我らが帝国に栄光を!   作:やがみ0821

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かくしてアシカは丘に上がり、太陽は沈む

 

 

 

 グレートヤーマスはまもなく夜明けを迎えようとしていた。

 海岸に近いことから帝国軍の上陸を警戒し、歩兵師団がこの街を中心として周辺に駐屯している。

 

 だが、海岸地帯の防備は南部や西部と比べて、お粗末であった。

 いかに合州国からの支援を受けているとはいえ、必要な資材はイングランド南部やウェールズに優先的に回され、残りものがイングランド東部方面へ回ってくるという状況だ。

 

 もっとも、グレートヤーマス周辺の海岸はトーチカと沿岸砲が疎らではあったが設置され、東部における他の海岸と比べるとマシな状況であった。

 海岸陣地はお粗末であったが、明確な計画はあった。

 グレートヤーマス周辺に敵軍が上陸してきた場合、後方にある機甲師団が即応する。

 

 交通網が破壊されているとはいえ、夜間に移動開始すれば朝までには間に合う程度の近距離に機甲大隊が配置されている。

 陸軍の状況だけはマシであったが、空軍と海軍は目も当てられない状況だった。

 

 合州国義勇軍と合計しても戦闘機の稼働機数は500機を下回っており、懸命な量産が続けられていたものの、毎日朝昼晩と続く帝国空軍の空襲にも対応しなければならない為、損耗に補充が追いつかなかった。

 何よりも帝国空軍は周辺のインフラごと基地や飛行場を潰し、なおかつ復旧の気配があるとすかさず爆撃機を送り込んでくる。

 その為、破壊されたら新しく基地を作ったほうがいいのではないか、と真剣に検討される程だ。

 

 そしてパイロットの損耗も酷い。

 連日続く戦闘により十分な休養が取れず、やがて脱出に失敗して戦死するか、あるいは早期の戦線復帰が難しい重傷を負うかのどちらかであった。

 

 より深刻なのは海軍だ。

 制空権確保が難しいことから出撃することもできず、基地や軍港に逼塞していた。

 そして、その状況を帝国空軍が見過ごすわけもなく、施設の破壊も兼ねて迅速に攻撃が加えられ、停泊していた艦船の多くが沈められてしまった。

 これら水上艦以外に潜水艦もあったのだが、数が少ないことに加え、帝国の駆逐艦は耳も良いらしく、無線を送信しただけであっという間に位置を探知されてしまう為、思うような作戦行動が取れなかった。

 

 また連合王国政府や議会では既に和平派が主流であり、スコットランドやウェールズの独立をどう防ぐか、帝国との和平の条件はどうするか、というところが議論されている。

 

 もっとも、和平派と言っても主流を占めるのは一撃講和論だ。

 

 一撃講和論とは、局地戦闘で1つでも勝利して威勢を示し、少しでも有利に和平交渉を進めようというものだ。

 開戦してから連合王国は一方的に殴られっぱなしで、自分達から吹っかけた戦争なのに、帝国に一度も勝利できずに負ける。

 

 負ける為に戦争を始めたなどという評価はされたくない。

 

 連合王国からすれば一撃講和論は理に適ったものに思えた。

 帝国は最大の難敵である連邦との戦いを控えている。

 

 連邦の戦力は膨大で、その為に帝国軍は少しの犠牲も出したくはないと連合王国は読んでいる。

 

 だからこそ、連合王国本土での戦いが長引くことを帝国軍は望まない筈だ――

 それなりの消耗を強いれば比較的寛大な条件で手を打ってくれるだろう――

 

 むしろ、連邦との戦争の為に帝国に資源を融通すれば、経済的な支援すら引き出せるのではないか――

 

 そのような考えが政府や議会で蔓延っていたが、それが正しいかどうか、証明されるときが遂にきた。

 

 

 

 朝日と共に彼らはやってきたのだ。

 

 

「敵襲! 敵襲!」

 

 いち早く気がついた見張りの兵士が叫んで回る。

 グレートヤーマスや海岸陣地、どちらからでも敵の艦隊と多数の輸送船や敵機が沖合にいるのがよく見えた。

 

 しかし、先陣を切るのは敵機や艦隊による砲撃ではなかった。

 幾つもの艦船から飛び立つ、無数の小さな黒い点。

 

 誰が見ても、それが何か理解できた。

 

「敵魔導師多数接近! 最低でも3個大隊以上!」

 

 悲鳴じみた報告に対空砲や機関銃の要員達が緊張した面持ちで、急速接近してくる敵魔導師達を見つめる。

 味方の魔導部隊が上がっていくのが見えるが、その数は圧倒的に少ない。

 帝国軍の魔導師狩りにより数は減少し、また南部や西部が重視されていることもあって、ここには2個中隊しか存在していなかった。

 

 勿論、魔導師に対しても対空砲や機関銃は有効だ。

 対空砲は直撃すればまず確実に落とせる。

 最大の問題は弾幕を張れる程の対空砲や機関銃が存在しないことであった。

 

 航空機よりは遅いとはいえ、航空機よりも小回りが利く魔導師は厄介だ。

 

 そして、彼らにとって最大の不幸は、やってきた帝国軍の魔導師達が即応軍所属の精鋭部隊であったことだった。

 

 

 

 

 ターニャはシュルベルツ中尉に写真を撮らせ、別の者には撮影機により映像で記録させている。

 勿論、許可は取ってある。

 なお、最近では他の魔導大隊にも戦場での映像や写真をなるべく撮影するよう、通達が出されている。

 

 さすがに魔導師の従軍記者はいないので、実際に戦場では何が起こっているか、把握する為だ。

 これらは検閲を経た後、報道用に使われる。

 

 魔導師による撮影は上空からの俯瞰視点――それも飛行機よりも低高度で低速、空中で静止もできる為、詳細が分かりやすいと評価されている。

 ターニャがこれまでに撮らせた様々な写真が思いもよらぬ活用をされているのだが、彼女からすれば棚からぼた餅であった。

 

「獲物の争奪戦だ。他の部隊に負けるなよ」

 

 ターニャの指示に次々と了解の返事。

 上陸支援の為に帝国はターニャらを含む5個魔導大隊を投入し、更に2個魔導大隊を甲板上に待機させていた。

 

 好きなフネに乗って出撃していい、ということでターニャは悩みに悩んだ末、帝国版ウースター級であるアドミラル・ヒッパー級のプリンツ・オイゲンから出撃していた。

 

 艦隊は陽動の為に南部や西部の海岸地帯を砲撃し、ブレストに寄港して補給を行った。

 この際に上陸支援用の魔導大隊は各々の大隊ごと好きなフネに乗船している。

 そして、輸送船団とは昨日北海にて合流し、いよいよゼーレーヴェの開始となったのだ。

 

 

 ターニャは海岸の状況を見て思う。

 

 トーチカに沿岸砲、塹壕に対空砲、上陸阻害用の障害物など色んなものがあったが、予想していたよりもその密度は濃くはない、と。

 

 オマハビーチ並みを想定していたが、杞憂に終わったかとターニャは一安心だ。

 そして、彼女がまず攻撃を加えたのは鉄条網だ。

 

 地雷も埋まっているだろう、と中隊を率いて海岸に張り巡らされている鉄条網を爆裂術式で吹き飛ばす。

 予想通りに地雷も埋まっていたらしく、爆裂術式を鉄条網に撃ち込んだ程度では済まない爆発が次々と巻き起こる。

 

 沿岸砲やトーチカは他の大隊と取り合いになり、無駄撃ちが発生する。

 地味であるが、絶対に反撃の危険がない障害物を破壊しよう――

 

 ターニャらしい判断だった。

 

 そうこうしているうちに、敵魔導師を殲滅したという報告が他部隊より入る。 

 敵は2個中隊規模であったらしいが、こちらもやはり取り合いになったようだ。

 

「やはり米帝式が正義なんだよな……」

 

 部下達に聞こえないよう小さく呟いたターニャ。

 戦争のやり方――特にこういった総力戦はアメリカ式が良いと実感する。

 

 多数の味方魔導師、海には友軍の大艦隊と上陸を待つ地上部隊、艦隊や輸送船団上空に張り付く友軍戦闘機。

 更に敵を引きつける為に、帝国空軍がイングランド南部やウェールズで同時多発的に空襲を仕掛けている。

 

 戦場に立つなら、こういう有利なところがいい、とターニャは思う。

 

『敵の迎撃も散発的ですし、この幸運を神様に感謝でもしますか?』

 

 ヴィーシャからの何気ない問いかけ、ターニャは少し迷うが、意を決して告げる。

 

「神とやらが実在するかは知らないが、まあ、感謝してもいいだろうな」

 

 感謝はしてやろう、存在Xめ、と彼女は内心でそう告げて、仕事に励むことにした。

 

 

 

 

 

 帝国軍の各魔導大隊は海岸やグレートヤーマス市内、数km程内陸に入った箇所まで丁寧に陣地を一つずつ潰して回る。

 同時にこのとき、機雷除去の為に掃海部隊が掃海を行ったが、幸いにも機雷は発見されなかった。

 

 魔導大隊による海岸地帯の掃討及び掃海部隊における掃海が完了したところで、遂に上陸開始となるが、何事もなく上陸部隊第一陣は海岸へと到達した。

 以後、上陸用舟艇が海岸と沖合の輸送船や揚陸艦を行き来し、次々と人員や車両、物資を送り込んでいく。

 

 この間にも魔導大隊は交代で海岸地帯及び艦隊の上空直掩、進出してきた敵部隊を攻撃したりもしたが、激戦というほどのものではない。

 

 そして、上陸開始から数時間後には海岸堡が築かれ、同時に部隊は順調に内陸部へと侵攻していく。

 このとき、連合王国軍や合州国義勇軍による抵抗にあうものの、彼らの災難は攻撃した瞬間に帝国空軍機や魔導師達に位置がバレてしまうことだ。

 

 バレた瞬間に上空から爆弾や銃弾、爆裂術式が叩き込まれる為、敵軍は急速にその戦力を消耗し、地上部隊の攻撃によりとどめを刺された。

 

 制空権を取られた状況での地上戦闘がどれほどに悲惨なことになるか、連合王国軍や合州国義勇軍は嫌というほど味わいながらも、それでも懸命な抵抗を続けている。

 

 

 一撃講和論などと呑気なことを言っている場合ではないと連合王国政府と議会が気づいたのは、帝国軍上陸から1週間が経過したときだ。

 帝国軍先鋒はロンディニウムから80kmという地点にまで到達していた。

 

 この時点で南部や西部に展開していた連合王国や合州国義勇軍の部隊が敵機の妨害により多大な損害を出しながらも、どうにか移動を完了したことで、一時的に帝国軍の攻撃が止まっている。

 帝国軍が戦力の集結を行っていることが誰の目にも明らかであった。

 また、アイルランドのダブリンや帝国領のブレスト、ダンケルク、カレーといった港湾都市に大規模な輸送船団とその護衛艦隊が集結していることを連合王国は掴んでいる。

 

 西部や南部への上陸を狙ったものであることは明白だ。

 故に、連合王国政府は決断した。

 

 

 1925年12月8日。

 連合王国政府は正式に帝国政府に対して降伏の申し入れを行い、帝国側はそれを受け入れた。

 

 

 連合王国が帝国に降伏した――

 

 その一報は瞬く間に世界を駆け巡り――これを知った秋津島皇国は決断を下した。

 連合王国の降伏から数日後、帝国政府に対して駐帝国秋津島皇国大使からとある提案がなされた。

 その内容は秋津島皇国が帝国側に立って連邦との戦いに参戦する代わりに、極東における連邦領土や権益を頂きたいというものだった。

 

 

 


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