意識に呪符を避けた。

 

 ボワッ!!

 

 小規模な爆発が起こると辺り一面に白い煙が立ち込めた。

 

「はぁ……大丈夫か?」

「っ!?えぇ、ありがと白ちゃん」

 

 白は人間である鈴々をさっと庇うと何やらトラブルを抱えているらしい二人を見やった。パイを狙ったり、殺意が有るなら白が出張るのも吝かではないが、男の敵意は八雲だけに向けられており、言動からも八雲が何かをやらかしたことは十分に察せられた。

 

「へ、油断したな」

「っ!」

 

 男は八雲に注射器を刺すと躊躇無く八雲の血液を奪う。そして……。

 

「動くなよ藤井八雲。動けばお前の血液をこの獣魔の卵に捧げる。この辺りがどうなっても知らんぞ!」

 

「ほぅ」

 

 人間にしか見えない男が油断していたといえ(ウー)を手玉に取ったことに白は関心の声を上げた。どうやら最初から血液を奪うことが目的であり、煙幕を張ったのは八雲が自ら近づいてくることを誘うための策略であったらしい。

 

「さぁ、三年前の約束を果たしてもらおうか」

「し、しかし」

「ちょっとっ!人のオフィスで何、暴れてんのよ!外でやるならともかく、こんなとこで騒いだんだから理由くらい聞かせなさい」

「……い、いい、いいだろう」

 

 鈴々の怒りの声に男は気圧されたのか素直に応じる。やや挙動不審なその様は先ほどまで无とやり合った術者とは同一人物には見えない。

 

「ふぅん。八雲なら好きにして良いが、さっきの呪符が有るなら見せてくれるか?」

 

 白は思い当たることがあるのか、無遠慮気味に男に近づきながらそう尋ねた。すると……。

 

「じゅ、じゅ、呪符っ!?あぁ、い、色々有るぞ……有ります」

 

 動いた瞬間にまった白の髪の毛が男の鼻先を僅かに掠め男は突如として慌てふためき、言動すらも怪しくなる。

 

「そうか、なら後で見せてもらおうかな。じゃあ私の前に話がある人が居るからその人からな」

 

 男のその様子に白は確信を得るとふわりと笑い、鈴々にその場を譲り再びソファへとその身を預けた。

 

(女が苦手か慣れてないタイプか)

 

 大昔で有れば手玉に取りやすいタイプとほくそ笑んでいただろうが、今は微塵もそんな気は無いため白はそこで男が持つ呪符以外に興味を無くすと、男と八雲のトラブルの原因を半ば上の空で聞くのだった。その中心に自分が居ることも知らずに。

 

 男の名はハズラット・ハーン。親から引き継いだ秘術、呪術を扱う闇の商人だという。ちなみに本人曰く温厚らしい。

 各地の秘境、遺跡を回りながらその時々で術を売り歩くという生活をしていたところに八雲が客として現れたのが二人の邂逅であり、八雲が使う獣魔術、土爪(トウチャオ)鏡蟲(チンクウ)も彼から買ったものだとハズラットはたどたどしくも語る。ちなみに今回の獣魔術はヒマラヤの遺跡で見つけたものだった。

 

「獣魔術はリスクは高いが契約してしまえば名前を呼ぶだけで使用できる強力な術だ。それに希少性も高いんだ」

「……う」

 

 なんやら唸り声を上げる八雲に対して白はハーンに同意するように頷いた。加えて溜めも要らず隙が少ないと何気に白は高く獣魔術を評価していたりする。

 

(ふむ、しっかりと術の価値も理解している。无である八雲の特性も理解した上で戦法も立てられていた。无の事は八雲から聞いたのか、それとも知識から自分で判断したのか、いや无を以前から敵視していた可能性もある……少し観察しておくか)

 

 なんやらハーンを値踏みしている白だが、微妙に闇の者の手先説を疑っているあたり用心深い。

 

「だから俺は藤井に日本人の女の子を紹介してもらうことにした」

 

(いや、こいつは闇の者とは無関係だ)

 

 そんな白の猜疑心は一瞬で吹き飛んだ。演技にしてもこんな私欲に塗れた理由にはしないだろう。

 

「い、いやだからさ……」

「……」

 

 八雲の目が一瞬、白へと注がれた後、面白いように泳ぎだす。

 その僅か一瞬とこれまでの文脈から白は答えに行き着いた。

 

「なによ、八雲君、紹介すれば良いじゃない。口先だけだったんじゃないでしょうね」

「え、いやぁ、嘘ではないですよ」

「だったら、早く紹介しろよ!!葛葉白さんを!!」

 

 しんと辺りが静寂に包まれる。

 あっちゃーと苦笑いをする鈴々、顔面を蒼白に変える八雲、八雲とは対照的に興奮から顔が赤いハーン、ぽかんとするパイ。

 見たこともない程に朗らかに笑う白。

 

「それは私の事だ」

「え」

「葛葉白は私だよ」

 

 ハーンに笑いかけた後、にこりと同じ表情で八雲を白は見つめる。

 笑っているはずなのに、その表情からは喜がこそげ落ちていたと当時の八雲は後に語ったという。

 

 

 

 

 

 

 

「白さんじゃなかったら二人、紹介しろよなー藤井」

 

 ベンチに座り肉まんを頬張りながらハーンは煽るように八雲をおちょくっていた。

 あの後、身の危険を感じたのだろう。全力で白に謝り別の人を紹介するとハーンに全力の交渉を八雲が行った結果。白さんじゃないなら二人の日本人を紹介すれば許すとハーンは快諾して今に至るのだ。

 だが、古代の秘術であり古の魔術師ベナレスが生み出した獣魔術を女の子一人、二人を紹介すれば二個譲渡するというのは普通に破格以外の何物でもない。獣魔術にもよるが数百万、一千万円以上の値段がついても不思議ではない。それこそ縛妖蜘蛛(フーヤオチチウ)は无すら封じる効果を持っているのだ。ハーンの女に対する熱意の高さがここから窺えるだろう。

 

「別に私は構わんが?」

「い、いや、や、藤井への罰って意味も、あ、あるから気にしないでくれ」

「ふぅん。まぁ良いが」

 

 自分の知らないところで勝手に取引の材料にされたことに若干、腹が立たないでもないが獣魔の卵と引き換えならと付き合う付き合わないは別にして紹介されないでもない白だったが、白になんやら恐怖を抱いたハーンはその申し出を辞退した。

 穏やかなそうで優しそうな見た目は申し分ないのだが、白の口調や性格はハーンの理想からかけ離れていた。というかハーンが日本人と付き合いたいというのは、女慣れしていない自分を立ててくれる大和撫子という女性に強く憧れているからだ。なにせ、その為に日本語を習得したというのだから下心というものは凄まじい。

 

「……」

(お淑やかそうだけど、なんか怖そうなんだよなぁ……)

 

 女の子慣れしてない八雲の挙動を眺めている白の横顔を盗み見てハーンは小さく息を吐いた。細く長い美しい茶髪、整った眉毛に穏やかそうな瞳、形の良い鼻梁に薄く紅色が差す唇。気付けば視線を向けてしまうほどに白の見た目はハーンの好みのど真ん中である。しかし、放つ異質な力と威圧感と似合わない口調が最後の防波堤となってハーンを留まらせていたのだ。

 

「ハーンと言ったか?」

「は、はは、はいっ!!な、なんだ!?」

「緊張するな、別に危害を加えるつもりはないし、さっきも言ったが八雲の処遇はなんとも思っていない」

「あ、あぁ、じゃあ?」

「他に獣魔の卵は有るか?」

 

 八雲が現在習得している獣魔術は二つともハーンから手に入れたものだ。それに加えて更に今回、二つの獣魔の卵を八雲への復讐用として持ち込んでいる。これで合計四つだ。白も方々探して二つと考えると優秀と言って過言でもない。

 

「い、いや、あの二つしか、な、ないな」

「そうか、それじゃ……」

「あ!そうだ、か、確実じゃあないが、あるかもしれない遺跡とか、も、持っていそうな奴は、し、知っているぜ」

「ほぅ、秘術とかも教えてもらえるのか」

「あ、あぁ、術によって、ね、値段はまちまちだが、お、教えられる」

 

 まぁ、そんなものかと白は気落ちせずに次の話を振ろうとするが、そこをハーンは落胆させたと勘違いしたのか、矢継ぎ早に喋りだした。

 あまりにも分かりやすい態度にハーンの様子を把握した白だが、訂正は後でも良いかとハーンの持つ遺物や秘術を興味深げに聞くのだった。

 

 

 その間、八雲のナンパが成功することはなかった……。

 




なんだかんだで好きなんだよなぁハーン。
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