紅葉が紅く色づいたころ、その町では雪が降った。
私は暖房の効いた部屋の中で、結露した窓を拭って外の世界を見る。紅葉した木々に雪が積もっているその町景色は特別だけど、町は変わらず回ってる。
いつもと同じこの時間、通りの向かいの花屋で仕事をしている彼を見て、私は今日もどきどきする鼓動を感じていた。
ああ…、私は決して、この病室から外へ出ることはできないのに。
両親は私の身体の為と言ってこの病院に入院させた。お医者さんは病気がもっと悪くなってしまうからって言って、この病室から出ることを禁じた。
そうみんな、私の身体のことを考えてくれてるのよ。あの人たちのために、勝手なことはしちゃ駄目。
「本当にそれでいいの?」
指で窓にウサギを描いたら、ウサギが窓の上で動き出して私に問いかけてきた。
仕方ないでしょ? だって、私はみんなと同じ身体じゃないんだから。
私は小さい頃からずっとこの病室にいる。だからこの町のこともよく知らないし、彼のことだって、ただこのベッドの上から見える姿を眺めているだけ。
「でも、毎日真面目に働く彼の姿が好きになっちゃったんだろう?」
や…やめてよ、そんなはっきり口に出すのは…。恥ずかしいじゃない。
私が熱い息を窓の上のウサギに吐きかけると、ウサギは「あわわっ!」と慌てた様子でそれから逃れた。
そして私は窓から目をそらす。
お父さんお母さんや病院の人たちを困らせる事なんて出来ないわ。
それに…。
「…それに…?」
言葉をつまらせた私の顔を覗き込んで、ウサギはその先を促す。
彼だって…、こんな病弱の女に想いを告げられたって困ってしまうだけだわ。私の言葉が重圧になってしまうかも。そんなのお互いに辛くなってしまうだけよ。
「………」
やがてウサギは口を開いた。
「きっと君は深く後悔してしまうよ」
………。
「いつまでもこの部屋から彼を眺めていられると思っているの? もしかしたら明日には彼が花屋を辞めてしまうかもしれない。病室が移ってしまうかもしれない。いや…それよりも、君の病状がもっと悪くなって、死んでしまうかも。それでも君は後悔しないといえる?」
ウサギの言葉は私の時間を思い出させて心臓を痛めつけた。ああ、こんな辛いこと、思い出したくなんてなかったのに。
死の怖さを思い出したら、込み上げる雫が私の両目からこぼれた。
それでも窓のウサギは言葉を続ける。
「一度しかない人生を後悔しないように生きようよ。今だけは何も考えずに君の心の願いを聞いてみようよ」
私は窓の向こうの景色をぼぅっと眺めて、震える口で落とすように言った。
私も…素直になって良いのかな…?
「良いさ。だって、君だって笑って良いはずなんだから」
そう言うとウサギは水滴の溢れる口でニッコリと笑った。
「さあ早く窓を開けよう。彼がどこかへ行ってしまわないうちに」
ウサギの言葉に促されて私は窓の鍵に手をかけた。いつもは看護師さんが開けるその窓を自分で開けると、雪の混じった冷たい空気が私の身体を包み込む。きっとこの冷気は私の身体を傷つけているんだろう。でも、今だけはかまっていられない。
だって私は自由に外へ出るんだから。
スリッパを履いて窓枠に足をかける。ここは一階だから乗り越えることは簡単だ。あとは身を乗り出して、あの雪の感触を確かめるだけ。
ありがとう。あなたのおかげで勇気を出すことが出来た。これからは私も自由に生きてみるわ。いつか死ぬまでは。そう言いながら窓を振り返った。けれど、外気に晒された窓はもう曇っていなくて、ウサギの姿は消えていた。
少し寂しいけど、また会えるよね。雪の降る秋の日に。
私は心の中でそう言うと、雪の感触を感じて花屋の彼の所へと走っていった。