「本当に災難だ」
フランクリン・ルーズベルトは溜息を吐いた。
彼は親帝国派の議員として、合州国で知られているが、彼の経歴を見ればそうなるのも誰もが頷けた。
彼はポリオを患ったが、事前に帝国の製薬会社が開発した不活化ワクチンを接種していたことにより、後遺症などもなく回復していた。
それ以来、彼は技術先進国である帝国との友好を唱え、また社会的な公衆衛生向上・予防接種の推奨などの福祉政策を推進していた。
口さがない議員からは帝国の代弁者と言われることもよくあるが、彼からすれば帝国を敵に回すなど、経済的にも政治的にも、そして何よりも地理的にもありえないと判断していた。
無論それは彼に予防接種を勧めていた友人であるヴェルナーの存在もある。
ヴェルナーは度々、手紙において帝国は合州国の利益を侵さないと何度も言及しており、ルーズベルトとしても大西洋を超えて帝国と戦うなんて、不可能な話であり、全くの同意見であった。
だが、合州国を止められなかった。
間の悪いことに、大統領選が終わった直後に連邦が帝国に宣戦布告し、そこから連鎖的に共和国やら連合王国やらが参戦し、帝国は袋叩きにある。
とはいえ、それは見せかけであり、蓋を開ければ政権を担っている共和党の議員達が真っ青になるようなものだった。
帝国軍はダキアを除く国境地帯から一歩も出ていない。
攻め寄せる敵軍を一方的に蹴散らしている。
それも万単位で。
これに焦り、慌てて義勇軍やら何やらを送り込み始めたのには呆れたものだ。
ルーズベルトは当然、この政府の行動に対して強硬に反対したが、政府の答弁は連合王国や共和国などの欧州諸国向けの輸出品であり、人員については退役した軍人、すなわち民間人であり、民間人の行動を制限することはできない、というものだった。
その規模が尋常ではなく、実質的な直接介入であったのだが、政府はそれで押し通した。
合州国の若者を関係のない戦争に送り出すなど彼にとっては言語道断だ。
帝国とやりあえば、どれだけの人命が失われるか、想像もしたくない。
そして、何よりも帝国と対決するよりも、友好関係を築いていたほうが、合州国にとって経済的な恩恵も大きいと判断している。
ルーズベルトにとって向かい風となったのは軍も乗り気であったことだ。
予算獲得のチャンスとでも思ったのか、政府の行動を後押しした。
今や合州国は直接介入以外のあらゆる行動でもって、連合王国、共和国、イルドア、協商連合、そして連邦を支援している。
レンドリース法が可決されたことで膨大な物資を各国へ輸出する必要があり、これに伴って合州国の経済は上向いている。
国民はそれに惑わされて、政府への支持率は高い。
「とにかく、帝国との直接対決は避けるか、あるいはもしそれが阻止できなかったとしても、早期に手打ちをしなければならない」
そもそも帝国は内外に向けて、全ての問題は武力ではなく、対話による解決を、と開戦の数ヶ月前に呼びかけている。
あくまで帝国はやられた側だ。
政府や議会で主流の帝国脅威論に対する反論、そして国民へ呼びかけるには十分で、ルーズベルトはそこを全面に押し出していく必要があると考えていた。
1925年5月12日、夜明け前のことだった。
イルドア南部にあるプッリャ州フォッジャ空軍基地では、ゆっくりと1機の連合王国空軍のランカスターが滑走路から離陸していった。
その後にもランカスターは続々と離陸を開始し、それはここ以外の複数の空軍基地でも同じであった。
離陸する爆撃機はランカスターだけではなくB24もまた多い。
作戦名タイダルウェーブ。
連合王国空軍からはランカスター452機、合州国義勇軍からはB24、334機がプロイエシュティ油田及びその施設を完全に破壊すべく、編隊を組んでアドリア海を東へと進んでいった。
しかし、彼らにとって災難だったことが幾つもある。
例えば、それはターニャの進言があったことからゼートゥーア経由で陸軍参謀本部に伝えられ、参謀本部がその進言を重く受け止めたこと。
あるいはヴェルナーが油田とその施設を守り抜かなくてはならないと決意していたこと。
そして何よりも、開戦以来、帝国空軍は常に優位に立ち損耗が少なく、余力が大いにあったことだ。
だからこそヴェルナーは空軍参謀本部経由で、引き抜けるだけの戦闘機部隊及び高射砲部隊を引き抜き、さらにはレヒリンからも量産前にある戦闘機達を持ってきていた。
さらに追い討ちをかけたのは、帝国空軍の戦闘機達は順調にそのエンジン馬力を向上させ、それに伴って機体自体にも改良が施されていたことだ。
そういったレシプロ機における最終発展型ともいえる各種戦闘機が、帝国の膨大な生産力を活かして問題なく量産・配備されていた。
更に陸軍参謀本部が手を回したことで、ダキアに駐屯する各師団所属の対空部隊もプロイエシュティ周辺に広く展開していた。
「くそっ! ここは地獄だ!」
あるB24の機長が叫んだ。
B24は梯団ごとにコンバットボックスを組んで、アドリア海を飛び、帝国領ダルマチア地方へと接近したのだが、そこから悪夢は始まり、今も続いている。
たった今も、右斜め前方を飛んでいた僚機が胴体の半ばから折れて、墜落していった。
帝国空軍の戦闘機はこちらの2倍から3倍はおり、彼らは練度も高く、その火力もB24を一撃で落とすには十分過ぎるものだ。
帝国軍は侮れないとはブリーフィングで聞いてはいたものの、ここまで強敵だとは想像もつかなかった。
既に第一梯団80機のうち、残っているのは20機あるかないか程度。
しかし、プロイエシュティはまだ遠い。
その一方で、帝国空軍の戦闘機はまだ増えているような印象すらあった。
「黒いチューリップが襲いかかってくる!」
その銃座からの叫びと共に、機長は何かが壊れる音を聞き、彼の意識は暗転した。
また1機のB24が立て直しすることが不可能な急降下をしていったのを、攻撃を仕掛けた彼――エーリッヒ・ハルトマンは目撃した。
第52戦闘航空団(略称JG52)に属する彼は愛機であるTa152を操り、本日6機目となるB24を撃墜した。
JG52が展開している地域は東部戦線であった為、連邦空軍以外を相手にするのは初めてであったが、問題なく処理できている。
20歳を過ぎたばかりの彼であったが、その腕の良さから早くも小隊長を任されていた。
『中隊全機、追加だ。7時方向、B24』
直属の上官である中隊長のバルクホルンからの指示にハルトマンは列機に指示を下す。
彼らよりも早く、風変わりな機体が突っ込んでいった。
東部戦線では配備されておらず、もっぱら西部戦線で連合王国や共和国から飛来する重爆撃機撃墜を目的とした戦闘機だ。
胴体及び主翼付け根に30mm機関砲を合計4門装備し、3500馬力の液冷24気筒H型エンジン2基により、戦闘機としては重くて大きい機体であるにも関わらず、時速700kmを超える速度を叩き出す。
一撃でもってどんな爆撃機も粉砕するという必殺の意志が込められた双発単座戦闘機だ。
その機体、He219は新たな獲物を見つけたと言わんばかりに編隊を組んで、新たなB24へと向かっていった。
「自分達の出番がないんじゃないか?」
ハルトマンは思わず、そんなことを呟いてしまう。
高性能な無線機はそれを拾ってしまい、各機からは笑いが返ってくる。
『ブービ、その心配はいらない。新手だ。ランカスター多数! 9時下方!』
バルクホルンはハルトマンを渾名――ブービ(=坊や)で呼びつつ、新手を示す。
G52の第6中隊はすぐさまランカスターの群れへと向かう。
彼らがランカスターの群れを見つけた頃、別の戦闘機部隊がいち早く、ランカスターへと向かっていった。
東部戦線でもお馴染みのアマイゼンベア(=オオアリクイ)もしくはプファイルと呼ばれるドルニエ社の機体だ。
当初はエンジン2つを串形配置にするというものだったらしいが、液冷24気筒エンジンの量産により、エンジン1つを搭載した無難なものに落ち着いている。
それにより機体に余裕ができたらしく、機体内部及び主翼・胴体下に合計で3トンまでの爆弾を搭載したり、戦闘機としての運用ならば最高時速700kmを軽く超え、Ta152よりもやや劣る程度となる。
これらに加え、武装として30mm機関砲と20mm機関砲を2門ずつ、合計4門という大火力でもって、東部戦線では連邦空軍及び陸軍相手に猛威を奮っていた。
プファイルの群れはランカスターの大編隊に対して、早くも攻撃を仕掛け始めていた。
遅れてはいけない、とJG52第6中隊はランカスターの侵攻高度よりも高空へと駆け上がり、帝国空軍流の挨拶である、太陽を背にした小隊ごとの急降下襲撃を開始した。
このとき、帝国空軍はダルマチア及びダキアに合計14個戦闘航空団を展開し、機数にして実に2000機を超える各種戦闘機をレーダーにより誘導し、ランカスターとB24の迎撃に出していた。
これだけの機数を前線から引き抜いてもなお、帝国空軍は東西の両戦線で問題なく通常通りの作戦行動を行っていた。