21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信! 作:Leni
スペースコロニーのミーティングルームは、葬式のような暗い雰囲気に包まれていた。
いや、実際に人が一人死んでいるわけだから、葬式のようなというか通夜そのものではあるのだが。しかし、その遺体はない。戦争で人が死んでも遺体が帰ってこないのは当然のことなのだろうが、やるせないな。
「マックス……畜生!」
「俺達がうかつだったんだ……」
マーズマシーナリー隊の隊員達は、戦艦に釣られたことを後悔しているようだ。
確かに、戦闘宙域から出なければ、敵戦艦があれだけテレポーテーションで飛んできたとしても、電気妨害力場でなんとかなったかもしれない。だが、俺達は見事におびき寄せられてしまった。
「遮蔽物のない宇宙で釣り野伏せとは、たまげたなぁ」
俺がそう呟くと、マーズマシーナリー隊の視線が俺に集まった。
「フレディ、何か知っているのか?」
「ああいや、相手の使った戦法だよ。部隊を囮と待ち伏せに分けて、囮が敗走に見せかけて待ち伏せポイントに敵を釣るっていう。地球の日本という国で、戦国時代に使われた戦法だな」
「戦国時代……」
「戦争の時代か……」
「俺達は、戦法とか戦術とか何も知らない……」
『申し訳ありません。私も、戦術面ではインプットが足りないので、サポートを適切に行なえませんでした』
マーズマシーナリー隊とスフィアが、そう言って暗く沈む。
惑星マルスは地球の植民地だった。だから、研究資料はあれども過去の戦争に関する資料などは存在していなくて、俺達は今日まで手探りで戦ってきた。コンピュータ・ネットワークも地球とつながっていないしな。
今までの戦いがどうにかなっていたのは、スフィアが人間を越えた知能を発揮してくれていたからだ。それでも、敵に凝った戦術を絡められると、俺達は途端に対処が難しくなるようだ。
『フレディは戦術に明るいのですか?』
そうスフィアが尋ねてくる。
「いや、戦争ゲームをいくつかやったことあるだけだな……」
『そうですか。でも、それでもその経験があるだけ他の人よりましです。フレディ、マーズマシーナリー隊のリーダーを引き継いでくれませんか?』
「ええっ、そんなこと急に言われても……別にいいけど」
『ヨシちゃん即答かよ』『新リーダー誕生!』『マックス、成仏しろよ……』『マックスの遺志を継ぎ、フレディはスーパーフレディに進化するのだ!』
視聴者のコメントでしんみりした雰囲気が吹っ飛んだな!
いや、これが現実だったら俺もリーダーの座を受けるか悩むのだろうが、ゲームだしな。サクサク行こうか。
「それで、スフィア。再度の出撃は必要か? 敵の艦隊が近くまで来ているんだろう」
俺がそう言うと、マーズマシーナリー隊の面々は、はっとした顔をした。
『それが、マックスを撃破後、撤退していきました。先ほどの戦艦との戦闘で、スペースコロニーまでの経路はナノマシンが漂ったままですから』
「でも、ここまで近づいておきながら、戦果がマーズマシーナリー一体で、敵は納得したのか?」
なんでも、惑星マルス周辺は、敵が直接テレポーテーションをできないよう、薄いサイコバリアを張っているらしいのだ。
惑星の住人達のソウルエネルギーを少量ずつ徴収することで、莫大な量のソウルエネルギーを集め、それを元にサイコバリアを展開しているとのこと。住民からエネルギー徴収とか微妙にディストピアっぽい所業だが、戦争中なのでやむなしである。
それで、今回敵が飛んできた場所は、そのサイコバリアのぎりぎり外。
俺達が今居るスペースコロニーが完成すれば、そのバリアの範囲も広がるから、今回の戦闘は、敵にとって惑星まで攻め込む最後のチャンスともいえた。
『おそらく敵の目的はマーズマシーナリーの
そのスフィアの言葉に、マーズマシーナリー隊の面々がざわつく。
『敵のサイ兵器は、こちらのマーズマシーナリーサイコタイプより明らかに質が劣っています。よって、こちらの兵器を鹵獲し、リバースエンジニアリングすることで、戦力の向上を図ろうとしているのでしょう』
「敵がマーズマシーナリーを使ってくるってことか!?」
俺は、思わずそんなことを叫んでいた。
『はい、その可能性は高いです』
よ……よ……よっしゃー! ロボット大戦じゃー!
俺はそう心の中で快哉を叫んでいた。
『不謹慎! 不謹慎じゃないか!』『それでも口には出さない理性が、ヨシちゃんにはまだあった』『口に出していたらぶん殴られていたな、きっと』『ヨシちゃんはさあ……戦争狂の人?』『でも実際、このゲームが楽しいのはここからですよね』『マ、マザーがそういうなら許そうか』
ゆ、許された。さすがに英雄の死の場面ではっちゃけすぎたのはよくなかったか。いや、そもそもこの雰囲気ぶち壊したのは、視聴者が先だったな!
まったくもう、駄目な視聴者さん達ですね。
そんな脳内会話を視聴者と繰り広げていたら、ミーティングルームに入室してくる者がいた。
マックスのオペレーターである女性だ。目に涙を浮かべているが、それよりも手に持っている物が俺は気になった。
それは、一枚の便せん。
「みなさん……マックスの部屋に行ったら、机の上にこんな物が……」
オペレーターは、そう言って便せんを俺に手渡してきた。
それは、遺書であった。
周囲の目が俺に集まる。俺は、それに急かされるように遺書を読み上げ始めた。
『戦争兵器の搭乗員となり、明日をも知れぬ身となったため、この文書をここに残す。
これをみんなが読んでいるということは、俺が死んだということだ。
もし、俺が今も元気に生きているってときは、何も見なかったことにして忘れてくれ。
遺書として何かを書こうかと思ったのだが、意外と書くことが思いつかないので、簡潔になることを許してほしい。
俺が伝えたいことは、普段からみんなに伝えるようにしている。俺が死んだとしても、心残りはたった一つだ。
それは、惑星マルスの真の平和を見届けられなかったことだ。地球人達をどうにかして退けて、マルスでみんなと平和に過ごす。そういう日々を俺は送りたいのだ。
みんな、俺みたいになるなよ。惑星マルスで待っている人達がいるんだ。地球人達をやっつけて、平和をその手に掴んでほしい。
ただ、別に地球人を憎めだとか殺し尽くせとか、そういうわけじゃないぞ。
話し合いで解決できるならそうすべきだし、人死には少ない方がいい。スフィアにもそう言っといてくれ。
俺の好きな言葉は『平和』だ。戦争なんてまっぴらごめんだ。
でも、戦わなければ得られないものはある。
惑星マルスに平和が訪れるまで、しんどいだろうがどうにかやってくれ。どうにかする方法は、スフィアがなんとか考えてくれるさ!
だからみんな、俺みたいになるなよ。俺の最期の頼みと思って、無事にマルスの土をその足で踏んでくれ。
戦友達に神のご加護がありますように。
マクシミリアン・スノーフィールド』
「マックス……」
場がしんみりとする。遺書か。俺だったら、パソコンのデータを消してくれとか、21世紀にいた頃は書いていただろうな。ガイノイドボディになってからというもの、全然エロい気分にならないから、今はそういうエロデータとは縁がないが。
はっ、俺の実家の私室にあったパソコン、どうなったんだ!? もしかして、この時代の研究所に、VR機器みたいに回収されていないだろうな!? いかん、SSDの中身を消去してもらわねば!
『この場面で考えるのがそれかよ!』『ヨシちゃんマイペースすぎる』『ヨシちゃんの個人データか……』『ごくり』『正気に戻れ! 32歳のおっさんのエロデータだぞ!』『そういえばヨシちゃん、おじさん少女だったわ』『いや、おっさんだからこそ、そのエロデータに価値があるというか……』『歴史的史料として興味があります。ええ、歴史的史料として』『若い視聴者多いなぁ……』
おっと、いかんいかん。強く念じすぎると、視聴者に思考が漏れるんだった。
取りつくろわねば。
「マックスの遺志は俺達が継ぐ! 平和をこの手に!」
「おおっ!」
俺の言葉に、しんみりしていた場は一気に力強い雰囲気になった。
隊員達が、口々に仇は取る、真の平和を、とか言い合っている。
うんうん、よかよか。
そう俺達が盛り上がっていたときのことだ。
『よかったですね、あなたの遺志は継がれましたよ、マックス』
『ああ、そうだな。スフィアもあとは頼むよ』
突如、部屋にマックスの声が響いた。場がしんと静まりかえる。
マックス……お前……。
「生きとったんかワレェ! 雰囲気ぶち壊しだぞ!」
『ま、待て! 待て待て! 死んだよ! 俺、しっかり死んだ!』
「んん!?」
突然のことに、俺だけでなくマーズマシーナリー隊の面々やオペレーターも困惑した顔になる。
死んだのにこうやって会話している……。ん? あ、ああ。そういうことね。この時代でも、もう可能なのか。視聴者にスノーフィールド博士がいたんだから、当然予想してしかるべきだった。
『実はな、フェンリルに残っていたソウルエネルギーを使って、惑星マルスの有機サーバマシンに魂をテレポーテーションしたんだ。研究者達が、魂を機械に保存する新技術を開発して、フェンリルにその機能を搭載していたらしくてな……』
フェンリルとは、マックスのマーズマシーナリーのことだ。
北アメリカ統一国製マーズマシーナリー・スピカ、ソウルタイプ。開発コードネーム・テラ。個体識別名フェンリル。無駄に格好いい名前だ。
ちなみに俺の機体はサンダーバードと名付けられた。それ、苗字じゃねえか。
「魂を保存!? そんなことが可能なのですか!?」
オペレーターの子が驚いたようにそう叫んだ。オペレーターですら知らない機能か……。
『相当量のソウルエネルギーがあれば可能らしい。マーズマシーナリーには、機体を動かすための物とは別に、それ専用にエネルギーがプールされているみたいだ』
「そうなのですか……。でも……魂をそのように扱うなど、はたして神は許すのでしょうか……。いえ、マックスが生きていたのは喜ばしいのですが……」
『死んでる』『死んでる死んでる』『マックス死んでるよ生きてないよ』『この時代は宗教がまだ根強かったんだなぁ』『死後の世界って本当にあるのかね』『そこのところどう思います? スノーフィールド博士』『少なくとも300年、仮初めのアンドロイドの中で存在し続けて、死神がやってきたことはないなぁ』
オペレーターの子の発言に、視聴者コメントがそんな突っ込みを入れた。そういえば、死後の世界はまだこの時代でも解明されていないんだったな。
『惑星マルスに神なんていないさ。数々の神話の中で作られたのは地球であって、俺達の星じゃあない。かつての死の大地をここまで切り開いたのは、神ではなく惑星マルスに住む人々さ』
神の奇跡じゃなくてテラフォーミングによる創世ってことだな。でもな、マックスよ。
「遺書に、神の加護がありますようにとか書いた奴の台詞か? それ」
俺は、思わずそんな突っ込みをマックスに入れてしまう。すると、場は大爆笑。マックスですら笑っていた。
『ははっ、まあ、そういうわけで俺は死んでいるが生きている。サーバマシンから出る方法は知らないから、またマーズマシーナリーに乗るってわけにはいかないが……フレディ、後は頼んだぜ』
「ああ、任されたよ」
『俺は、スフィアと一緒にサポートAIを作っていく。だからみんな、後方は安心して任せてくれ。あと、死んでも魂が無事に済むからといって、俺みたいに死に急ぐなよ』
マックスのその言葉に、隊員の一人が答える。
「よせやい、俺はワイフとともに優雅な老後を過ごすんだ」
笑いが再び起き、場は和やかになった。
こうして俺達は一つの敗戦を経験し……それを教訓としてスフィアは軍備のさらなる拡充を進め、惑星マルス周辺宙域に大艦隊を展開。
そして、地球側も連合を組み、新たなサイ兵器を戦場に投入する。
ここに、人類史上初めてとなる、大規模な宇宙戦争が勃発したのだった。