病室の少女は雪の降った秋の日、窓に絵を描いた。

1 / 1
雪の降った秋の日

紅葉が紅く色づいたころ、その町では雪が降った。

私は暖房の効いた部屋の中で、結露した窓を拭って外の世界を見る。紅葉した木々に雪が積もっているその町景色は特別だけど、町は変わらず回ってる。

いつもと同じこの時間、通りの向かいの花屋で仕事をしている彼を見て、私は今日もどきどきする鼓動を感じていた。

ああ…、私は決して、この病室から外へ出ることはできないのに。

 

両親は私の身体の為と言ってこの病院に入院させた。お医者さんは病気がもっと悪くなってしまうからって言って、この病室から出ることを禁じた。

そうみんな、私の身体のことを考えてくれてるのよ。あの人たちのために、勝手なことはしちゃ駄目。

「本当にそれでいいの?」

指で窓にウサギを描いたら、ウサギが窓の上で動き出して私に問いかけてきた。

仕方ないでしょ? だって、私はみんなと同じ身体じゃないんだから。

私は小さい頃からずっとこの病室にいる。だからこの町のこともよく知らないし、彼のことだって、ただこのベッドの上から見える姿を眺めているだけ。

「でも、毎日真面目に働く彼の姿が好きになっちゃったんだろう?」

や…やめてよ、そんなはっきり口に出すのは…。恥ずかしいじゃない。

私が熱い息を窓の上のウサギに吐きかけると、ウサギは「あわわっ!」と慌てた様子でそれから逃れた。

 そして私は窓から目をそらす。

お父さんお母さんや病院の人たちを困らせる事なんて出来ないわ。

それに…。

「…それに…?」

言葉をつまらせた私の顔を覗き込んで、ウサギはその先を促す。

彼だって…、こんな病弱の女に想いを告げられたって困ってしまうだけだわ。私の言葉が重圧になってしまうかも。そんなのお互いに辛くなってしまうだけよ。

「………」

やがてウサギは口を開いた。

「きっと君は深く後悔してしまうよ」

………。

「いつまでもこの部屋から彼を眺めていられると思っているの? もしかしたら明日には彼が花屋を辞めてしまうかもしれない。病室が移ってしまうかもしれない。いや…それよりも、君の病状がもっと悪くなって、死んでしまうかも。それでも君は後悔しないといえる?」

ウサギの言葉は私の時間を思い出させて心臓を痛めつけた。ああ、こんな辛いこと、思い出したくなんてなかったのに。

死の怖さを思い出したら、込み上げる雫が私の両目からこぼれた。

それでも窓のウサギは言葉を続ける。

「一度しかない人生を後悔しないように生きようよ。今だけは何も考えずに君の心の願いを聞いてみようよ」

私は窓の向こうの景色をぼぅっと眺めて、震える口で落とすように言った。

私も…素直になって良いのかな…?

「良いさ。だって、君だって笑って良いはずなんだから」

そう言うとウサギは水滴の溢れる口でニッコリと笑った。

「さあ早く窓を開けよう。彼がどこかへ行ってしまわないうちに」

ウサギの言葉に促されて私は窓の鍵に手をかけた。いつもは看護師さんが開けるその窓を自分で開けると、雪の混じった冷たい空気が私の身体を包み込む。きっとこの冷気は私の身体を傷つけているんだろう。でも、今だけはかまっていられない。

だって私は自由に外へ出るんだから。

スリッパを履いて窓枠に足をかける。ここは一階だから乗り越えることは簡単だ。あとは身を乗り出して、あの雪の感触を確かめるだけ。

ありがとう。あなたのおかげで勇気を出すことが出来た。これからは私も自由に生きてみるわ。いつか死ぬまでは。そう言いながら窓を振り返った。けれど、外気に晒された窓はもう曇っていなくて、ウサギの姿は消えていた。

少し寂しいけど、また会えるよね。雪の降る秋の日に。

私は心の中でそう言うと、雪の感触を感じて花屋の彼の所へと走っていった。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。