我らが帝国に栄光を!   作:やがみ0821

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チャーブルの憂鬱 ターニャの喜び

 チャーブルは顔色が良くなかった。

 空軍のダウディング大将が持ってきた報告書は、それこそ彼の人生において最悪の出来事と言わしめるようなものだった。

 

 満を持して、発動したタイダルウェーブ。

 それは1週間前、見事に失敗に終わった。

 

 この1週間で詳細に調査・分析されて纏められた報告書によればプロイエシュティまで辿り着けたのは800機近い四発爆撃機のうち、僅か200機程度。

 そこから爆撃を終えて無事に基地まで戻ってこれたのは僅かに60機程であり、それらもまた修理が困難な機体が多かった。

 そして、プロイエシュティ周辺では濃密な弾幕により、マトモに狙いを定めることすら難しかったらしく、とりあえず爆弾を落としてきただけというものだった。

 翌日の帝国軍発表によれば最低でも敵爆撃機を500機撃墜し、投弾を許したものの、プロイエシュティ油田及びその施設に一切の損害なし、ということだった。

 

 実質的に連合王国空軍と合州国義勇軍の戦略爆撃部隊は壊滅したと言って等しく、失われた搭乗員は数千人だ。

 

 機体は何とかなるにせよ、搭乗員の損失はあまりにも痛かった。

 

 当初からプロイエシュティ油田は帝国の生命線で、迎撃も激しくなるとは予想されていたが、ここまでの損害を予想した者は誰もおらず――というよりも予想していたなら作戦は実施されなかった――最悪の想定でも100機撃墜という程度だった。

 

 しかし、蓋を開けてみれば甚大な損害に加えて、作戦失敗である。

 チャーブルも後押ししたとはいえ、持ちかけてきた空軍参謀部の責任は重く、大きいものだった。

 

 ダウディングは責任を取るべく、辞任を申し出たが、チャーブルはそれを慰留させた。

 今回の作戦は参謀部内――特に爆撃機軍団の出身者達から出たもので、ダウディングは最後まで反対していたことを知っていたからだ。

 彼は空軍総司令官となる前は戦闘機軍団司令官であり、その経歴から正確に帝国空軍の実力を見抜き、反対していたのだ。

 

 何よりも、帝国軍はこれまで一度もダキアを除いて攻勢に出ていない。

 兵力と物資の集積を行っており、いつそうしてもおかしくはない状況だ。

 

「見誤っていた」

 

 チャーブルは素直にそう評価する。

 帝国の国力、そして軍の実力を。

 

 とはいえ、それは彼だけに留まらず、帝国と交戦している全ての国がそう思っているのだろう。

 

 そのとき、執務机の上にある電話が鳴った。

 何となく、あまり良い知らせには思えなかったが、彼は受話器を取った。

 

 

『閣下! 帝国軍が共和国軍に対して本格的な空襲を開始しました!』

 

 そらきたぞ、とチャーブルは思いつつ、答える。

 

「すぐには崩れないだろう。連中は優秀だ」

 

 連邦軍とは違って、すぐさま攻勢を中止し、失った戦力の再建に着手した共和国だ。

 既に開戦前と同等程度にその戦力規模を回復させているとチャーブルは報告で聞いていた。

 

『それが現地に派遣している者達からの報告を統合しますと、共和国全域が爆撃に晒されている模様で、交通網が破壊されつつあり……』

「ダウディング大将に連絡を。空軍の戦闘機を差し向けるように、と」

 

 チャーブルはそう告げて、受話器を置いた。

 共和国が倒れるのは非常によろしくなかった。

 

「……帝国軍め、何をやろうとしている?」

 

 単なる爆撃ではないだろう、と彼は確信している。

 

 おそらく、爆撃の後に陸軍が突っ込んでくるだろうが、どうやって?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーむ……いや、出番がないのは良いことなんだが……」

 

 即応軍第203航空魔導大隊として編成を完了し、ターニャは訓練に精を出していた。

 5月12日に勃発した帝国側呼称:ダルマチア航空戦は帝国空軍の勝利に終わり、甚大な損害を与えていた。

 これにより事前にその可能性を進言していたターニャの評価が上がったのは彼女にとって良いことだった。

 またもう一つ、良い知らせもある。

 共和国軍に対する本格的な攻勢が始まったことだ。

 

 それは5月20日から始まり、2週間が経過した今、各地で共和国軍の陣地は綻びを見せ始めている。 

 

 共和国が片付けば連合王国が次の目標となることはターニャに限らず、多くの帝国軍人にとって予想されたものだった。

 

 

「失礼します、少佐。こちらの書類を……」

 

 執務室に入ってきたのはヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフ少尉だ。

 

 何でも幼い頃、モスコーから逃げ出すときに帝国軍のお世話になったとかで、恩返しの為にわざわざ魔導師として帝国軍に志願したらしい。

 本人の才能と努力もあって、士官学校を無事に卒業し、少尉となって配属されてきたのだが――ターニャからすると優秀過ぎる副官だった。

 特に編成時の事務処理能力の高さはターニャも舌を巻いた程で、それなりの時間を掛けて人員の選抜をしようと思っていた彼女の目論見を見事に外していた。

 

「セレブリャコーフ少尉……もうちょっとこう、ゆっくりやっても構わんぞ? 急ぎの仕事はないはずだ」

「少佐、ありがとうございます。ただ、こちらの書類は急ぎらしいので」

「急ぎ?」

 

 ターニャとしては現段階において、十分実戦投入できると心の中では思っている。

 そもそも魔導師を選抜する際、彼女が思うブラックな求人を出したところ、志願書が山程届き、ならばと選抜試験として幻影を用いたものをやってみたら、志願者の9割が突破。

 

 仕方がなく、地獄の訓練を行うことで48名に絞り込んだのだが――その地獄の訓練を脱落せずに乗り越えた時点で、技量も根性も既存の即応軍魔導大隊に勝るとも劣らぬものになってしまった。

 

 ターニャにとっては大誤算であったのだが、ともかく、それ以後も技量向上に努めるように、とゼートゥーアからのお達しだ。

 ならばとターニャは自らの肉盾とすべく、猛訓練で部下達を扱いていた。

 

「はい。空軍参謀本部からです」

「空軍?」

 

 ターニャの問いにヴィーシャは頷いた。

 

 陸軍参謀本部直轄の即応軍に、管轄違いの空軍参謀本部が口を出してくる――

 

 それだけでもう嫌な予感しかなかったが、ターニャは書類に目を通す。

 

 そこにはとんでもない内容が書かれていた。

 

「少尉、空軍は我々にスカパ・フローを襲撃してこいだとさ」

「ああ、スカパ・フローですか……スカパ・フロー……えぇ!?」

 

 ヴィーシャは驚きの余り、声を上げた。

 スカパ・フローは連合王国海軍の根拠地だ。

 帝国でいうならばヴィルヘルムスハーフェンやキール、共和国ならブレストやツーロンに相当する場所で、当然ながら防備も固い。

 

「まあ、問題はなかろう。どうやら空軍は1000機の爆撃機で、スカパ・フローを完全に破壊するつもりらしいからな。我々の任務は空軍の仕事がやりやすいように、スカパ・フロー周辺におけるレーダーサイトの破壊、可能であれば滑走路及び対空砲を破壊することだ」

 

 スカパ・フローまで最も近い基地はノルデンにあるホルステブロー空軍基地だ。

 そこからならスカパ・フローまで片道およそ800km程度。

 爆撃機だけでなく、戦闘機も行動範囲に入るだろう。

 

 大型の落下増槽は帝国空軍戦闘機にとって、長距離侵攻をするならば標準装備だ。

 

 

 空襲を悟られないように――連合王国のことだから、既に察知しているかもしれないが――魔導大隊による襲撃はなるべく直前に行われるのが望ましいとターニャは考える。

 

 1時間前では爆撃隊到着までに敵に対処される可能性がある為、30分前くらいが適切だと。

 空軍はターニャ達を近くまで輸送機で運んでくれる。

 帰りは海軍の潜水艦が近くまで出張ってきてくれる為、それに乗って帰るだけだ。

 

 幸いにも詳細な地図と航空写真までも添付されている。

 空軍の高高度高速偵察機によるものだろう。

 

 彼らの仕事に敬意を称しつつも、ターニャは笑みを浮かべてしまう。

 

 警戒厳重な重要拠点へ一撃して、即座に離脱して帰ってくる。

 即応軍魔導大隊は基本的にそれが仕事だ。

 

 前線で戦闘をしている時間という点では他の魔導大隊よりも圧倒的に少なく、それでいて参謀本部の覚えもめでたい。

 福利厚生や給料も当然良い。

 新型装備や機材も優先的に回してもらえる。

 

 

 まさしく最高の職場だとターニャは歓喜する。

 

 

 くそったれな存在Xめ、感謝だけはしてやろう!

 

 

 

 彼女は思わずそんなことを思ってしまうも、気を取り直してヴィーシャに告げる。

 

「中隊長達を集めてくれ」

 

 ターニャの指示にヴィーシャは元気良く返事をして、退室していった。

 

 

 


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