我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

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第六話 襲撃者

 パイ、ひいては三只眼が人間になり、そして八雲を人間に戻す。そんな願いの唯一の取っ掛かりであるニンゲンの像の破損。いきなり暗雲が立ち込めた事態にパイ、八雲、白の三人は苦い顔を各々浮かべていた。

 

「……壊れても大丈夫なものなのか?」

 

 前世の知識では呪具というのは絶妙なバランスで成り立っているというのを知っている白は、哀れにも首だけになったニンゲンの像を繁々と見つめながらそう呟いた。

 

(ま、まぁ獣の槍も粉々に砕いても復活したし、妖怪が作ったものなら尚更大丈夫だろう。……多分)

 

 規格外に過ぎる獣の槍と比べるのどうかと思うが、人化への唯一の手がかりがこれなのだ。破片と言ってもその有用性は計り知れない。

 そして、不安に思っているのか誰もが白に問いには誰も答えなかった。

 

「と、とりあえず、渡してくれるように言ってくれないか?」

「あぁ、『美星(メイシン)、その像の頭なんだが私達が妖撃社に探してくれと頼んでいたものなんだ。渡しては貰えないか?』」

『……あんたらが妖撃社の社員じゃないのが分かったが、それでも関わりがあると分かった以上、これは渡せない』

 

 白へと視線を向けながら毅然とした態度で美星は意思を見せた。出会って間もないとはいえ、十代半ばの少女が一人で動いていると考えれば並々ならぬ事情があるのは簡単に推察できた。

 そして、その推察は的を射ていた。

 

『兄貴がこれを手に入れて、妖撃社の鈴々(リンリン)とかいう女と口論になってたんだ』

 

 美星が言うに彼女の兄、(ロン)は香港でも名の知れた霊能者だという。ペテン師や詐欺などではなく、本物の力を持つ術者であり、お札や祓いなども出来るほどの腕を持っているという。

 あくる日、空が雨でもないのに淀んだ空気を孕んでいた日、その空気を祓った際にニンゲンの像は空から降ってきたという。

 無論、空から降ってきたものが無事で済むはずもない。

 粉々にならなかったのは呪具ゆえの頑強さかはたまた運か。幸いにも形が残る程度の破損で済んだニンゲンの像だが、手足や首といった細い部分は壊れてしまったという。

 

『その壊れたってのを鈴々ってやつは兄貴のせいだって言い出したんだよ』

 

 八雲は知っているが、鈴々という女性は見目は美しい部類に十分に入るが、その性格は十二分以上に守銭奴と呼ばれる気質であった。儲けられるなら儲けられる以上に吹っ掛けるのは当たり前という性質。お金さえ払えば誠実だが、お金以上の事は決してしないという女性である。

 

『あとは二人で口論さ。兄貴も意固地になっちまったし、話は長引くだろうってのは傍から見てても分かったよ』

 

 そして、龍と鈴々の口論から数日。龍の部屋から空気を震わす音と轟音が響き、慌てて兄の部屋に飛び込んだ彼女が見たのは、先ほどまで部屋にいたはずの兄が姿を消し、部屋という体裁を失うほどに破壊された兄の部屋が広がっており、そして兄が厳重に保管していたニンゲンの像は彼女が持つ首だけになっていたという現実だけだった。

 

『そんなわけで、妖撃社の奴は必ずこの首を狙ってくる!兄貴の命が掛かってんだ。悪いがおいそれとは渡せない』

 

 こればかりは譲れないとばかり美星はきっぱりと宣言した。そこには命すら厭わないという強い意志が込められていた。

 

「だとさ、無理にってのも後味が悪い。どうする?」

 

 とはいえ、そうですかと引き下がることも出来ない事情を白達も抱えている。互いに引くに引けない中、白は僅かに体を揺らし、視線のみを辺りに走らせた。

 

(……見られているな、しかも複数。私達を狙ったのか、美星なのかは判断が付かないな)

 

 美星の話からニンゲンの像を狙う何某かが居ることは間違いない。だがパイや八雲を狙う連中が居るのもまた事実。現状からそのどちらかを導くには情報が少なすぎた。

 捕えて情報を吐かせる手も有るには有るが、八雲はただの不死の高校生、三只眼は力の使い過ぎで休眠中、美星も武道を心得がある程度の少女だ。相手によっては守り切れる自信が白には無かった。

 

「ちっ勘の良い奴は好きじゃないな」

「し、白姉ぇ?」

『美星もだ。気をつけろ襲ってくるぞ』

 

 突然、殺気を漲らせ始めた白に美星と八雲が気圧され、思わず喉を鳴らす。

 次に皆の耳に響いたのは襲撃者の声か、白の吐息か、それとも驚く三人の声か。

 

「---!」

 

 四人を中心に四人の男たちが一斉に飛びかかる。下手人は同じスーツにそして気味の悪い仮面と手袋。明らかに身元を特定されないようにと準備された集団であった。そして、一様に鍛えられた体躯、訓練された動き、そこらのチンピラではないのは明白だった。

 下手人の身なり、行動からそこまで推察した白の行動は早かった。迎え撃つのではなく自ら一番近い相手に跳び掛かった。

 白はそのまま跳び上がりながら器用に体を一回転させ、鞭のように撓らせた右足を男の右鎖骨へと叩きつける。

 

 ボリッ!

 

 と割り箸を布で包みながら折ったような音が響き、男はうめき声をあげて蹲る。白の容赦のない攻撃は見事に相手の鎖骨をへし折っていた。

 

「とはいえ……」

 

 一瞬で味方一人に負傷を負わせた白に三人は警戒を露にする。女三人に百七十に満たない体格の八雲。普通に考えれば戦力差は歴然だが、白という存在によって一種の膠着状態が生まれていた。

 睨み合う一行。

 男達は白の周りをじりじりと詰め寄ったり離れたりを繰り返し緊張の糸を適度に刺激し続ける。

 

『こんな事をされる謂れはないんだがな、人違いならさっさと帰ってもらえないか?』

 

 如何な胆力だろう。自身よりも二十センチ以上、体重なら数十キロも違うであろう相手に白は一歩前に進むなりそう告げた。

 そのたった一歩に男たちは思わず後退ってしまう。

 眦は柔らかく警戒心を抱きにくい瞳、白くそれでいて健康的な肌は暴力からは最も遠いだろう。口唇は薄いが、どんな紅にも馴染むだろう。鼻梁は整い、髪色は自然な亜麻色。絶世の美女というという分類にはならないだろうが、白の容姿は間違いなく美少女だ。それでいて親しみを抱きやすいというスペックを誇っていた。

 井上真由子、ひいては須崎御門の容姿そのものと言って良いそれは広く一般的には優しげで穏やかという印象を人に与えるだろう。

 だが、しかし外見はともかく中身は悪逆の化身、国崩し、傾国の化生と畏怖され一つの頂きにまで上り詰めた白面の者だ。如何に親しみやすい外見でも覆い尽くせるわけがない。

 そんな彼女が明確に敵意を放つ、それは物理的な衝撃すら錯覚させるほどのものだった。

 

『っ!?』

 

 男たちの様子が目に見えて驚愕に染まる。

 

「……ふん」

 

 予期せぬ事態に引いてくれることを期待していた白は、怖気づきながらも立ちはだかる男達に不機嫌に鼻を鳴らした。それはこれ以上目立ちたくないという気持ちと、全力ではないとはいえ自身の敵意をぶつけて人間が逃げ出さないというかつてからすれば考えられないくらい弱体化した己の不甲斐なさからだった。

 

『一斉に行くぞ!』

 

 リーダー格なのか、真ん中の男が声を上げると左右の男達と共に一斉に白へと飛び掛かった。一番厄介な相手を余力があるうちに打ち取る。それは悪くは無い手だった。

 

「事前に合図くらいは決めておけ」

 

 不意打ちに一斉に掛かれれば良かったのだろうが、自ら口に出してしまえば、不意打ちの意味は到底なさない。

来ると分かっていて仕損じるほど、流石に白も耄碌してはいない。

 右手を撓らせ上方向から相手の顔面の真ん中めがけて、平手打ちを当てる。

 

『ぐぉ!?』

 

 先の一撃から見れば威力の点では大したものではないが、仮面ごしとはいえ目や鼻といった感覚器の近くを殴打されて怯まないというのは難しい。隙を見せた男の脇腹を白の右回し蹴りが容赦無く突き刺さった。

 五十キロあるかないかの白の体重と百キロは優に越える男では体重差があまりに有りすぎる。流石に吹き飛ばすには至らず、呻き声を上げさせるのが関の山だった。

 

(本気を出すのは、憚られるな)

 

 白が全力を出すと髪が白髪へと染まりあがる。これは何度か検証して確認していることだ。変化しなくても、成人男性程度であれば数人を相手取るに足りるが、守りながらとあっては話は別だ。かといって、昼間の目立つ時間帯に変化すれば、余計な相手が増える恐れがある。

 

『が!?』

 

 相手が自分の力を測り切れていないうちにと白は身を屈め、怯んだ男の懐へと深く潜り込み、鳩尾を肘で打ち上げる。胸骨、肋骨、大胸筋と男の胸郭を守る部位は平均よりも堅牢ではあった。しかし、鳩尾はもともと骨が無く、筋肉も薄く鍛えずらい。そして何より下から掬い上げるように攻撃すれば、心臓を直接攻撃できるという人体でも有数の急所であった。

 男は深く蹲ると、吐しゃ物をまき散らしながら酷く咳き込んだ。致命には遠く及ばないが、戦闘力は削がれたと白は判断する。

 

『どうした?こんな小娘に怖気づくのか?』

 

 勿体つけるように見事な亜麻色の髪を掻き揚げ、嘲る様な笑顔を張り付けて白は残る二人を挑発する。

 

『っ!!』

 

 かつての邪知暴虐だった頃の名残か、言葉尻や態度、タイミング、ありとあらゆる要素が男達のプライドを傷つけたのだろうか、男達は先の慎重さをかなぐり捨てて白へと飛び掛かる。

 体当たり、ストレート、掴みかかり、そのすべてを巧みな体さばきで白は避け続ける。多少は目立つが、見るからに犯罪組織といった体の男達と若い女子三人とその他の一行では妖しさのレベルが違う。目立つのは本意ではないが、背に腹は代えられなかった。

 徐々に焦りだす。男達、白は巧みに二人に攻撃、言葉攻めを繰り返して自分へと牙を向けさせる。

 膠着状態、だが天秤は白たちに傾く。そう思われたころ。

 

『な、なにしやがる!?』

 

 白達に集中していた美星の手からニンゲンの像の首を鎖骨を折られた男がもぎ取った。動きに精彩は無い。だが、体格差が圧倒的に有るため、片手が使えないハンデは有ってない様なモノだった。

 

「ちっ」

 

 慌てて白がそちらに向かうが、その足が強引に止められてしまう。

 

「貴様っ!」

 

 先ほど、鳩尾を手痛く打ち抜かれた男が、白の華奢な左足首をむんずと掴み取っていたのだ。動きに精彩は欠いてはいるが、唸り声をあげながら白を逆さに吊るし上げた。

 

(手加減が過ぎたか……!?)

 

 限定的に力が戻って一週間もまで経っておらず、白は自身の身体能力を把握し切れていなかった。殺すのは不味いと無意識に力を必要以上にセーブしてしまったのだ。

 

「うおおお!!」

 

 その時、パイを後ろに庇っていた八雲が雄たけびをあげて白を吊るし上げていた男にタックルをかます。不死身と言えどもただの高校生。それも体格もやや小柄と言っていい八雲の体当たり。男は多少ふらつくだけで、苛立ったように右手で吊るし上げていた白を振り上げると八雲へと叩きつけた。

 

「ぐぅ!?」

「がっ!?」

 

 叩きつけられた事で肺の空気が吐き出された事と衝撃で二人の動きが止まってしまう。

 

『返せ!』

 

 そんな中、美星が奪われた欠片を取り返そうと男達へと食い下がった。そんな男達の元に準備していたのだろう。公園内に乱暴に黒塗りの車が強引に乗り上げてきた。

 

『死んでも放すもんかぁ!』

 

 両手で欠片を掴む美星に男達は辟易したような空気を漂わせると、鎖骨を折られた男の脇に居た男がナイフを取り出し、美星へと凶刃を走らせた。

 死んでも放さない。美星のその言葉は確かな覚悟があったのだろう。凶刃が迫っても美星は目を瞑るだけで欠片から手を離さなかった。

 

「くそっ!」

 

 悪態を吐きながらも白の動作は一歩及ばない。ダメージは皆無でも八雲の体が邪魔で即座に行動できないのだ。

 そのままでは凶刃は美星を貫くだろう。

 

「うっ」

 

 呻き声が響く。だがそれは女性の声色ではなかった。声の主は八雲、地面に投げられるという実践では決定打になりうる攻撃法だが、不死となったことで痛みに強くなったおかげで、すぐさま立ち上がることで出来たのだ。

 

「これ以上はさせねえぜ!」

 

 ナイフを胸で受け止め、歯を剥きだしにしながら八雲は吠えた。血を吐きながら啖呵を切る様は鬼気を迫るもので、相手は思わずたじろいだ。

 そしてナイフというあからさまな凶器が振るわれたことで、集まり始めていた野次馬達から悲鳴とどよめきがさざ波のように伝播し始めた。

 男達は互いに顔を見合わせると踵を返して逃げていく。騒ぎが大きくなった事、白という脅威、そしてナイフを刺してもものともしない八雲。欠片を奪うという目的で来た彼らには予想外の事態が重なりすぎた様だった。

 

「不死身だからといって無茶が過ぎるぞ」

「不死身だから無茶が出来るんだよ」

 

 白の忠告に八雲は軽口で返す。元々護衛として生み出された无が保身に走るのは本末転倒である。とはいえ。

 

「単純な攻撃ならいいが、冷凍保存されたり、深海に沈められたりしたら永遠にそのままかもしれんぞ?」

 

 不死身に過信する前に白は意地が悪い笑みを浮かべながらそう呟いた。手を後ろに回し、下から覗き込むように話すその様は容姿の可憐さもあって心を奪いかねない魅力がある。だが話している内容と身から湧き出す威圧感が、それを中和するどころか異質な気配を作り出して八雲の体を後ずらせた。

 

「とりあえず、場所を移そう」

 

 流石に騒ぎになりすぎた。そう結ぶと白は八雲達を伴って乱闘の最中に気絶してしまった美星を担ぎ、その場を後にした。

 

 





ゆるキャン△でしっぺい太郎の名前が出てうしおととらを思い出したのは自分だけではないと思いたい。
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