我らが帝国に栄光を!   作:やがみ0821

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連合王国の窮地 連邦における課題

「くそっ!」

 

 アイルランドにおける合州国義勇軍の総司令部はダブリンにあった。

 しかし、それももはや有名無実のものとなりつつある。

 

 司令官――ジョナサン・ウェインライトは執務室で1人、荒れていた。

 

 派遣される前、上層部から聞いていた話はこうだ。

 

 帝国軍はアイルランドなど見向きもせず、連合王国本土へと侵攻するだろう――

 貴官が功績をあげる機会はないかもしれない――

 

 しかし、実際はどうだ。

 連合王国の本土など見向きもせずに、アイルランドを取りにきたではないか!

 

 戦況は絶望的だ。

 援軍の要請を連合王国にある合州国欧州派遣義勇軍の総司令部や連合王国軍の総司令部に送った。

 しかし、援軍の要請は却下された。

 

 可能な限りの支援を約束するが、陸軍部隊は送ることができない。

 だが、最善を尽くせ―― 

 

 似たような文言が両方から返ってきた。

 そして、この1週間、マトモな支援が届いたことはない。

 無論、何もしなかったわけではなく、航空機に拠る支援は試みられていたが、大抵は帝国空軍に邪魔されて失敗していた。

 

 アイルランドにおける合州国航空部隊は3日目あたりで壊滅し、魔導師達も、2個大隊程度しか元々存在しなかったこともあり、5日目で壊滅した。

 纏まっていたらもう少し抵抗ができたかもしれないが、アイルランド島各地に分散配備していたのが仇になった。

 

 何よりも最悪であるのは、アイルランド人そのものが完全に敵に回っていること。

 民間人の視界に入ったら、まず間違いなくIRAに通報される。

 

 これにより各部隊の動向は筒抜けで、かといって民間人を攻撃するわけにもいかない。

 

 トドメとなったのはIRAの民兵部隊の火力が完全に義勇軍歩兵部隊の火力を上回っていたことだ。

 

 命からがらIRAの攻撃から逃れた部隊によれば、IRAの民兵が持つ銃はサブマシンガンのように弾丸をばら撒けるが、かといってサブマシンガンのように有効射程が短かったり、威力が弱かったりするわけではない。

 

 サブマシンガンとライフルの良いとこ取りをしたような銃であったのだ。

 帝国製の突撃銃と呼ばれているもので、資料では見ていたが、実際にその威力を味わうのは義勇軍にとって、これが初めてだった。

 

「どうしろっていうんだ……」

 

 今のところダブリン市内では戦闘は小康状態だ。

 しかし、それは帝国とIRAが戦力の集結をしている為で、数日以内には総攻撃が実施されるだろう。

 

 一応、頼みの綱はある。

 総司令部が置かれている建物に通じる道路、その各所には虎の子のM4戦車が合計で12両、配備してあった。

 アイルランド島には全部で40両程があったのだが、ダブリンに駐屯させていたこの部隊を除けば全て失われている。

 

 

 この戦車部隊に加え、ダブリンまで後退できた、もしくは市内に駐屯していた歩兵部隊を統合・再編した後に配置してある。

 だが、兵力と兵器の質・量で優越している相手に、大して長くは持ちこたえられない。

 

 M4戦車は帝国の四号戦車に対抗するべく少ない予算をやりくりして陸軍が開発したもので、50口径90mm砲を搭載しているものだ。

 

 

 敵軍に戦車がいないことが確認されているが、蝿のように鬱陶しい敵機により、そこまで活躍はできないとウェインライトは確信していた。

 

 降伏の二文字が彼の頭にちらついた、そのときだった。

 

「閣下! 敵の魔導師がっ! 司令部に奇襲を!」

 

 ドアが乱暴に開かれ、兵士が血相を変えて叫ぶ。

 ウェインライトは決断した。

 

「いや、もうどうにもならない。丁重に通しなさい」

 

 その言葉に兵士は意味を悟った。

 

 そして5分後、ウェインライトは驚愕に目を見開くことになる。

 数名の魔導師達を伴って現れたのは幼女だった。

 

「自分は帝国軍第203航空魔導大隊のターニャ・フォン・デグレチャフ少佐であります」

「ジョナサン・ウェインライトだ。アイルランドにおける義勇軍の総司令官をしている」

「民間人ということでよろしいですか?」

「そうだ」

 

 ウェインライトの肯定にターニャはなるほどと頷く。

 

「アイルランドへようこそ。ご入国の目的は? ビザはお持ちですか?」

 

 ウェインライトは思わず笑ってしまう。

 なるほど、民間人への適切な対応といえるかもしれない。

 

「あいにくと自分の意志で戦闘に参加した合州国の民間人だ。私達、全員がそうだ」

「では戦時国際法に則り、貴官を含め全ての義勇兵達を正規の軍人と同様の待遇で捕虜とします。只今の時刻をもって、アイルランドにおける義勇軍は降伏するということで、よろしいでしょうか?」

「異論はない」

 

 良い将校だとウェインライトは素直に思う。

 

 唯一の欠点は年齢だろう。

 どう見ても10代前半か、下手をすればそれ以下かもしれない。

 彼がそう思っていると、ターニャは更に続ける。

 

「では、各部隊に降伏するようお伝え下さい」

「ああ、分かった。ところで君達は防衛線を突破してきたのか?」

 

 するとターニャは悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべた。

 

「我々は空を飛んできました」

「……魔導師は本当に便利な存在だ」

 

 そう言って、ウェインライトは肩を竦めるしかなかった。

 

 

 

 1925年9月13日、アイルランド島における合州国義勇軍が降伏。

 そして、1週間後、アイルランド島全体を領土として暫定政府がアイルランドの独立を宣言、同時に帝国側に立って連合王国に対してのみ宣戦布告した。

 

 とはいえ、独立直後で、アイルランドには兵力を派遣する余裕なんぞない。

 故に、帝国から様々な支援をしてもらう対価として、帝国に対して基地や土地を提供することになった。

 

 当然ながら連合王国にとってその衝撃は絶大であった。

 

 アルビオン・フランソワ海峡を越えて帝国軍が上陸してくるというのがこれまでの想定だった。

 しかし、アイルランドが帝国側に立ってしまった為、アイリッシュ海を越えて上陸してくる可能性も出てきてしまった。

 あるいは両方から上陸し、二正面作戦を強いる可能性もある。

 

 

 更に不安要素として、アイルランドの分離独立によりスコットランドで、急激に独立の機運が高まりつつあることだ。

 スコットランドはアイルランドのように過激な抵抗運動が起こることはなかったのだが、継続的な自治の要求が無かったわけではない。

 それでもこれまでは連合王国であることで得られる様々な恩恵により、かなり穏当な要求であった。

 しかし、もはや状況は完全に変わった。

 

 連合王国に戦前の強大さはなく、海軍は半壊し、空軍は壊滅寸前だ。

 また、帝国軍の上陸に備え、スコットランドにも連合王国軍や合州国義勇軍が駐屯しているとはいえ、イングランドやウェールズ程に多数の部隊がいるわけではない。

 

 何よりも、スコットランドは連合王国の構成国であることから、このままでは敗戦国となってしまう可能性が高い。

 一方で分離独立し、帝国側に立ったアイルランドは戦勝国だ。

 

 ここでスコットランドが独立し、帝国と結べば帝国軍はスコットランドから陸路でイングランドやウェールズを攻めることができる。

 帝国に売れる恩の大きさは計り知れない。

 千載一遇の好機ではないか、とスコットランドの住民達は思ってしまった。

 

 そして、彼らの後押しをするかのように、戦前から潜入していた帝国情報省の工作員達は忙しなく、スコットランドで動き回っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「連合王国は順調だが……問題は東部戦線だ」

 

 ゼートゥーアの言葉にルーデルドルフは深く溜息を吐いた。

 

「溜息を吐くと幸せが逃げるらしいぞ?」

「そうかもしれんな。だが、溜息を吐きたくもなる」

 

 東部戦線は現状、空軍による連邦軍への間引き作戦を除けば戦闘は起きていない。

 東部国境から一定の距離をおいて連邦軍は陣地を構築し、そこに引き篭もっている。

 

 その陣地は帝国軍のものを真似ていたが、幸いにも帝国軍にはそれを突破する為の対策があった。

 

 こんなこともあろうかと、とヴェルナーが言っていたのが妙にゼートゥーアやルーデルドルフの印象に残っている。

 

 空軍が用意しているのはミョルニルと名付けられた10トン爆弾であった。

 攻勢時にはこれを連邦軍陣地に満遍なく投下してくれる上、東部全域において大規模な航空支援を確約している。

 勿論、後方に対する戦略爆撃も同時に行うとのことだ。

 

 だからこそ、ゼートゥーアとルーデルドルフの危惧しているものは航空支援や制空権ではない。

 地上部隊への補給だ。

 

「民間に任せたとはいえ、どうなることやら」

 

 ルーデルドルフの言葉にゼートゥーアは肩を竦める。

 

「こればかりはやってみないことには分からん。帝国の建設業界を信じるしかない」

 

 連邦侵攻計画において、参謀本部は早々に陸軍単独での道路や鉄道の整備を行うことを諦めた。

 だからこそ、陸軍が帝国内全ての建設会社から志願者を募り、後方における建設専門の部隊として、陸軍建設大隊を編成している。 

 編成数は当初は20個を予定していたが、それでは足りないと日を追う毎に増やされ、今では70個を超えていた。

 また年齢や肉体の選抜基準も非常に緩く、60歳を超える隊員も珍しくない。

 

 これだけでも莫大な予算が取られたが、政府と議会は出してくれたので、陸軍もやるしかない。

 

 安全に土木工事を行う為には後方の警備が大事となってくるが、こちらも頭が痛い問題だ。

 土地の広さに対して兵力が足りなさすぎる――というか、連邦を攻めるにあたって兵力が足りる国なんてないだろう。

 

 後方は最低限の護衛とならざるをえない為、被害が出ることも覚悟せねばならない。

 唯一の救いは多種多様な建設機械の存在だ。

 

 RFW社がまず最初に開発・販売し、他社からも遅れて似たようなものが大量に出て、こちらも熾烈な競争と化しているが、ともあれ、その恩恵を十分に受けている。

 

 しかし、果たしてそれで十分なのか、という不安がルーデルドルフやゼートゥーアだけでなく参謀本部内に存在した。

 故に、連邦侵攻は2年計画で考えられている。

 

 一定のラインまで進出したら、たとえ目の前に敵がいなくても攻勢は完全に停止し、強固な陣地を構築する。

 手薄な部分から多数の部隊が侵入してくることが予想される為、後方に十分な数の装甲師団と彼らに追随できる砲兵師団を用意しておく。

 そして、後方の補給路が万端となった時、再度攻勢を開始するというものだ。

 

 最大の欠点は敵に立ち直る時間を与えてしまうことになるが、ここで連邦が共産党による一党独裁体制であることが仇になる。

 

 帝国軍が連邦領土に侵攻して、領土内で進撃を停止したとき、果たして彼らは攻撃を我慢できるか、ということだ。

 

 党のメンツとやらに拘り軍事的に見れば無謀な突撃を繰り返して、戦力を消耗してくれるんじゃないか、というちょっとした期待もある。

 

 幸いであるのは合州国義勇軍が今のところは連邦には存在しないこと。

 帝国が継続的にラジオで合州国国民に伝えているのが功を奏しているらしく、最近では義勇軍の集まりが非常に悪くなっているらしかった。

 

 また昨今の連合王国の負けっぷりに、レンドリースに対する代金を回収できるか、不安視する声も合州国では高まっているとのことだ。

 

「ウクライナや白ロシアなどの独立も既定路線となったのは幸いだ」

 

 連邦への本格侵攻開始の直前には帝国にて亡命ルーシー帝国政府が発足する。

 帝国との繋がりを強くする為、四姉妹のうち三人は既に帝国の皇族や有力貴族へと嫁いだ。

 唯一の男児は病で幼くして死亡し、父親も高齢だ。

 故に、四女であるアナスタシアが国家元首――皇帝となり、革命時、あるいは革命後に逃れてきた官僚達が彼女の補佐を務める。

 

 また帝国政府と発足予定の亡命ルーシー帝国政府との間では白ロシア、ウクライナ、バルト海に面した地域などの独立が合意されている。

 

 それらを失う見返りは当然、ルーシー帝国の再興だ。

 

「第1段階はバルト海に面したリガからスモレンスク、ヴォロネジ、ロストフ・ナ・ドヌ、クラスノダールから黒海に至るまでのラインだが、どう思う?」

 

 ルーデルドルフの問いにゼートゥーアは答える。

 

「連邦軍の主力は帝国の国境から少し離れた地点に展開している。これを壊滅に追い込めば、その後は彼らが立ち直るまでは無人の野を行くかの如く進撃できる。問題は、どの時点で連邦が予備軍を送り込んでくるかだ」

「空軍の偵察や諜報員からの情報によれば、現時点では国境沿いの大部隊を除けば、近隣に予備部隊の存在は確認されていない。包囲殲滅を重点とするか?」

「包囲殲滅後に予定されたラインへの進出を目指すとなると、時間が掛かりすぎる……連邦軍は最低でも100個師団はいるぞ、国境沿いに」

 

 そこで言葉を切り、短期間で彼らを包囲殲滅できるか、とゼートゥーアは続けて問いかけた。

 ルーデルドルフは肩を竦めて、口を開く。

 

「殲滅したところで、追加で200個、300個と師団がおかわりでくるんだろう。開戦時に攻め寄せてきた連中だけで、数十個師団は壊滅に追いこんでいる筈なんだがな」

「最大では600個師団だからなぁ……逆に言えば600個師団を壊滅させれば勝てるだろう」

「むしろ、それで勝てなかったら、いっそ諦めるか」

 

 ルーデルドルフの潔い言葉にゼートゥーアは笑ってしまう。

 確かに600個もの師団を壊滅させてもなお、雲霞の如く押し寄せられればさすがの帝国といえども持ちこたえられないだろう。

 

「以前より検討されているが……モスコーを即応軍の魔導大隊で奇襲できんか? 書記長達を捕まえるか、暗殺してくれれば一気に楽になる」

「やってみる価値は十分にある。ただ、その為には空軍の協力が必要不可欠だ」

 

 そう言いながら、ゼートゥーアもルーデルドルフも空軍の存在がとても有り難く、そして頼もしく思う。

 

 空軍は陸海軍の要求に十分応えつつ、それでいて独自に作戦行動を行っている。

 空軍設立当初は誰もここまで大きくなるとは予想もつかなかっただろう。

 

「空軍にはモスコーを爆撃する計画もある。爆撃機部隊の中に魔導師を乗せた輸送機を紛れ込ませれば分からんだろう。空襲による市民や防衛部隊の混乱もこちらにとっては有利に働く」

「モスコー以外でも使えそうな手だな」

 

 ルーデルドルフの言葉にゼートゥーアもまた頷いたのだった。

 

 


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