「ロシアはどうにもならんな」
RFW社の会議室にてヴェルナーは匙を投げた。
彼の対面には今年――1914年、選挙にて初当選したヒトラーがソファに座っているが、こちらも浮かない顔をしていた。
前世と同じく帝国国民党という政党を若いながら組織し、そこの党首となった彼は早くも精力的に動いていたのだが、まだ彼には政治的な影響力はあまりない。
無論、以前の経験も活かして、着実にその勢力を拡大しつつあったのだが、それでもまだまだ弱小政党であり、新米議員だ。
1911年より帝国は可能な限り、ルーシー帝国側に援助を行った。
それこそ、資金や武器の援助だけでなく、義勇軍すらも派遣し、共産主義者達が組織した革命軍と戦った。
だが、相手は複数の国から支援を受けているらしく、質はともかく量で圧倒的に負けていた。
またルーシー帝国の国民は勿論、軍人や政治家、官僚などからも続々と革命軍への寝返りにより、とてもではないがどうしようもなかった。
介入が遅すぎた、というよりも連合王国や共和国、協商連合。
これらの国々が共産主義よりも帝国を脅威としてしまったことが敗因だった。
「タイフーンを?」
「最悪タイフーンだな」
ヒトラーの問いにヴェルナーは答えた。
タイフーンとは前世でのドイツによるロシア侵攻を想定した計画の名前だ。
津波のように押し寄せるロシア軍を台風のように吹き飛ばさなければ、勝利はない、という意味で名付けられた。
ロシア特有の地形や気候、インフラの貧弱さなどを全て考慮した計画であり、費やされる戦費や人員は膨大で、絶対にやりたくはない代物だった。
だからこそ、侵攻はせず、国境地帯もしくは国境からやや後方にキルゾーンを構築し、そこへ引き込んで攻め寄せてくるロシア人がいなくなるまで攻撃する、という挽肉計画なんてものがあった。
当時、ドイツが想定していたロシア軍の投入される予想兵力は最大で600個師団とされていた。
これは根こそぎ動員を掛けるなどして戦後のことを考えない場合であり、最悪2000万人か、それ以上の人員を投入してくると予想され、更に対峙することになる全ての敵部隊は高度に機械化・装甲化されているという想定だ。
予算と兵站の面から考えて、全師団を装甲師団とするというのは無理があったが、そのくらいにドイツはロシアを評価していた。
「挽肉計画を遂行した後、もしもやるならタイフーンということになるだろう」
「共産主義国家は未知数だ。どういう形になると思う?」
「共産党の党首を君主として、党員が貴族、それ以外は良くて平民、悪ければ奴隷というものを想像すればいい。そして、信仰している宗教が共産主義だ」
「よく分かった。宗教独裁国家との戦争ということだな」
「そういうことだ。独裁者とその取り巻きを潰せば、ひとまずは落ち着くだろう。逆に言えばそれを潰さない限りは延々としぶとく続く」
ヴェルナーの言葉にヒトラーは重々しく頷いた。
そして、ヴェルナーは告げる。
「まあ、悪いことばかりではない。既に軍は革命阻止は不可能と判断し、ルーシー帝国における重要人物の確保に乗り出している。皇族は勿論、軍人や技術者、魔導師は最優先で抑えるように動いているからな。あと、色々な戦訓も得られた」
義勇軍として赴いた部隊は多い。
せっかく貴重な実戦の機会、その為、各方面軍及び中央軍から部隊が交代で派遣された。
また将来における対ルーシー戦の参考とする為に、参謀本部の面々も交代で前線視察を行い、海軍も同様に艦隊を派遣し、沿岸部においてルーシー帝国軍への支援を行った。
これらから得られた戦訓は非常に多かった。
特に気候や地形に関しては前線視察へと赴いた参謀本部の面々が頭を抱える程に深刻だった。
冬季は寒さが厳しすぎて何もできず、たとえ冬が終わり、雪解けしたとしても泥濘が酷く、それが解消される夏まではまともに動くことすらできない。
そして早ければ10月には再び冬が訪れてしまい、マトモな戦闘行動どころか部隊移動ができるのは半年もなかった。
ここまで酷いとは想定していなかった、と口を揃えて参謀本部の面々は言った程だ。
ルーシーと戦うにはまず占領地域の道路整備と鉄道整備から初めなければならない、というのが参謀本部において共通した見解となっていた。
そして、それらにかかる人員・時間・費用・資材も試算された結果、とてもではないがマトモに戦うことなど不可能だという結論だ。
とはいえ、参謀本部は万が一を想定し、ルーシー侵攻計画の立案を始めている。
これまでの実績を買われて、ヴェルナーもまたちょくちょくと対ルーシーを想定した作戦立案の為に参謀本部へと呼び出されており、上へ意見がより通しやすくなっていた。
「義勇軍やら何やらは軍の広報紙に載っていたな」
ヴェルナーはその言葉に頷きつつ、更に告げる。
「無論、紛れ込んでくる輩もいるだろうが、そこは仕方がない。見分けがつかないからな……」
「問題は山積みだが、一つずつやるしかないだろう」
ヒトラーの言葉にヴェルナーは頷きながら、笑みを浮かべる。
「その為にも、君にはさっさと宰相になってもらわねばな」
「無茶を言うな……と言いたいが、そうも言ってられない。宰相は無理でも議会において影響力を出せるようにしておく。10年以内に」
「そうしてくれ。その方がこちらとしても動きやすい」
「君の方は順調のようだな。会社も軍も……というか、よくも二足の草鞋を履いていられるな?」
ヒトラーの言葉にヴェルナーは肩を竦めてみせる。
「何故だか知らないが、帝政ドイツ軍時代と違って男女同権で、妙にリベラル的かつ、実力主義だ。魔導師という特有の存在のせいかもしれない。会社の方は前と同じく、帝国軍には土地を持ったユンカーも少数だが存在しているから、法律的にも問題はないぞ」
ヴェルナーはトントン拍子で――それこそ前よりも早く――軍内部で出世していた。
29歳という若さで大佐にまでなっており、陸軍兵站本部から異動している。
彼の異動先は空軍設立準備委員会であり、与えられた役職はその委員長だった。
その権限は大きく、与えられた予算もまた驚くほどに潤沢だ。
どうやら参謀本部の面々――特にゼートゥーアやルーデルドルフ、そして兄のカールが動いてくれたらしい。
そして、会社経営と軍人の両立は土地を持ったユンカーの存在が大きい。
彼らは少数ではあったが、広大な土地を使って農場を経営している。
名義だけという状態であるが、軍人と経営者という兼業状態だ。
元々、帝国の行政府における官僚や軍における士官はユンカーをはじめとする貴族出身者が大半であった。
多くのユンカーは時代を経るごとに領地を失ってしまったが、領地をそのまま維持することに成功しているユンカーも少数だが存在していた。
そんな彼らの為に法律的には軍人と経営者を兼ねていても問題はない、とされている。
「会社の方は物理的な意味でだ。軍人と経営者を両立なんて、前はできなかっただろう?」
「二度目となると、非常に様々なことを円滑にこなせる。伊達に半世紀近く、軍人をやっていないからな。昔と比べればうまくやれるさ」
ヴェルナーが退役させてもらえたのは70歳を超えてからだった。
最終階級は元帥、役職は国防大臣――政府との折衝や三軍間の調整が主な仕事――というものだ。
彼の長い軍歴の中で一番楽しかったと胸を張って言えるのは空軍大臣時代だった。
それを知っているからこそ、ヒトラーは問いかける。
「君に近いうちに軍が与える役職は慣れたものだろう?」
「無論だとも。名称も変わっていないから、余計にな」
ドイツ空軍――ルフトヴァッフェ。
その意味を直訳すれば空の兵器であり、この世界の帝国においても名称は同じであった。
「ルフトヴァッフェは祖国の空を護り、敵国に絶望を叩きつける。それは変わらない」
ヴェルナーの断固とした決意にヒトラーもまた改めて気を引き締めるのだった。