我らが帝国に栄光を!   作:やがみ0821

3 / 37
ゼートゥーアの評価

 ヴェルナーは士官学校においても学業に励みつつも、RFW社における業務や帝国だけでなく各国の政財界とのコネ作りの為にパーティーや交流会へ出席するなど、非常に多忙であった。

 しかし、それでも彼は首席を維持し続け、そして首席で卒業し、そのまま軍大学――それも最難関とされる参謀課程へと進んだ。

 半数以上が落第するというこの課程においても、彼は二足の草鞋を履いた状態で落第することなく首席で卒業した。

 この時点で彼の名前は軍内部――もともとRFW社の経営者としては広く知られていたのだが――にて広く知られることとなった。

 参謀課程を兼業で首席卒業する人物は帝国の歴史上、ヴェルナー以外にいなかったが為、この実績でもって、彼は軍人としても優秀であると示してみせたのだ。

 

 

 なお、彼のドクトリンは士官学校時代にゼートゥーアから参謀本部へ送付され、そのまま参謀本部内で検討された。

 その結果、軍大学入学と共に参謀本部へと少尉待遇で赴き、研究及び問題点の洗い出しと改善をすることとなった。

 これらもまた前世と同じ道筋であり、自身のドクトリンの問題点とその改善策は熟知しており、将官達や佐官達への説明する為のプレゼンテーションも慣れたものだ。

 

 

 この頃からお伽噺に出てくる何でもできてしまうという意味合いで、魔法使いの渾名が彼についた。

 周りから見れば軍大学に通いながら、参謀本部で自身が提唱したドクトリンの研究をしつつ、将官達や佐官達にプレゼンし、さらには会社の業務までこなす。

 

 それでいて睡眠と入浴、食事に充てる時間はきっちり確保している。

 まさしく魔法使いの所業だった。

 

 そして、軍大学卒業後、どこもヴェルナーを欲しがった。

 特に兵站部門を統括する陸軍兵站本部は本部長である大佐がやってきて勧誘する程だ。

 

 ヴェルナーの士官学校卒業論文と軍大学卒業論文はどちらも、勇ましい戦術論ではない。

 入学初日にゼートゥーアに渡したドクトリンに関する論文だけで士官学校の卒業論文とするには十分過ぎたが、それでは公平ではないとヴェルナーは固辞し、改めて論文を執筆したのだ。

 

 ヴェルナーの士官学校卒業論文は『鉄道・車両・航空機・船舶による統合兵站体制構築及びその効率的運用』であり、軍大学卒業論文は『三軍体制の構築及び統合的運用』だ。

 

 陸軍の枠すらも飛び越えたこれらは陸軍から海軍にも論文の複写が渡され、ヴェルナーのこれまでの実績もあいまって、大きな衝撃を与えた。

 

 当然だが、ヴェルナーは海軍内でもよく知られていた。

 彼の名前が海軍内で知られるようになったのは、彼が前世と同じ行動をしたことによるものだ。

 RFW社は自動車部門と航空機部門が軌道に乗ると、同じように造船部門にも手を広げている。

 エムデン市にあるノルトーゼヴェルケの経営状況が悪化しつつあったところをヴェルナーが資金援助することで救済し、RFW社の造船部門としてそっくり取り込んでいた。

 それからは海軍にRFW社の経営者として出入りし、人脈作りに励んでいたのだ。

 

 このように、衝撃を振りまいたヴェルナーが希望した配属先は戦闘部隊ではなく、陸軍兵站本部だった。

 本部長直々の勧誘などなくとも、彼はここを希望するつもりだったのだ。

 そして、彼は自分の希望通りに兵站本部に配属されるや否や、生き生きと仕事に取り組み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……彼は本当に魔法使いなのか?」

 

 士官学校の教官から異動し、参謀本部勤務となったゼートゥーア中佐は今年――1910年までのヴェルナーの動きと働きを一覧表に纏め上げたところ、そんな感想しか出てこなかった。

 ゼートゥーアはヴェルナーとは頻繁に面会し、意見交換を行っている。

 だからこそ、彼はあることを思ってしまう。

 

 未来を見通しているかのような、明確な意志でもってヴェルナーは行動している――

 

 それだけならば、胡散臭く思う輩も多く出るだろうが、ヴェルナーの成し遂げてきた実績は動かせぬ事実であり、決して無視することはできない。

 

 RFW社は設立から10年程で急成長を遂げ、今や押しも押されぬ地位を帝国内に築き上げている。

 RFWに負けてなるものか、と多くの企業は奮起し、航空機及び自動車は熾烈な開発競争・価格競争、そして技術者や研究者などの専門人材及び労働者獲得競争が勃発している。

 そして、政府は1902年には諸分野における規格策定及び統一に関する法律をはじめとした多くの法律――冶金や化学、石油精製など諸分野における技術力向上を目的とした法律なども含む――を制定し、更には多額の補助金を出すなどして企業間における競争を強力に後押しした。

 

 

 その政府による後押しもヴェルナーが裏から手を回したのだろう、とゼートゥーアは思う。

 陸軍兵站本部勤務となったとき、彼の真骨頂が発揮された。

 それは根回しだ。

 彼はあちこちに十分に根回しをした上で、自らの案を披露する。

 しかも、その案は完璧ではなく、一見しただけでは分かりにくい問題点がそのまま残してあるのだ。

 質疑応答で、その問題点を敢えて指摘させ、それに対する十分な回答を行うことで感情的な反対を最小限に抑え込み、修正されることなくそのまま案を通す。

 もしも指摘されなかった場合は後日に問題点があったので修正した、として再度披露してみせる。

 

 どう転んでもヴェルナーにとってはプラスの評価を受けられるのだ。

 それは新米将校のやり方ではない。

 

 聞けばヴェルナーの案は基本的に全てそのまま通っているらしかった。

 そして、その案が通ったことで着実に業務の改善がなされ、効率化しているらしい。

 勿論、案を提出するだけではなく、上から与えられる仕事は完璧に、そして迅速にこなす為、勤務態度は最優だ。

 

 まるで兵站に関連する業務を長年していたかのような、そんな印象すら受ける。

 

 それを裏付けるものがコンテナだ。

 RFW社は自動車や航空機、造船に隠れてしまっているが、規格化された輸送用コンテナの開発と量産においてもいち早く取り組み、その特許を取得し、膨大な利益を上げていた。

 

 そのコンテナは今や帝国の物流にとって無くてはならないものとなっている。

 帝国軍においても広く導入されており、物資輸送における効率の向上は計り知れない。

 

 まさに彼にとっては前線で指揮を執るよりも、後方で書類と戦う地味とされている仕事の方が天職なのだろう。

 

 同じ後方で書類と戦う仕事ではあるが、参謀は花形だ。

 一方で兵站の仕事は功績を上げにくいことから、出世コースから外れたような扱いになってしまい、あまりやりたがる者はいないというのが実情だった。

 ヴェルナーが兵站本部へ入ってくれたことは幸いだ。

 

「参謀本部でルーデルドルフの部下となった兄も優秀だと聞いているが……まさしく、恐るべきルントシュテット兄弟だ」

 

 そして、彼にしか空軍は扱えないだろう、ともゼートゥーアは思う。

 というより、帝国軍内部で彼より航空機に詳しい人物はいないかもしれない。

 

 彼の描いた多くの航空機のイラストをゼートゥーアも見せてもらったことがあるが、それらはどれも非常に優れたデザインであった。

 また、航空機に関して彼と議論を交わしたが、ゼートゥーアは全く歯が立たなかった。

 航空機の戦略・戦術・編成・運用などそれらは全て、ヴェルナーの中には確固としたものとして存在していたのだ。

 

 ファーストルック・ファーストショット・ファーストキルなどという戦術概念やそれを成し遂げる為の必要な技術、装備などまで言及されたとき、白旗を上げたくらいだ。

 詳しくその戦術について聞けばそれは非常に理に適ったものであり、実現できたならば無敵といえるだろう。

 その為に電子技術産業についても、ヴェルナーは投資家達と組んで膨大な金額の投資をしているようで、早くも成果が出始めているらしい。

 ゼートゥーアが思うに、急激に進歩する技術に帝国軍が対応できていないように思えてしまう。

 ヴェルナーが出してきたレーダーなどという単語は参謀本部内で話題になったことはない。

 魔導師の魔力反応を探知するものもレーダーであるかもしれないが、ヴェルナーの語るレーダーの利点をゼートゥーアは正確に理解している。

 航空機や船舶の探知どころか、射撃の命中率向上、果ては飛んでくる砲弾の弾道を探知し、敵砲兵の位置を割り出せるなどはまさしく、夢物語のようにも思えた。

 だが、ゼートゥーアはヴェルナーがそう言うならば、それは将来実現できてしまうのだろう、とも確信する。

 

 無論、それ以外にも彼は戦車やら装甲車やら自走砲、はては海軍の様々な艦船のイラストも描いてみせてきた。

 ゼートゥーアとしてもここまで多才であると、もはや溜息しか出ない。

 

 

「陸軍から手放すのは非常に惜しい」

 

 兵站本部からは本部長が手放しで絶賛し、兵站本部の管轄下にある鉄道部からもまた同じだ。

 鉄道だけに依存しない、大量輸送体制構築は鉄道部にとって、負担軽減に繋がる為、願ったり叶ったりだ。

 また彼の予算の引っ張り方も巧みであり、兵站本部本部長である大佐を通じて、参謀本部に軍にとっても一石二鳥である公共事業として提案してくるのだ。

 

 昨今の自動車の大量個人所有に対応する為、大規模な道路網の整備を行いましょう――

 増大する飛行機に対し、帝国の数少ない飛行場や空港は飽和寸前です。空港整備や飛行場建設を行いましょう――

 より効率的な交通網及び物流網建設を目指し、道路として、また飛行機の緊急着陸すらもできる直線の多い高速道路を帝国全土に整備しましょう――

 船舶は大型化の一途を辿っています。運河や港湾内の浚渫、施設の整備や機材の充実を行いましょう――

 国民の利便性を向上する為、既存蒸気機関車の改良を行いつつ、将来的には燃費が良く、牽引力も大きい電気機関車やディーゼル機関車を導入し、鉄道網を整備しましょう――

 

 

 物は言いようであり、これならば政府も拒むことはできない。

 むしろ、政治家にとって非常に分かりやすい功績となり、選挙対策に繋がるので協力を得られやすい。

 維持費に関しても、これらの整備は短期的には公共事業による雇用創出、そして中長期的にも物流向上による経済活性化に繋がり、それによる税収増でむしろプラスになるという試算すらもヴェルナーは提出してみせた。

 RFW社の経営者としての経験を活かしたやり方にゼートゥーアは脱帽だ。

 

 参謀本部はそのままヴェルナーの案を海軍と協議の上で政府へと提案し、政府は快諾している。

 勿論、政府――というか、政治家に対してもヴェルナーのことだから、根回しをしているのだろうとゼートゥーアは確信している。

 それは正しく、ヴェルナーは法律に反しないことを複数の弁護士を通して確認した後、1901年頃から自分の要望を通す為に与野党問わず、多額の政治献金を継続して行っていた。

 帝国において、政治献金の上限がないことは彼にとっては幸いだ。

 無論、彼は仲良くしているマスコミ達に記事を書いてもらい、世論を煽るのも忘れていなかった。

 

 

 そして、ヴェルナーは兵器・装備の研究開発に非常に熱心だ。

 それは彼のドクトリン内にあった、多くのものを開発・導入すべく――目玉となる戦車をはじめとした様々な陸戦兵器や航空機などまで――彼は協議のために兵器局にも頻繁に赴いている。

 

 八面六臂の大活躍で帝国は確実にそして、大きく強化されている。

 それこそ、ゼートゥーアがヴェルナーの入学初日に彼と士官学校の会議室で話した通り、国力の増強という大前提を成し遂げる為に。

 

 

「軍人をやるよりも、政治家の方がいいんじゃないか?」

 

 ゼートゥーアの疑問ももっともだった。

 この部屋には彼しかいない為、その問いに答えるものはいない。

 

 ヴェルナー関連で最近あったことはルーシーに関してだ。

 彼は早期からルーシー帝国が共産主義革命により倒れる可能性を予想し、共産主義の脅威について語っていた。

 それは感情的なものではなく、論理的なものであり、彼が出した結論としては人間は機械ではなく、感情のある生物であり、耳あたりこそ最高であるが現実として共産主義は必ず経済的な破綻により失敗する、というものだ。

 

 ゼートゥーアとしても共産主義については以前から調べており、ヴェルナーと似たような結論を出していた。

 そして、その厄介さも彼と同様に認識していた為、彼を援護した。

 

 共産主義の理想に酔ってしまうというのは仕方がない側面があるとはいえ、帝国の脅威となるならば排除するしかない。

 ヴェルナーは勿論のこと、ゼートゥーアや多くの軍人達も共産主義に対する警戒を強めている。

 

 既に軍内部は反共で固まっていると言っても過言ではなく、裏からルーシー帝国を支援する策まで準備されていた。

 

 少なくとも、わけのわからない共産主義国家よりもルーシー帝国のほうが話が通じる上、帝国の皇帝とルーシー帝国の皇帝は従兄弟の関係にある。

 現在までルーシー帝国が周辺国と共に帝国に攻め込んできていないのは、この関係も大きい。

 

 政府もまた危機感を抱いているらしく、ルーシー帝国を支援することは確定だろう。

 

 ゼートゥーアとしては連合王国や共和国がいらぬちょっかいを掛けてくることだけが心配だった。

 例えば――帝国を牽制する為、ルーシー帝国内部に巣食う共産主義者達と手を組むといったものだ。

 

「毒を以って毒を制すとはいうが、アレはそんなものではない。目先の利益の為に、長期的に大きな利益を失うことになる」

 

 ゼートゥーアはそう確信していた。

 そして、彼の予感は的中することになる。

 

 連合王国及び共和国、そして協商連合は密かに共同でルーシー帝国内で活動している共産主義者達のグループへ資金及び武器の援助を開始していたのだ。

 それは共産主義の理想に共感した、というよりも帝国とルーシー帝国がもしも万が一、手を取り合ってしまったら、という恐怖感によるものだ。

 

 ちなみに、ルーシー帝国の圧力を緩和しようと、秋津島皇国も共産主義者達を支援していた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。