ネルソン級のネームシップであるネルソン、その艦上からは火線が無数に迸る。
誰も彼もが必死の形相で、空を蝿のように飛び回る帝国軍の爆撃機を狙い撃つ。
「落ちろっ! くそったれ!」
叫びながら、射手は撃ち続ける。
2ポンド8連装ポンポン砲は先月、改良型に交換されたばかりであったが、特に不具合が起きることなく、快調に弾丸を敵機に向けて送り出し続けている。
初期型の信頼性は酷いものだった為、有り難いものだった。
しかし、敵機は全く落ちない。
幸いであったのは、敵重爆撃機の大編隊による爆撃で損傷が出た戦艦はいなかったことだ。
四発爆撃機による水平爆撃が、停泊しているとはいえ艦船に直撃するというのは、相当に珍しいことで、不運であったといえるだろう。
その不運が発生したのは巡洋艦と駆逐艦に数隻ずつであり、既に1隻の巡洋艦が轟沈していた。
その代わり、港湾施設をはじめとした様々な施設の被害は甚大であり、スカパ・フローは完全に艦隊拠点としての機能を失ったといえるだろう。
そして、空襲の最後に、停泊する本国艦隊に向かってきたのが単発の大型機だ。
「ああっ! フッドがっ!」
その声が聞こえた、多くの水兵達が一瞬立ち止まってそちらを見た。
フッドは右にゆっくりと傾いていった。
その光景は現実感がまったく無く、さながら映画のワンシーンだと言われても信じてしまうくらいに。
やがて、完全に横倒しになり、盛大な水しぶきと波を湾内に引き起こす。
しかし、ネルソンもまた他人事ではなかった。
各所の見張員から次々と悲鳴のような報告が艦橋へと入る。
「敵機直上急降下! 6機突っ込んでくる!」
「左舷に敵機!」
「右舷からも敵機接近!」
敵機の意図は明白だ。
ネルソンの対空砲が低空を、そして上空を向いた。
巡洋艦や駆逐艦も、ネルソンを支援すべく、自艦への敵機を顧みず、彼女に近づく敵機へ対空砲を向ける。
しかし、彼女らの奮闘は虚しく、上空の敵機は1機あたり2発の爆弾をネルソン目掛けて投下し、左右の敵機は時間差こそあったが、それぞれ1機あたり4本の魚雷を投下した。
巡洋艦の見張員は見た。
6機の降下してきた敵機――それは急降下というよりも緩降下であったが――10を超える黒い物体がネルソンへと投下されていったのを。
しかし、それらのうち7発はネルソン近くの水面に落下し、巨大な水柱を上げたが、残り5発が直撃した。
致命的となったのは前部の第二主砲塔、その天蓋に当たったものだ。
爆弾は天蓋をぶち抜き、一瞬で主砲塔内の人員を殺傷し、更に床を突き破り――弾薬庫に届いて、そこで爆発した。
活火山が噴火したかのように、その第二主砲塔から艦橋のあたりまでの艦上構造物が一瞬で吹き飛んだ。
搭載していた多数の16インチ砲弾が誘爆したことにより、ネルソンはもはや助からないことは誰の目にも明らかであった。
彼女は艦上全体を黒煙で覆い尽くし、甲板からは乗組員達が次々と海面へと飛び降りている。
しかし、船体が破損したことで、大量の海水が流入したことによるものか、それ以降爆発を起こすことはなかった。
さながら、ネルソンが最後の意地でもって、生き残った乗員達を救おうという意思を持っているかのように。
しかし、左右から魚雷が迫っていた。
左舷から12本、右舷から8本であり、それはまっすぐにネルソンへと向かっている。
もはや死に体である彼女にはどうすることもできなかった。
そこへ左右から駆逐艦がそれぞれ1隻、強引に割り込んできた。
2隻は機銃を海面に向けて撃ちまくりながら、その一方で浮き輪をネルソン目掛けて左右から投げる。
それは傍から見れば無意味な行為だった。
ネルソンが沈没を免れる程度の損傷ならばいざ知らず、誰の目にも助からないと明らかであるのに。
艦と乗員達の命をいたずらに危険に晒すものだ。
しかし、彼らにはネルソンの乗員を見捨てるという選択肢はどこにもなかった。
彼らの勇気が功を奏したのか、あるいは神とやらが微笑んだか。
左舷からの魚雷のうち2本は機銃による迎撃が成功し、6本はコースを外れて逸れていき、残る4本は駆逐艦の艦底をすり抜けていったのだ。
右舷側は3本の魚雷を機銃で爆発させることに成功し、2本はコースを逸れ、もう3本は艦底をすり抜けていった。
そして、駆逐艦2隻が必死の妨害と救助を開始したときからネルソンは急激に沈み始め、左右からの魚雷が到達したとき、既にその船体は海中に没していた。
魚雷は虚しく通り過ぎていった。
ようやく2隻の駆逐艦はネルソンの乗員救助を本格的に始める。
先程の攻撃が最後だったのか、上空の敵機は疎らにしかおらず、その敵機も次々と機首を翻し、帰途についているのが見えた。
一方で、湾内を見回せば戦艦はどこにもおらず、巡洋艦も海上に姿が見えない艦が多かった。
唯一、多く生き残ったのは駆逐艦であったが、これは敵機が狙わなかったという単純な理由だった。
スカパ・フロー空襲!
帝国軍、連合王国本国艦隊を壊滅!
威勢の良い新聞の見出しにターニャは大本営発表か、と思って笑ってしまう。
しかし、嘘ではない。
新聞にはシュルベルツ中尉が撮った攻撃前の写真が一面に大きく載っている。
持っていったカメラのフィルムがカラーフィルムだったのが幸いした。
帝国軍奇襲部隊による撮影という表示が小さく出ている。
さすがに即応軍第203航空魔導大隊と載せるわけにもいかない。
史実でいうところの特殊部隊程に秘匿されてはいないが、それでもそれなりに秘密の部隊なのだ。
勿論、ターニャは個人的に焼き増ししたその写真を貰っている。
彼女にとって、極めて貴重な体験だったと断言できるものだ。
ふと、ターニャは思い出す。
「軽く調べた限り、海軍もとんでもないことになっていたな……」
あの時見た、二重反転プロペラで逆ガル翼の機体を。
それは海軍の空母艦載機であるMB22グライフだった。
XTB2Dスカイパイレートとの相違点は単座であり、固定武装が20mm機関砲を左右主翼に2門ずつ、合計4門であることだ。
グライフのエンジンは四重星型28気筒空冷エンジンで、3300馬力を叩き出す。
この大馬力を活かし、搭載量は4トンもあり、胴体下と主翼下にあるハードポイントに魚雷ならば4本を積むこともできた。
将来のジェット機時代を見越していれば、確かにこのサイズでも空母に載せて運用できるだろうが、ターニャは呆れと感心が混じった複雑な思いだ。
もっとも、グライフは今回の作戦では空母からではなく陸上基地から出撃していたのだが、さすがに彼女もそこまでは知らなかった。
なお、今回の作戦でグライフは魚雷以外にも、帝国海軍の次期主力戦艦の主砲弾を改造した徹甲爆弾を使っていた。
ネルソンを一撃で沈めたのは、重量2トンにも達する、その徹甲爆弾によるものだった。
そのとき、ドアが叩かれる。
「少佐、エレニウム工廠の方々が来られました。会議室へお通ししてあります」
ヴィーシャの言葉にターニャは椅子から立ち上がった。
時刻は9時ぴったり。
時間通りだ。
「分かった。直ちに向かう。全員、揃っているな?」
ターニャの問いにヴィーシャは元気良く返事をする。
昨日午前に陸軍参謀本部、午後は空軍参謀本部から将校達がやってきて、大隊全員に対しての調査が行われている。
それは悪い意味ではなく、今回の作戦実施にあたって不備や問題などは無かったかどうか、というものだ。
そして本日午前、演算宝珠をはじめとした魔導師関連の装備と機材に関する聞き取り調査が行われる。
それは実戦時に問題や不具合などがなかったかどうか、というものだ。
技術的なことは演算宝珠や関連する装備を丸ごとエレニウム工廠に事前に提出している為、そちらがやってくれる。
だが、それだけに終わらず使用者の意見を直接、彼らは聞きに来たのだ。
フィードバックがしっかりと行われる組織というのは強いと社畜時代の経験からターニャは知っていた。
9時から始まったエレニウム工廠から派遣されてきた技術将校達による調査は1時間程で終わった。
問題点や実戦時の不具合というものも特段、無かった為だ。
精々がもうちょっと出力が欲しいという要望が出たくらいで、そちらについても技術将校が言うには近々改良型が投入されるらしい。
帝国における軍用演算宝珠は既存の宝珠核及び機械式計算機の改良と新規開発に主眼が置かれている。
一方で野心的な計画も初期にはあったが、予算と資源と人員の無駄遣いとして、アーネンエルベに組み込まれた際にヴェルナーにより破棄されている。
野心的な計画の最たるものはシューゲル技師の案であり、彼は宝珠核同調技術に実績があったが、それを利用して宝珠核を2つどころか、4つも同時に使用するものを提案していた。
そんな無茶苦茶なものを前線の魔導師に使わせるのは自殺行為であり、かといってこれまでの功績から、無下に扱うこともできない。
仕方がないので、ヴェルナーは彼に提案した。
敵魔導師の放つ魔力に反応して飛んでいく砲弾とかロケット弾を作ってくれないか、予算は出すから――
ついでにレーダー送信波とか通信信号とかに反応して、発信元に飛んでいくものも作ってくれ――
シューゲルは面白そうだったので、飛びついた。
流石に技術将校はエレニウム工廠の裏事情までは話はしなかったが、それでもかつて計画されていた野心的なものについてはターニャ達に話した。
4つもしくは2つ、同時に宝珠核を起動するという点で、全員の顔が引きつったのは言うまでもない。
いくら同調技術があるとはいえ、どれだけ難しいかは魔導師であるならば誰にだって理解できたからだ。
ともあれ、午前10時過ぎ、技術将校達を大隊全員で見送って、彼らが見えなくなったところでターニャは咳払いをし、満面の笑みで告げた。
「諸君! たった今から我々は2週間の休暇となった! 存分に英気を養うように!」
その宣言に大隊の誰もが歓声を上げる。
「少佐はどこか行かれるのですか?」
シュルベルツ中尉の問いかけにターニャは不敵な笑みを浮かべてみせる。
「ダルマチアのブラチ島に行って生まれて初めてのサーフィンをやってくる。既に全て手配済みだ……!」
社畜時代には取れなかった長期休暇、なおかつ、自分が今いるところはヨーロッパ。
せっかくの機会、行かないという選択肢はない。
「アドリア海を渡ってイルドアから敵が飛んできたりしたら、どうしますか?」
第三中隊長のケーニッヒの言葉にターニャはこれでもか、と溜息を吐いてみせる。
「私の休暇を邪魔した勇気に敬意を表して……アドリア海で水泳をさせてやる」
大隊全員が大爆笑した。
「それは恐ろしい。敵が無謀と勇気を履き違えていないことを祈りましょう」
第四中隊長のノイマンの言葉にターニャはドヤ顔で告げる。
「連中にその知能があればいいんだがな。では諸君、2週間後に再びここで会おう……無いとは思うが、休暇中に事故やら何やらで勝手に死んだりするな! 以上だ!」
こうして第203航空魔導大隊は2週間の休暇に入った。
無論、彼らが休暇中であろうが、帝国軍は連合王国に対する手を緩めるわけもなかった。