我が呼ばれたき名は   作:油揚げ

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第九話 決着

「痛くない?」

「ありがと、大丈夫だよパイ」

 

 制圧を終えた儀式場の隅でパイは応急手当てを八雲に施していた。不死なのでそのうち勝手に生えてくるのだから、あまり意味のない行為なのだが、三只眼(さんじやん)とパイは別人格な為、パイは八雲が不死身なことに気付いていないようだった。

 

鈴々(リンリン)さんここからの手筈はどうなってる?』

『いま、別口で火事を起こしているから、それに乗じて逃げる予定よ』

 

 

 (ロン)氏とのいざこざの後に行方を晦ましていた鈴々だったが、実はパトロンである(ホァン)と協力してホテルロイヤルソアラが怪しいということを突き止め、黄の部下と共に潜入をしていたのだ。

 そして、階下に細工をしている時にパイと白を見つけ、そして鈴々とパイ達は合流して八雲達の救出しに来たのだ。

 

「八雲、パイ、ここも直に火の手が来る行くぞ。……パイ?」

 

 長居は無用とさっさと二人を連れて屋上のヘリを向かおうとする白だったが、パイは何故か視線を一点に向けて微動だにしない。

 その視線の先には三つ目の巨大な像が威風堂々たる様子で鎮座していた。

 

「おい、呆けてないで行くぞ!」

「う、うん」

 

 八雲に手を貸して白はパイを促した。パイは何故かその像に後ろ髪を引かれる様な感覚に陥るも、徐々に煙が迫ってくる中に留まってるわけにもいかず、白の後を追う。

 

「しかし、こんなに派手にやって大丈夫かね」

「問題ない。むしろ派手にやってその間にヘリを盗むって予定だ。ちなみにヘリは海上で乗り捨てて船に乗り換えるらしいぞ」

 

 こともなげに言うが、割とシャレにならないレベルの大事である。なんせ高層ホテルの焼き討ちである。火元の位置を間違えたら大惨事待った無しだ。

 

「そうだ。女の人達は!?」

「それも保護済みだ。警察に連絡して私たちとは別に突入してもらったんだと」

 

 仕掛けて仕損じ無し。重火器やら変装道具。消費した金は相当のものだろう。鈴々といい黄といい八雲は香港でどんな人間関係を構築したのか白はやや心配する。そもそも何故旅をしただけで、こんな目に遭うのか?

 

(いや、潮も相当な目に逢ってたな)

 

 最後の獣の槍の担い手にして、自らを滅ぼした少年が東京から北海道まで旅した中で起こった出来事を思い出して白は小さくため息を吐いた。白面としての刺客も無論送ったが、それを抜いてもバスが何台か吹っ飛んだり、幽霊船にあったり、電車の半分以上が食われたり、果ては飛行機まで落ちていた。それに比べれば幾らかましとさえ白は思い直した。

 この何年後かに白自身が飛行機事故に乗り合わせるのだが、それはまたのお話である。

 

「ヤクモ、恋人じゃないよ。ダチンコだよ!」

 

 白がそんな事を考えている中、美星(メイシン)とパイ、八雲が三人が姦しく騒いでいた。

 どうやらパイと八雲が恋仲だと思った美星がパイの恋人である八雲が自分の中のせいで傷ついてしまったことに謝罪するが、それに対するパイの返答で八雲が心に致命傷を負った。

 確かに八雲とパイは明確に恋人になったわけではないが、自分に抱き着いてきたり、四六時中一緒に居るのだ。悪いようには思っていないという確信があった。そして八雲自身もパイの事を大切だと思っているし、好意を抱いていることを自覚していた。

 そんな中で意中の相手が自分のことをダチンコ……つまり親友ですと断言されるのはかなり心に来る言葉だったようだ。

 

「じゃあ、全然恋人じゃないの?」

「当然!」

(とうぜん……)

 

 追い打ちを八雲を襲う。がつんと頭を殴られたような衝撃が八雲に走り、体の力を抜けていく。

 しかし、現状は火事場の中を脱出している最中だ。

 

「おい!しゃんとしろ!」

 

 無論、白に叱られる。踏んだり蹴ったりの八雲だった。

 

(恋人ってなんだろ?)

 

 八雲に致命傷を与えた本人が恋人の意味を知らないというのは、八雲には伝わらなかった。

 

『あはは!なんだ、なんだが安心したぜ!ホント、鬼眼王とかいう奴の生贄にならなくて良かったぜ!』

 

 勘違いは加速していく。八雲はパイが自分の事を友達位にしか思っていないと勘違いし、パイは恋人が何か分からない。そして美星は自分を命がけで守ってくれた八雲を慕い始めており、八雲とパイが友人でしかないと誤解していた。

 さらに誤解を唯一解けそうな白は、下手に口を出すのは悪化しないかと考えていた。

 

「鬼……眼」

 

 故にパイが美星の言葉で呆けたような表情をしていることに気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁみんな乗ったわね。行くわよ」

 

 ヘリの操縦席に乗り込み。鈴々がモーターの回転数を上げていく。実はヘリの操縦も出来るという弱小編集会社の編集長。重火器の扱いも手馴れており、無駄に正体がいまいち分からない女性である。

 

「?……パイは!パイはいないのか!?」

「なに、私の反対側に居たんじゃないのか?」

 

 パイに恋人じゃないと言われて落ち込んでいた八雲はここでようやくパイが付いて来ていない事に気付いた。そして、八雲が騒いだことで白もパイの姿が見えない事に気付く。

 

「なんてこった!まだあの中か!?」

「ちっ!」

 

 間髪を容れずに二人は同時にヘリを飛び出し、燃え盛るホテル内へと駆け出した。

 轟々と煙と炎が空を焦がさんと立ち込めているが、二人には一切ひるむ様子は無かった。

 

「待ちなさい!白ちゃん、八雲!」

 

 鈴々の静止の言葉を聞いても二人は止まらない。パイの命が八雲の命と繋がっている……からではない。

 人であれ、物であれ、そしてそれ以外の何かの為に命を懸けられる。それが人間なのだ。

 

「貴様ら!生かして帰すものか!」

 

 その時、怒声と共にリョウコが床をするりと抜け出し二人の目の前に現れた。全身の至る所に銃創が見られ、その幾つかからは未だに血が流れ出しているが、リョウコから溢れる覇気は些かの衰えも無い。

 

「くそっ!」

 

 それを見た鈴々と黄の部下が各々の重火器でリョウコを狙い撃つ。満身創痍とまでは言えないが、銃創が有るという事は銃撃に効果があるということだ。三人分の重火器の掃射はリョウコに確かなダメージを与えられる三人はそう確信していた。

 

「小賢しいわぁ!」

 

 ブゥンとリョウコの背の羽が空気を震わせる。それは耳を劈くほどの轟音となり、リョウコに迫る弾丸を弾く壁となる。

 

「なに!?」

 

 リョウコに銃創を刻んだ本人である白は驚きに目を剥いた。白にとって初見となるそれは儀式場を破壊することを恐れてか、さきほど使っていない能力だ。

 いざとなれば肉弾戦でと考えていたが、重量に乏しい髪と爪で突破できるほど生半可なものではないと白は判断する。

 

「羽だ。どうにかして奴の羽を止めることが出来れば……」

「見れば分かるわよ!どうやって止めるかが問題なのよ!!」

 

 龍の呟きに、鈴々が怒鳴り声を上げる。背後の羽が高速で微振動を続け音を発するのを見れば、リョウコがどうやって銃弾を弾いたかは言われなくても分かることだったが、流石に怒鳴られる謂れは無いだろう。

 そして白も言葉にせずとも内心では羽を封ずる手段を考えていたが、良い手が思い浮かばない。

 早く、パイを探しに行きたい白だが、リョウコには散々邪魔立てした白達を逃す気はない。特に銃撃を浴びせた白と儀式にて恥をかかせた八雲は徹底的に嬲ってやりたいほどだ。

 白側に攻めの手は無く、そして守る手も無い。あの衝撃を身に纏ったまま突進するだけでヘリともども粉々になってしまう。かといってヘリを飛ばしても向こうも飛べる為、逃げおおせもしない。

 そんな時だ。

 

「大丈夫だ皆、先に行ってくれ」 

 

 言葉共に八雲が額に巻いていたバンダナをほどく、バンダナは煙と共に空へと舞いあがり、八雲の前髪が風に靡き、額が露になった。

 

「死にはしないさ。……誰にだって大切なものがある。俺にとってそれがパイなんだ」 

 

 額に刻まれいる文字は无。聖魔とも称えられる妖怪、三只眼吽迦羅(さんじやんうんから)の生涯一度きりの大秘術よって不老不死となった超越者の証。

 

「ば、馬鹿な!な、ぜ貴様が!?」

 

 无。

 

 赤く刻まれた額の文字を見た瞬間、リョウコの顔に驚愕と怯えが露になる。そのたった一文字はリョウコ、いや妖怪達の世界においては重要な意味を持つ文字だった。

 

「そんな、有り得ない!鬼眼王様以外に三只眼が生きているというのか!?」

 

 

「そんな、そんなハズは……」

 

 わなわなと慄くリョウコ、三只眼とは現代に生きる妖怪にとって神とも謳われる鬼眼王のみとされている。まさか、それ以外に生き残りが居ようとはそれは慮外の事だったのだ。

 

「八雲!」

「あぁ」

 

 呆然とするリョウコの脇を白と八雲が駆け抜け、ホテル内に飛び込んでいく。

 

「!ま、待て!」

 

 そんな二人を、慌ててリョウコも燃え盛るホテル内に追いかけていった。 

 

 

 

 

 

 

 

 轟轟と辺りに炎が走り、煙が辺りを煤で汚していく。

 パイはそんな煙が充満する中を巨大な三つ目の像、三只眼吽迦羅を象った像の掌に乗り、その自らと同じ三つ目を見つめていた。

 呆けるように、何かを思い出すようにパイは像を見つめる。常人なら煙に巻かれているだろうが、そこは可愛い少女に見えるが、やはり妖怪なのだろう。術か元々の体質か、息が苦しいようには見えなかった。

 

「……」

 

 記憶の中で三つ目の誰かが腕を振るう。すると鮮血が彼女の記憶を染めあげた。

 

[思い出すでないパイよ。昔のことなど……]

 

 水の底に沈んだ砂の様にゆっくりと浮かび上がる記憶達、パイはそれをはっきりと捉えようとするが、それはもう一つの彼女の人格の静止の言葉で防がれた。

 

[せっかく、お主は記憶を失ったのだから……]

 

 

[もう……奴はいないのだから……]

 

 三只眼の悲し気な声が炎の音とともに消えていく。三只眼にいつもの強気な様子はない。ただ小さく呟くだけだった。

 

「驚いたな……三只眼の生き残りか……」

 

 突然、掛けられた声に三只眼がばっと振り返る。

 そこには……。

 

 

 

「ちぃい!八雲避けろ!」

「ぐあっ!?」

 

 コンクリートを容易く粉砕する衝撃波が室内を蹂躙する。白は身体能力を全開まで上げて床と言わず壁や天井を足場に縦横無尽に辺りを飛び回って衝撃波を躱すが、身体能力は普通でしかない八雲はそうはいかない。白の声に反応して、なんとか身を捩ってはいるが、既に全身は血で汚れていた。

 

「おのれ!ふん!」

 

 とはいえ、面で攻撃してくる衝撃波に対して白の髪の相性は最悪であった。体に巻き付きさえすればやり様はあるが、吹き散らされては牽制にもならない。

 だが、そこは百戦錬磨の白、かつての己の戦闘スタイルは圧倒的な力での蹂躙だったが、あらゆる小細工を受けてきた彼女からすれば、小賢しい手を考えるのは難しくはない。

 

「く、小娘ぇええ!」

 

 白はそこらの瓦礫や家具を髪で巻き上げ、それをリョウコに直接ぶつけていた。衝撃波はコンクリートですら粉砕するが、それでも勢いよくぶつければ衝撃波を突破するものも有る。それは大したダメージをリョウコに与えるほどではないが、疲弊とダメージが徐々に溜まりつつあるリョウコには辛いものだった。

 

(強がってはいるが、やはり疲弊してきたか)

 

 焦燥感からかリョウコの攻撃は粗く不規則に動く白を捉えられず必然的に残る八雲に攻撃が集中していた。

 八雲には攻撃手段が無いが、不死身というある意味、最大の防御を誇る為、放っておくわけにもいかない。煩わしい白の攻撃と、死なない八雲。長期戦に有利なのはどちらかなのかは明白だった。

 

「くそ、早くパイを探さなきゃっていけねぇのに!」

 

 しかし、二人とてパイを燃え盛るホテルから探さなければならない為、長期戦は本意ではない。

 

「死ねええ!无のまがい物がああああ!」

 

 未だに八雲を无と認めたくないリョウコが八雲に何度目かになる衝撃波を放つ。

 

「ぐ……うぅ!?なんだ……!?」

 

 焦れる八雲だったが、不意に全身に感じたことが無い程の力が漲りだした。

 それと同時に右手の切断面がうぞうぞと反応する。

 

「邪魔ばかりしやがって!良いかげんに!」

 

 疼く右手の反応から八雲は本能、人ではなく、无としての本能がそれが出来ると叫ぶがままに右手を掲げた。

 

「地獄に落ちろ!」

 

 言葉と共にリョウコの左脇から八雲の手首(・・・・・)が刀剣を握りしめたまま飛び出し、リョウコの羽と背中を深く切り裂いた。

 

「なんだと!?ぐああああああ!」

 

 同時に隙を窺っていた白が操る瓦礫がこれでもかとリョウコに降り注ぐ、どれほどの威力が込められたのか瓦礫は砕け、リョウコに無数の欠片がめり込むほどだった。

 

「あ……ぐ……」

 

 瓦礫の山に埋もれ、リョウコは呻き声を上げる。全身の銃創、切り裂かれた背と羽、打撲も数え切れず、血がだくだくと止めどなく流れている。だが人間ならばとうに死んでもおかしくないが、流石は妖怪しっかりと呼吸をしている。

 

「……」

「や、やめろ!殺さないでくれええ!」

 

 無言で剣を振りかぶる八雲にリョウコは懇願する。そこには先までの強者としての様子は一切ない。

 

「今まで、多くの女の子を殺しておいて何を言ってやがる!」

 

 今にも剣を振り下ろさんばかりの剣幕の八雲は、白も見たことがないほどの怒りを宿していた。普段は細い糸目を見開き、瞳には轟々と怒りの炎が灯っている。

 

(他人の為に怒るか、まったくお前は……)

 

 不死とはいえ、散々体を痛めつけられたにも関わらず八雲がリョウコに向ける怒りは見知らぬ生贄にされた女の子達のことだった。そんな底抜けのお人良しさを見せられ、白は呆れるように、誇らしげに苦笑する。

 

「い、生贄は俺の意志で……や、やったことじゃないんだぁ!」

 

 

「鬼眼王様の、ふ、復活の為にあるお方は、数々の儀式を行わせているんだ」

 

「俺は、その中の一人にすぎない」 

 

 余程、命が惜しいのだろう。媚びるようにリョウコは、八雲や白が促さなくてもぺらぺらと情報を吐いていく。八雲と白は興味深げにリョウコの言葉に耳を傾けていた。

 

「あのお方?」

 

 リョウコの言葉を聞き返した白は唐突に嫌な予感に肩を震わせた。鬼眼王について白はまだ知らないが復活と言っているので封印かそれに準ずる状態にあるのは察せられる。……問題はそこではない。

 リョウコも決して弱い妖怪ではない。万全の状態では今の白や八雲では勝ち目は薄いだろう。人間社会に紛れホテルを建てる財力、何人もの少女を誘拐してそれを隠蔽する組織力、そして発動すれば重火器すらも無効化する特殊能力、そんなリョウコがあの方と称し、数多の妖怪を従わせ三只眼である鬼眼王を復活させようとするのは一体誰だろうか?

 

「お、お前らも妖怪だろう!ならば我らに力を貸せ!鬼眼王様が復活すればどんな願いも叶えてくださるぞ!」

 

 二人の表情がふっと消える。そして……。

 

「「……」」

 

「俺は……」

「私は……」

 

「「人間だ!!」」

 

 仲良く同時に叫ぶ二人だった。

 

 

 

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