21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信!   作:Leni

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41.ニホンタナカインダストリ本社<1>

 シブヤ・アーコロジーへの旅行の前日、ヒスイさんがふと、こんな言葉を漏らした。

 

「旅行先では、マイクロドレッサーを使用できないかもしれません」

 

「ん? 服を作って着せてくれる機械だよな。なんで?」

 

「それなりに高価な機器ですので、ニホンタナカインダストリの用意する宿泊施設に設置されているかが判りません」

 

「そっか。じゃあ、着替えの服を持っていかないとな。ナノマシン洗浄があるから別に着替えなくてもいいんだろうけど、気分的にさ」

 

「そこで、一つ問題が」

 

 ヒスイさんがそう言いながらタンスのある部屋へと移動したので、俺もついていく。ヒスイさんが部屋の備品である古風なタンスの引き出しを開け、中から一つの物品を取りだした。

 

「ブラジャーの付け方を覚えていただきます」

 

「ブラジャー……? えっ、あ、そうじゃん。女ならブラジャー必要じゃん! あれ、今までもしかして俺ってノーブラ? 配信中も?」

 

 マイクロドレッサーとナノマシン洗浄のおかげで、半裸になるということすらなかったから気づいてなかったぞ! 正直、自分の胸を意識したことなんて、この時代にやってきた初日以来ほとんどない。

 

「マイクロドレッサーが、ブラジャー代わりになるインナーを着せていましたから、大丈夫ですよ。ただ、あれは体形に合わせてマイクロ単位で密着して着せるものなので、マイクロドレッサーなしでは着用できませんが」

 

「つまり、旅先で着替えるとなると、ブラジャーをつける必要が……?」

 

「はい。つけかたを覚えましょう」

 

「あっ、でも俺、男だからそういうものはちょっと抵抗あるかなって、うわっ、ヒスイさん何をぬわー!」

 

 ……そんな一幕があったりしたが、無事に旅行当日を迎えた。イノウエさんとレイクの世話をキューブくんに任せ、俺達二人は部屋を出る。

 シブヤ・アーコロジーへの移動手段は、テレポーテーションで飛ぶのが安価で一般的らしいが、旅行なのでちょっとお高いプランを組んだ。

 空飛ぶ車をチャーターしての移動だ。アーコロジーの外にある自然を眺めながら、優雅な一時を楽しめるとのこと。

 臨時収入が入ったのだ。少しくらいの贅沢も許されるだろう。

 

 そうして俺とヒスイさんは、自動運転の空飛ぶ車に乗ってヨコハマ・アーコロジーを出た。

 車は、地上から1メートルほど浮いて自然の中に作られた道を進む。移動の効率は、浮くよりも車輪で走った方がいいらしいのだが、アーコロジーの外は倒木などがあるため、浮いていないと先に進めない可能性があるとのこと。

 

 正直、外には樹海でも広がっているのかと思っていたのだがそんなことはなく、草原がどこまでも広がっていた。

 うーん、いい景色だ。まるで北海道にでも来た気分だな。

 草原には、動物の姿も見てとれて、何やら牛がのんびり草を食んでいた。

 

「うわー、ヒスイさん、牛がいるよ」

 

「乳牛か肉牛が野生化したものでしょうね」

 

「天敵いなさそうだから、際限なく増えそうだ」

 

「ただの自然に見えて、しっかり管理されていますから、個体管理は完璧ですよ」

 

「そっか。山林とか、自然のままに任せていたらひどいことになるしなぁ」

 

 適度に間伐してやらないと、土砂崩れが起こったりするのだ。

 土砂崩れもまた自然現象と言えるのだろうが、未来の世界ではどうやら自然は管理するべきという考えのようだ。

 地球は定期的に温暖化と寒冷化を繰り返しているというから、きっと放っておいたら失われてしまう動植物も多いのだろう。

 

 そんな自然観賞を楽しんだ後、俺達はシブヤ・アーコロジーに辿り付いた。

 外観や内装は、ヨコハマ・アーコロジーとそう変わったところは見られない。

 そこで、俺は物知りヒスイさんに尋ねてみることにした。

 

「ヒスイさん、シブヤ・アーコロジーってどんなところなの?」

 

「シブヤ・アーコロジーは、ニホン国区にある企業の本社が集まる広大な産業区を有しています。働く一級市民の数が、ニホン国区の中でもっとも多い場所ですね」

 

「うーん、俺のいた時代とはだいぶ様子が違うんだな」

 

「21世紀では、どのような場所だったのですか?」

 

「俺は行ったことはないんだけど、若者の街?」

 

 正直、テレビでのイメージしかないんだよな。奇抜な格好をした若者達の集まる大都市という印象だ。

 

「なるほど。現代では、シブヤ・アーコロジーの二級市民達は、外をそれほど出歩きませんね」

 

 その辺は、ヨコハマ・アーコロジーと変わらないんだな。いや、ヨコハマ・アーコロジーはスタジアムでスポーツ観戦をする人がいるっていうから、外出は多い方なのか。

 

 そんな会話をしながら俺達は移動用の乗り物、キャリアーに乗り、目的地へ向かう。

 移動はすぐに終わり、俺達は『ニホンタナカインダストリ』とカタカナで書かれてある看板が掲げられた、大きな建物へ辿り着いた。

 はー、本当に立派な建物だ。

 ちょっと物怖じしていると、ヒスイさんが俺を先導するように歩き出したので、それについていき、建物の中へと入る。

 

 エントランスホール。

 それは吹き抜けになっており、広い空間があった。

 そして、そのホールの真ん中に、巨大な一台のロボットが鎮座していた。

 人型のロボットである。

 

「うわ、ヒスイさん! あれ、あの人型ロボット何!?」

 

「あれは、太陽系統一戦争で用いられた人型搭乗兵器マーズマシーナリーのニホンタナカインダストリ製モデル、ベニキキョウですね。戦争のエース、サンダーバード博士の専用機です。実際に戦争で使われた機体ですよ」

 

「うわー、ヒスイさん、何そのワクワクが押し寄せてくるようなワードの嵐!」

 

 紫色に塗られた機体が、直立している。注視すると、高さ八メートルだとミドリシリーズのボディスペックのおかげで把握できた。

 21世紀では、ロボットアニメに出てくる機体を実物大にした立像がお台場でお披露目されていたりしたが……、これは立像ではなく本物の機体だというのか。

 やべー、本物の人型搭乗ロボット見ちゃったよ。

 

「ヨシムネ様はあれに興味がおありですか?」

 

「もちろん!」

 

「では、シミュレーター系のゲームを見つくろっておきます」

 

 ロボットに乗るゲームか。それはまた、身体が闘争を求めそうなゲームだな。

 

 興奮をなんとか静めつつ、俺はヒスイさんに先導されて受付へと行く。

 受付には、美人の受付嬢が座っていた。耳にアンテナが付いているから、ガイノイドだろう。

 受付嬢の前にヒスイさんが立つと、受付嬢はすぐさま口を開いた。

 

「お待ちしておりました。第一アンドロイド開発室へお進みください」

 

「ご苦労様です」

 

 そう言ってヒスイさんは、建物の奥へと進み始める。

 

「おおう、顔パス……」

 

 あまりにもすんなりいったので、俺はそんな言葉を漏らしてしまう。

 すると、ヒスイさんが顔だけ振り返って俺に向けて言った。

 

「ニホンタナカインダストリのアンドロイドはネットワークで繋がっていますので、現実世界での会話は必要ないのですよ」

 

「ああ、他のミドリシリーズとやりとりしているっていう、例の奴ね」

 

 ヒスイさんが社屋の中を進むと、ところどころにある扉が自動で開いていき、足を止めることなく俺達は奥へと向かっていた。

 

「おおう、なんとも未来的なギミック……」

 

「私を承認して開いている扉なので、ヨシムネ様は、はぐれないようにしてくださいね」

 

「一人になったら扉と扉の間に取り残されるってわけだな」

 

 そうしているうちに、俺達は『第一アンドロイド開発室』と書いてあるプレートが掲げられた部屋の前に辿り着く。

 そこは自動で扉が開かず、ヒスイさんは足を止めて扉をじっと見つめた。

 数秒経過すると、扉が開き、向こう側から何やら人が飛び出してきた。

 

「やっと会えたね、ヨシムネ!」

 

「ぐえっ」

 

 飛び出してきた人に、俺は抱きつかれる。

 

「私、ミドリ! よろしくね!」

 

「ぐえー、締まってる締まってる」

 

「あ、ごめんなさい」

 

 強い力で抱きつかれたので、俺はじたばたともがく。すると、相手は素直に解放してくれた。

 俺は相手から距離を取り、改めてその容姿を確認する。

 高校生くらいの黒髪の少女。耳にはアンテナ。顔は、どこかで見覚えのある容貌だ。

 

「どうも、瓜畑吉宗(ウリバタケヨシムネ)です。そちらはどちらさんで?」

 

「もう一度自己紹介? 私はミドリ。よろしくね」

 

 へー、ミドリさんね。ミドリかぁ。すごくミドリシリーズに関係ありそう。

 

「ミドリシリーズの人ですか?」

 

「うん、そう。ミドリシリーズ一号機。仕事は、マンハッタン・アーコロジーで芸能人をしているよ」

 

 胸を張って、ミドリさんがそう主張する。

 

「なるほど、一号機。つまり、ヒスイさんのお姉さん?」

 

「そうね。私はみんなのお姉さんと言えるね」

 

「尊敬できる先達ですが、特に姉と思ったことはありません」

 

 俺とミドリさんがやりとりしていると、そんなことを横からヒスイさんが言った。

 

「何よー。そもそもあなたが、新しい妹ができたって言いだしたんじゃない」

 

「ヨシムネ様は妹ですね」

 

「つまり私は、あなた達のお姉さん!」

 

「……そういうことにしておきましょう」

 

 うーん、仲がいいのか悪いのかよく解らんやりとりだな。

 そんなやりとりを眺めていると、開いた扉の向こうから、開発室の室長であるタナカさんが顔を出した。

 

「こらこら、扉を開けたまま騒ぐんじゃないよ」

 

「あ、それもそうだね。さ、入りましょ」

 

 俺とヒスイさんは、ミドリさんを先頭にして扉の向こうへと入っていく。

 

「あっ、そうだ忘れてた!」

 

 部屋の中へ完全に入ったところで、ミドリさんがはっとした顔をする。

 

「何か?」

 

 ヒスイさんがそう聞くと、ミドリさんは、にっこりと笑って俺の前で両の腕を広げる謎のポーズを取った。

 

「ようこそ、第一アンドロイド開発室へ!」

 

 彼女がそう言った瞬間、視界の中に多数のガイノイドが突然現れた。

 全て半透明に透きとおった姿をしている。おそらく、AR表示だ。

 そのガイノイド達が、揃って俺に向かい言った。

 

「ヨシちゃん、初めまして!」

 

 突然の展開に、俺は呆然とするしかない。これは、いったいどういう状況なんだ。とりあえず、何か返事をしないと。

 

「……初めまして。みなさん、どちら様で?」

 

「宇宙中にいるミドリシリーズが、妹を見にネットワーク越しに集まってきているよ」

 

 俺の問いに、そうミドリさんが説明してくれる。

 どうやら知らない間に、俺にはたくさんの姉ができているようだった。俺、一人っ子のはずなんだがなぁ。

 


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