我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

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第八話 鬼眼王

美星(メイシン)を助けてくる。パイと白姉ぇはロビーで待っててくれ。二時間経って戻らなければ(ホァン)さんに連絡を取って警察を呼んでくれ》

 

「……というか私は黄さんと会ったことがないんだが?まったく先走るんじゃないよ弱いくせに」

 

 ぐしゃりと八雲が書いたと思われる書置きを握りつぶし、低い声で白は呟いた。八雲なりに何かを考えての行動だろうが、せめて自分に伝えてから行けと白は怒る。八雲を追おうにも无の弱点たるパイを一人きりには出来ない。

 

(そう考えると、これ以上の手は無いが……はぁ)

 

 敵の数は不確かであり、助けなければ行けない人物が一人、最悪三人居ると考えれば不死身の八雲が単身で突っ込むのは意外に良い手である。……八雲がそれなりの手練れならばであるが。

 

(死なないってのはある意味、心配をしなくても良いってことだが、あいつの実力を考えると心配しかない)

 

「白、ねぇ白、八雲ってばどこに行ったの?」

「……一人で行ったみたいだ。私にパイを頼むってさ」

「え?」

 

 白の返答にパイは言葉をなくす。誤魔化すという手もあったが、この状況で八雲が帰っただの、二人でこの場から離れるという選択はそもそも連れ去られた人を助けるという目的がある以上、不自然だ。それに階上で何か有ったのか、妖気が徐々に強まってきていた。

 

「白、これって……」

「……八雲が何かしてるのかもな」

 

 パイも妖気を感じ取れる為に、異常に感づいたらしい。

 そして、白の予想通り八雲はこのホテルを仕切る妖怪リョウコに見つかり戦闘へと突入していた。リョウコはタクヒほどの巨躯ではないが、閉鎖された空間、しかも儀式場たるホテルを破壊しないように戦うために中々に八雲に決定打を与えらず苛立ち、その怒りが妖気となって階下に流れていたのだ。

 

「ちっ行くぞ」

「……良いの?」

「どうせ、行くって言ってきかないだろうパイは?」

 

 困った様な、そして少し嬉しそうに白は首を傾げた。パイは人ではないが、誰かを助けるために平気で自身を捧げるその姿勢は、かつて白が妬み羨んだ太陽の様な少年を思い出させるのだ。

 

「とりあえず上に向かおう。三十二階が表面上、ないのはホテル自体がグルの可能性がある。バレないようにな」

「うんっ」

 

 

 そして、三十階まで到着した二人は途方に暮れていた。理由は簡単。上の階への上る手段がないのだ。エレベータは三十階まで、そしてそれ以上の上の階を秘匿しているのに階段を設える訳はない。

 

「エレベータに何か細工をしてるってわけか……」

 

 天井を見つめ、なんからの気配を察知してる白は腕組みをしながらどうしようかと悩んでいた。力を全力で振るっても現在の彼女には壁をぶち破るのはだいぶ堪えるし、なによりも一撃で壊せない上に大きな音を出してしまう以上、隠密も何もあったものではない。

 

「ん……パイこっちだ」

 

 ひとしきり考えた白はパイを促して再び階段へと足を向ける。秘匿されている階の階下たる三十階を泊り客でもない人物がいつまでもうろちょろしているわけにはいかない。怪しさ満点である。

 

「おい、おまえ……」

「……」

 

 そして、その直後に真後ろの部屋から現れた仮面を被った人物に二人は声を掛けられてしまう。白は内心で舌打ちをし、じろりとその人物を睨み付けた。部屋ごしにこちらの様子を伺う気配を感じたために去ろうとしたが、どうやら彼女の行動はいささか遅かったらしい。

 

「まぁ上と下、両方で騒ぎを起こすのも悪くはないか」

 

 そして白は人目が居ないことを良いことに髪を白へと染め上げて戦闘態勢をとった。

 

 

 

 

 

 白達が階下でそんな事になってる中、八雲は八雲で窮地に陥っていた。

 パーティ会場の様な広い部屋の中、八雲の目の前には司祭服を模したような布を羽織った巨大な異形が敵意剥き出しの表情で睨んでいる。

 異形の名はリョウコ。数メートルを優に超える巨躯に鬼のような角を生やした頭部、下半身は足を欠き、海老のような甲殻を備えた尻尾にて直立していた。

 そして、その足元には柔らかな肢体を薄い布を巻いただけの格好の美星が魔方陣に寝かされており、その魔法陣を幾人もの仮面の男達で囲うという尋常ならざる気配を辺りに漂わせていた。

 人質が居て、しかも自分自身も大した力があるわけでもない。

 いかな不死とはいえ、不死以外の能力を持たない八雲に残された手ははったりをかますことしか出来なかった。

 

「動くんじゃねぇえええ!ちょっとでも動いたらこの像を粉々にぶち壊すぞ!!」

 

 そう八雲は大声を張り上げる。その手の中にはいつの間にかニンゲンの像が収まっている。ちなみに人間に戻る手掛かりであるニンゲンの像をぶち壊すと宣言する八雲は別に頭がいかれたわけではない。

 

 

 どうしてこうなったのか?それは……。

 (ロン)さんを無事に見つけることが出来た八雲だが、やはり警備は甘くはなく、八雲は案の定見つかってしまう。そして、首魁と思われる妖怪に出会い全身の骨を砕かれてしまったのだ。

 しかし、再生力には自信が有る八雲、一時間も掛からずに動けるようになったのだが、そこで見たのは妖怪の供物にされようとしている美星の姿であり、助け出そうとして大立ち回りを演じている最中にニンゲンの像を見つけたというわけだ。

 

 

 

 

「……わ、分かった。……何が望みだ」

(良かった……どう壊すか突っ込まれなくて)

 

 内心で胸を撫で下ろしながら八雲はリョウコと呼ばれる妖怪は後ろに下がらせ、周りを囲む仮面の男達に武装解除を命じる。

 

(あいつらにとってもこいつは重要ってことか……)

 

 粛々と言う事を聞く相手に八雲は妖怪達がニンゲンの像を重要視していることを察する。無論、八雲達にとっても人間になり、人間に戻る為のカギとなる大事なものである。

 故に壊すわけはないのだが、相手がそれを知らない為、八雲に強く出られないのだ。

 

(なら……)

 

 あまりにニンゲンの像について八雲達は知らない。だが、相手がこちらの言う事を聞くしかないという状況は情報を得るのに最適な場だった。

 

「それじゃあ、このニンゲンの像の秘密について教えてもらおうか?」

 

 人間の像に奪った剣を押し当てて八雲は内心とは裏腹に余裕綽々の態度を取った。

 

「秘密?」

「知らないふりは無しだぜ?おたくらがこいつを探してるってのに何も知らないってことはないだろ?人化方法ってのはそんなに知られなくないのか?」

 

 しらばっくれるつもりなのか、リョウコは首を捻るばかりで情報を吐こうとはしない。そこで八雲は何かの漫画かドラマで見た情報を聞き出す方法とやらを試してみる。

 ずばり、こちらがある程度情報を出し、知ってるぜ的な態度をとるアレである。

 

(ま、これしか知らないんだが……)

 

「人化?よく分からんな……我々はとある方がそれを望んでいるから求めたに過ぎない」

「とある方って誰?」

「……」

 

 しかし、どうやらリョウコ自身はニンゲンの像の用途は知らないらしい。あくまでリョウコがとある方と称する者がニンゲンの像を探しているという。だが、そのリョウコをしてとある方が何者なのかを口にするのはいささか躊躇われるようだった。

 

「あれま、反抗的な態度だねぇ」

 

 ニヤニヤと作り笑いを八雲は浮かべる。その態度からはあからさま以上にニンゲンの像がどうなってもいいのかと語っていた。

 

「------っ」

 

 リョウコの表情が怒りからか硬くなる。

 

「そ、それはかつてバラバラだった我々、闇の者を初めて纏め上げたお方が求めた者なのだ」

「……鬼眼王(カイヤンワン)

 

 ぼそりと八雲は先ほど聞いた化け物たちが崇敬する三つ目の王の名を口にした。

 

「……そうだ。像を探し出したものに不老不死を与えて下さる尊いお方だ」

「不老不死目当てってわけか……それじゃあ詳しいことは分からないか。……なら、鬼眼王ってのは今、何処にいるんだ?」

「……知らん。今となっては何処に居られるのかは誰にも分からん」

 

 人間社会とは全く異なる妖達の世界の出来事、それは八雲の好奇心を強く刺激した。鬼眼王も三只眼(さんじやん)であり、しかも妖怪達の王として君臨していたという。その王が人になる為の祭器、ニンゲンの像を求める理由とは……。

 リョウコの会話に八雲はいつの間にか引き込まれていた。

 

 しゅるり。

 

 八雲の背後で何かが蠢く。

 

「かのお方は、三百年も前に何者かの手により、いずこへと封じられてしまったという話だ……」

 

 目を閉じリョウコは神妙そうに呟いた。そして……。

 

「以来……我ら闇の者の願いはただ一つ!鬼眼王復活!!」

「!?」

 

 リョウコが大声を上げた瞬間、八雲の背後からいつの間にか伸ばされたリョウコの尾が蛇ごとき素早さで迫り、あっという間に首を絞め上げる。

 苦痛から八雲の手からはニンゲンの像が転がり、手が届かない位置まで移動してしまう。

 

「ぐうぅ!……」

 

 そのまま吊るし上げられる八雲だったが、両手に握っていた刀剣は二振りとも握りしめたままだったのは不幸中の幸いだった。この状況だと右手の長剣は取り回しが悪いが、左手のサバイナルナイフは長剣よりは使いやすい。

 

「っ!」

 

 呼気も粗く、八雲は首を絞め上げるリョウコの尾に左手のサバイナルナイフを突き立てる。しかし、肉厚のサバイナルナイフからの手応えは、石のように固い感触だった。

 

「バカめ!」

 

 悔し気に何度もナイフを突き立てる八雲をリョウコは嘲笑う。たかが人間の膂力程度で傷つくほどリョウコは弱くはない。

 さっさと殺すか……とリョウコは考えるが、わずかな逡巡の後にそれではつまらないと思いなおした。散々こちらをコケにした相手だ。ただで殺すわけにはいかない。

 

「鬼眼王様の復活の儀式を汚した償いは十分にしてもらんとなぁ!」

 

 リョウコの尾が八雲の右手へと突き刺さる。

 

「ぐわああああ!」

 

 見やるとリョウコの尾の先端は花の様に開き、その内部の鉛筆よりも一回り程大きい棘が深く突き刺さっていた。

 

「く、くっくく、貴様はそこの女を処刑するのだ」

「なっ!?」

 

 リョウコの悦に浸った言葉を八雲は最初理解できずにいた。だが、その言葉の意味はすぐさま理解することとなった。違和感と共に侵食するかのようなみみずばれが八雲の右手の上腕付近まで広がる。リョウコの尾は突き刺した相手の体を操る能力を持っていた。

 儀式を邪魔し、助けようとした人物をその手で殺させることで溜飲を下げようとリョウコは考えたのだ。

 

「腹を切り刻み、肝を取り出すがいい」

「やめろぉ!」

 

 とん、言葉と共に吊るしていた八雲を開放する。拒否を示す八雲だが、右手は言う事を聞かず、それ以外の体も徐々に痺れ、思う様に動かなくなっていく。

 

「ひぅ……」

 

 美星の息が掠れるような恐怖の吐息が漏れる。

 魔法陣に転がされている美星の腹に長剣の切っ先が、優しさすら感じるほどに柔らかく宛がわれた。八雲は表情を歪めなんとか体を動かそうと力を込めるが、一向に動く気配はない。

 

「や、やめて……」

「う、ぐぐおぅ!」

 

 やろうと思えば、一瞬で事を終わらせられるが、二人の様子はリョウコにとって最高の愉悦となっていた。

 くっくくっく、とリョウコの笑いと二人の絶望に満ちた声が大部屋に響いていく。

 

「やめろ!やめてくれ!!」

 

 いよいよと、八雲の右腕が天高く振りかぶられる。八雲はもはや懇願に近い声色で叫ぶことしかできなかった。

 

「あっははは!たまらん、たまらんなぁああ!」

「やめてくれええええええっ!!」

 

 八雲の絶叫とリョウコの高笑い。

 空気を切る音が響き、鋭く、そして同時に鈍い音、複数の音が同時に起こる。

 そして、噴水のような赤い血液が辺りを染め上げた。美星が、リョウコが呆然とその様子を眺めていた。

 美星の顔に付いた血がたらりと重力にそって流れ出す。

 

「くぅう!」

 

 だが、美星の腹は裂かれてはいなかった。それどころか八雲はリョウコの支配から解き放たれていた。

 右手を左手のナイフで切り飛ばすのと引き換えに。

 

「は、はっはは!これは驚いた!虫けらながら天晴れ!苦しまずに殺してやろう!」

 

 リョウコの予定とはズレたが、他に例を見ない八雲の足掻きに鬱憤は晴らせたのだろう。リョウコは愉快そうに笑っている。

 

「うるせぇ!てめえだけは、絶対ぶっ殺す!」

「そいつは楽しみだ!だが、その前に自分の腕に殺されるぞ!」

 

 八雲自らが切断した右手はリョウコの尾と未だに繋がっていた。リョウコは器用に八雲の手を使って長剣を振りかぶる。大口を叩いている八雲を一息に殺すつもりなのだ。

 頭上から迫るその一撃を防ぐ手段は今の八雲にはない。

 

「くそぉ!」

 

 美星が背後に居る時点で八雲がここから逃げるわけには行かない。しかし、体を両断でもされれば暫く動けなくなってしまう。

 

 

「ぐわああああ!?」

 

 だが、次に悲鳴を上げたのは八雲ではなかった。

 

 タタタタタ!と小気味の良い破裂音が連続して起こり、リョウコの体に次から次へと穴が開いていく。リョウコの尾は千切れ跳び、左目からも水道の様に血が漏れ出す。

 それでも足りぬと更に、破裂音が鳴り、その度にリョウコの体が血が噴き出し、遂には倒れ込む。その体からは止めどなく血が漏れ出していた。

 

「ふぅ間に合って良かった。大丈夫か八雲?」

 

 リョウコの体をげしげしと踏む人物は八雲にとって馴染みのある人物、そう葛葉白だった。その手に持っているのはアサルトライフルと呼ばれる重火器で、見た目は穏やかな少女に見える白が持つと違和感が凄まじかった。

 

「ヤクモ!」

「白姉ぇ、パイ!」

 

 白の背後からパイが飛び出し八雲に抱き着く、勝手に一人で飛び出したこと白とパイを置いていったこと、バカバカと言いながら、大嫌いと言っているが、抱き着きながら上目遣いで、そんな事を言われても説得力は無い。

 

「さっさとここから出るぞ!」

「そうよ。イチャイチャするのは後にしなさい」

 

 周りを見ろと暗に促す白の言葉に同意するように、仮面の人物がしゃべりだす。

 

「!?」

 

 仮面の連中は八雲達とは敵対関係にあるはずだ。にも関わらず白に警戒の様子は無い。八雲は目まぐるしく変わる事態に思考が停止するが、それも仮面の人物の次の言葉でようやく事態を呑みこむことになる。

 

「私よ、久々ね」

 

 仮面の人物はさっと仮面を外して姿を晒した。

 長い髪、そして眼鏡、なにより特徴的なとがり気味の両耳。総合的に出来る女といった風体。しかし、どこか俗っぽさを隠せない目つき。

 

鈴々(リンリン)さん!?」

 

 そこには冬休みにニンゲンの像を見つけるのに八雲達が世話になった女性李鈴々(リーリンリン)の姿があった。





白面の者はガンバの大冒険のノロイがモチーフらしい。……納得。
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