「くそっ! 空が狭い!」
帝国空軍のマルセイユ大尉は悪態をつきながらも、気分が高揚していた。
連合王国に対するゾンネンウンターガンク(=落日)作戦。
それはまさしく、帝国軍の誰も彼もが待ち望んでいたものだ。
連合王国本土における交通網の破壊及び上陸地点となる海岸地帯への攻撃が作戦内容となっている。
しかし、連合王国空軍と合州国義勇軍は最後の力を振り絞り、抵抗をしている。
Ta152はレシプロ戦闘機として最高峰の性能を誇るが、連合王国空軍のスパイトフル、合州国義勇軍のP51やP47は決して侮れない。
既に戦闘開始から5機の敵機を撃墜しているマルセイユだが、周囲を見渡せば敵味方あわせて数百機はいる。
撃墜スコアを増やすには良いチャンスだ。
後続の爆撃隊は既にこの空域を通り過ぎ、目標へと到達しているだろうが、まだまだ戦闘は続きそうだ。
マルセイユは1機のスパイトフルに目をつけた。
僚機とはぐれたか、それとも罠か。
しかし、彼にとってはどっちでも良い。
はぐれだろうが、罠だろうが、撃墜すれば問題ないからだ。
昔、アフリカで見たライオンのように獲物を狩る――
どうせなら、と彼はヤシの木とライオンを機首部分に描いてもらい、それをパーソナルマークとしていた。
マルセイユは舌舐めずりをし、2番機のライナー・ペットゲンに指示を出す。
「はぐれた奴をやるぞ、ついてこい」
リビット・ビショップ大尉は2機のTa152に追い回されているスパイトフルを見つけ、ただちに小隊を率いて救援へと向かう。
スパイトフルは急降下で離脱しようとするが、Ta152はぴったりと食いついている。
間に合え、間に合え――!
しかし、そこで驚くべきことが起こった。
スパイトフルは急降下からの横旋回へと移り、Ta152もまた同じような機動をしたのだが――先頭のTa152が旋回中の射撃でスパイトフルを落としたのだ。
それがどれほどに難しいことであるか、ビショップは――否、戦闘機パイロットであるならば誰でも分かる。
接近するビショップの小隊に気づいたのか、2機のTa152は離脱することなく向かってきた。
真正面からの撃ち合いとなるが、互いに被害はない。
しかし、そこでビショップは一瞬であったが、あるものを目撃した。
先頭のTa152、その機首部分にはヤシの木とライオンが描かれており、夥しい数の撃墜マークがあったのだ。
ビショップは聞いたことがある。
帝国空軍では撃墜数100機超えのエースは珍しくも何ともなく、200機超えや300機超えすらもいるという。
そういったエースの誰かかもしれないが、臆することはない。
祖国の空を守ること、それが彼らの使命だった。
スコットランドは独立の動きが住民達の間で急激に高まっているが、連合王国政府は有効な手立てが無かった。
説得しようにも、帝国に負けかかっているという現実は覆せるものではない。
連合王国軍の部隊を駐屯させて武装蜂起を防ぐ、というのも難しい。
帝国軍による上陸間近という予想が軍部からは出されており、そんな状態で部隊を動かしたら、帝国軍の思う壺だ。
また、スコットランドの住民達からの反発も予想され、独立運動がより過激なことになりかねない。
結果として陸軍に関しては現状維持であったが、空軍に関してはむしろ逆のことが起こっていた。
帝国空軍の猛攻で連合王国空軍、合州国義勇軍ともに戦闘機とパイロットが枯渇寸前で、空襲があまり無かったスコットランド方面から次々と引き抜かれていた。
これはまだアイルランドが落ちる前のことであったが、引き抜かれた部隊は南部で消耗していた。
アイルランドが落ちてからはさすがに引き抜きは無くなったが、部隊数は減少したままで、補充されていない。
そのような状況下で、帝国の即応軍魔導大隊は密かに侵攻を開始していた。
潜水艦から飛び立ち、ターニャら第203航空魔導大隊はエルギン空軍基地へ向けて、まっすぐに飛んでいた。
彼女らとは別方向からも2個魔導大隊がそれぞれ低空を侵攻している。
夜明けと同時に襲撃というのも慣れたもので、ターニャはこの襲撃が大好きだった。
朝焼けに染まる山や海などは非常に美しい。
今回の攻撃は強襲となる可能性が高い。
魔導師狩りによって、相当数の魔導師を始末しているが、全滅したわけではない。
エルギン基地にも魔導師が1個大隊は存在しているらしい。
今回の作戦も単純といえば単純だ。
魔導大隊が先行して襲撃し、魔導師を潰し、滑走路周辺を確保する。
それから30分以内に降下猟兵とブランデンブルク師団が基地近くの田園地帯に降下、彼らと協同し、エルギン空軍基地を占領するというものだ。
滑走路だけは無傷で確保してくれ、というのが上層部からのお達しである。
「見えてきたな」
ターニャは呟き、そして告げる。
「各員、予定通りに行動しろ」
滑走路確保は第一、第二中隊。
第三、第四中隊の仕事は格納庫の破壊、管制塔の制圧だ。
勿論、敵魔導師が出てきた場合は最優先で始末する。
ターニャが指示を出して5分後、間近にまで迫ったときだ。
エルギン基地の上空に小さな点がぽつぽつと見えた。
敵魔導師だ――!
そのとき、ターニャへと通信が入る。
『こちら305、203の後方にいる』
『こちら501大隊、305と203を視認している』
彼女はほくそ笑む。
流石は即応軍魔導大隊、待ち合わせ場所に時間通りに登場してくれた。
『敵魔導師を発見した。競争といきたい。迅速に殲滅し、任務に取り掛かろう。もっとも撃墜数が多い大隊に残りが奢りというのはどうだろうか?』
『了解した。305を舐めるなよ』
『501、了解。財布を握りしめて待ってろよ』
通信が切れる。
ターニャは大隊全員に告げる。
「諸君、競争だ。魔導師の撃墜数がもっとも多ければ他の大隊が奢ってくれるぞ」
ヴィーシャらからは歓声が返ってくる。
それを聞きながら、ターニャはふと思う。
存在Xとやらは信仰心を目覚めさせるとかどうたらこうたら言っていたが、ターニャに干渉してきたことは今まで一度もない。
あるいはヴェルナーやヒトラーを送り込んできたのが干渉であるのかもしれないが、どうもそれは違う気がする。
とはいえ、ターニャ自身にとっては軍人であるから扱き使われてはいるものの、基本的には順風満帆の人生である。
「何だかよく分からんが、ま、感謝だけはしてやるさ」
ターニャとしては存在Xが変な干渉をしてこないこと、自分に前世では絶対にできないことを体験させていること。
彼女はこれらの事実から、信仰とまではいかないもの、銃で撃ったりはせず、感謝くらいはしてもいいと考え始めていた。
「始まったな」
「ああ、始まった」
ルーデルドルフとゼートゥーアは朝食を共にしながら、時計を見て、そう声を掛け合った。
まだ食事をとるには早い時間であったが、参謀本部では24時間、いつでも食事の提供ができる体制が構築されている。
参謀本部勤めというのは花形であったが、同時に激務な部署で、食事の時間は不規則になりがちであった。
とはいえ、今、参謀本部は比較的落ち着いている。
参謀本部は作戦開始直前までは極めて忙しいが、いざ作戦が始まってしまうとわりと暇になるというのもまた伝統的なものだった。
エルギン空軍基地に今、3個魔導大隊が殴り込みを掛けている頃だった。
そして、30分以内に降下猟兵及びブランデンブルク師団が基地近くに降下する。
「そういえば、どこの国でも教会が賑わっているそうだ。うちの近くの教会も、開戦以来、盛況だ」
「誰だって神に祈りたくもなるだろう」
ルーデルドルフの言葉にゼートゥーアは頷く。
そういう予想はあったとはいえ、実際に連邦の宣戦布告から、次々と他国が参戦して、あっという間に多数の国を敵に回した大戦争に発展してしまった状況だ。
国民ではなく、軍人だって政治家だって、最終的な心の拠りどころとして神に縋ったのは、ある意味で当然だった。
当時、ルーデルドルフやゼートゥーアも防衛線が破られないよう教会で祈ったくらいだ。
「聞けば、今では家族や恋人が無事に帰ってくることを祈る者達ばかりだ。ここで私が個人的に考えた、面白い予想があるんだが、聞くか?」
「そう言われては聞かないわけにもいくまい。それで、我が友である学者参謀殿は何を考えたんだ?」
「今回の戦争で、一番得をした輩は誰かとな」
得をした輩、と考えてルーデルドルフはすぐに合州国が出てきた。
「合州国か?」
「いや、彼らも義勇軍という体裁を取っているが、大きな犠牲を払っているだろう。それに債権回収ができるか、悩んでいるとも聞く。国ではないぞ」
「国ではない? 個人か?」
「個人といえば個人だ」
「ヴェルナーか? 奴は空軍の力を世界に示すことができて、大喜びだろう。RFWだって大儲けだ」
ルーデルドルフの回答にゼートゥーアは首を横に振る。
「いや、違う。確かに結果的にはそうなったが、危険な賭けを奴がするか? 奴の性格から考えて」
「……しないな」
酒は嗜む程度、タバコはやらず、女遊びもあまりしないという。
あのくらいの若さで、あれだけの地位とカネがあったら、女の方から寄ってくるが、ヴェルナーに関してそういう噂というのは2人とも聞いたことがなかった。
「そういえば先月、奴のところに5人目が産まれたな。何か祝いの品を贈らねばならんが、考えたか?」
「色々考えたが、まだ決まっていない。今度の休日にデパートへ見に行くが、来るか?」
「ああ、行こう。で、答えは何だ?」
ルーデルドルフの問いかけにゼートゥーアは告げる。
「神だ。戦争前、教会は寂れていたが、戦争開始後、帝国は勿論、おそらく敵国でも教会は大賑わいだろうことは想像がつく。祈る内容は様々だろうが……」
「すると何か、今回の戦争は神が仕組んだことか?」
「さて、それは分からん。だが結果として、世界規模で多数の……それこそ億を軽く超える人間から祈ってもらえた。神に被害は一切なく、あるのは利益のみだ」
もっとも、とゼートゥーアは言葉を続ける。
「神が存在し、なおかつ、我々の意思決定に何かしらの力を行使して介入できるならば、という前提だ。君は神から何か聞いているか?」
「いや、あいにくとな。そういう君はどうだ?」
「私も神からの連絡はないな。ちなみにだが、ヴェルナーは神の存在を信じているらしいぞ?」
「ほう、それはまた何でだ?」
その問いにゼートゥーアは肩を竦めてみせる。
「その方が面白いから、だそうだ。悪魔やアールヴ、ドラッヘだって存在すると言っていた」
「奴らしいな。まあ、確かにその方が面白いといえば面白いか……未知の存在というのは好奇心を満たすにはちょうどいい」
「それと、奴は昔から密かにフレイヤとイシュタルを信仰しているらしい。困った時の神頼みとして軽く祈ったりする程度だそうだが」
「また随分と……言っては何だが、一般的ではないところを……理由は?」
ルーデルドルフの問いにゼートゥーアは答える。
「どちらも豊穣の女神であり、また戦いの女神でもあるからだ。奴が帝国の国力を増大させ、帝国軍に武器を与え、それらは此度の戦争への勝利に繋がっている……あながち、馬鹿にできたものではないだろう」
「美しいとされる女神だから……というわけではないんだな」
「私もそう思ったが、奴が言うには女神に見初められると碌なことにならないそうだ。困った時に祈る程度の関係が良いらしい」
ルーデルドルフは納得したように頷きつつ、ならばと告げる。
「その女神達はまさしく帝国にとって勝利の女神というわけだな」
「そういうことになる。我々も感謝の祈りでも捧げておこう。それで懐が痛むわけでもない。ついでに、連邦戦の勝利も祈願しておくか……こっちは勝利の女神がダース単位で必要そうだ」
ゼートゥーアの言葉にルーデルドルフは深く頷き、同意したのだった。
フレイヤ「手出しをしたら、分かっているよな?」
イシュタル「フレイヤと手を組んで戦争起こすぞコラ」
天照「試練を与えるよりも甘やかしたほうがいい。私もそれで引きこもりを脱出できた」
存在X「こわっ手出しやめとこ。甘やかしたろ!」
この会話はあくまでジョークです。
本編とは一切関係ありません。