連合王国との戦いが終わったことで、帝国は西方・北方・南方の三方面において完全に脅威を取り除くことに成功した。
クリスマスまでには戦争は終わる、と思っていた者は誰もいなかったが、それでも東方以外は1925年のクリスマスまでには戦争が終わったのは確かだ。
帝国軍は空軍を除き来年5月もしくは6月を目処に連邦に対して攻撃を開始することを内々に決定した。
この間、部隊の休養・再編、新型装備や兵器の配備と転換訓練などを行い、戦力の充実に努める。
とはいえ、何よりも将兵にとって嬉しかったのは全ての部隊――東部方面に展開している部隊も含め――交代で1ヶ月間の休暇が与えられることだった。
まず最初に休暇が許可されたのは西方での戦いを終えた部隊だ。
その中には即応軍の魔導大隊も含まれており、ターニャは1ヶ月もの休暇に歓喜し、かねてから計画していた地中海旅行へと繰り出した。
実戦部隊が休暇に歓喜している中、陸空軍参謀本部や海軍総司令部は多忙を極めていた。
次の作戦が開始されるまでの間、これらの部署は殺人的な仕事量に追われることとなり、それこそ書類との戦争という言葉が相応しいものだ。
特に空軍は陸海軍に先立って連邦軍に対して攻撃を仕掛ける為、より過密なスケジュールとなっている。
陸海軍は空軍よりはマシだと思うことで、何とか多忙な日々を乗り切っていた。
「皇国はどうなんだろうな」
ルーデルドルフはゼートゥーアとの遅めの昼食を食べながら、そう切り出した。
「彼らの提案に乗るのは良い手ではあると思う。それによって合州国の援助ルートを完全に遮断できる」
ルーシー連邦に対するレンドリースは3方面から行われている。
バレンツ海ルート、ペルシャ湾ルート、そして太平洋ルートだ。
このうちもっとも帝国が手を出しにくいのが太平洋ルートであり、合州国からの物資は輸送船によりウラジオストックやナホトカに届けられ、そこからシベリア鉄道で輸送されている。
秋津島皇国が参戦することでウラジオストックをはじめとした極東地域を占領してくれれば、このルートを物理的に遮断できる。
またペルシャ湾ルートは実質的には使えないと言っても過言ではない。
既に合州国から連邦向けに届けられた物資は陸揚げされた港で足止めされている状況だ。
イランは連合王国領インドと連邦に挟まれており、これらに対抗する第三国との関係強化に必死であった。
国内における石油生産の権限が連合王国の石油会社に握られていたということも大きな理由の一つである。
イランは2カ国に対抗しており、なおかつ、躍進している帝国をパートナーとして定めた。
それが連合王国と連邦の反発を招き、また合州国からのレンドリースが始まったこともあって、2カ国で圧力を掛けてこのルートを開通させたという経緯があった。
連合王国が帝国に倒された今、イランは明確に親帝国を掲げ、また国内から連合王国人を国外退去させている。
国軍の動員も開始されており、連邦が港湾確保の為に侵攻してくるのではないかという想定の下で動いていた。
帝国側も彼の国に対する様々な支援を行い始めている。
連邦にはまともな海軍戦力がない為、地中海や紅海は護衛なしでもフネが行き来できるようになっているのも向かい風だ。
最後に残ったバレンツ海ルートは帝国空軍によって、主要な荷揚げ港であるムルマンスクとアルハンゲリスクを空爆し、その港湾機能を完全に破壊する。
更に帝国海軍もバレンツ海へ艦隊を派遣し、海上封鎖を行うことで遮断できると目されていた。
「それはそうだが、最大の懸念は皇国は連邦とマトモに戦えるのか? いざ戦って連邦軍に負けました、では話にならんぞ」
ルーデルドルフの危惧ももっともだ。
連邦軍の装備は帝国軍に対抗できるものが揃えられている。
しかし、ゼートゥーアは秋津島皇国における戦略の転換を知っていた。
彼は自信を持って告げる。
「問題はない。秋津島皇国における北進論と南進論は知っているか?」
「いや知らん。名前から察するに、北へ進出するか、南へ進出するかの違いか?」
「その通りだ。北でルーシーと戦うか、南の資源地帯を求めて我々や合州国、連合王国と戦うかというものだ」
「真逆の思想だな」
ルーデルドルフの言葉にゼートゥーアもまた頷いた。
北へ目を向ければ連邦軍とやりあう為に陸軍の強化が必要で、南へ目を向ければ帝国軍はともかくとしても、合州国海軍や連合王国海軍とやり合う為に海軍戦力の充実が求められる。
そして、秋津島皇国には陸軍と海軍、両方を大拡充するような国力は無い。
「ルーシーの内戦が終わり、共産主義の脅威がじわじわと明らかになってきたあたりから、皇国では北進論が優勢となって、そのまま今日に至っている。共産主義者達を支援したことを後悔しているらしい」
「陸軍は期待しても良いと?」
「ああ。陸軍の強化と拡充により、海軍が割を食っているがな。配備されている四式中戦車とかいうのは我々の四号に類似した性能だ」
それはそうと、とゼートゥーアは言葉を続ける。
「四号戦車が余りすぎて、訓練学校にまで新車が多数配備されているのは知っているだろう?」
その問いかけにルーデルドルフは溜息を吐く。
「RFWをはじめ、各社がこぞって競争するように量産したからな。いや、嬉しいことではあるんだが……」
「四号戦車だけで月産2000両超えとかいうのはな……」
戦車だけでそれだけの量が生産されており、これに加えて装甲車やらトラックやら火砲やらその他色々なものが量産されている。
陸軍は開戦以来、喪失した車両や兵器の補充に悩むということがなかった。
「ともあれ、余ったものや五号との入れ替えで前線部隊から引き上げられた四号は後方の輸送路の警備に使われる。1個小隊でも戦車があれば大抵のゲリラ的攻撃は撃退できる……その分、兵站の負担は増えるが、補給路を脅かされるよりは良い」
ルーデルドルフは軽く頷きながら、問いかける。
「五号戦車はどれくらい作る気なんだろうな……?」
「さてな。まあ、生産が追いつかないという心配はしなくてもいいだろう」
「六号戦車の開発も開始されているから、作りすぎないで欲しいものだ」
「六号は半年程で量産開始できる可能性が高いと兵器局から聞いているが、それを待っていては連邦軍との初戦に間に合わないだろう」
五号戦車の量産開始よりもかなり前の時点で、各メーカーに対して六号戦車の要求仕様を陸軍は提示していた。
連邦軍の新型戦車は主砲は勿論、装甲もまた大きく強化されると当時から予想されている。
幸いにも四号戦車が開発された頃から既に新型砲弾――装弾筒付翼安定徹甲弾とそれを撃ち出す為の滑腔砲の研究開発は各メーカー及び陸軍が協同して行っており、現時点で量産まであと少しという状況だ。
RFWが五号戦車の設計案のときにフライングしたものの、六号戦車では120mm滑腔砲の搭載を陸軍側は要求している。
各メーカーが提出してきた六号戦車の設計案は既に最終的な審査にあり、年内にも決定される予定だ。
有力なのはRFW社案で、次点でヘンシェル社もしくはMAN社の案だ。
RFW社案は五号戦車の失敗を活かし、堅実にディーゼルエンジンとし、将来における情報通信機器の発達とそれらの搭載を見越し、車高を抑えつつも車内はゆとりある広さを保っている。
重量は60トン程度に抑えられており、このくらいの重量が運用できる限界だと考えられていた。
「六号、マトモなものに決まってよかったな」
「全くだ」
ルーデルドルフの言葉にゼートゥーアは大きく頷く。
彼らはあるトンデモ設計案を兵器局から聞いていた。
一次審査で落選したポルシェ案だ。
ポルシェ博士が自ら乗り込んでくる気合の入れようで、彼は120mm滑腔砲を連装方式で搭載し、重量190トンの車体を艦船用のディーゼルエンジンで動かすというものを出してきた。
それはまだマトモなもので、第二案としてアドミラル・ヒッパー級に使われている15.5cm砲を連装化して搭載したものだったり、更には試案としてバイエルン級の16インチ砲=40.6cm砲を連装化し、3基搭載した陸上戦艦案まで持ってきた。
当然全部却下されたのだが、それを聞きつけたヴェルナーがポルシェ博士に普通の自動車だけ作ってくれ、とお願いしたらしいとゼートゥーアもルーデルドルフも聞いている。
どうやら空軍にも――それも自動車での繋がりからヴェルナーと面識があるため彼のところへ直接――ぶっ飛んだものを持ってきていたようだ。
詳細は聞いていないが、大推力ジェットエンジンやターボプロップエンジンが量産間近であることから、それらを使用した空中空母やら空中戦艦やらの空中艦隊構想を提案したらしい。
それはさておいて、ゼートゥーアは繰り返し伝えている作戦目標をまた告げる。
「迅速に設定したラインまで進出し、陣地構築及び本国との補給輸送体制の確立。それが来年の目標だ」
「耳にタコができるぞ。それを何百回聞かされたことやら……」
「最重要だから仕方がない。それに聞いているだろう? 現地調達は不可能だと思えと」
そう言うゼートゥーアに対し、ルーデルドルフは肩を竦めながら告げる。
「連邦は確実に焦土戦術を行う……ならば、我々帝国空軍が焦土化を手伝ってやろう……だったか?」
「その通りだ。ヤツはやるといったらやるぞ。大都市があっても、そこは廃墟となっているだろう。補給は本国からの輸送のみだ」
ゼートゥーアの言葉は空軍の作戦計画を踏まえたものであり、既に陸軍参謀本部だけではなく、実際に前線で指揮を執る将官や佐官にも周知徹底されている。
帝国空軍は地上部隊のみならず、地域一帯を根こそぎ破壊し尽くす地域爆撃――いわゆる絨毯爆撃――を実施する。
ゼートゥーアは市街戦で前線部隊が出血を強いられると予想し、ヴェルナーに対して良い解決策はないか、と相談した結果である。
ヴェルナーが出した答えは単純明快で、都市を破壊し、篭もった敵部隊を外へ追い出してしまえばいい、というものだった。
空軍には10トン爆弾をはじめとした各種大型爆弾は勿論、焼夷弾から燃料気化爆弾、地中貫通爆弾なるものまで配備されており、実行に問題はないとのことだ。
セヴァストポリ要塞も破壊できるとヴェルナーは太鼓判を押している。
無論、いきなり地域爆撃を行えば現地住民の反感を買うので、事前にビラを大量に撒いて攻撃を実施する旨を伝えるという前提がある。
あくまで帝国の目標はルーシーにおける共産主義政権の打倒であり、可能であれば党指導部の殺害もしくは逮捕で、ルーシーにおける諸民族絶滅などというものは掲げていない。
帝国軍は共産主義政権の圧政から解放してくれる、と現地住民達に思わせなければダメで、注意が必要なところだ。
「前線との補給路を維持できれば連邦は倒せる。この戦争を終わらせるぞ」
ゼートゥーアの言葉にルーデルドルフは力強く頷いたのだった。