21世紀TS少女による未来世紀VRゲーム実況配信! 作:Leni
ヨコハマ・アーコロジーの夏祭り。俺は視聴者と味覚を共有して、屋台の料理を心ゆくまで楽しんだ。
人間ボディだったら満腹で動けなくなっているところだ。
「だいぶ食べたし、次は屋台で遊んでいこうか」
俺がそう言うと、ヒスイさんは「了解しました」と言って口元をハンカチでぬぐった。
遊ぶ屋台はだいたいが景品をもらえるが、荷物を増やすのもなんなので遊ぶだけで景品を拒否しよう。いい物が当たったらそれだけもらう感じで。
「まずは、射的だ!」
「射撃はお任せください」
「そう? じゃあヒスイさんから」
ロボット店主からコルクガンを受け取り、ヒスイさんに渡す。すると、ヒスイさんは本格的な構えを取りコルクを撃った。しかし。
「むむ!? 真っ直ぐ飛ばないですね」
見事に失敗していた。
「あはは、そりゃあ真っ直ぐ飛ばないように作られているからね。基本変な方向に飛ぶけれど、偶然真っ直ぐ飛ぶことを祈るみたいな遊戯だよ」
「ここは、屋台プログラムをインストール……プログラムがありませんね」
「屋台の遊びに専用プログラムを作る人はいないでしょ……」
ヒスイさんの言葉にあきれて、俺はそんな突っ込みを入れた。
ヒスイさんは悔しそうな顔をして残りのコルクを撃っていく。だが、全て外れた。
『まさかの敗北』『さすがじゃないですヒスイさん』『ミドリシリーズにもできないことってあるんですね』『銃の癖を見抜くくらいやってくれると思ってた』
辛辣な視聴者コメントがヒスイさんに突き刺さる。
がっくりとうなだれるヒスイさん。仕方ない、俺が仇を取ってやるか。
「おっちゃん、もう一回ね」
そう言ってクレジットを支払い、銃を受け取った。
そして俺は銃を右手に持ち、手前の台から右腕を伸ばす。さらに、台に半身を乗せてより腕が前に行くようにした。
『ありなのかそれ』『的が遠いなら近づけばいいじゃないの精神』『ずるくない?』『店長の判断はいかに!?』
キューブくんのカメラとヒスイさんの視線が店長ロボットの方を見る。
『セーフですヨ』
よし、判定が下った! 撃てー!
小気味よい音を立ててコルクが飛び、景品の一つに命中した。しかし、倒れない。
「ああ、惜しい!」
「あれ、今のは命中ではないのですか?」
悔しがる俺に、ヒスイさんが不思議そうに聞いてくる。
そこで店長ロボットがそう言う。
『景品を倒さないと駄目ダヨ』
というわけだ。俺はコルクを銃口に詰め、もう一度挑戦する。すると、今度は見事に的の箱が倒れた。
「いよっし!」
ガッツポーズを取る俺。
すると、周囲で見守っていた人達から拍手が飛んできた。
「あ、どうもどうも。配信中でお騒がせしております」
俺は周囲に向けてぺこぺことお辞儀をした。
『ヨシちゃんの知名度向上のチャンス!』『ほら、宣伝して!』『いつもので!』『早く早く』
くっ、やるしかないのか!
「どうもー、21世紀おじさん少女だよー。普段はゲーム配信をしているから、気になった人はチェックしてね!」
「助手のミドリシリーズのガイノイド、ヒスイです。ヨコハマ・アーコロジーを拠点に活動しております」
ポーズを取ってそう宣言すると、周囲から「頑張れよー」「浴衣可愛い!」「ミドリシリーズってマジ?」と様々な反応が返ってくる。俺はそれに手を振り、残りのコルクを撃ちに戻った。
だが、残りは見事に外れて、俺は景品の箱を一つ受け取った。ラムネ菓子だ。箱の中身を開けて、ヒスイさんとシェアしてその場で食べる。
「次は向こうに見える輪投げかな」
「ランダム要素が絡まないならばお任せください」
「アンドロイドの正確な投擲が屋台を襲う!」
そんな会話をしながら輪投げの屋台に向かう。
『実際、アンドロイドなら輪投げ外さないだろ』『赤字にならないのかね』『景品安いんだろ』『輪投げってなに?』
輪投げを知らない視聴者がいたので、俺は輪投げについて説明した。その名の通り、輪っかを投げて棒の間に輪っかを通し、通った輪っかの数で景品がもらえるという遊びだ。
ヒスイさんがまず初めに投げ、輪は全部棒に通った。俺も挑戦すると、ガイノイドになって手先が器用になったのか、これもまた全部成功だ。
『この中の景品から選んでネ!』
そう店主からうながされ、玩具やお菓子の並ぶ景品から俺は何かないかと探す。おっ、これは……。
「ヒスイさん、これあげる」
「なんでしょうか。……髪飾りですね」
青い蝶々の髪飾りだ。安っぽい作りだが、祭りの最中につける分にはいいだろう。
「つけてくださいますか?」
「はいよ」
浴衣に合わせてアップになっているヒスイさんの黒髪に、俺は髪飾りをつけた。うん、可愛い。
「では、少々お待ちください」
そう言ってヒスイさんは景品を真剣な表情で見つめた。
そして、見つけたのは四つ葉のクローバーの髪飾りだ。綺麗な翡翠色をしている。
「これをどうぞ」
ヒスイさんとお揃いでアップにした俺の髪に、ヒスイさんが髪飾りをつけてくれる。
「ありがと」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
俺とヒスイさんはそう礼を言い合い、そして笑った。
『何この姉妹可愛い』『尊み』『本当の姉妹みたいやわぁ』『何言ってんだ本当の姉妹だろ!』
いや、本当の姉妹ではないからな。ヒスイさんに洗脳されないように。無粋なので口には出さないが。
「おっ、ヒスイさんあれ、ロボット金魚すくいだって。ロボットなのか」
「ええと……超小型バッテリー内蔵で、無充電で一年は動き続けるそうです。充電すれば、さらに動きます」
「生き物飼うのは金魚でも面倒だからな。ロボットにしているのは賢い」
きっと餌やりもいらないんだろう。いや、餌を消化する器官が付いていないという方が正しいか。
俺達はロボット金魚すくいの屋台に近づく。
「でもヒスイさん、金魚いる?」
「いらないですね」
「俺も特にインテリアとしては別に欲しくないなぁ」
『おやっ、お姉さん達。持ち帰りなしで、遊びですくうだけでもイイヨ。ロボットなのですくっても弱らないからネ』
ロボット店主が俺達の会話を聞き、そんなことを言ってくる。
「そうか、じゃあ、やってみようか」
「はい」
そしてまたもやヒスイさんの挑戦からだ。
『今度はいけるか?』『金魚すくいって初めて知った遊びだ』『水に溶ける容器で金魚をすくう遊びだよ』『水に溶けるのか……ちょっと想像できない』
「行きます……あっ!」
お椀を片手に構え、もう片方の手で持つポイを水中に入れるが、金魚をすくおうとしたところ、一発でポイは破けてしまった。
『あー』『残念』『ヒスイさんでも駄目じゃったか……』『これ、本当にすくえるの?』
視聴者達が落胆のコメントをする。
ヒスイさんは「ぐぬぬ」と悔しがっていた。
「ヒスイさん、交代だ。よーく見ておくんだぞー」
クレジットを支払い、店主からポイとお椀を受け取る。
そして、俺は金魚の入った水槽を前に、待ちの態勢を取った。金魚が水面近くに来るまで待つ、待つ、来た! 水面を切るようにしてポイを滑らせ、ポイの上に金魚を載せる。そして、そのままの勢いでお椀に金魚を入れた。
「さすがです、ヨシムネ様」
『お客さんなかなかヤルネ』
『ヒュー』『今日のヨシちゃんさえているなぁ』『屋台マスターヨシ』『アナログゲーム配信もいいよね』
そうか、これも一種のゲーム配信か。その発想はなかった。
俺はそう感心しながら、ヒスイさんにまだ破けていないポイを見せた。
「水の抵抗をいかに少なくするかがコツだな。水面の上の方を横に滑らせるようにやるんだ」
「なるほど。理解しました。もう一度挑戦してみます」
ヒスイさんがまた挑戦するというので、俺は店主にクレジットを払った。屋台の料金は基本的に俺持ちだ。ヒスイさんは三級市民で配給クレジットが少ないからな。最初はヒスイさんに固辞されたが、配信の必要経費として押し切った。
「行きます」
ヒスイさんは、水面に浮いてきた金魚を素早くポイですくいとった。
「おおー、やるじゃん」
「やりました。破けるまでは挑戦していいのですよね?」
『イイヨー』
その後、ヒスイさんは見事に金魚をすくっていき、合計3匹の金魚をすくいとった。俺も破けるまで5匹すくい、全てリリース。
ヒスイさんもリリースするのかと思いきや。
「あの、ヨシムネ様。今日の記念に、持ち帰ってもいいですか?」
「いいんじゃない? ただし、イノウエさんに水槽を倒されないよう設定はしっかりな」
「はい」
『お姉さん達、楽しかったかい? またすくいたくなったら来てネ』
そう弾んだ声で言うロボット店主に、水の入ったビニールのような透明の巾着袋へ金魚を入れてもらい、ヒスイさんはそれを嬉しそうに受け取った。
『祭りを満喫しているなぁ』『俺もコロニーの祭りがあったらフレンド誘って行こうっと』『リアルの遊びもいいもんだね』『なんで俺の隣にはヨシちゃんとヒスイさんがいないんだ……』
隣に誰かがいてほしいなら、リアルフレンドマッチングサービス利用しろよな! 俺は必要ないからサービス使ったことないけど!
さらに次の屋台を求め、踏み出そうとしたそのときだ。ヒスイさんが俺を呼び止めてきた。
「ヨシムネ様、そろそろ花火大会の時刻が近づいてまいりました。場所を確保しにいきましょう」
「おっ、確かに天井の照明も青いな」
アーコロジーの天井にある照明は、夕方に赤、夜に青が混じるようになっている。
花火大会に遅れないよう、俺達は大会会場に向かう。
人は多いが、場所が確保できないほどではない。俺達は床にシートを敷き、座り込んだ。
そして、視聴者達と雑談することしばし。ハマコちゃんボイスによる花火大会が始まる案内が周囲に流れ、天井の照明が控えめになり海の向こうの星空がくっきりと見えるようになった。
「アーコロジーの照明が落ちるの、初めて見るなー」
そんなことをぽつりとこぼすと、後ろから声がかかった。
「暗いですが、警備ロボットが監視しているので安心して見ていてくださいね!」
「おわっ、ハマコちゃん! 大会のアナウンスしていたんじゃないのか?」
「はい、今日のお仕事は、残りは花火大会終了のアナウンスだけなので来ちゃいました! 視聴者の皆様もこんばんは!」
『わー、ハマコちゃんやん!』『もはや準レギュラー』『ハマコちゃんも浴衣やん!』『宣伝頑張っても俺達は惑星テラにはいけないぜ!』
「自然を見にいかないで、アーコロジーの中だけで観光するなら観光費用も安く済むんですよ! みなさん、来年の夏祭りの参加検討してくださいね!」
俺の配信をちゃっかり宣伝に使おうと画策するハマコちゃんの今日の格好は、白い生地に青の朝顔柄の浴衣だ。赤髪をポニーテールにしているのは海水浴の時と同じだな。
「それよりもヨシムネ様、ハマコ様、花火が上がりますよ」
「そうだった」
「おっと、いけませんね!」
俺とハマコちゃんは、ヒスイさんの言葉にあわてて海の方角を向く。
すると、空気が震えるような音を立てて複数の火の玉が空の上に上がっていく。そして、軽快な炸裂音を立てて、大輪の花が夜空に咲いた。
さらに続けざま、花火が連続して空に上がる。色とりどりの花火が東京湾の空を彩った。
『はー、配信画面じゃなくて現地で見たいなこれ』『確かに』『惑星じゃないと無理だよなぁ、花火って』『コロニーだと天井の高さ足りないだろうな』『綺麗だなー』
視聴者も花火を満喫しているようだ。俺は次々と上がる花火に満足して言った。
「いいねぇ。夏だねぇ。ハマコちゃん、花火はどこの会社が上げているの?」
「会社ですか? いえ、観光局に専門部署があって、そこで花火を製造から打ち上げまで一元管理していますね」
なるほど、ヨコハマ行政区の観光局が上げているのか。
また花火が上がったので、俺は花火が炸裂するのに合わせて声を上げた。
「ヨコハマ屋ー!」
「ヨシムネさん? なんですかそれ?」
ハマコちゃんが俺の行動を見て、不思議そうに尋ねてくる。
「花火を上げるときに、たまやとかかぎやとかのかけ声言うのを知らない? あれって、江戸時代にあった花火屋の屋号で、花火を上げた人達の屋号を叫んでいるんだよ」
「たまや? かぎや? 知らないですね! でも、屋号を叫ぶなんて風習、昔はあったんですね」
「そうだな。江戸時代の風習が、部分的に21世紀にも伝わっていて、たまやさんもかぎやさんもいないのに見事な花火にはたまやーとか叫ぶ人がいたんだ」
まあ、実際に叫ぶ人なんて滅多にいなかったけどな。
「はー、だからヨコハマ屋と」
「そうだな。ヨコハマ行政区の観光局の人達が花火を上げているから、ヨコハマ屋」
「なるほどー。あっ、ヨコハマ屋ー!」
「ヨコハマ屋ー」
ハマコちゃんとヒスイさんも花火を見ながら俺の言動に乗ってきた。
『久しぶりにちゃんとした解説付きの21世紀トークだったな』『21世紀トークというか近世トーク?』『江戸時代はたしか『-TOUMA-』の作中の時代だったよね』『『-TOUMA-』もだいぶ前のプレイなのによく覚えているな』
ヒスイさんとハマコちゃん、そして視聴者と一緒にわいわい話しながら花火を楽しむ。
そして、花火は三十分ほど続いて、最後に夜空一面に大量の花火を咲かせて終わった。
「いやー、すごかったですね! あ、ちょっと待ってください。『以上で花火大会を終了いたします』。……よし、今日のお仕事終了です!」
ハマコちゃんが会場アナウンスを入れると、暗くなっていた天井の照明がつき、あたりが明るくなった。
俺とヒスイさんは、終業を迎えたハマコちゃんにいたわりの声を向ける。
「おつかれさま」
「おつかれさまです」
「はい、今日もお仕事頑張りました。でも、お祭りはまだまだ続きますよ! 盆踊りをしにいきましょうか!」
そうして俺達はハマコちゃんに連れられて、盆踊り会場へと向かい元気に盆踊りを踊った。
浴衣が珍しいのか、ライブ配信が珍しいのか、俺達は散々参加者達の注目を浴びていたが、「21世紀おじさん少女をよろしく!」と宣伝して乗り切った。俺の精神も図太くなってきたと思う。
そして、晩ご飯を食べたいというハマコちゃんに付き合い俺達はまた屋台に繰り出し、祭りの夜を満喫したのであった。