我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

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『』は日本語以外の言語になります。


第五話 ニンゲンの像

「あんたが行く必要はあるのかい?」

「……あいつらだけってのはどうにも心配なんでね」

 

 キャリーバッグに荷物を詰め込む白にママは心配そうに声をかける。

 その声色にはありありと不安が込められているが、白の返事は淡泊だった。

 

 別に白が軽薄というわけではない。既にこのやり取りを三日もしているせいだった。

 八雲の方は対して心配してないくせに、白に対してはあれこれと準備に口を出してくる。やれ生水は気をつけろ、荷物はなるべく体の近くに置いて置け、人通りが多い所以外行くなと、事細かに注意してくる。

 若い娘の初めての海外旅行と言うことで気にするのも分かる。だが白は既に人を逸脱した力をその身に宿している。恐らくだが、生水も平気だろうし、人間相手なら身体能力だけで圧倒できるだろう。つまり、ママの心配は杞憂でしかない。

 だが、白はそんなことをわざわざ口にはしない。人間から逸脱してしまった負い目もあるし、心配している人間には無粋だ。それになにより、自分を心配してくれていることが、白は表には出さないが嬉しかったのだ。淡白な対応は照れ隠しも十二分に含まれていたのだ。

 

「学校に顔を出してから出発か、あいつも大概律儀な奴だ」

 

 八雲が帰宅するのをのんびりと待ちながら白はお茶を啜っていた。

 テーブルの向かいにはママがこれまたお茶を啜っており、一見すると普段の日常とは変わらない光景だった。

 

「……」

「……ママ、定期的に手紙なり電話をするから、そわそわするな。見てるこっちが落ち着かないぞ」

「う、うむ」

 

 はぁ、心中で嘆息しながらも白は暫くは戻れないであろう自宅の空気を満喫するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、これはどういう状況なんだ?」

「…あはは」

「ZZZ……」

 

 数時間後。パイをソファに寝かせ、正座をする八雲に白が仁王立ちで迫っていた。

 二人とも衣服や体にこれといってほつれや、傷は無いが漂う妖気がただならぬ何かが有ったことを白に知らせていた。 

 

「いや、この前の化け物がまだ生きてやがってさ」

「はぁ!?」

「夏子に付いてた奴が本体だったみたいだ」

 

 あれだけ派手に体を吹き飛ばされても生きていたカラクリは意外に単純だったが、分裂というのは死を回避する手段としては悪くは無い。

 

「それで、なんとかなったんだろうな」

「あぁ」

 

 険しい白の視線を受け、パイに視線を向けた八雲は曇りの無い笑顔を浮かべる。

 

「パイが、いや三只眼(さんじやん)が助けてくれたよ」

「三只眼が……?」

 

 八雲を下僕の様に話していた三只眼の様子を知っていただけに白は疑わしげに眠るパイをねめつけた。そして……。

 

「ふがっ!?」

「お、おいおい何をするんだよ!?」

 

 パイの鼻を摘み上げた白の腕は八雲によって払われる。

 

「いや、気持ちよさそうに眠っているのでな。腹が立った」

「三只眼が怒ったら大変なんだぞ。まったく」

 

 悪びれない白の様子に八雲は冷や汗を垂らしていた。

 

「しかし、よく寝ているな。襲われたばかりだというのに呑気なものだ」

「あー、それは俺のせいってのもあるから、あまり言わないでくれ」

「?」

 

 二度あることは三度あるという格言もある。現に三只眼を狙ってきた今回の化け物は分裂し本体を隠すことで生き長らえていた。再び襲いかかってこないという保証はどこにもない。

 それに、八雲には言っていないが、三只眼と白は互いにお互いを信じ切れていない。それなのに自分に警戒心が少ないと白は感じていた。

 だが、それも八雲の説明で多少は納得することとなった。

 

「三只眼は強力な力や術を操ることが出来るけど、肉体的にはそれほど強くは無いらしいんだ。

(ウー)を使役するのも術の反動で休眠する自身を守るために生み出すんだってさ」

「それほど強力な力を使ったってことか……」

「あぁ、ただあの化け物を倒すのはきっと三只眼からすれば造作もないことだったと思う。でも、夏子を救うとなると話は別だ」

 

 三只眼は最初戦うことを渋っていた。力を振るえば目立ってしまう。夏子を救わないでもそれはリスクとなってしまう。だからこそ、見捨てようとすらした。

 しかし、八雲からすれば大切な友人だ。切り捨てるなんて出来るわけがない。

 八雲は破れかぶれで化け物に突進し、自らの身体を差し出す決断をした。

 そこで、三只眼は八雲の前に立ちふさがり、一瞬で化け物を吹き飛ばしたのだ。夏子を無傷で救うという離れ業までやってのけて。

 

「寝ている間。体を頼むって言われたよ。やれやれ」

 

 肩を竦めて八雲は苦笑するが、そこには三只眼に対して隔意や悪意と言った感情は僅かも滲んではいなかった。

 

「……そうか」

 

 それを見て、白は体の力を抜いた。八雲を不死身に変えた張本人と一方的に敵意を抱いていたが、危険を顧みないで八雲の願いを叶えた三只眼に白の気持ちは多少なりとも和らいだのだ。

 何を考えているかは分からない。でも八雲をただの下僕とも思っていない。無防備に寝姿を晒すのは彼女なりの信頼の証なのかもしれない。今はそれが分かっただけでも十分だった。

 

「それで、白姉ぇも香港に一緒に来るっていうのはマジか?」

「本当だ。二人の婚前旅行の邪魔……というのは嘘で八雲を人間に戻す手伝いをしようと思ってな」

「白姉ぇ、ありがたいけど……危険だぞ」

「分かってるさ。それに八雲、話したろ。私の身体の事も、前世のこともな」

 

 白は既に自身の事を八雲に伝えていた。ただの十九歳の少女が先も見えない妖怪がらみに付いていこうとしても断られるのが関の山だ。

 無論、最初は八雲も疑ったし、旅の同行を頑として認めなかった。だが、三只眼から使えるものは使えというありがたい言葉と、纏う気配から八雲よりも使えると言われると渋々と同行を認めざるを得なかった。三只眼に逆らえないともいう。

 

「私の事はどうでもいいさ。それより、三只眼は起きなくてもパイは起こせないのか?成田まで担いでいくのは大変だぞ」

「だよなぁ。明日とかじゃダメか?」

「ダメだ。当日キャンセルだと金が戻ってこないだろうが、何が何でも行くぞ。」

 

 こうして三人の旅は割とドタバタとした感じで始まるのだった。

 

 

 

 

 香港。

 

「ニンゲンの像?」

「うん。それがあれば人間になれるんだー」

「ふぅん?」

 

 八雲の腕にしかと抱き着きながらパイはそれはそれは嬉しそうにそう白に告げた。その言葉の扱いは僅か数か月で違和感の無い日本語となっていた。言動と纏う気配からぽわぽわした感じだが、頭が悪いというわけではないのだろう。

 

(像で儀式か何かをするのか?実物を見てみないと分からんが……)

 

 ニンゲンの像とやらを用いるなら呪具を用いた儀式なのだろうと漠然と考える。三只眼吽迦羅の人化とやらがどういった原理かはさっぱりだが、三只眼吽迦羅ほどの高等妖怪なら難なく人になれるのだろうと白は考えていた。

彼女の前世の世界では雪女は雪女を愛する男の腕の中で溶けることで人へとなれる。しかも霊力が無くともだ。雪女も上位の妖怪だが、三只眼吽迦羅ほどではない。

 

(割とあっさりと片が尽きそうだな)

 

 これが後の大波乱のフラグだったことを白は後に知る。

 

「しかし、白姉ぇ英語も中国語も大丈夫なんだな」

 

 香港の公用語はかつてイギリス領だったこともある為、英語なのだが、実際に英語を話せる人はそれほど多くは無い。富裕層や高等教育を受けた人ならば話せないことも無いが、中国語なかでも広東語や、北京語の方が圧倒的に使われているのだ。

 なので、英語が使えるから大丈夫と香港に行ってみたら、それほど役に立たなかったという場合は少なくなかったりする。無論、ホテルや空港なら別であるが。

 

「まぁな」

 

 周りを違和感無く警戒しながら白は他愛無いといった体で返事を返す。

 白にとって英語も中国語も対した問題ではない。前世では散々に中国で暴れたし、なんならヒンドゥー語だって扱えるし他にも幾つか扱える言語もある。というか数千年を生き、謀略を呼吸の様にして生きた彼女にとって何かを学び、覚えるのは大した労苦ではない。そもそもの頭の出来が違いすぎるのだ。

 

「お前も日常会話くらいの英語は出来るだろ?」

「うぐっ」

 

 自身の頭の良さを理解していない白は無自覚に八雲の心を抉る。

 

「大丈夫。パイも日本語すぐに覚えたし、八雲もすぐに中国語覚えられるよ」

 

 八雲の腕にしがみ付きながらパイは悪意無く、にっこりとそう答えた。現にたどたどしい日本語からパイは流暢な日本語になるまで数週間しかかかっていない。ぽやぽやした印象だが、頭自体は悪くないようだ。

 

「……に、日本人は日本語が出来ればいいんだいっ」

 

 そう負け惜しみを言う八雲だが、可愛い系の美少女パイと腕を組み、そしてその反対側にはこれまた可愛いながらも独特の畏怖を纏う美少女、白が割と近い距離で歩いている両手に花という状態だ。負け惜しみを垂れつつも、他人から見れば圧倒的な勝ち組だろう。

 

「それで、妖撃社とか言ったか、その出版社の名前は」

「あぁ、主に妖怪とか超常現象とかを扱ってるらしい。編集長が親父の知り合いで尋ねたんだよ」

 

 妖撃社。名前からして胡散臭い会社である。百人聞いたら百人がまともな会社とは思わないだろう。

 

「妖怪退治、とかしてるのか?」

「いや、そういうのはやってないよ。鈴々(リンリン)さんって人しか今は居ないんだけど、そもそも妖怪なんてこれっぽっちも信じてないし」

「……それは信用していいのか?」

 

 八雲の話を聞いて白の顔が引き攣った。伝えられた情報だけで、胡散臭さしか増さないという事態に白は少しでも八雲に期待した己の短慮を悔いた。

 

「お前な、もう少し危機感というのをだな!」

 

 くどくどと小言を言い重ねていく白に八雲はやってしまったと表情を歪ませた。不死身の秘密を狙う輩が何処にいるかも分からないというのに八雲は無防備に過ぎた。そもそも八雲が无になってから、出歩いたのは地元と香港だ。そしてこの前の化け物に襲われたのは香港から帰国した後、ならば先の化け物は香港で八雲の事を知った可能性が高いのだ。不死を望む者は東西、和洋、そして人間、化け物と枚挙に暇が無い。いつまた襲われるか分かったものではない。

 

(せめて今の私に字伏(あぜふせ)いや、黒炎(こくえん)ほどの力が有れば……)

 

 そしてその警戒する中で、白はかつてからすれば無いも同然の力しかない己に歯噛みした。字伏程の力があれば、先の化け物など一息に消し炭に出来、仮に黒炎位の力でも手こずりもしないだろう。 

 かつての彼女には自らの権能を宿す九つの尾を有していた。しかし、能力が九つというわけでもない。時代ごとに最適な力を望むままに尾として使用出来るという汎用性も尾は持ち合わせていた。 

 たった一本でさえ雲を裂き、法力僧達を粉々にし、世界中の海を荒らし回った。

 今はその片鱗すら無い。

 

(まぁ良い、今は出来ることをやるだけだ)

 

『お前ら、何処へ行く?』

 

 古臭い雑居ビルの一室、妖撃社の事務所の前までたどり着いた三人にそう声をかける人影が在った。

 階段の上と下という構図のため、詳しい身長は分からない。話す言葉が中国語、というのは香港という土地を考えれば当たり前だ。だが、フードを頭から被るその姿は普通とは言い難かった。

 しかし、異質な風体とは対照的に、その声色は女性、しかも若々しい声色だ。

 

「八雲」

 

 とは言っても、妖怪はそんな理を容易く覆す。白は小声で八雲に警戒を促す。

 

『妖撃社の関係者か?』

『いや……わた、』

『うん!像を貰うんだーー!『っバカ!』』

 

 迂闊なことを漏らすパイの口元を白が慌てて抑えるが、口から零れた言葉が無かったことになるわけもなく、人影は気配は不穏なものへと変わっていった。

 

『そうか!』

 

 フードを白たちに投げつけ、人影は三人に躍りかかった。

 咄嗟に白は八雲とパイを後ろにかばうと白は構えをとる。

 

『ふんっ!』

『女か』

 

 飛びかかってくると思いきや、人影は階段を這うように足技を繰り出してくる。白よりも二段の高さの上からの足払いは白の両膝を狙う。不意打ちとしては十二分、白と同年代の女性であったなら例え、格闘経験者でも防ぐのは難しかっただろう。

 だが、それは白があくまで年齢通りだったらの話である。

 白はまるで羽根のように飛び上がり、容易く人影よりも高い位置へ着地した。

 

『っ』

 

 白の卓越した身体能力を前に人影はごくりと喉を鳴らした。そして白はそんな人影を、いや白よりも若いであろう少女を睨みつけた。

 海千山千を潜り抜けた白の視線に少女は一瞬怯むが、後には引けんとばかりに、いまだに宙を舞うフードを足先で白へと打ち上げ、フードごと突進してくる。

 

「やれやれ」

 

 白は億劫そうにため息を吐くと天井に届く勢いで飛び上がる。

 如何に視界を防ぐようにフードを操ろうとも、視界を広げるように位置取れば無意味である。

 むしろ、少女は自ら視界を閉ざしたようなものだった。

 

「構え自体は隙が無かったが、殺気は野生動物以下だ」

 

 白が白面の力を出さなかったのは、少女がただの人だったのを一目で看破していたからだった。

 

 

 

『ぐぅ!?』

 

 上空からの攻撃を想定した格闘技は皆無と言っていい。少女は敢え無く白に拘束されてしまう。

 

『さぁて、なんでいきなり襲ってきたか吐いてもらおうか?』

 

 一瞬だけ殺気を滲ませ、白は少女の足元に敷いた少女の首筋を嫋やかな指先でなぞりあげる。

 えもすれば色気すらも感じさせる指先だったが、殺気を直にぶつけられた少女は怖気を全身で感じてしまう。

 

「し、白姉ぇ。せめて事務所の中に入ろう」

 

 駆け抜けるように過ぎ去った事態に怖気づいた様子の八雲は恐々と提案する。

 

「たしかにそうだな。八雲、開けてくれるか?」

「あぁ、ちょっと通りますよっと。……ん?……あれ?」

 

 白の脇を通り抜け、白が妖撃社と書かれた事務所をノックしたり、ドアノブを捻ったりするが、まるで反応は無い。激しいノックをしても反応が無いのを見ると、事務所の中にすらいないようだった。

 

「鈴々さーん!八雲です!居ないんですか!?」

 

 ドンドンと空しく響くノックの音は同じ雑居ビルに居を構えている人の罵声という抗議にて中断させられるまで続いた。

 

 

『ほら、暴れるなよ』

『わ、分かってる』

 

 公園の椅子に座らされ、白に抑えられた手首を撫ぜながら、少女……美星《メイシン》はしおらしく縮こまっていた。少女を敵として扱っていた白だったが、パイが乱暴はいけないと泣いて抗議したための対応だった。これが清濁飲み干すような性格の三只眼ならいざ知らず、純粋無垢という言葉がぴったりなパイからの抗議は濁っていると自覚している白からすれば割と堪えるのだ。

 

『それで、なんで襲ってきた?三只眼目当てか?』

『三只眼ってなんだ?……お、襲ったのはあんたら妖撃社の関係者だと思ったからだけど、えっと関係者じゃないのか?』

 

 白の詰問に美星は逆におずおずと聞き返した。どうやら少女は妖撃社に只ならぬ感情を抱いているようだが、八雲達が妖撃社のドアを開けられない様子に、それほど深い関係者ではないのではと気付き始めていた。

 

『関係者の定義が分からんが、探し物の依頼をしていた程度だ』

 

 バイリンガルで八雲と美星の話を聞きながら白は話を進めていく。

 

『探し物?』

『あぁ、ニンゲンの像というやつだ』

『……もしかして、これか?』

 

 美星は言葉を詰まらせ、何事かを思案すると徐に懐から手のひら大の何かを取り出した。

 

「そ、それは!」

 

 一目見た瞬間、八雲はまるで食い入るようにそれに顔を近づける。

 

『お、おい!』

「落ち着け八雲」

 

 美星はよほどそれが大事なのか、突然近寄ってきた八雲にあからさまに敵意を抱く。だが、その敵意が噴出する前に白が八雲を押しとどめた。

 

『なるほど、それが人間の像ってやつか?……だが頭しかないが、そういうものなのか?』

 

 八雲を押しとどめ、白は興味深そうに美星が持つ、石像の()を見やった。

 

「いや、前見たときは三つ目の人型が三体合わさった像だった。はぁ……なんで壊れてるんだよ」

 

 どうすればいいんだよ。と頭を抱えている八雲の反応にどうやら像は不完全だと白は気づいた。

 

(呪具なのか?特別な気配は感じないが……というか)

 

「壊れてて、使えるもんなのか?」

「……」

「……」

 

 呪具というのは超常や呪いというオカルトなものだが、科学で言うところの機械に相当する精密なものだ。使い方を一歩間違えれば、己に災いという形で降りかかることすらある。効果自体は有るかはさておき、現代でも儀式とされるものは長いものでは一か月以上も執り行われるものもある。

 そんなものが欠けたでは済まない程に破損しているという状態だ。そして、その呪具のことを白よりも知っているであろう二人は白の問いに呆然としていた。

 手がかりが有ることからそう長くは掛からないと踏んでいた八雲を人間に戻す旅がどんどんと混迷を極めていったのはここからだと後の白は苦笑しながら語るのだった。

 






……妖怪もので遠野の強者感は異常。
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