我らが帝国に栄光を!   作:やがみ0821

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チャーブルの不機嫌

 連合王国首相のチャーブルは不機嫌であった。

 彼を不機嫌にさせているものは3つあった。

 1つは帝国が協商連合と本格的な戦争に発展しなかったことだ。

 帝国が中央軍を動かした瞬間、共和国が殴り掛かる算段だったが、その策は見事に流れてしまった。

 

 とはいえ、そちらについては既に別の策が進行している。

 万が一、帝国がのってこなかった場合のプランBだ。

 

 2つ目は帝国の中枢部との裏側のパイプが以前、全て遮断されてしまい、その後の再構築も全くうまくいっていないこと。

 5年以上前の話だが、ヴェルナーが音頭を取って、帝国政府や軍が本腰を入れて防諜対策に乗り出したことにより、政府や軍の高官などで連合王国と裏で繋がっていた連中は排除されてしまっていた。

 せめてもの救いはその被害を受けたのは連合王国だけではなく、共和国や連邦などもまた同じく裏側で繋がっていた連中を排除されていることだ。

 

 今や帝国中枢の情報は以前のようには入手できていなかった。

 

 

「魔法使いめ……カネや情報の価値を帝国に教えやがって……」

 

 友人としてなら、良い奴だとチャーブルは思う。

 彼と初めて会ったのは10年前のロンディニウムで開かれたパーティーだ。

 

 見た目は20代の若者だが、中身はそうとは全く思えなかった。

 とはいえ、チャーブル個人としては良い関係を築いている。

  

 何よりも良い葉巻をヴェルナーは定期的にプレゼントしてくれる。

 勿論、チャーブルはお返しにプレゼントを送るし、更には互いにパーティーに招待し合うくらいには仲が良い。

 

 だが、公人として見た場合は連合王国にとって最大の敵だ。

 ヴェルナーのおかげで、帝国はその国力を飛躍的に高め、連合王国にとって非常に拙い事態となった。

 10年前の帝国ならば、まだ問題なかった。

 だが、今の帝国は単独では敵わない。

 しかも強大化していくのを防ぐ術が連合王国にはなかった。

 何しろ帝国は戦争をせずに、純粋な経済活動で、欧州において覇権を築きつつある。

 

 対岸に、そのような強大な国家が出現することは連合王国の安全保障上、極めて問題がある。

 一部には帝国との同盟論が出ているが、まだそれを検討するべきではないとチャーブルをはじめ、多くの政治家達は思っている。

 

 だが、現実として連合王国においても帝国の製品は至るところで売買され、街中では多くの帝国製自動車が行き交っている。

 一方で、連合王国における自動車メーカーや航空機メーカーの一番のお得意様が帝国のヴェルナーだというのだから、お笑いだ。

 彼は各メーカーの新車が出る度に色違いを何台も纏めて購入してくれているし、他にも色々なものを大量に購入してくれる。

 しまいにはフィッシュ・アンド・チップスの専門店を帝都に開いてくれとチャーブルは彼からお願いされたことまであった。

 

 

 連合王国としては関税を高め、帝国製品が入ってくることを防ごうと検討されたこともあったが、予想される国民の反発を議員達は恐れ、また経済界の反対もあって無理だった。

 共和国でも似たようなものらしい。

 

 どの国でも経済界は政治家達にとって無視できない存在だ。

 彼らは愛国心を持っているし、商魂逞しいが、ハイリスクハイリターンである戦争をしようとは微塵も思っていなかった。

 帝国と競合している分野では負けているとはいえ、それでも戦争してまで帝国製品を排除したいか、というとそこまでのものでもない。

 

 何しろ、勝利できれば膨大な利益を得られるだろうが、負ければ全てを失う。

 そんな賭けをする輩は経済界には誰もおらず、それよりは新製品を投入して、巻き返しを図ったほうが堅実だ。

 

 もっとも、純軍事的には今ならばまだ倒せる可能性は高いとチャーブルをはじめとした政治家達や軍人達は考えている。

 連合王国、共和国、連邦、協商連合、イルドア、ダキア。

 6カ国で攻め立てれば、さすがの帝国も兵力が分散され、どこかから崩れる。

 

 帝国軍の装備は質こそ良いが、量が足らない。

 情報部によれば帝国軍で最新の装備を完全に充足している部隊は陸空軍ともに国境地帯に配備されている一部の部隊のみであり、中央軍であっても最新装備を完全に充足している部隊はほんの一握りだ。

 大半の常設部隊は一世代前のものを装備しており、予算の都合上、遅いペースで更新せざるを得ないというのが帝国軍の現状らしい。

 無論、その一世代前であっても越境してきた協商連合軍を蹴散らすには十分過ぎる程のものだが、軍事力の強化に力を入れている連合王国や共和国相手ではそうはいかない。

 互角か、ややこちら側が有利というのが軍の分析だ。

 

 

 帝国軍は戦車にしろ、戦闘機にしろ、高性能だが、製造にかかるコストは連合王国の戦車や戦闘機よりも多いと予想されている。

 

 そこが弱点であり、消耗戦に持ち込めば勝てると連合王国軍は分析していた。

 また帝国は植民地に資源を頼っているからこそ、海上ルートの遮断をすればますます早く干上がるだろう。

 海上ルート遮断において、障害となる帝国海軍はここ数年で旧式化した戦艦の多くを退役させ、記念艦にしてしまっている。

 戦艦は代艦建造分を除いて増強はされておらず4隻に留まっている。

 その一方で中型の空母であったりだとか、巡洋艦や駆逐艦、潜水艦といった中小艦艇、あるいは工作艦や測量艦といった後方支援艦艇に関しては多く建造されていた。

 中には実験段階らしい揚陸艦とかいうものや、防空に特化した艦もあるが、連合王国海軍の敵ではない。

 

 

 帝国にやる気がないなら、火種を作るまでだ。

 帝国の世論が一気に沸騰し、開戦を求めるように。

 そして、それは遅くても1年以内――1924年9月までには達成されるだろう。

 1年というのは中々に長い期間だが、帝国の世論が強固であることと自国の経済界の説得に必要な時間だ。

 

 ともあれ、帝国は経済的な発展により、その国民は自国から仕掛けるような戦争を否定している。

 故に少しずつ、気づかれないように好戦的な意見が主流となるよう、誘導していく必要がある。

 

 

 そして、この開戦工作は成功するものとして、既に開戦準備に向けて、連合王国や共和国、連邦、イルドア、ダキアも動いている。

 協商連合の新しい政権も――先の政権は既に倒れていた――この話に乗ってきている。

 連合王国が音頭を取って、帝国と領土問題を抱えている国全てを巻き込んで、袋叩きにし、領土問題の最終的な解決とする――それは魅力的な提案だ。

 もしかしたら、連邦あたりが開戦工作の結果を待たず、さっさと宣戦布告してしまうかもしれないが、それならばそれで全く問題はない。

 

 1カ国や2カ国では帝国を倒せないかもしれないが、四方八方から袋叩きにしてしまえば、勝てるという常識的な判断だ。

 

 合州国も、帝国が席巻している市場を取れる可能性が高いということで参戦に前向きだ。

 

 

 ちなみに、チャーブルが不機嫌な3つ目の理由は空軍で致命的な問題が生じていることだ。

 

「エンジンに泣かされるとはな……」

 

 連合王国の各メーカーは2000馬力級エンジンの開発に躓いていた。

 経済的には仲が良い帝国のメーカーから輸入しようにも、一定馬力以上の航空機エンジンやその関連技術は一部を除いて輸出禁止とされているか、もしくは輸出の為に厳格な審査が必要となってくる。

 これらは最先端軍事技術に分類されている為、5年が経過しなければ輸出禁止が解除されない。

 エンジン市場を独占するチャンスであり、帝国の各メーカーは政府に抗議したものの、帝国政府は頑として譲らなかった。

 もっとも輸出が許可されているエンジンであっても、連合王国の同クラスエンジンと比較すると、馬力は変わらずとも整備性や信頼性に優れているので、十分エンジン市場では帝国製品が優位に立っていた。

 

 

 当然、連合王国は諦められるわけもなく、アレコレと裏から手を回して手に入れようと躍起になっているが、成果は出ていなかった。

 

 チャーブルは空軍からの最新の報告書を読む。

 

 エンジン開発過程において、技術的問題点がつらつらと挙げられている。

 それらは短期では改善できないものが多く、時間を掛けて改善するしかないという。

 

 ただ、朗報もある。

 2000馬力には届かないものの、1700馬力クラスのロールス・ロイスのマーリンエンジンが順調に量産されている。

 これを搭載した戦闘機のスピットファイアや爆撃機のランカスターは良い性能だ。

 

 帝国軍の戦闘機にスピットファイアは一歩及ばない。

 及ばないが、それでも1機に対して2機をぶつければ勝てると彼は確信していた。

 

 

 

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