我らが帝国に栄光を!   作:やがみ0821

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大祖国戦争

 帝国にとって、決定的な事態となったのは1924年7月22日のことだった。

 書記長の意思一つで動ける、非常にフットワークが軽い連邦だからこそできたことかもしれない。

 国境地帯への陸軍及び空軍の集結が完了し、全ての準備が整ったという報告を聞いた彼は決断したのだ。

 

 

 

 

 7月22日午前9時12分――ルーシー連邦が帝国に対して宣戦布告、程なくして国境地帯で連邦軍砲兵による準備砲撃が始まり、同時に連邦空軍の数多の爆撃機が戦闘機の護衛の下、帝国の空へと侵入を開始する。

 

 

 しかし――彼らはすぐに帝国陸軍及び空軍の手厚い歓迎を受けることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「化け物めっ!」

 

 先陣として侵攻した連邦空軍のとある戦闘機パイロットは叫んだ。

 彼の乗機であるYak-1Mは連邦空軍における最新の主力戦闘機だ。

 しかし、全く通用しなかった。

 敵戦闘機は写真で見た通り帝国空軍のTa152だ。

 

 だが、全てにおいて、Yak-1Mは負けていた。

 速度など目も当てられない程の負け具合であり、どの高度においても直線では勿論、急降下でも急上昇でも、全く太刀打ちできなかった。

 武装においても、敵機は両主翼からシャワーのように弾丸を浴びせかけてくるのに対し、こちらは20mm機関砲と12.7mm機銃が1門ずつ。

 悲しい程の差だった。

 

 唯一勝っていたのは数であったが、その優位すらも既に覆されつつある。

 

 戦闘開始から5分で、早くも戦闘機隊は壊滅しつつあるのに対し、敵機は全く減っているようには見えなかった。

 

 

 それは侵攻した連邦空軍攻撃隊を襲った悲劇だった。

 Ta152は連邦空軍の攻撃隊やその護衛戦闘機と比べると、機数は少ない。

 ほぼ全ての地域にて、帝国空軍と連邦空軍は3倍程度の機数差があった。

 だが、あまりにも性能が違いすぎた。

 

 護衛を潰したTa152は悠々と攻撃隊に襲いかかり、連邦空軍の未帰還機数は開戦初日とは思えない、とんでもない数字となった。

 連邦空軍が差し向けた護衛戦闘機及び各種爆撃機の損耗率はもっとも良い場合で4割、悪ければ7割近くにまで達し、かろうじて戻ってきた機体も再度の出撃に耐えられるものは皆無であった。

 

 

 

 そして、連邦空軍の攻撃隊が攻撃目標到達前に帝国空軍の迎撃を受けて壊滅しつつある頃、帝国陸軍もまた反撃の火蓋を切っていた。

 東部方面軍には砲兵軍団が2個、常設されていた。

 師団数でいえば4個であり、これらは北部から南部にかけて、特に敵の兵力が多いと思われるところに展開している。

 砲兵師団とはその名の通り、各種火砲及びロケット砲を集中的に配備したものだ。

 

 この砲兵師団のコンセプトは攻勢前の準備砲撃、攻勢時の突破支援及び敵攻勢の阻止であり、この師団以外にも各師団所属の砲兵部隊も別に存在している。

 

 砲兵師団が展開している地域では投射弾量で連邦軍砲兵が押し負けることすらもあった。

 

 連邦軍による攻勢は早くも甚大な損害を出して頓挫しつつあったが、党の命令は絶対で、政治将校に睨まれたら司令官といえど物理的に首が危ない。

 準備砲撃は不十分に終わるどころか、むしろこちらの砲兵が押し負けるというところもあったが、連邦軍側は歩兵師団及び戦車師団による攻撃を開始させた。

 

 連邦は革命成功後、自らの地位を軍人や官僚に脅かされるのではないか、と疑心暗鬼に陥った書記長により大規模な粛清の嵐が吹き荒れ、それは革命軍に参加した多くの軍人や官僚などの離反を招いた。

 当然そのチャンスを逃さず、帝国は彼らが秘密警察に捕まって処刑される前に、ルーシー帝国時代から張り巡らせていた諜報網を用いて亡命させ、帝国に受け入れている。

 

 連邦軍は書類上では兵力こそ膨大であり、将兵に装備も――品質はともかくとして――行き渡らせていたが、内実は寒いものだった。

 軍の頭脳たる将官どころか佐官や尉官クラスでも、人数だけは揃えられていたが十分な知識があるとはいえず、また矢面に立つ兵士においても十分な訓練が施されているとは到底言えない状態だった。

 

 無為無策で、地雷原、鉄条網、対戦車壕、塹壕、トーチカが複雑に組み合わされた豊富な火力を有する陣地に突っ込むのは、まさしく自殺そのものだった。

 悲劇であったのは、準備砲撃が不十分であった為に、地雷原や鉄条網の多くが残っていたことだ。

 

 連邦軍兵士は塹壕やトーチカに辿り着く前に地雷で吹き飛ぶか、あるいは鉄条網を超えられず、電動ノコギリのような音を発する帝国軍の機関銃による弾幕が、まさしく射的のように彼らをバタバタと倒していく。

 死体が折り重なって積み上がるも、その死体を超えて連邦軍兵士達が恐怖に染まった顔で突撃してくるが、帝国軍は容赦なくその命を刈り取る。

 そして、帝国軍陣地にあるのは機関銃だけではなく、大口径の機関砲や直接火力支援用の野砲兼対戦車砲なども複数設置されていた。

 

 帝国陸軍は連邦軍の兵力をヴェルナーの意見を反映して600個師団以上と想定しており、これに基づいて彼が提案した挽肉計画を検討の上で発展――これをブラウ作戦と名付け、実行に移していた。

 

 

 

 

 そして、7月22日午後14時から緊急で開かれた帝国議会において、重大な決断がなされていた。

 君臨すれども統治せず、というのが帝国における皇帝であり、その君主大権の行使には内閣の助言と議会の承認が必要であると法律で定められていた。

 その皇帝が今、議場におり、演説を行っていた。

 ある大権の行使に対する議会の承認を得るために。

 

 その様子はラジオで生中継されていた。

 

『帝国存亡の危機であり、これは偉大なる我らが祖国を護る為の戦い、すなわち大祖国戦争である』

 

 ターニャもまた軍大学の寮、その自室で、それを静かにラジオから聞いていた。

 次に予想される言葉は彼女には想像がついていた。

 

『ここに余は動員令の発令、その承認を議会に求める』

 

 その直後、万雷の拍手に議場は包まれた。

 ラジオの実況が議員総立ちということから、満場一致だろう。

 

 帝国万歳や皇帝陛下万歳という声も聞こえてくる。

 そして、改めて議長による賛成の場合は起立を、という声。

 ターニャの予想した通り、議員全員が起立し、動員令の発令は承認された。

 

「なんだろうな、まるでソ連みたいなことを言っている」

 

 ターニャはそんな感想しか抱けない。

 そして、そのまま議事は進行されていく。

 

 戦時国債の発行に関することだ。

 既に軍事予算は短期間のうちに右肩上がりとなっていたのだが――追加で1000億マルクの国債発行が承認された。

 

 ターニャはそこでラジオの電源を切り、ベッドへと倒れ込む。

 

「勝てるか、勝てないか、という次元ではない。勝つしかない」

 

 正直、彼女はこの戦争がどう転ぶかは分からない。

 

 史実におけるドイツのように、四方八方から袋叩きにされるだろう。

 だが、史実ドイツよりも遥かに国力も人口も上で、戦略・戦術も明確な方針が定められている。

 

 何よりも、軍大学においてターニャは陸軍だけでなく、海空軍の現役将校達との交流する機会が多く生まれた。

 軍大学の三軍における交流促進ということで、10年程前から行われているものだ。

 

 仲良くなった空軍将校がもたらした情報はターニャにとって、予想できたものではあったが、それでもなお驚くべきものであった。

 

 空軍は大陸間戦略爆撃機の開発を順調に進めており、3年以内には量産されると。

 ターニャとしては当然、ミサイルの開発も行っているだろうと予想したが、さすがにどこで知り得たかという問題に発展する為、口にはしなかった。

 

 おそらく大陸間戦略爆撃機は保険で、本命は大陸間弾道ミサイルだと彼女は予想している。

 

 そして、当然、これらは合州国本土攻撃を狙ったもので、あの国が参戦してくることまでも帝国軍は想定しているのだろう。

 

「しばらくは学生生活を満喫しよう」

 

 もう1年くらいは大丈夫な筈だ、例え連合王国や共和国といった周辺国が参戦してきたとしても、と彼女は予想していた。

 

 

 そして、彼女の予想通り7月23日には共和国、翌日には連合王国、更に間を置かずダキア、イルドア、協商連合と帝国に対して宣戦布告した。

 だが、軍大学や士官学校の在学生はただちに前線へ動員されることはなかったが、戦時ということでカリキュラムが圧縮されてしまい、当初の予定よりも卒業が早まることとなった。  

 

 

 

 


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