コーク空港は早朝ということもあり、静寂に包まれていた。
スカパ・フロー攻撃の教訓から、帝国軍は先行して魔導師部隊を突入させてくる可能性があると、連合王国軍だけでなく合州国義勇軍にも通達が出されている。
しかし、開戦以来、アイルランドは一度も空爆を受けておらず、時折、高高度を帝国軍の偵察機が通り過ぎていくくらいだ。
しかも、守備に就いているのは連合王国軍ではなく、合州国軍。
無論、それには魔導師部隊も含まれる。
彼らと入れ替わるように、連合王国軍は全て、本土へと引き上げてしまった。
目と鼻の先では熾烈な航空戦が繰り広げられているのに、アイルランドは平穏そのものだった。
早い話が……アイルランド駐留の合州国義勇軍は暇なのである。
コーク空港の格納庫横にある魔導師待機所では魔導中隊――12人が暇を持て余し、トランプや読書にて、時間を潰していた。
彼らは夜勤明けで、もうすぐ勤務時間が終了する。
「夜勤は退屈だが、カネになる」
ある魔導師がそう言うと、同意する声が上がる。
「しかし、アイルランド人はつれないな。良い子に声を掛けても、全然駄目だ」
「お前の顔と態度が悪かったんだろう」
その声に笑いが巻き起こる。
「顔はともかく、態度は紳士的だったぞ」
そのとき、電話が鳴った。
彼らは互いに顔を見合わせる。
電話は管制室直通のものだ。
読書をしていた中隊長が面倒くさそうに電話に出る。
「はい、こちら間もなく勤務終了魔導中隊。残業代は弾んでくれるか?」
『こっちも間もなく勤務終了管制チームだ。残業代は上司に請求してくれ。複数の魔導師と思われる輝点が
中隊長は手帳を取り出し、確認する。
日付と時刻を確認したが、魔導師部隊がコークへ向かってくるような予定はない。
敵襲か?
中隊長は逡巡する。
とりあえず、管制室へと彼は答える。
「義勇軍の魔導師部隊に、そういう予定はない。連合王国軍の魔導師部隊か?」
『念の為、本土に確認中だ。だが、警戒だけはしておいてくれ。あと5分もしないうちに到着する』
「おいおい、随分とせっかちな連中だな……了解した」
中隊長は受話器を置き、告げる。
「おら、お前達。勤務終了間際だが、最後の一仕事だ。腕は錆びついちゃいないだろうな?」
そう言った直後、爆発音が響き渡る。
それも1回だけでなく、断続的に。
警報が鳴り響く。
すぐに壁に備え付けられたスピーカーから空港の正面ゲート付近に武装集団と流れる。
「中隊長、どうしますか?」
謎の魔導師部隊か、それとも明確な敵である武装集団か?
空港内にいる魔導師部隊は彼らしかいない。
交代の部隊はコーク市内の宿舎に寝泊まりしており、あと1時間は夢の中だろう。
今の爆発で飛び起きたかもしれないが。
空港内にいる警備員と義勇軍部隊を考慮すると――
時間はじりじりと過ぎ、中隊長が決断し、口を開こうとした、そのときだった。
彼らの目の前は真っ赤に染まり、衝撃と熱さを感じると同時に、その意識が途切れた。
謎の魔導師部隊発見の報から、5分が経過していた。
「ナイスショットだ、第二中隊。あとでビールを奢ってやる」
ターニャは炎上する魔導師待機所を確認し、そう褒める。
第二中隊からの歓声を聞きながら、彼女は状況を確認する。
無事に前回の任務を終えたターニャ達の次なる任務は、ある意味彼女の予想通りのものだった。
今回、彼らの任務は滑走路の確保と保持を支援することだ。
欺瞞の為に東から接近したのが功を奏したのか、敵魔導師による迎撃を受ける前に壊滅に追い込めたのは幸運だった。
既にIRAやブランデンブルク師団、
滑走路の周辺は非常に無防備だ。
金網を1つ越えて走ればすぐに滑走路に到着する。
だからこそ、ターニャの目に見える範囲で、事前に定められた箇所の金網を何台ものトラックが強引に突き破り、滑走路へと侵入していく。
そして、彼らは予定通りの地点でトラックを停止させ、荷台から次々と降りていく。
IRAの戦闘員やブランデンブルク師団、
ターニャは腕時計にて時刻を確認する。
早ければあと30分で先陣の輸送機部隊が到着するが、幸いにも滑走路以外にも航空燃料の詰まったタンクやタンクローリーをはじめとした、諸々の施設や機材も傷つけずには済みそうだ。
無論、油断はしていない。
中隊ごとに滑走路周辺を警戒させており、必要に応じて貫通術式でもって地上支援を行うよう指示してあった。
「長い30分になりそうだな。シュルベルツ中尉、写真でも撮っておけ」
ターニャの指示にシュルベルツ中尉は元気良く返事をした。
このとき、ターニャ達は知らなかったが、幾つかの作戦が同時に進行していた。
普段ならば起きてこない父親がもう起きていることに、今年で15歳になる彼の息子は驚いた。
彼の驚きをよそに、父親も母親もラジオに耳を澄ませている。
ラジオからは連合王国の曲が流れているが、これも不思議なことだった。
少年は両親が曲を聞くのも嫌だと言う程の連合王国嫌いであることを知っていたからだ。
「何があるの?」
少年の問いに父親が静かにするように告げる。
母親は何も言わない。
ますます変な光景に少年は首を傾げながら、彼もまたラジオに耳を澄ませることにした。
10分程、そうしていたとき、そろそろお腹が鳴り始めた為、彼は母親に朝食を食べたいと口を開こうとした時だった。
ラジオから何かが壊れるような音や叫び声、銃声が聞こえてきた。
少年はぎょっとして、両親を見つめる。
しかし、両親は何も言わず、真剣な表情でラジオを聴いている。
やがて、そういった音は収まり、曲が流れてきた。
それはゲール語のものであり、また同時にゲール語にて叫ばれる。
『くたばれ連合王国! 我々は決してお前達には負けない! 我らは独立する!』
父親と母親は互いに頷きあった。
少年もまた、その意味を悟る。
「行ってくる。帰りは分からん」
「気をつけて」
父親が立ち上がった。
その顔は凛々しく、普段の父親とは全く違うものだ。
しかし、少年は誇らしく感じた。
「父さん、気をつけて。無事に帰ってきて」
「ああ、分かった。母さんを頼むぞ」
父親は少年の頭を乱暴に撫で、そして家を出た。
家を出て、広場へと彼は行く。
歩いて10分程で、広場に彼は到着した。
そこには近所の男達が既に集まっており、彼らは手に帝国軍では突撃銃と言われている物騒なモノを持っている。
彼は思わず問いかける。
「遅くなったか?」
「いや、問題ない。武器はその木箱の中だ」
リーダー役は彼の友人だ。
友人である彼は警察官であり――そしてIRAの構成員でもあった。
行政機関や警察において、幹部クラスは連合王国から派遣されてくるが、現場で働くのはアイルランド人がほとんどであった。
「撃ち方はとても簡単だ。狙いだけは間違えるなよ?」
「ああ、分かった」
彼らは今、独立の為に戦士となった。
この光景はアイルランド島の各地で見られ、こうしてIRAにより組織された民兵達は駐留軍に対して、ゲリラ的な攻撃を仕掛け始めた。
そして、彼らをほぼ全てのアイルランド人が支援した。
戦闘には参加せずとも、できることはたくさんあった。
逃げてきた民兵を匿い、あるいは民兵達に軍の位置を教えたり、食事を提供したり――
アイルランド島の各地で起きた武装蜂起は、あっという間に手の施しようがない状態になりつつあった。
しかし、それだけではなかった。
輸送機の大群が通り過ぎると同時に、次々と空に落下傘が開いていく。
朝日に照らされながら、彼らは迎撃を受けることなく、とある村近くにある草原に舞い降りる。
即応軍に所属する降下猟兵達は地上に降り立つや否や、すぐさまパラシュートを切り離し、周囲の警戒に移る――のだが、彼らに駆け寄る者達がいた。
すぐ敵襲かと警戒するも、すぐに降下猟兵達は目を丸くする。
駆け寄ってきたのは老人ばかりだったからだ。
「帝国軍か!?」
「そうだ!」
ある兵士が言い返すと、老人達は歓声を上げた。
そして、1人の老人が叫ぶ。
「頼むぞ! 連合王国のクソッタレ共を叩き出してくれ! 連中のところまで道案内をしよう!」
事前の情報では駐留しているのは連合王国軍ではなく、合州国義勇軍なのだが、そこらは黙っていたほうが良さそうだと降下猟兵達は誰もが思った。
こうしたアイルランド島での出来事は連合王国側へと駐留している義勇軍から伝えられていたが、援軍を送る余裕など無かった。
それはアイルランド島への侵攻と同時に、帝国空軍がある作戦を発動した為だ。
作戦名ボーデンプラッテ。
空軍は既存の部隊に加え、東部戦線以外の各地から引き抜けるだけの部隊を引き抜いて、西部方面に派遣していた。
連合王国空軍は合州国義勇軍の支援を受けてもなお、帝国空軍に対して劣勢であり、本土の制空権は徐々に失われつつあった。
ボーデンプラッテ作戦は同時に多数の基地を襲撃することで、連合王国空軍を完全に麻痺させるのが狙いであり、連合王国の各地は朝から帝国空軍による大規模空襲に見舞われていた。