我らが帝国に栄光を!   作:やがみ0821

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Deus vult

 1926年8月7日――

 

「俺達はいったい、何の為に戦っているんだ……?」

 

 とある連邦軍兵士は塹壕の中で周囲に問いかけた。

 だが、その問いに答えられる者はいない。

 

 祖国を守る為のはずだ。

 しかし、それは共産党を守るということとイコールではない。

 

 帝国軍の勢いは全く衰えていない。

 

 そもそも帝国陸軍の部隊と交戦する前に、敵機が大挙して押し寄せてくる。

 その空襲が終わって、次に始まるのは敵砲兵による砲撃だ。

 まるで嵐のような砲撃で、それが終わったと思ったら、ロケット弾が多数飛んでくる。

 

 そこまでやって、ようやく敵は戦車部隊を先頭にしながらやってくる。

 時間は掛かるが、犠牲を最小限に抑えるやり方であると連邦軍将兵の誰もが理解できた。

 やられる側はたまったものではない。

 

 故に連邦軍は連戦連敗で帝国軍を押し止めることができていない。

 

「冬が来れば勝てると言っているが……冬が来る前に戦争が終わっちまうぞ」

 

 彼らが篭もっている塹壕はスモレンスクの前面に築かれたものだ。

 帝国軍の陣地を真似て、スモレンスクを囲むように地雷原・鉄条網・対戦車壕・塹壕・トーチカを複雑に組み合わせ、重砲陣地や対空陣地まである。

 

 だが悲しいことに、連邦空軍は帝国空軍に質は勿論、量ですら負けつつあった。

 噂によると、プロペラのない物凄い音で飛ぶ戦闘機や追っかけてくるロケット弾などというものを帝国は使っているらしい。

 

 ともあれ、複雑かつ巧妙な陣地を構築していても、空から多数の爆弾――それも地震を巻き起こすかのようなとんでもない威力――を落とされてはたまらなかった。

 

「隣の部隊では数人が、うまくやったようだ」

 

 別の兵士がそう言った。

 うまくやった、とは隠語で、逃げ出したという意味だ。

 それは政治将校がこっそりと教えてくれたものだった。

 

 政治将校もルーシーを故郷とする者が大半で、また平時には将兵のカウンセリングや文字の読み書き教育、正規将校の腐敗や横暴に関する相談及び告発の窓口という役割があった。

 思想的な教育が本来の仕事ではあったが、多くの兵士達にとって、その思想教育は牧師の説教みたいに退屈なものと受け止められ、マトモに聞いている者はあんまりいない。

 政治将校達もそれを特に咎めることはしなかった。

 

 だからこそ、兵士達からすると政治将校とはそこまで怖がるものではない。

 中にはとんでもない輩――思想的な意味で過激な者――もいるが、それはあくまで例外だった。

 

 政治将校が先頭に立って部隊ごと帝国軍に投降した、あるいは帝国軍陣地へと脱走した、という話もよく聞いている。

 決してそういうことを政治将校達は言わないが、それでもさり気なくヒントをくれるのだ。

 

「帝国軍の先鋒はどうだ?」

 

 そこへ政治将校がやってきた。

 彼はこの部隊の兵士達とは2年の付き合いになる。

 

「全く動きはありませんね」

 

 兵士の答えに彼は頷いて、告げる。

 

「まだうまくいかないだろう。敵の砲爆撃が終わって、進軍開始のときだ」

 

 その言葉の意味を兵士達はしっかりと把握する。

 

「あなたも?」

 

 兵士の問いに彼は頷いた。

 

「正直に話そう。政治将校になったのは良い暮らしをしたかったからだ」

 

 彼の言葉に兵士達は笑ってしまう。

 そりゃそうだ、と彼らは同意した。

 

 良い暮らしをするには勉強して偉くなるのが一番手っ取り早いからだ。

 

 ある兵士が問いかける。

 

「あなたは確かミンスク出身でしたか?」

「ああ。故郷の連中とは連絡がつかないが、あの話が本当であることを信じている」

 

 あの話とは様々なビラのことだ。

 最近では帝国軍が占領した都市や街、村の写真入りのビラが撒かれている。

 その写真は配給を受ける人々が写っているが、その配給量は連邦のものと比べると多く、また貰える物の種類も豊富であることが見て取れた。

 

 気前良く帝国軍はパンをはじめとした食料を振る舞い、更には道路や鉄道の整備までしてくれているらしい。

 また土木工事の為に人手が欲しいらしく、中々良い待遇で募集までしているそうだった。

 

「私が言うのも何だが……アナスタシア殿下に賭けてみたい。少なくとも、共産党の連中よりは遥かに良いだろう。何よりも……美人だしな」

 

 彼はそう言って微笑んだ。

 それもそうだ、と兵士達も一緒になって笑い、塹壕内に笑い声が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「予想よりも降伏してくる敵兵が多い。部隊まるごと、戦わずに降伏というのもよくあるそうだ」

 

 ゼートゥーアの言葉にルーデルドルフは満足げに頷いてみせる。

 

「進撃は順調、抵抗する敵軍がいたとしても問題なく潰している。占領地域の住民からは大歓迎で抵抗運動は皆無……こう言うのもなんだが、まるで正義の戦いだな」

「まったく、奴もよくやったものだ。ヒトラー氏との共謀らしいぞ」

「やはり、奴は軍人より政治家とかの方がいいんじゃないか? 政界進出は? 奴なら、すぐに宰相に上り詰めるだろう」

 

 そう言うルーデルドルフに対して、ゼートゥーアは肩を竦める。

 

「奴が宰相になってみろ。我々の生きている間にまた色んなものが変わってしまうぞ」

「空軍の爆撃機と戦闘機のことか?」

 

 ルーデルドルフの問いにそうだ、とゼートゥーアは頷いてみせる。

 

「それに加え、誘導ロケット弾……奴はミサイルと言っていたな。それの登場だ。今はまだ空軍だけで運用されているが、遠くないうちに陸海軍でも使われるだろう」

「おかげで制空権は万全と聞いているが、原因はそれだけでもない」

 

 ルーデルドルフの言葉をゼートゥーアは頷き、肯定する。

 

「連邦空軍の戦闘機や爆撃機が編隊を組んで、帝国空軍の基地に着陸してきているそうだ。もはや連邦軍は士気が崩壊していると言っても過言ではない」

「誰だって、共産党の手先にはなりたくはないだろう。私だってそうするし、お前もきっとそうする」

「大いに同意する。ところで、連邦軍の偵察機に10人くらいの兵士がしがみついて超低空をノロノロと投降する為に飛んできたらしいが、本当か?」

「それなら聞いている。まるでサーカスみたいな状態だったと投降を受け入れた部隊から報告があった」

 

 ゼートゥーアは呆れてしまう。

 そんな彼に対し、ルーデルドルフは機嫌良く告げる。

 

「逃げたい者はどんどん逃げてくればいいさ。敵の戦線はガタガタだ。このままモスコーまで行けそうだが、どうだ? 兵站は?」

「合州国や欧州各国の参戦により、土木工事は極めて順調だ。連邦領内で現地雇用した住民達が意欲的に仕事に取り組んでいるのも大きい」

「ちゃんと給料は払っているんだろうな?」

「当然だ。それでモスコーへの進撃だが、季節的にギリギリだろう。2ヶ月以内に行けるか?」

 

 ゼートゥーアの問いかけにルーデルドルフは力強く頷く。

 

「中央軍集団の兵力に大きな損耗はない。モスコーは堅固だと思うが、やる価値はある」

「連邦の親衛機械化軍団とやらが布陣している。この期に及んでも、共産党に忠誠を誓っている連中だ。もっとも内情は知らんがな」

 

 ゼートゥーアの言葉にルーデルドルフは葉巻を1本取り出して、それに火をつけた。

 葉巻を吸い、煙を吐き出す。

 

「……夏の嵐をもう一度、再現してもらうか」

 

 呟くルーデルドルフにゼートゥーアは頷く。

 

「1週間遅れの進撃になるが、問題はないだろう。遅くても9月末までにはモスコーを落としたい。早ければ10月の頭にも初雪が降り、溶けたそれで道路が最悪な状態になる可能性がある」

「なるべく早くやってもらおう。空軍に余裕はあると思うか?」

「空軍からの報告を見る限りでは十分な戦力を動員できる。何よりも奴のことだ、足りなければ魔法の壷から取り出してくるだろうさ」

 

 その通りだ、とルーデルドルフは頷きながら、言葉を紡ぐ。

 

「現状を見る限り、共産主義の信奉者と我々との宗教戦争だな」

 

 その言葉を受け、ゼートゥーアはあることを思い出す。

 

「共産主義は宗教だと奴が以前、言っていた。そうすると連中は異教徒で、我々は異教徒に奪われたルーシーを奪回せんとする十字軍だ。反共十字軍とでも名乗るか?」

「それはいいな。勝利の暁にはデウス・ウルトとでも叫んでおこう」

 

 ゼートゥーアとルーデルドルフはそう言って、笑いあったのだった。

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