我らが帝国に栄光を!   作:やがみ0821

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改変をはじめよう

 リヒターフェルデにある帝国高級幼年士官学校は、その名の通りに幼い頃から選抜された男子に、将来における将校候補として専門教育を施す士官候補生学校だ。

 制度的には誰でも入れることになっているが、実際に入学する者は貴族の子弟達であった。

 そして、幼年士官学校卒業後は士官学校へ進み、その後は軍大学へ進学し、卒業後に将校として配属される。

 前世における士官学校や陸軍大学とやっていることはほぼ変わらず、ヴェルナーにとっては学業に関しては片手間でできることだった。

 

 なお、それを片手間と言えるのは本人だけであり、周りから見れば色んなことを同時並行している彼は超人的な努力をしているようにしか見えず、驚きしかなかった。

 

 ともあれ、ヴェルナーは幼年士官学校において、常に首席であり続け、更には前世と同じように戦争研究会というものを立ち上げた。

 あのヴェルナーが立ち上げた研究会ということで、多くの生徒達が興味本位で加入したが、それは彼らにとって非常に大きな衝撃を与えつつも、有益であった。

 

 戦争研究会は経験も踏まえたヴェルナーの問題提起、それに対し彼なりの回答を示しつつ、生徒達が議論を行うものだ。

 教官達も見学したが、彼の問題提起と回答は幼年士官学校の生徒がするようなものではなく、それこそ参謀本部勤務の将校がするようなものであった。

 しまいにはヴェルナーは独自の戦略理論を提唱し始め、それに関する幾つもの論文を書き上げ、教官達に相談してくる始末だ。

 当然教官達には何とも言えない為、彼らはそれを複写し、各々が仲の良い同期達にそのまま相談するしかなかった。

 

 

 

 ヴェルナーが卒業後も幼年士官学校には戦争研究会が存続し、伝統として受け継がれていくのだが、これもまた前世と同じことであった。

 

 

 そして、ヴェルナーは士官学校へと入学するのだが――

 

 

 

 

 

 

 

「……有名人を出迎える対応としては正しいが、入学する1人の生徒を出迎える対応としては駄目だろう」

 

 士官学校の教官であるゼートゥーアは、正門前に立ち並ぶ多くの教官達、そして教官達の後ろから遠巻きに見ている在学生達を見て、そう呟いた。

 今日、やってくる新入生は1人だけであり、スムーズに入学ができるよう配慮された結果だ。

 その1人以外の新入生がやってくるのは明日であった。

 

 とはいえ、ゼートゥーアとしても気になっていた人物だ。

 幼年士官学校には彼の同期であり、友人であるルーデルドルフが教官として在籍していた。

 彼から色々と聞いていた上、幼年士官学校の生徒が書いたとは思えない論文を彼は複写してゼートゥーアに寄越してきた。

 それだけで新入生がとんでもない輩であることは明らかだ。

 

 

 更にそれだけではなく、その新入生は昨今の飛行機ブーム、自動車ブームの火付け役だ。

 彼は二足の草鞋を履いた状態だが、学業を決して疎かにしていない。

 幼年士官学校を首席入学し、在学中は常に首席であり続け、そのまま首席で卒業したのであれば文句も言えない。

 

 だからこそ士官学校においても、兼業することが許されている。

 無論、そこには彼の父親が退役したとはいえ少将であるということも影響しているだろうし、兄もまた士官学校において首席でこそなかったものの、上位の成績で卒業していったことも影響しているだろう。

 

 やがて、一台の自動車が正門前に止まった。

 フォードT型という、RFW社の主力製品の一つだ。

 

 飛行機で乗り付けてこなかったのは評価できる、とゼートゥーアは考えてしまい、苦笑する。

 そして彼をはじめとした教官達はフォードT型から降りてきた新入生を見て、無意識的に敬礼をしてしまった。

 

 まるでこちらから敬礼するのが当たり前であるかのように、何の疑いも躊躇いもなく。

 本来ならば新入生が先に敬礼するのが当たり前であるのに。

 

 士官学校の真新しい制服は入学生にありがちな、服に着られている状態ではなく、堂々としたもので、見事に服を着こなしていた。

 ゼートゥーアらの敬礼に対する彼の答礼もまた様になっており、ともすればここにいる教官達の誰よりも軍歴や階級が上なのではないか、とゼートゥーアは錯覚してしまう。

 それほどまでにヴェルナーは新米などではなく、ベテランの軍人であるかのような雰囲気であった。

 

 いやいやそんなことはない、とゼートゥーアは馬鹿な考えを打ち消す。

 

「本日よりお世話になる、ヴェルナー・フォン・ルントシュテットです。ご指導ご鞭撻の程、何卒よろしくお願い致します」

 

 凛として告げ、深く頭を下げる彼にゼートゥーアは勿論のこと、教官達の誰もが恐縮してしまう。

 

 本当に幼年士官学校を卒業したばかりなのか?

 実は参謀本部あたりから極秘の視察として派遣された将校ではないか?

 

 ゼートゥーアら教官達は、そんな疑いを持ってしまう程、ヴェルナーは彼らからすれば非常識であった。

 勿論、それは好ましいという意味で。

 

 

 

 

 

 

 その後すぐに教官達の間で誰がヴェルナーの指導教官となるかで、取り合いが行われたが、1時間に及ぶ激論の末、ゼートゥーアが見事に勝ち取った。

 

 彼は指導教官としての挨拶に早速向かう。

 これもおかしい話であり、本来は担当する教官が掲示された後、生徒側から挨拶に行くものだが、そんなことはもはや気にしなかった。

 ゼートゥーアはヴェルナーが幼年士官学校時代に構築したという、内線戦略に代わる戦略について尋ねたかったのだ。

 

 幼年士官学校で教官をしていたルーデルドルフはヴェルナーの提唱した戦略に関して、戦争の概念がひっくり返るとまで絶賛した。

 彼からも聞いていたが、本人の口から聞きたかった為に。

 

 そして、挨拶もそこそこにゼートゥーアはヴェルナーを会議室へと誘った。

 

 

 

 

 

 

「……いや、君は予想外だな」

 

 ゼートゥーアは呆れと感心が同時に押し寄せ、そんな言葉が口から出てきてしまった。

 ヴェルナーは士官学校においても戦争研究会を立ち上げるつもりであったらしく、大量の資料を持ってきていた。

 確かに入寮時に彼は何やら多くの鞄を持っていたが、着替えや私物などは最小限で、ほとんどは論文と資料だったらしい。

 それらは今、ゼートゥーアの目の前に広げられていた。

 

「ともかく、聞かせてくれ。君の戦略を」

 

 ゼートゥーアに促され、ヴェルナーは思い出してしまう。

 前世でも、将官相手にプレゼンしたことを。

 

 あのときとは違って、今回は余裕があるぞ、と彼は思い、ゼートゥーアにプレゼンを開始した――

 

 

 ヴェルナーによる説明は休憩を挟みつつも3時間にも及んだが、ゼートゥーアにとっては非常に有意義な時間であった。

 

 内容としてはシンプルなものだ。

 攻撃に際して、前線も後方もなく、全ての箇所を同時にかつ継続的に攻撃し、敵の対処能力の限界を超えさせ、その上で自軍が進軍するというものだ。

 それらに加え、その膨大な戦力を支える兵站の構築と運用、膨れ上がるだろう軍を支える為に国力の増強、そして国家の全てを戦争に注ぎ込む総力戦の概念、小競り合いからの連鎖反応による列強全てを巻き込んだ世界大戦の概念などへヴェルナーの説明は発展した。

 そして、彼はいかに早く動員を完了し、また戦時体制への移行を行えるかが焦点になると力説する。

 

 

 ゼートゥーアは次々と質問を浴びせかけるが、ヴェルナーは全ての質問に対し、淀みなく詳細かつ具体的に答えた。

 幼年士官学校時代にもこうした質問は飽きるくらいになされたのだろう、とゼートゥーアは思う。

 だからこそ、彼は万全な回答を準備できているのだ、と。

 

 もっともヴェルナーからすれば、それもあったが前世での経験が大きかった。

 

「全ては帝国の国力を増強する、という大前提にあります。我が国の国力は強大ではありますが、まだまだ伸びる余地は大きくあります」

 

 最後にヴェルナーはそう締めくくった。

 そして、ゼートゥーアは問いかける。

 

「君の論文や資料を教官達で検討の上、参謀本部に送付しても良いだろうか?」

「勿論です。よろしくお願い致します」

「ところでこの戦略、名前はどうするかね? 論文名の『国家総力戦時代における空陸共同大規模縦深突破戦略及びその構築と運用』から抜き出したとしても、分かりやすいが、少し長すぎる」

「……お任せします」

 

 ふむ、とゼートゥーアは顎に手を当て――数秒の間、思考する。

 

「君の名前でいいだろう。君が考えたものであるからな」

 

 ゼートゥーアの言葉にヴェルナーは頷くしかなかった。

 

 


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