我らが帝国に栄光を!   作:やがみ0821

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解放の時

「酷い旅だった」

 

 ジュガシヴィリは車から降りて、首や肩を回す。

 5時間近くかかったのだが、途中の休憩は5分未満のものが数回あっただけだ。

 時折、検問で止められたが、特に問題なくやり過ごせた為のは幸いだ。

 

「同志書記長、お疲れのところ申し訳ありませんが、最終点検が済み次第、すぐに飛行機へ……」

 

 ロリヤの言葉にジュガシヴィリは鷹揚に頷きながら、訂正する。

 

「同志書記長とは頂けないな。スターリンとでも呼び給え」

「は……?」

 

 ロリヤは面食らった。

 すると、ジュガシヴィリは溜息交じりに告げる。

 

「どこから嗅ぎつけられるか分からん」

 

 スターリンとは鋼鉄の男を意味する。

 ジュガシヴィリはここルイビンスク郊外にある飛行場に辿り着くまでの時間を使って、そのままではまずいだろうと呼び名を考えたのだ。

 同志書記長という呼び名をスターリンと変えるだけだ。

 

「同志スターリン……?」

「……同志もいらん。単にスターリンだ」

「では、スターリンさんと……ならば私はベリヤとでも御呼びください」

 

 単純過ぎないか、とジュガシヴィリは思ったものの、意外と単純な方がバレにくいこともある。

 

 2人がそのようなやり取りをしている間にも、準備が進められている。

 滑走路脇には単発の軽輸送機が4機並んでおり、それぞれに整備員達が乗り込んでいるのが見えた。

 

 

 飛行場は粗末なもので、滑走路と幾つかの格納庫・小さな管制塔・燃料庫などの必要最低限の設備しかない。

 これなら帝国空軍の目も欺けるというもので、ジュガシヴィリは感心してしまう。

 

 やがて整備員達が離れていった。

 既に各機のパイロットも操縦席に座っており、あとはジュガシヴィリらが乗り込むばかりとなった。

 

「では、行くとしよう。私の運はまだ尽きていなかったようだ」

 

 ジュガシヴィリが一歩、足を踏み出したときだった。

 

 

 10m程のところにあった飛行機全てが大爆発を起こし、炎上した。

 ジュガシヴィリは突然のことに驚く間もなく、爆風に吹き飛ばされて転倒する。

 

 踏ん張って耐えられたものは誰もおらず、全員が地面へと転がった。

 一番早く立ち上がったのはジュガシヴィリだった。

 

 彼はよろよろと立ち上がると、事態の把握に努める。

 

 周囲に視線を巡らせ――空に無数の人が浮かんでいるのを見つけた。

 その距離は数百m程であったが、彼らは急速にこちらへと近づいている。

 

「やぁ、御機嫌よう! クソッタレな共産党の同志諸君! 目の前で唯一の脱出手段が潰された気分はどうかね?」

 

 先頭にいたのは幼女だった。

 しかし、その浮かべている表情は悪魔も逃げ出しそうな程の邪悪な笑みだ。

 

 護衛達が慌てて銃を抜こうとするも、その前に幼女が告げる。

 

「無駄な抵抗はやめたまえ、お前達は完全に包囲されている。ついでに言っておくが、私は共産主義者が世界で一番大嫌いで、お前達相手の引き金は非常に軽いぞ」

 

 その声を受け、彼女の背後にいる無数の――おそらく大隊規模の魔導師達が一斉に小銃を向ける。

 

 防郭があることから、魔導師の防御は堅い。

 今ここにある銃ではどうにもできないことは明らかだった。

 

「……私はジュガシヴィリではないし、横にいる男もロリヤではない」

 

 ジュガシヴィリは一か八かの賭けに出ることにした。

 身代わりとしてクレムリン宮殿にいるのは見た目から仕草に至るまで、完璧に仕立て上げてある。

 別人だと証明すれば、少なくともここから逃げることはできると彼は考えた。

 乗ってきた車はまだ無事であるし、何なら帝国の保護を求めてもいいと。

 

「ほう! ではどこの誰だというのかね?」

 

 幼女は笑いながら問いかけてくる。

 ロリヤの性的な嗜好に合ったらしく、彼は幼女を血走った目で見ているが、ジュガシヴィリはそれを見なかったことにして、毅然と告げる。

 

「私はスターリン(・・・・・)で、この男はベリヤ(・・・)だ。よく似ているから、ジュガシヴィリとロリヤの身代わりにされそうなところを逃げてきたんだ」

 

 ターニャは目を丸くしたが、それも一瞬のことだ。

 くつくつと彼女は笑ってしまう。

 

「そうか、そうか、これは大変失礼しました。御二人はスターリンとベリヤでしたか!」

「ああ、そうだ。見ての通り、護衛達も連邦軍の兵士で共産党員ではない。帝国軍に保護を求めたい……そちらとしても、民間人を誤射しそうになったのは問題があるだろう?」

「ええ、全くその通りです。ところでエリヴァン広場ではうまくやりましたね?」

 

 一瞬、ジュガシヴィリは言葉に詰まってしまう。

 エリヴァン広場、忘れもしない場所だ。

 彼が仲間と共に計画し実行した、革命の為に資金調達として現金輸送車を襲った場所。

 

 しかし、それを知っているのは今は亡き同志達のみ――

 ロリヤだって知らない筈――

 

「おや? どうされましたか? ただ何となく昔あった強盗事件の犯行現場を言ってみただけですが?」

「いや、何でもない。それで、保護を受け入れてくれるのか?」

「ふむ、そうですねぇ……保護を求める民間人であるなら、そうしないのは問題があります」

「そうだろう? それにこんな見た目だから、ルーシー側に引き渡されるとどうなるか分からない。あなたの権限で、うまくやってはくれないだろうか?」

 

 ジュガシヴィリの言葉にターニャは深く頷いた。

 

「ところで、逃げてきたのはあなた方だけですか? 車内の捜索もしますので」

「ああ、そうだ。他にはいない」

「それは重畳。総員、予定通り(・・・・)に行動しろ」

 

 ターニャの指示を受け、ヴィーシャらは動いた。

 彼女達は小銃を向けながら、ジュガシヴィリらの傍へと降り立ち、そしてそのまま彼らを拘束する。

 

 しかし、それは手荒なものではなく、丁重なものだ。

 

「念の為にそのようにさせてもらいます……無抵抗で拘束されるというのは心証が良いですね」

「ああ、何しろ単なる民間人だ。拘束されて困る理由はない。だが、早期解放を求める」

 

 ターニャは不敵な笑みを浮かべる。

 

「ええ、うまくやりますよ(・・・・・・・・)。同志スターリン、いえ、同志ジュガシヴィリ。ジューコフ元帥がモスコーでお待ちです。部下を見捨てて逃げ出すのは、心証が最悪ですねぇ……」

 

 ジュガシヴィリはその言葉をすぐには理解できなかった。

 やがて、怒鳴りつけた。

 

「お前! 最初から分かっていたのか!?」

「当たり前だ。共産主義者のしぶとさはよく知っているからな。あと、スターリンとベリヤ……その偽名を選んだのも間違いだった。ここがお前達の終着点だ」

 

 ターニャは勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

 実のところ、彼女達はジュガシヴィリらが到着する1時間前にはこの飛行場に来ていた。

 飛行場の監視に見つからないように一定の距離を保ちながら、見守っていたのだ。

 

 車から降りたジュガシヴィリらが何やら会話をしているのも当然、双眼鏡で見ていた。

 読唇術で読み取った結果、彼らが本物であると判断しつつ、ターニャが少し遊び心を出した結果だ。

 

 

 

 

 

 もっとも、ジュガシヴィリとロリヤはすぐには引き渡されなかった。

 これはゼートゥーアの危惧であり、もしも万が一、こちらが身代わりだった場合だ。

 逃げ出すと見せかけて本物はクレムリン宮殿に残り、最後の混乱時に脱出するというシナリオも考えられた為に。

 

 結局、彼らがジューコフ元帥へと引き渡されたのは9月9日だった。

 入城していたクーデター軍によりモスコー市内は8日までには完全に制圧され、クレムリン宮殿にてジュガシヴィリとロリヤは拘束されていた。

 

 しかし、2人はすぐに偽物であると白状した。

 彼らは数時間にも及んだルーシー式尋問(・・)に耐えられなかったのだ。

 

 

 ジューコフはすぐさま状況を帝国軍へ知らせつつ、クーデター軍に対して捜索を指示したところに、ターニャら第203航空魔導大隊が本物のジュガシヴィリとロリヤを連れてやってきた。

 

 なお、ターニャにとっては引き渡し自体はどうでも良く、ジューコフ元帥をはじめヴァシレフスキー元帥などの将軍達と会うことの方が軍オタ的な意味で非常に大事だった。

 

 そして、1926年9月15日。

 ジューコフ元帥を首班とした臨時政府は交戦国全てに対し無条件降伏を申し入れ、それを各国は受け入れた。

 2年以上続き、世界各国を巻き込んだ戦争は共産主義の打倒という目的へと変質したものの、ようやく終結したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1926年12月10日――

 

 ターニャは帝都ベルンの街中を1人、歩いていた。

 最近放送が始まり、各所に設置された街頭テレビ――それも白黒ではなくカラーである――にはモスコーにおける戴冠式の様子が映し出されている。 

 

 ルーシー連邦は倒れ、ルーシー帝国が再興した。

 ルーシーにおける混乱は各国の物的支援もあり、最小限に抑え込めている。

 とはいえ、これからの課題は山積みだ。

 

 ベラルーシやウクライナなど幾つかの地域は独立し、極東においても秋津島皇国に領土を取られている。

 帝国や合州国などの企業に対する資源採掘の許可など、領土以外でも色々と毟り取られている。

 借金も膨大だ。

 とはいえ、少なくとも連邦時代と比べて国民の生活はマシになるだろうとターニャは予想している。

 

 帝国軍は大幅に縮小されたものの、魔導師達は本人が除隊を希望しなければ放り出されることはなかった。

 特にターニャと彼女が率いた第203航空魔導大隊は抜群の戦功と非常に低い損耗率であったことから、戦争中もちょこちょこと色んな勲章やら何やらを貰っていたが、戦争終結後にも色々と貰ってしまった。

 

 ターニャはまさか自分が貰えるとは思わなかったものがある。

 黄金柏葉剣ダイヤモンド付き騎士鉄十字章とプール・ル・メリット勲章だ。

 前者はそもそも何で存在しているんだとターニャが思って調べたところ、どうやらルーデルやハルトマンといった空軍パイロット達がとんでもない戦果を上げた為だった。

 

 空軍は戦争終結時、300機超えのエースが大量にいるとかいう、ちょっとよく分からないことになっている。

 ルーデルはいつものことなので、ターニャとしては特に驚くことではない。

 

 

 彼女は今後の進路について、しばらくは軍にいることに決めた。

 大きな理由はワガママが通ったことだ。

 前線よりも後進育成に尽力したい、と素直にゼートゥーアへ要望を出したところ、それが聞き入れられた為に後方勤務――最低でも教導隊――は確定している。

 

 

 

 そんな中、彼女はある建物の前で足を止めた。

 古びた教会だ。

 

 ターニャは肩を竦め、教会へと歩みを進めた。

 彼女は自らの意志でここを訪れることに決めていたのだ。

 

 

 

 礼拝堂には幸いにも誰もいなかった。

 幸運だが、存在Xが仕組んだんじゃないかと彼女は疑ってしまう。

 

 ともあれ、他人に聞かれたくないことを言うので有り難かった。

 

「存在X、一度しか言わないからしっかり聞け」

 

 ターニャはそう前置きし、大きく深呼吸して告げる。

 

「お前は私に試練を与えると言って、このようなことをした。確かに色々とあったが……感謝してやる。前世では絶対にできない体験、数多くの出会いをさせてくれたことをな」

 

 以上だ、と彼女は告げて踵を返した。

 そのときだった。

 

 

 お前を許そう――

 

 

 あの声が聞こえた気がして、ターニャは思わず振り返ったが、そこには誰もいない。

 

「……別にお前に許される必要などない。単なる礼儀の問題だ。ありがとう、という一言が言えない程、私は冷血な人間ではないからな」 

 

 ターニャはそう言い返し、さっさと教会から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とあるどこかの空間に彼らはいた。

 存在Xとターニャから呼称された者は他の面々に声を掛ける。

 

 今回は実にうまくいった――

 人間はほどよく甘やかせば良い――

 

 その言葉に他の者達は賛同し、口々に告げる。

 

 転生先の世界で通用する能力を与えてやればいい――

 ならば我々が姿を見せ、人間達自らに欲しい能力と転生したい世界を選ばせよう―― 

 

 

 

 

 

 

 そうすれば人間達は我々に感謝してくれるだろう――

 

 

 




おまけはあるよ。たぶん。

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