我らが帝国に栄光を!   作:やがみ0821

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最後の足掻き

 時間は少し遡る。

 

 

 

 親衛機械化軍団によるクーデター、彼らがモスコーを制圧して書記長らを拘束してくれるという件の情報は、ターニャら第203航空魔導大隊のところにも届いていた。

 クーデター軍はゴーリキー方面も抑えており、一連の行動は9月10日までに行われるということで、魔導大隊の面々も戦争はこれで終わりだと喜んだのは数日前のことだ。

 しかし、ターニャは日が経つにつれ、違和感を覚えていた。

 

 

「本当に? あの独裁者が?」

 

 連邦軍はボロボロで投降が相次いでいる中、親衛部隊といえど、軍をモスコーへ入れる――

 

 それを許可するだろうか?

 

 独裁者という人種は身の危険を察知することに関しては人一倍才能があるんじゃないか、とターニャは個人的に思っている。

 だからこそ、書記長がクーデターの可能性を考えていないわけがない。

 

 

 そのとき、ターニャは閃いた。

 それは虫の知らせかもしれないし、あるいは彼女が好まない神とやらの導きかもしれない。

 

 幸いにも第203魔導大隊はクーデターが失敗した場合に備え、友軍の即応軍魔導大隊と共に待機状態にある。

 

 ターニャは立ち上がり、そして駆け出した。

 向かう先は優秀な副官のところだ。

 

 数分もしないうちに彼女は魔導師の待機所へと到着する。

 待機所では大隊の面々が思い思いに過ごしている。

 今日は第203大隊が昼間待機であり、夕方には別の即応軍魔導大隊と入れ替わる予定だ。

 

 突如として現れたターニャに大隊全員が慌てて立ち上がる。

 

「聞いてくれ。もしかしたら、共産党の親玉と取り巻きが逃げているかもしれない」

 

 まさかの言葉にヴィーシャらは目を丸くした。

 

「少佐、それはどういう……?」

「杞憂ならそれでいい。だが、あの独裁者が簡単にクーデターを許すとは私には思えない。そっくりの人物を用意するくらいはやるだろう。酒でも飯でも何でも奢るから、調べるのを手伝ってくれ」

「調べると言っても……どうやって?」

 

 ヴィーシャの問いにターニャは思考する。

 車、鉄道、そして飛行機。

 

 その3つの手段があったが、彼女は鉄道をまず排除した。

 列車での移動はあまりにも目立ちすぎる上、見つかった場合、逃げることもままならない。

 列車は前へ進むか、後ろへ下がるかのどちらかしかできないからだ。

 列車にヘリコプターでも積んでいれば話は別だが、連邦が実用化したという情報はない。

 

 

 となると残るは車と飛行機だが――両方ではないか、と彼女は思う。

 

「とにかくついてこい!」

 

 ターニャはそう告げると、走り出した。

 ヴィーシャらは遅れまいと慌てて追いかけた。

 

 

 そして、ターニャが向かったのは空軍の基地司令のところだった。

 即応軍魔導大隊は任務の性質上、輸送機で運ばれることも多い為、基本的に空軍基地の一角に駐屯していた。

 

 

 

 緊急の案件ということで基地司令の大佐はすぐさま面会に応じてくれた。

 ターニャが優秀な魔導師であり、これまでに抜群の戦功をあげていることも手伝った。

 

「どうかしたか?」

「はい、大佐。モスコー周辺を除く、連邦の飛行場か空港、空軍基地などが記された地図をお借りしたいのです」

「別に構わないが……廊下で待っている君の大勢の部下達と何か関係が?」

 

 その問いにターニャは重々しく頷く。

 

「私の杞憂であればいいのですが、共産党指導部がそっくりの人物と入れ替わり、本物は逃亡を企てるのではないか、と思いまして」

「……理由は?」

 

 大佐は真剣な表情で問いかけた。

 そんなことはありえない、と切って捨てることをしない――ターニャにはそれが有り難い。

 

「あの独裁者が簡単に諦めると思いますか? 順調に行き過ぎている気がします」

 

 ターニャの問いに大佐は軽く頷いて、更に問いかける。

 

「考えられる逃走手段は?」

「自動車で検問を突破し、モスコーから離れた場所にある飛行場から航空機で逃げ出すのではないかと思われます」

「西と南は帝国軍、東はクーデター側に加担している連邦軍部隊がいる。となると、北か」

 

 ターニャもまた大佐の言葉に頷いてみせる。

 

「検問で引っかかったりはしないか?」

「自動車を少し改造すれば隠れる場所はいくらでもあります。初めから疑って調べなければ帝国軍が検問していたとしても突破されるでしょうし、何よりも北側へ逃げることを予想していない可能性が高いかと思われます」

 

 ゴーリキー方面への逃走が企てられているが、そちらは抑えてあると大佐も聞いている。

 彼はすぐさま部下に命じて地図を持ってこさせた。

 

 机に大きな地図を広げると、多くの飛行場や空港、空軍基地が記されていたが、そのほとんどにはバツ印がついている。

 空軍が潰した証だ。

 

 一見すると漏れはないかのように思えるが、大佐はある一点を指し示した。

 

「ここにある飛行場は攻撃していない。他と比べて滑走路が短く、また設備も小規模だ」

 

 モスコーの北北東、およそ250kmのところにあるルイビンスクだった。

 ここルジェフからだと直線距離にしておよそ350km程だ。

 

「滑走路が短いとは具体的にどの程度ですか?」

「小型機の離発着ならば可能といったところだ。民間の飛行場のようで、軍用機は全く確認されていないというのも、これまで攻撃しなかった理由だ」

「他に飛行場はありますか?」

「あるといえばあるが、ゴーリキー方面を除けばアルハンゲリスクに近くなる。あそこらは合州国海軍が張り切っているからな……」

 

 大佐の言葉にターニャは察する。

 アルハンゲリスク、ムルマンスクやその他沿岸部における連邦軍基地や港湾、飛行場は合州国海軍の第58任務部隊の空爆によって完全に破壊されている。

 

 そして、今この瞬間にも合州国海軍の艦隊が白海を遊弋しているだろうことは想像に難くない。

 そちらへ向かえば艦載機に捕捉される危険性が大きく、なおかつ逃げ場がない。

 

 アルハンゲリスク近くまで航空機で飛び、破壊を免れたどこかの港から船で逃げる可能性も無いというわけではないが、非常に低い。

 合州国海軍の艦隊から逃げられると思うほど、書記長らは楽観的ではないだろう。

 

 空からゴーリキーを迂回しつつ、東へ逃げるつもりだとターニャは確信した。

 この後はゼートゥーアに許可を取り付けねばと彼女は思いつつ、大佐に礼を述べたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ターニャは廊下で待っていたヴィーシャらにルイビンスクへ向かう可能性が高いと指示しつつ、そのままゼートゥーアへと意見具申を行うべく通信室へと向かう。

 即応軍において、現場と参謀本部との連絡は非常に重要視されており、現地で不測の事態が起こった場合を想定し、幾つかの略号が決められている。

 

 奇しくも、緊急事態を示すのは赤を3回繰り返すもので、この略号がついた暗号文はただちに復号され、ゼートゥーアへと上げられる。

 

 そして、ターニャによる報告が参謀本部へと打電されて1時間後、遂に返信がきた。

 それは非常に短いものだった。 

 

 直ちに出撃せよ、決して逃がすな――

 

 

 

 このとき、モスコーのクレムリン宮殿ではジューコフによるジュガシヴィリ書記長との直談判が終わり、別れの挨拶を交わしていた頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ジュガシヴィリはジューコフがクレムリン宮殿を出たことを確認し、そのままロリヤを従えて裏門へと回った。

 裏門にはセダンタイプの乗用車が4台、待機していた。

 運転手と乗り込む護衛は全てロリヤの子飼いの部下達で、連邦がこのような状態になってもジュガシヴィリとロリヤに忠誠を誓っている頼もしい連中だ。

 全員がNKVD所属であったが、そうとは分からないよう連邦軍兵士に変装していた。

 

 もっとも、彼らが未だにジュガシヴィリらに従っているのは保身から出たものだ。

 全員が例外なく、悪事がバレたら死刑になりそうなことをやらかしていた。

 

 さて、ジュガシヴィリとロリヤは別々の車に乗るのだが――普通の席に座るのではない。

 

「まるで棺桶だな」

「申し訳ありません、同志書記長。何分、急ごしらえですので」

 

 ジュガシヴィリの言葉にロリヤは頭を下げる。

 

 後部座席が部下達によってどかされると、そこには1人分の寝転ぶことができる空間があった。

 しかし、それはジュガシヴィリの言うように棺桶みたいなものだった。

 棺桶よりもマシであるのは呼吸の為に完全密閉されていないこと、埋められないこと、移動中に凍えない為に毛布などの防寒具があることだ。

 

「ロリヤ、構わないとも。しかしジューコフめ、私が気づかないと思ったら、大間違いだ」

 

 こういうときの為にジュガシヴィリもロリヤも影武者を用意してあった。

 今頃、影武者達は各々の執務室で仕事を開始している頃だ。

 ジュガシヴィリもロリヤも世界の敵であるかのように喧伝されてしまっている為、逃げ場などない。

 これをどうにかするには死んだことにするのが一番手っ取り早い。

 

 これまでに蓄えた財産はとうの昔に国外へ移転させてあり、ベネズエラあたりで悠々自適な生活を送ることができるよう、手筈を整えてあった。

 

 ジュガシヴィリとロリヤの計画は単純で、影武者がクーデター軍に拘束され、そのまま裁判なりで死刑になってしまえば、あとは単なるそっくりさんとして知らぬ存ぜぬを貫いて生きていけると確信していた。

 

「ルイビンスクまでおよそ5時間、それまでに見つからなければ我々の勝利だ」

 

 随分とちっぽけな勝利になってしまった、と思いジュガシヴィリは自嘲気味に笑った。

 




たぶん次で最後かもしれない。

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